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懐かしい顔

本日二話目

シエルが目を回すような人ごみを抜け、フォルスが入っていったのは、通り沿いに建つこじんまりとした宿屋だった。

「いらっしゃ~い」

すでに日は暮れ、宿屋の明りが目にまぶしい。

宿屋を切り盛りしているのは若い女性のようで、戸を潜って入ってきた二人を明るい笑顔で歓迎してくれた。

「あら、フォルス!どうしたの?村はどうなった?」

宿屋の女将が二人を、フォルスの顔を見たとたんに接客していた客を放りだして駆け寄ってきた。フォルスの首元を掴むと、グイグイと揺さぶり続ける。

「止めろ。止めろって!その説明に街まで出てきたんだよ」

女将の手を振りほどき、フォルスが怒声を上げた。揺さぶられて気分が悪くなったらしく、口元を押さえ顔色も悪い。

「あら?あなた、シエル?えっ、ちょっと。シエルが村から出てくるなんて、どんな緊急事態?村は大丈夫なの?」

「えっと・・・」

「覚えてない?貴女が小さい頃に村を出たんだけど、よく遊んであげたじゃない。

 エミルよ、エミル。」

シエルの前に居たフォルスを押しどけて、シエルに顔を近づけてきた女将。その顔に、なんとなく見覚えがあったシエルは首を捻る。

そして、エミルという名前を聞いたことで、彼女が村で洋裁をしているリアラの妹だと思い出した。確かに、幼い頃に遊んでもらっていた記憶があった。

「冒険者やっていたんだけど、旦那と結婚して引退したの。旦那は、ちょっと話し合いに出かけてるから後で紹介するわね。」

覚えているということを伝えると、感極まったエミルがシエルを抱きしめた。感情表現が激しい人だったなぁと懐かしい記憶が甦り、シエルはなすがままになっている。

「もう、大変な騒ぎだったのよ。朝起きてみたら迷宮が広がっていて、そこまで迫ってきてんだから。しかも、入り口には『銀砕大公』の印があるってじゃない?何があったんだって!私も、ミール村がどうなったんだろうって心配だったんだから。まぁ、殺しても死なない人たちが一杯いるってのは分かってたんだけど?」

シエルを抱きしめたまま、止まることなく言葉を吐き出していくエミル。彼女のそんな様子は何時ものことなのか、宿屋にいた客たちも呆れたように見ていた。やはり冒険者が多いらしい客たちは、エミルの大きな声によってフォルスたちが、話題の村から来たのだと知ると情報を聞き逃さないよう意識を傾けている。

「村は、迷宮の中に取り込まれて第五階層に位置してる。俺達も朝起きたら突然こうなっていて驚いたが、すぐに身の安全は保障されることが分かって騒ぎにもならなかったよ。」

「身の安全?」

「村と村人は『銀砕大公』の庇護を与えるって大公の使いが来たんだよ。人も魔物も、村に手を出す事を許さない、だそうだ。『銀砕大公』の何時もの気紛れだろうが、約定は守るってされているからな。」

「あらぁ。大事じゃない。でも、皆は無事なのね。」

驚きを見せたエミル。だが、聞き耳を立てていた客たちの驚きの方が大きく、ザワザワとざわめく客たちの中で、エミルはホッと胸を撫で下ろしている。

「殺しても死なない程度には元気にしているよ。俺は領主のところに報告に行くんだけど、こいつの事頼んでいいか?魔物に襲われる危険が無いならってんで駄々捏ねてたのを連れて来たんだ。詳しい事はこれに書いてある。」

