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占者の正体

事件の予感!


暗躍や陰謀、そんな事件が起こっている、主人公が事件に巻き込まれていく際に出会う物語の一幕のような光景が目の前に広がっている。

不謹慎だと解かっていても、シエルは少しだけ胸の奥底が高鳴るのを感じた。

「シエル。」

その様子は顔に出ていたのかも知れない。

ムウロから、嗜めるように名前を呼ばれた。

自分自身でも、いけない事だと思っていたシエルは気まずそうに顔を顰めてムウロを見た。

見上げたムウロは、有無を言わせない雰囲気を含んだ笑顔をシエルに向けていた。

「期待しているみたいだけど…」

「してない。してないよ?」

ムウロの呆れ交じりの言葉に否定の声を上げるが、シエルの目に宿った輝きを見逃していないムウロには通用しない。

「犯人の目星はついているから、シエルが期待しているような物語みたいな展開にはならないよ。」

「期待してないよ!…って、犯人って占者のこと?もう誰か分かったの?」

必死に否定しようとするシエルだったが、ムウロの言葉に興味を引かれた。

ムウロは、話を聞いただけで『運命の人』の話をフルルやルシアなどの羊人の村の少女達に教えた謎の人物の正体が解った、と言った。

それには、シュラーも驚いている。


「えぇ、兄ちゃん!マジで!?」


本当、本当に?シュラーはムウロの腕を掴んでブンブンと揺さぶる。

自分の腕を無造作に揺らすシュラーの腕を振り払ったムウロの、もう片方の腕をシエルがシュラーと同じように揺さぶった。

「ムウさん。ムウさん。犯人って誰なの?」

流石に、シュラーのようにシエルの腕を振り払うことなど出来るわけも無く、ムウロは「あぁまったく」と苦笑を漏らした。

ムウロの意識がシエルへと向かった隙に、めげないシュラーが再びムウロの腕に縋る。そして、誰、誰?と聞く合間に、シエルと自分との扱いの違いに文句を垂らしていた。

自分よりも体格のいいシュラーに縋られ、力一杯に揺さぶられ、我慢の限界を迎えたムウロは、今度は振り払うだけでなく、振り払い自由になった手でシュラーの頭を思いっきり殴りつけ、その口を閉ざさせた。


ふっと、頭を抱えて呻くシュラーを冷たく一瞥したムウロが周囲に目を向けると、羊人の村人達も口には出さないまでも、ムウロ達のやり取りに注目し、謎の占者の正体を知りたいと耳をそばだてていた。


はぁ


ムウロが息を吐き出した。

「言っておくけどね、シエル。」

期待に溢れた目で、ムウロの腕にしがみ付いて待っていたシエルに、ムウロはまず忠告を口にした。

「この話は此処で終わり。犯人に会いたいって行っても駄目だよ?」

「…はぁい。」


物語なら、犯人のところに出向いて「何故か」と理由を問い質す場面になる。そんな事を考えていたシエルを見越しての言葉だった。ムウロも暇潰し代わりに、地上で読まれている物語を読んでいる。だからこそ、シエルの考えも手に取るように分かっていた。


「相手が相手だし、僕等が動くよりも父上とか、兄弟達に任せた方が面倒が無いからね。」


「えっ?そんな大物なわけ?」

じゃあ俺が気づかなくてもしょうが無いよね。

羊人村を庇護している『銀砕大公』本人や、その下で領地の管理や執務の補佐を任されている兄弟達が処理すべき話だというムウロの言葉で、表情を明るいものへと変化させて小躍りを始めたシュラーに、再びムウロの拳が飛ぶ。

「それと、お前が仕事を忘れて馬鹿面晒して寝ていた事とは、別の話だよ。しっかりと絞られるんだね。」


「ムウさん。そんな事はいいから、犯人は?」


兄ちゃん、見逃してよ!

ピタリッと小躍りを止めて、情けない顔でムウロに頼み込むシュラーを完全に無視して、シエルはムウロに話の続きを募った。

そんな事って酷い!なんてシュラーの泣き声も、シエルの耳を素通りしていった。


「人の意識を誘導するとか、そういうことが得意な奴がいるんだよ。多分、犯人はそいつで合ってると思うんだよね。」

始まったムウロの説明に、シエルはワクワクと心を躍らせる。

「シュラー、『運命の人』の話が流行り出したのって『毒喰大公』の領地からだろう?」

「あっ、……うん。そう、そう。」

シュラーの表情はコロコロと変わる。

ムウロに話を振られて、それがどうだったか思い出そうと一時口を閉ざしたシュラーに対し、シエルは面白い人だなぁと改めて思っていた。

ムウロの言葉通りだと思い出したシュラーが、ウンウンと頷いて、顔を輝かした。

魔王不在の魔界で最高位にあり、魔界の領土争いを続けている6人の大公の一角に名を連ねる『毒喰大公』の領土から流れてきた話だったと、シュラーの記憶にはあった。


魔界に住む住人達であっても下手すれば死んでしまう、そんな強力な毒や瘴気が濃く漂う魔界の一角の土地を支配下に治めている『毒喰大公』。魔界が勇者によって封じられる以前、地上にあった頃から『毒喰大公』の治める地には毒や瘴気が漂い、それに馴染む魔族が彼の下に募っていたという。

