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村の中へ

扉の前に、足を折り曲げて、所謂正座という座り方で頭を項垂れさせているのは、所々を黒く焦げ付かせた服を護っている黒髪の男。緑色の垂れ目から涙をボロボロと流し、30代よりも上かなとシエルが考える年には似合わない幼子のような泣き方で顔を歪めていた。


ヒック ヒック ズズゥ


喉からは引き攣った音が漏れ、時折鼻を啜る男。

男の前で、ムウロが胸の前で腕を組んで見下ろしている。


そんな二人の様子を見守っているのは、シエルだけではなかった。

シエルがムウロに聞いていた、柵の隙間から集まった村人達が村の外の様子を群がって窺っている。

老人から子供まで、確かに戦えそうに無いなと思われる小柄で、そして羊っぽいとシエルに思わせるフワフワの色素の薄い伸びた髪を全員が持っていた。

シエルが自分たちを見ていると気づいた何人かの子供達がフリフリと手を振って笑顔を見せてくれるが、それもすぐに近くにいる大人達に遮られて、子供達の姿を隠されてしまう。

好奇心は強そうだが、警戒心も強そうだなとシエルはムウロに聞いた話を思い出しながら考えていた。


「で、門番のくせに何を暢気に寝ていたのかな?」

ムウロの苛つきを隠さない声に、男がビクリと肩を揺らして泣き声の合間に声を振り絞る。

「だって、誰も来る気配無いし、来ても起きればいいだけでしょ?」

見た目に合わない、幼い口調で男は言う。

「自分の尻尾が燃えても起きないくせに?」

ハッと笑うムウロの言葉に、村の中から見ている村人達もウンウンと頷いている様子がシエルには見えた。

その様子を見る限り、男が寝ているのは何時ものことなのだろうか。

そして、シエルが思った"鈍い"という感想も、村人達は持っていたらしいことが分かった。

男はムウロに返す言葉を失っていた。


「ねぇねぇ、ムウさん。弟なの?」


男は狼の姿の時に、ムウロに向かって「兄ちゃん」と叫んでいた。

その姿からしても、父であるアルスの方の兄弟だろう。


「そう。一番下の弟で、えっと生まれて70年くらいだっけ?」


それにシエルは驚いた。

「ムウさんとか、ケイブさんよりも年上に見えるよ?」

ヘタをすれば、アルスよりも年上にも見えるかも知れない。

いまいち、魔族の年の取り方が分からないシエルは首を傾げて見せた。

「魔力もそう強く無いし、魔王陛下から授けられた爵位を持っている訳でも無い。魔狼としては順当な年の取り方に、なるかな?」


魔族は、その種族によって寿命や年の取り方は様々。それも、個々に持つ魔力の強さによっては種族に定められている寿命などを大幅に超えてしまう事もある。魔王が魔族の統治を楽にする為に作り出した爵位というものにも、寿命を越えさせる効果があった。大公位などは不老不死に近く、下位の爵位でも寿命を倍にする程度の力がある。

『銀砕大公』アルスの長子ケイブが、爵位を持たずして今なお若い姿を保って生き続けているのは、その身に保有する魔力の多さ故だった。そうでなければ、大戦の前に老衰で死んでいただろう。


「このシュラーは、母親が人間だから生まれた時から兄弟の誰よりも早くに死んでしまうって分かっていたんだ。そのせいか、父上の妃の中でも気の良い妃達はこいつを甘やかして、気がついたら父上の城でダラダラと日々を過ごす獄潰しになってたんだよね。」

「最近よく聞くよね、そういう人。中途半端な位置にいる貴族に多いんだって、新しい本で読んだ気がする。」

村人が仕入れた、社会の問題を提起して本に書いてあった事だと教えて貰った話を、シエルは思い出した。その著者が貴族を馬鹿にしたと投獄されたせいで、持っているだけで投獄されると噂になったという本だった。


国政に関わらなければならない高位貴族は全ての子女に教育を施し、貴族の義務を徹底させる。下位の貴族は、蓋を開けてみれば大商人などにも劣るかも知れない収入しか無い為、子供といえど仕事が振り分けられる。重要な国政に関わることも、日々の為に手伝いがあることも無い、中位の貴族の子供が、身分に胡坐をかいて放蕩し始めるか、自宅で自堕落に暮らすようになるのだと、シエルは聞かされた。


「あぁ、それ。それを三番目の兄が読んで、シュラーに仕事を与えなければっていう話になったんだ。それで、此処なら、こいつを可愛がっている妃達が不安に思うような危険も滅多に無いしやれるだろうって事になったんだけど…」


ムウロが、チラっと柵の間に見える羊人達の姿を見た。

「どうやら、寝て過ごしてるみたいだね。父上達に報告して、もっとキビキビ動けそうな場所で働かせるか。」

「えぇ、やだやだ!無理無理!」

項垂れていたシュラーが首を振って、ムウロの提案に拒絶を露にする。

「駄目。首を洗ってまってるんだね。僕は、お前に甘くはしないよ。」

ムウロの脳裏に浮かぶのは、シュラーに仕事をさせろと動いた割に何処か早死にしてしまう弟に対しての甘さが隠しきれなかった三番目の兄の顔。どうせ、こうなる事が分かっていてシュラーにこの仕事を与えたのだろうとムウロは予想していた。


