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怖がりな獣人

「花嫁さんって、結婚するから連れてきて欲しいってことなのかな?」

花嫁という言葉だけで、様々な妄想を広げていくシエル。


一番可能性が高い、離れた場所に住んでいる花嫁を花婿の所に連れて行く。

流行の小説のように、親に結婚を反対されて家に閉じ込められている花嫁を助けだしてくる。

そして大穴、結婚してくれる花嫁を探している。


シエルの口からは色々な可能性が上げられていったが、その多くはムウロによって否定されて消えていった。ムウロが否定仕切れずに残ったのは、この三つだけだった。

だが、それもただのシエルの想像。

依頼書に書かれているのは、ただ「花嫁」という言葉だけ。


花嫁   第2階層羊人の村   フルル


花嫁という届け物にばかり目が向かい、この時初めてシエルの頭へと依頼を出した人の名前などの情報が入ってきた。

「羊人?羊の獣人さん?」

メェェエェという鳴き声がシエルの脳裏を走り抜けていった。

もこもこと膨らんだ毛を持ち、草原でのんびりと草を食む映像が浮かぶ。

地上では何処の牧場ででも飼われている、ほわほわの羊毛を取る為の牧畜。それが、実物を見たことの無いシエルが持っている羊の情報だった。


迷宮目当てで村にやって来る冒険者の中にも、シエルの家である宿屋に泊る客の中にも、獣人達の姿はあった。大戦の際、人間側に味方して地上に残った魔族の一派、獣人の子孫である人達。力が弱いことで魔界と地上を隔てる封印を容易に潜り抜け地上へと逃れてきた獣人の一族など、地上にいる獣人の数はそう少なくは無い。狼に猫、犬に鳥、兎、狸、狐などなど、身体の一部が獣の部位になっている者や、耳などの獣の部位が引っ付いているだけで普通の人にも見える者、そのタイプは様々ではあるが、辺境に暮らしていたシエルも見慣れた存在だった。

だが、肉食系の獣人だけではなく草食系の獣人の姿もよく見かけていたが、シエルは羊の獣人を見た事がなかった。


「羊の獣人さんって会ったことないな。」


シエルの口から飛び出た言葉。ムウロは、それに対して「そうだろうね」と答えた。シエルの言葉に対して当たり前の事だと言われ、どういうこと?とシエルは目を向けて聞いた。


「羊人達は、あまり自分たちの住んでいる場所から離れたがらないんだ。どうしても離れることになってしまったとしても、一人や数人なんて数で出歩くなんて事は絶対に無いし、地上に住んでいる者達は冒険者を雇ったりしてる。」

「怖がり、ってこと?」

村に、猫の獣人であるメリアが嫁いできてから、冒険者や商人として村に訪れる兎やネズミの獣人がメリアの姿を見ていないにも関わらず居心地が悪いのだと怯え始める姿を、シエルは見たことがあった。

メリアの存在を知った彼等は、本能が種族としての敵が近く居ると訴えてくるのだと言ったいた。

それと同じようなものなのかとシエルは考える。

「それもあるんだけど、美味し…ゴホンッ、身を守る術を持たない種族なんだ。

そのくせ、彼等が獣の姿を取った時に全身を覆っている羊毛は、地上にいる普通の羊の毛なんて足下にも及ばないくらい品質が良くて、魔力的要素が含まれている。だから、昔はよく魔族にも冒険者にも狩りの対象にされていたよ。今は、父上みたいな力のある支配者の支配地域に住むことで庇護を得て、平和に暮らしている羊人が多いけど。まだまだ馬鹿をやらかす奴等は居るからね。」


幸いなことに、シエルにはムウロが途中で咳をしたフリをして消した言葉は届く事はなかった。

ムウロは魔狼。ムウロ自身に、食べる必要性が一切無い為、最近では滅多に口にすることは無いが、同じ魔族や人間を食べることもある種族が魔狼だ。魔族の中では弱肉強食、餌とすることもあれば、餌にされることもあるという事は常識のようなもの。魔界を6つに割った大公達のそれぞれの法さえ守っていれば種族の本能に従って何をしようが、罪に問われることなどない。アルスは自分の領民に手を出す事は無いが、他の大公の領民や自分に牙を剥いた敵を骨まで喰らい尽くす事に躊躇は無い。半分は吸血鬼のムウロは血を吸う方が好きだという変わり者ではあるが、敵を喰らったことは何度ものあった。もちろん、羊人族も…。

それをうっかりと口に仕掛けてしまい、ニコヤカに話を続けていたムウロだったが、内心は冷や汗をかいていた。


「じゃあ、花嫁さんを早く連れて行ってあげた方がいいよね?」


滅多に外へ出ることのない人の頼みごとということで、きっと普通の人よりも今か今かと首を伸ばして待っているだろうとシエルは考えていた。

「でも、この花嫁さんは何処にいるのかな?」

早く届けてあげたいと思っても、花嫁の居場所が分からない。どんな人なのか、名前さえも分からない。どうしたらいいんだろうと悩み始めた。

「まぁ、本人に聞くのが一番早いと思うよ。」

ムウロの言葉に、シエルもそれもそうだと頷いた。


分からなければ、依頼を出した本人に聞けばいい。

謎に包まれた花嫁について、『銀砕の迷宮』の第二階層にある羊人の村に行き、フルルという依頼人にまず会うことにした。


「ここからじゃ遠いし、転移の魔道具を使おうか。」


ムウロが懐から取り出してシエルへと手渡したのは、首から下げる為の紐が付けられたカメオだった。白い石に女性が横を向いている姿が浮き彫りにされている。


「これが、魔道具?」

「そうだよ。僕が昔から使ってるものなんだ。」

シエルはマジマジと、初めて見る転移の魔道具を触り、上下左右に回して見てみるが、普通の装飾品に見えるだけだった。

「なんか、普通。」

「それなりに強力な力を放ってるんだけどね。」

やっぱりシエルには感じられないか、とムウロは苦笑した。

ムウロが幼い頃、母が従えていた魔女に造ってもらった魔道具で、転移の魔道具の中でも上位に位置する程の力が込められている。少しだけ、力以外にも呪いのようなものも染み込んでいるのだが、ムウロには一切影響は無いので放っておいている。

ムウロの目から見れば、シエルの手の中にあるカメオからは魔術師でも無い人間だったら体調を大きく崩す程度に強力な魔力が放たれた上に、黒い靄のようなものも漏れ出ているのだが、シエルはケロッとした顔で平気そうにしていた。


「それじゃあ、まずは街を出ようか。正門を潜って外に出たって記録を残さないと行けないし、ね。」


入ったという記録と出ていったという記録、帳尻が合わなければ上から下までを巻き込んだ大騒ぎになる。それも面白そうだけどと意地悪く笑うムウロにシエルは「駄目だよ」と釘を差した。


起きたばかりで朝食を取っていたシエルは、服は寝巻きのまま、髪はボサボサ、とまだ支度が整っていなかった。だが、次の行き先さえ決まってしまえば、準備は早い。

部屋の中にムウロが居ることなど今更、気にもならない。

パッパッと着替えをすませ、髪にブラシを入れる。全てが終わるまでに、一分掛かったかどうか。そして、準備が終わったシエルは未だに椅子にゆったりと腰掛けているムウロを振り返る。


「ムウさん、行こう!」



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