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『運命の人』

「痛いなぁ、何するんだよ…」


「何じゃないわよ!大公様の魔女様に失礼なこと言って!」


叩かれた頭を摩って文句を言うフルルを睨みつけ、ルシアはシエルに向かって深々と頭を下げる。

失礼なことなんて言われたっけ、と思ったのは大公の魔女であるシエル本人。

「自分の為に、大公の魔女が行なっている届け物っていう仕事や、大公の魔女という名前や立場を利用しようとしたってことだから、失礼極まり無いって言われて罰を受けてもおかしくない事ではあるね。」

分かっていない様子がありありと分かるシエルの姿に、ムウロが助け手を出した。

ムウロが口にした言葉の中にあった"罰"にシエルは気を取られなかったようだが、それは考えたフルル自身のその命だけに留まれば御の字となる可能性が高いものだ。良くて村そのものが、悪くて『銀砕大公』の支配下に生きる羊人族の身が危うくなるやも知れない。

それが分かってしまったのだろう、ルシアの怒りは当たり前のことだった。


「何で!あんたが私の『運命の人』なのよ!そうじゃなかったら、婚約者だろうが何だろうが関係無いのに!他に良い人見つけてやるのに!」


フルルに向かって、もう一発。そのすぐ後に、もう一発。

ルシアの振り上げた手がフルルに向かって降り注ぐ。


「なんじゃルシア。お前、フルルの事が好きなのではなかったのか?」

祖父の声で、フルルの手で防がれてしまうのにもめげずに振り下ろしていた手をルシアは止めた。

「好きよ?でも、それは大切な幼馴染としてね。だけど、『運命の人』がフルルなんだもの。そう占者様に教えて貰ったの。だから、結婚しないといけないの!」


「運命の人?」


「勝手な事言うなよ!それを言うなら、僕の『運命の人』は、サイレンさんなんだから!」


そうしなければいけない。そう思い込んでいるルシアの様子が何処か可笑しい。そう感じたシエルが、ルシアの言った『運命の人』という不思議な言葉を口に出してみたが、それはフルルの上げた声によって遮られた。そして、フルルもその言葉を口にする。

花嫁だという女性のことを『運命の人』だと言ったフルルの様子も、何だかシエルには違和感を感じるものだった。


「『運命の人』ねぇ。なんだろう、何処かで聞いた覚えがあるんだけど…?」


見上げてくるシエルを見返すことなく、ムウロが顔を顰め首を捻って、頭の片隅に引っかかる何かを掘り起こそうと奮闘していた。

「えっ、兄ちゃん何言ってるんだよ。今、魔界の若い奴の間で流行ってる言葉っていうか言い伝えだよ。」

ウンウンと唸って必死に思い出そうとしているムウロを、信じられないとシュラーが詰め寄っていた。

「悪かったね、若くなくて。」

詰め寄ってくるシュラーの顔を鷲掴みにして力尽くで遠ざけたムウロ。

否定出来ない、全くその通りの事ではあるが、自分が若くないとのだと言われて良い気はしない。そのせいか、ついついシュラーの顔を掴む手に力が入ってしまう。

「痛い、痛いって兄ちゃん。」

「それで、『運命の人』っていうのは?」

「説明するから、まず離してよ!!」

シュラーの泣き声と同時に、ムウロはシュラーの顔を離した。その輪郭には赤く指の痕が残っていた。

「それで、説明は?」


「ウッウ…痛い…。昔から一部の魔族の間で言われてた話らしいんだけど、世界の何処かに一緒にいるだけで自分の力とか魂を高め、最も最良の状態に引き上げてくれる存在っていうのが一人居るんだって。人によって関係性はそれぞれで、伴侶になる人だったり、友達とか、親子だったりとか、あと敵だったり、その相手と出会って本当にその関係になれたら何よりも幸せになれるんだって、最近話題なんだよ?」

本当に聞いたことないの?とシュラーがムウロに聞いた。


「あぁ、思い出した。」


すっきりした顔になったムウロがホッと息を吐き出した。

「あっ、やっぱり聞いたことあっただろ?」

「いや。母上が姉上や姫様に吹き込んでいたのを思い出しただけ。」

シュラーの言葉を否定した、笑顔のムウロがシエルに顔を向けた。

「『運命の人』は出会えば解かる。雷に撃たれたみたいな衝撃が走って目が放せなくなる。『運命の人』が見つかったら、何があっても離れてはいけない。そう言ってたのを思い出したよ。」