強力な毒を含むものを好んで食することから『毒喰』と魔王から呼ばれるようになったという彼は、好々爺とした老人の姿そのままの性格で、積極的には領土争いには参加せず、大公としては一番小さな支配地域を治めている。

母が人で、それほど力も無い為に彼の領土に足を踏み入れた瞬間に、毒に侵されて死ぬことが目に見えているシュラーはアルスを訪ねて来た姿を遠目から見ただけで詳しくは知らないが、ムウロは幼い頃から色々と巻き込まれることで嫌でも顔を見知っている相手だった。『毒喰大公』だけでなく、彼の配下にいる魔族もある程度は知っていた。

その中に一人が、今回の件を起こした"占者"だと、ムウロは確信していた。


「人の不安に歪んだ表情が好きで、不安と混乱に陥った心や魂を食べる魔族でね。『毒喰大公』の側近の一人なんだよ。名前は確か、トラクス、だったかな?」


ムウロも何度か、心を齧られている。

不安に染まり、恐怖を感じていた心に、ポカリと開いた真っ白な穴が生まれる感覚。確かに、不安に襲われ恐怖に震えた記憶はあるのだ。だというのに、それに伴う筈の感情を感じることが出来なくなり、思い出しても実感出来なくなる。そんな、口では到底説明が出来ない気持ちの悪い状態を、ムウロは何度も味わった。

しばらく経てば、穴が塞がっていく感覚と共に、気持ち悪さも無くなり、感じにくくなっていた感情も戻ってくる。だが、それまでの間は、自分でも分かるのに止めることの出来ない不安定な感情や感覚に襲われ続けることになる。そのせいで、普段ならば牙を向けることさえ出来ない母や父に対して牙を抜き、『魔女大公』アリアや姉、魔王にまで攻撃を放ちそうになったのは、ムウロにとって今でも悪夢としかいいようのない記憶だった。それらの責任は全てトラクスにあるとムウロに咎めは無く、叱りを受けたトラクスがそれ以来ムウロを餌にすることは無くなったが、今でもムウロはトラクスに会いたくないと思っている。それ程の体験をしたのだ。今も、さっさと魔界で仕事をしている兄弟達に放り投げて、すぐにでも関わらないで済む場所に移動してしまいたいと思っている。


「じゃあ、その人はご飯を食べる為に此処に来たの?」

迷惑な。

シエルは、そう感じた。それは、静かに話を聞いていた村人達も思ったことだろう。村人達が口を閉ざして顔をしかめるに留めているのは、文句を言うべき犯人として名が上がった相手が大公の側近だと聞いたからだ。大公の庇護を得て何とか平穏に暮らすことが出来ている、戦う術をほとんど持たない弱者である羊人族にとって、大公の側近など遥か上位にある存在。きっと、目の前にいれば文句を言う処か、口を開くことも出来ずに、その力の差を呑まれ恭順の意思を自然と示してしまうことだろう。それが本能に刻み込まれ、逆らうことの出来ないものなのだから。

「迷惑な人だね。ご飯なら、自分の家の近くで食べればいいのに。」

そんな事知ったことではない、きっと目の前にトラクスが現れたとしても何も感じることないシエルは、簡単に思ったことを口にする。


確かに迷惑な事だ。

だが、自分が仕える大公が敵対している相手の領土で食事をすることは別に責められることではない。それは相手の勢力を削ぐことにも繋がるからだ。公になれば正式に抗議が行なわれ、大公同士の争いの激化に繋がることになるだろうが、トラクスが仕える『毒喰大公』側からすれば褒めることは無いかも知れないが、責めるような事ではない。


けれど、ムウロには引っかかることがあった。

それは、シエルの言葉にも通じる事だった。

どうして、この村なのだろう。

『銀砕大公』が治める魔界の領土でも餌を得ることは出来る。だというのに、大公の名前を冠するとはいえ迷宮の、それも地上に近い第二階層にまで赴いたのは何故か。何より、不安や恐怖、混乱を煽る為なら、『運命の人』の話を利用するよりも、もっと都合の良い話はあった筈だ。


何が起こっているか。それとも、何かを起こそうとしているのか。

ムウロは嫌な予感を感じながら、アルスに連絡しておかないと、と考えていた。

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