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羊人の村の始まりには

う~ん

シエルはどうしようかと悩んでいた。

フルルに対して、サイレンを探してくると約束してしまっているが、今の話を聞いて本当に探してもいいのかと不安になる。

羊の獣人であるフルルが恋をしているのだという相手が、まさか虎の獣人だなんて思ってもみなかった。


フルルが『運命の人』に出会った時の衝撃だと言っているものは、サイレンの事を忘れることが出来なかったというのは、どう考えても"捕食される"という恐怖だったとしか、シエルには思えなかった。


それが、フルル以外の全員が思っていることだというのは、シエルがフルルに手を握られたまま周囲を見回したことで分かった。

気まずそうに顔を背ける村人、申し訳ないと何度もシエルに向かって頭を下げている村人、誰一人として恍惚な顔を浮かべ続けているフルルを何とも言えない目を向けている。


「申し訳ございません、魔女様」


どう声をかければいいものか迷う上に、サイレンとの出会いの思い出に浸って一向に手を放してくれる様子の無いフルルに困り果てているシエルに、ベルキュリオが歩み寄って声をかけてきた。

「こりゃ、お前達。魔女様をお助けせねば。」

「は、はい。」

シエルに頭を下げ、ベルキュリオは周囲で立ち惚けていた村人達に指示を飛ばす。

フルルの体を羊人の男達が掴み、シエルから引き離す。

がっしりとシエルの手を掴んでいたフルルの手も、村人によって解かれた。


「魔女様。」


引き離す役目を果たした村人達は、そのままフルルに向かって、「それは恋ではない」と話しかけ始めていた。大人の男である村人達に囲われているフルルの様子は、シエルには見えなくなっていたが、小さく漏れ聞こえる声からすると、村人たちの言葉を否定しているようだった。

大丈夫かな。そんな風に思いながら、姿の見えないフルルの方へと目を向けていたシエルの耳にベルキュリオの声が届き、シエルがそちらを見下ろすと、ベルキュリオは頭を下げていた。


「魔女様。フルルの依頼は無かったことにしては頂けないでしょうか。」


「えっ、あっ、はい!」


ベルキュリオの申し出は突然でシエルを驚かせたが、よく考えなくともシエルにとっては有り難いものだった。シエルは笑顔で了承した。

といっても、依頼書に書かれているものを、依頼主であるフルルのサインも無く消す方法などシエルは知らない。どうすればいい、とムウロを見れば「無理に消そうとしなくても、放っておけばいいよ。」とあまり関わりたくないなという意思がありありと分かる答えが返ってきた。

「そうですね。フルルを落ち着かせましたらサインさせますので。」

ベルキュリオにもそう言われ、シエルもフルルからの依頼の一行を放っておくことにした。


「それにしても…」

はぁ、と疲れを滲ませた溜息をベルキュリオが小さな肩を下げて吐き出した。

「この村には危機感というものが足りないと自覚してはおりましたが、此処までとは…。これも全て、大公様の庇護のおかげと感謝してはおりますが…情けないことで…」


やれ、子供達に村の外に抜け出す遊びが逸るだの。

やれ、俺は冒険者になると村を飛び出していく者が時々現れるだの。

ベルキュリオの口から愚痴が次々と飛び出してくる。

その言葉に、ビクビクと肩を揺らす村人の姿がシエルの目の端にも映るのは気のせいでは無い。


「地上で人間達に飼われていた我等の祖先が味わった苦労も恐怖も、夢の導きと大公様の庇護によって忘れ果てることが出来た。それは喜ばしきことと先祖代々伝えてきましたが…」


「夢の導き?」


ベルキュリオの愚痴のようなものの中に、不思議と強く聞こえた言葉がシエルの頭に引っかかった。

「あぁ、申し訳ございません。年を取りますと、色々とグチグチと無駄なことを口にするようになりまして。」

恥ずかしそうに目を伏せ詫びるベルキュリオ。

忘れて下さい、と頼まれたが、シエルの頭には何度も『夢の導き』という言葉が大きく反響していた。

「夢の導きって何?」

気になることは聞く。シエルは首を傾げて、素直にベルキュリオに尋ねた。

その言葉と並べられた、大公様の庇護、は分かる。迷宮に住んでいるのも、こうして厳重な守りが村を囲んでいるのも、迷宮の主である『銀砕大公』アルスの行い。羊人の村の平穏はアルスのおかげで保たれている。それに間違いはない。