「ムウさんのお母さんの『運命の人』って誰だったの?」

ムウロの母親といえば、吸血鬼の女王である『夜麗大公』。世間一般では、凍てつく程の美貌の無慈悲な女傑と言われる存在と伝えられている存在だ。だが、ムウロやディアナなどの話や、最近出会った彼女の子供達から想像するしか出来ないが、シエルには世間一般で言われていることとは違うように感じていた。だから、臆することなく、『夜麗大公』のことを口に出せた。

「姉上の父親だって言ってたよ。口を開けば、惚気ばっかり聞かされたよ。」

「へぇ。あっ、じゃあディアナちゃんの旦那さんも『運命の人』だったのかな?」

魔族にとっての敵地の、その中心にまで押しかけて結婚したのだ。絶対にそうだったんだとシエルは目を輝かせた。

「そうかもね。姉上も姫様も、母上の『運命の人』の話に目を輝かせて聞き入ってたから。そうなると、姫様の『運命の人』は勇者ってことだよね。」

流石に声を潜めたムウロは苦笑を漏らした。


「でも、可笑しくない?ルシアちゃんは"教えてもらった"って言ってるよ?」


ムウロに痛めつけられた顔を撫で摩り、大人しくムウロとシエルの話を聞いていたシュラーが、首を傾げて口を挟んできた。

「というより、教えて貰った占者って誰?」

そんな怪しい人、扉を通した覚えないよ?

シュラーが門番となったのは3年前の事。それ以来、年に数回訪れる魔界の商人などを村人に聞いて通した覚えはあるが、ルシアの言う占者だと言える存在を通した記憶はどれだけ考えても無かった。

「本当に覚えが無いんだな?」

「無いよぉ。それに、前に扉を開けたのは確か半年も前だよ?パスティス兄ちゃんの手紙持った商人だったし…」


「あの子が外に出たってことは?」


「絶対に無い!出入り出来るのは扉だけだもん。俺が門番始めてからは絶対に無い!」

「あの子がフルルを追い掛け回すようになったのは、此処数ヶ月の事です。それまでは、婚約者というのを意識してはおりましたが、あそこまで固執することは無かったと思います。」

ムウロの尋問に、シュラーがきっぱりと首を振り、ルシアの祖父であるベルキュリオもそれに賛同する。

「フルルが初恋がどうとか言うようになってからでしたから、嫉妬してのことだと思っておりました。それに、占者が村に来たという覚えもありません。」

ベルキュリオは、村を纏める立場としてきっぱりと宣言する。


「ふぅん。おかしな話だね。村人で知っている者はいないわけ?」

ムウロが顔を向けると、お互いの顔を見合わせている村人達の姿が見えた。

誰か知ってるのか?と口々に言い合っている、その人垣の中にムウロは挙動不審に震えている姿を見つけた。

「そこの子は何か知ってる?」


「あ、あのぉ…私、その方を知ってます。」


それは、ルシアと同じ年頃の娘だった。

「ルシアの友達のリリィです。」

ベルキュリオが手招きして、リリィに近くへ来るように指示をした。

おずおずと進み出てきたリリィは、プルプルと怯え、顔を真っ青に染めていた。


「う、『運命の人』を教えてあげるって…魔界の商人さんから『運命の人』の話を聞いていたから興味があって、皆で占って貰ったんです。ルシアは、それでフルルが『運命の人』で結婚する相手なんだって言われたって…」

ルシアやリリィと同じように占ってもらったのだと言う少女達が人垣の中から進み出て、リリィの傍へと駆け寄ってきた。

皆、同じように震えている。

それもそうだろう。

聞いていたムウロ達の話通りなら、大公が与えた守りを何らかの方法ですり抜けて不法に村に入ってきた存在と関わってしまったのだ。

それが今、大公の魔女に対する非礼な行為に関わってしまっている。


「へぇ…。それで、どんな人だったの?」

ムウロは優しげな微笑みを浮かべて聞いた。

害意を一切感じさせないその微笑に、少女達はホッと息を吐いて頬を赤らめた。

だが、その安堵した表情もすぐに凍りついていった。


「どんな…」


少女達の誰一人として、ムウロの質問に答えられない。

占われる時、テーブルを挟んだすぐ近くに座り、手を握られていた。

だと言うのに、占者と名乗った人物の顔も、声も思い出すことが出来なかった。


「どうして…」

少女達は涙を流した。

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