ほら、さっさと仕事しなよ。

そう言って、ムウロは顎で扉を差した。

「仕事?」

「こいつの仕事は、羊人の村への唯一の出入り口である、この扉の開け閉め。この扉以外の、シエルが疑問に思った柵の隙間から出入りしようとしたら、仕掛けてある術が発動して丸焼けになるからね。村に入りたかったら、自力でこの重たい扉を開くか、シュラーに開けさせるか、なんだよ。門番としては、居るだけで冒険者とかを威圧出来るから、黙って睨んでおけって言ってあるって三番目の兄が言ってたね。」

ほら早く、と促され、シュラーが立ち上がって扉へと向かう。

正座をしていてせいか、その歩き方は足に力が入っていないフラフラとしたものだった。シュラー本人も、足が痺れたと痛みを訴えて嗚咽を漏らしている。


シュラーが扉に手を置いて、痺れが取れ始めた足に力を込める。

グググと鈍い音を立てて押し開けられていく扉には、正面からは分からなかったがシエルの体くらいの幅があり、非常に重いものなのだと理解出来た。


けれど、扉とそれを開けるシュラーに対する驚きよりも、扉の向こうに見えた羊人の村の光景にシエルは息を飲んだ。


先程も見た、モコモコともフワフワとも表現出来る髪の小柄な村人達が物陰から顔だけを出してシエル達を見ていた。

村人達が隠れているのは、茅葺屋根の色鮮やかな、色とりどりの小さな家々。

家が立ち並ぶ一帯の向こう側には、緑色一色の広い草原が見える。草原には、枯れた草が丸められている大きな玉が幾つも風に吹かれて転がっているのが見える。その枯れ草の球体よりも大きな、モコモコとした白く大きな羊が寝転んでいる姿も見えた。

扉とその周辺の柵だけを見ていただけのシエルの、想像以上の広さの内部にシエルは「わぁぁ!」と感動の声をあげた。


「…お久しぶりに御座います、若君。」


一人のフワフワとした白髪が目立つシエルの半分も無いような老人がオズオズといった様子でムウロに近づいてきた。

「弟が醜態を晒していたみたいで申し訳無いね、長老。」

流石にぶ厚く重い扉を痺れが取れ切れていない足で開け、疲れを露にして何度も呼吸を繰り返しているシュラーに酷薄な笑みを向けてムウロは口を開いた。

「いえ。…その、お怒りを覚悟で話を耳にさせて頂きましたが、どうか、シュラー様にこのまま門番をお頼み申したく思っております。私共、羊人族の気質にはシュラー様が丁度良いのです。どうか若君、ご理解を頂けないでしょうか。」

「ベッキー!!!ありがとう、我が友よ!!そうだよね、僕は此処にいるべきだよね!!」

顔見知りの羊人族の長老の申し出に、唖然としたのはムウロだけではなく、暢気な寝姿を目撃したシエルもだった。

だが、何故と二人が聞く前に、シュラーが感極まった様子で小さな長老を抱き上げ、その皺くちゃの顔を自分の頬でスリスリ、スリスリと頬ずりを始めていた。


「…まぁ、それを決めるのは僕の役目じゃないからね。これの担当は、三番目の兄パスティスだよ。一応、報告にはベルキュリオの嘆願を加えて置くけど。」


見てしまった以上は、知らせて置かなかったせいで、後で何故教えなかったとバレて責められたくも無い。ネチネチと五月蝿いところのある兄パスティスの常に浮かべている不機嫌な顔を思い出す。

ムウロとして譲歩した言葉に、羊人の長老ベルキュリオ、シュラーが付けた愛称曰くベッキーはシュラーに抱き抱えられながら、深々と頭を下げた。


「それで若君、本日はどのような御用件でしょうか?」


頭を上げたベルキュリオが問う。

第二階層などという、滅多にムウロが立ち入ることのない場所にある羊人族の村に何のようなのか。

最後に訪れたのは、先代の長老が生存していた頃だったと記録に残っている。

確か、羊人族が獣の姿と変じた時に採取出来る羊毛を使った布団を作るのだと兄に命じられたというのが理由だったと書いてあったことをベルキュリオは思い出していた。

「今回も、お布団をお仕立てでしょうか?」


「いや。今回、用事があるのはこの子。フルルっていう者は何処にいるのかな?」


「フルル?あぁ、という事は、そちらのお嬢様は…」

村の若者の名に、ムウロが背中を押してベルキュリオの前に立たせたシエルが何者なのか気づいて、笑顔で頭を下げたベルキュリオ。

そして、彼がムウロとシエルが会いたいのだと言う若者の家へ案内しようと口に仕掛けた時、遠巻きに見ていた羊人の人垣の中から一人の少女が飛び出してきた。


「あんたかぁ!!!!!」


頭には鍋。

手には木刀。


小柄な羊人達の中に並べば目立つ、少し大柄な少女は真っ直ぐにシエルを睨みつけていた。


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