なら、それに並ぶ『夢の導き』とは一体何なのか。


「他の羊人の集落の事は知りませんが、この村に住む羊人族は大戦以前には人間に家畜同然に飼われていたと村の記録には残っています。」

シエルの問い掛けに、どうしたものかと躊躇いも見せたベルキュリオだったが、真っ直ぐに向けられる純粋な疑問を宿すシエルの目に、仕方が無いと話始めた。

「ある時、鎖に繋がれて、ただ壁があって屋根があるだけで外と代わりの無い家畜小屋に収容されていた私達の先祖の前に、扉が現れたのだそうです。恐る恐る扉を開けると、そこには街が広がる光景がありました。」


その街には、大きな城を中心となって、色々な店があり、大小様々な家が立ち並んでいた。

呆気に取られた羊人達が正気に戻った時には全員が扉を潜り街に足を下ろしていた。そして、潜り抜けた扉は消え去り、羊人達の目の前には一枚の紙がヒラヒラと現れた。

その紙には「再び扉が現れるまで街で好きに生活するように。」と書かれていた。

怪しさに溢れた出来事に警戒していた羊人達だったが、通りに面して並ぶ何軒もの店で売り買いされている出来立ての食べ物などを店主達から差し出され、此処を使えばいいと案内された家を見て、そして足や首から何時の間にか消えていた鎖や首輪に気づき、歓喜の声を上げた。

羊人達は、その『夢の街』での生活を楽しんだ。差し出されるだけでは申し訳ないと自主的に仕事を見つけて労働を楽しんだ。街の住人達との交流を楽しんだ。

そして、そんな日々が過ぎ去り、何日が過ぎ去ったか数えるのも忘れた頃、羊人達の前に扉が現れた。

『夢の街』に心残りはあったものの、最初の指示にあった通りに従おうと羊人達は扉を潜って街を後にした。


「扉を潜り抜けた先が、この場所だったと伝わっています。まだ大公様が迷宮をお作りになったばかりの頃で、先祖様達が事の次第を話した所、庇護をお与え下さったのだと。」


「へぇ、そんな話は始めて聞いたよ。」

息子であるムウロも始めて聞く話だった。

アルスが迷宮を造ったばかりの頃の事は覚えているが、また何時もの気紛れのようなものかと色々な話を聞き流していた。その中に、今聞いた話もあったかも知れないが、ムウロには全く覚えが無かった。

「それにしても…」

「その街って、誰か魔女の箱庭なのかな?」

羊人達が潜った"扉"。

それは、ディアナが説明してくれた魔女の箱庭に入る為のものだとシエルは感じた。

「…多分、姫様の箱庭だと思うよ。」

一度だけ入ったことがあるんだよね。とムウロは懐かしそうに口にする。

「僕が招待されたのは、城の中だったんだけど、窓の外には街が広がっていたし、生きているような人の姿もあったから。」

「じゃあ、羊人さん達を助けたのは『魔女大公』っていうこと?」

「そうなるね。だからこそ、父上も羊人族に手を貸すことにしたんじゃないかな。」

あとで聞いてみれば?

先程アルスとの話を強制的に終わらせたムウロが聞くことは出来ない。だからこそ、ムウロはシエルにそう促していた。

「うん、聞いてみる。あっ、じゃあ『魔女大公』の扉がこの村にあるって事なのかな?」

羊人達が箱庭と思われる街から出て来たという扉。

その扉にも、シエルの持っている鍵を差し込む鍵穴があるのだろうか。

もしも、その扉が残っていて、鍵穴があるのなら、頼まれている通りにディアナの息子へと教えてあげなくてはいけない。

そう考えたシエルは、村長であるベルキュリオに聞いた。

だが、それに対して返ってきたのは「それは伝わってはいない」と言って首を横に振るベルキュリオの姿だけ。

申し訳ないと謝るベルキュリオに、シエルはがっかりと肩を落としていた。


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