シエルを顎て指し示し、懐から取り出した一通の封筒を手渡す。シエルの体を離し、それを受け取ったエミルは素早く封を切り、中身を一読すると手紙を服の中にしまいこんだ。

「いいわよ。領主のところで朝から今回の事について話し合いがされてる。うちの旦那もいるわ。シエルの事は任せなさい。」

力強く自分の胸を叩いたエミルは、ちょっと待っていなさいと店の奥へと入っていった。



「いいか。何かあったら、連絡しろよ?」

奥から、紙の包みを手に戻ってきたエミルが見た光景は、まだ村を出る前によく見ていた懐かしい光景と同じものだった。

「本当に、こっちのことは考えなくていいから連絡しろよ。」

客たちからは見られないように注意しながら、フォルスは真っ赤な頭巾に隠れたシエルの右耳を指差した。

「は~い。」

村を出るときも、道中でも聞かされた話に、気もそぞらにシエルが返事を返している。

その返事も、おなざりなものだ。

そんなシエルの頭に拳を落とすフォルス。

口が悪く、手や足をすぐに出すが、面倒見が良く、同年や年下のまとめ役をしていた彼が、シエルを叩きながら面倒見ている光景は、彼らが幼い頃には日常の光景だった。

「相変わらずね、あなたたち。」

懐かしさに笑いながら、エミルは持ってきた紙袋をフォルスに渡す。

暖かいそれを覗き込むと、丸いパンに野菜とタレが絡めてある肉が挟まった、簡単なサンドイッチが入っていた。

「話し合いは長引くでしょうからね。空腹は堪えるわ。これなら、歩きながら食べていけるでしょ。」

「ありがとう、エミル姉。じゃあ、あとは頼むわ。」


「無駄なもんとか買うんじゃねぇぞ。あと、知らない奴にはついていくな。お前に何かあった時に怒られるのは俺なんだからな。」


エミルに頼んだくせに、しつこくシエルに言い置いて、フォルスは宿を後にした。



「さあ、シエル。部屋に案内する?それとも、ご飯にする?」

客室になっている階段の上と、すでに客たちが食事をとっているテーブルを、それぞれ指で指し示してシエルに問い掛ける。

「ヘクスおばさんの宿屋と比べたら話にならないけど、これでも冒険者たちに評判の宿なのよ。私の我が儘でお風呂も作ってあって、疲れも吹き飛ぶの。」

村の無事が分かり、懐かしい顔が二つも見れたエミルは上機嫌だ。

客たちも、飯が旨いぞとか、風呂のある宿屋なんて滅多に無いから有難いなどと囃し立てている。嬉しいこと言ってくれちゃってとエミルが奥から持ち出してきた樽酒を客たちに振る舞っていく。

「えっと、外に…」

「却下。」

歓声をあげた客の声に、かき消されそうな小さな声で呟いた一言を、客たちに酒を配っていたエミルは聞き逃さなかった。

後は自分達で注いでねと、酒樽を客達の真ん中に置き去りにしてシエルの傍に戻ってきた。

「あなたを一人で、暗くなった外に送り出せる訳ないでしょ?村と違って治安も良くはないし、昔みたいに怪我されたらたまらないもの。」


あれはシエルが5歳の頃。ヘクスから頼まれ、リアラに洋裁を頼みにリアラとエミルの家に来ていたシエルは、リアラの仕事姿に夢中になり、気がついた時にはすでに陽が落ちた後だった。仕事の手を止めて送っていこうというリアラを振り切り、大丈夫だと一人で帰っていったシエル。広場の中を少し歩くだけだし大丈夫かと納得していたリアラだったが、すぐに外からシエルの泣き声を聞いて家を飛び出した。そこには泣き声を聞きつけて出てきた村人たちに囲まれたシエルがいた。両膝と額を擦り剥き、血を流していた。ヘクスにしがみついたシエルが泣きながら言うには、駆け足をしていて石につまずいて転がってしまったらしい。夜になったとはいえ、月明りもあり、広場を囲む家から零れる明りもあった。広場はきれいに整えられ、転ぶような石は見当たらない。まだ、それほどシエルが両親譲り体質を持っているなどと理解していなかった村人たちは絶句した。


シエルも覚えていないような幼い頃の出来事を出して、凄んでくるエミルの様子に、これは絶対に許してはくれないなとシエルは悟った。フォルスと宿に向かっている時、初めて見るランプに明りを灯して客を呼んでいる屋台や、キラキラと明りを漏らしている店などを見て、心を躍らせていたシエルはがっかりと肩を落とした。

「あなたの事だから、冒険者にぶつかって怪我をしたり、人ごみに紛れて何時の間にか真っ暗な路地裏に居たとか、絶対にそうなるもの。明日になったら、街の中を案内してあげられるから今日は大人しくご飯食べてお風呂に入って寝なさい。」

腰に手を当てて胸をそらしたエミルの姿は、とても貫禄があった。

奥に入っていくエミルに指示されるままに、空いていたテーブルについて料理を待つ。その間に、他の客たちが面白い話を色々と教えてくれる。

「あいつ、あの調子で旦那を尻にしいてるんだぜ?」

「あれでも、Aランクの冒険者だってのにエミルには形無しだよ。」

「まぁ、ミール村出身ってなら話は分かるな。なんせ『隠遁者の村』だ。」

大笑いをしながらシエルに面白おかしくエミルの逸話を吹き込んでいく。そんな彼等は、物音一つ、気配一つなく背後から近づいたエミルによって、食べかけの料理に真っ赤な液体をこれでもかと振りかけられてしまった。

「うちの料理を残したら、どうなるか分かってるわよね。」

笑っていない目で微笑まれ、男達は泣く泣く、口から火を吹き、顔を真っ赤にしながら、料理を口に入れていった。もちろん、長い時間をかけて皿を空にしたのは言うまでもない。



男たちを横目に夕飯を済ませたシエルは、エミル自慢のお風呂に入り、魔女の証である『銀砕大公』の紋章の位置を確認した。そして、フォルスに言われたことをちゃんと守った部屋の鍵を何度も確認し、ベットに入って目を閉じる。まだまだ、窓の外からは賑わっている声が聞こえているが、簡単だったとはいえ初めての冒険で緊張していたシエルの意識は、すぐに夢の中へと沈んでいった。

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