平穏な道のり
「つまんない」
頬を膨らませて拗ねるシエルの姿に、苦笑を浮かべた冒険者たちが慰めの声をかけ、彼等の胸より下にある頭をポンポンと撫でている。
そんな彼等に「甘やかさなくっていいっすよ」と苦言を呈するフォルス。
拗ねるシエルの頭を叩き、冒険者たちの姿を見送った。
ヴィオル帝国の東に位置する、ラインハルト侯爵領の中心
『挑むものたちの街』ヴェルナ
世界でも珍しい、迷宮の群生地域に向かう道のりで最期の街となるヴェルナは、迷宮に挑み名をあげようという冒険者たちと、冒険者たちを相手に商売しようという商人たちで賑わっていた。
『銀砕の迷宮』を始めとする群生地域は、北は険しい山脈、東は広く深い湖、南は人魔大戦の傷痕といわれる大地の裂目があり、ヴェルナから伸びる道だけが唯一の通り道となっている。ヴェルナを出て歩き続けて2日、群生地の入り口にあるミール村に辿りつくまで村一つなく、すでに群生地の中ともいってもいいミール村では戦う術の少ない商人たちは訪れることが出来ない為、人々はヴェルナに集まってくる。
本来ならば、村から街まで草原や森を抜けて二日かかる道のりがあった。
けれど迷宮が広がった為に、村から五つの階層を潜り抜けて地上に出ると、その入り口は街が視認出来るほどの距離にあった。
地上に出て、歩いて一時間。
昼過ぎに村を出て、日が暮れる直前という短時間で、準備していた携帯食を使うことなく、その道のりは終わりを告げた。
何事もなく無事に街の城壁に辿り着いた、歓喜の声を上げて表情を綻ばせた冒険者たちの中で、只一人、シエルだけが不機嫌な顔をさらしている。
その表情と普通の村娘の装いで冒険者の中で浮いて見えるシエルの姿に、ミール村から迷宮を抜けてきたと告げた冒険者の一団に驚き慌てる門番たちの目を引いていた。
シエルが不機嫌な理由。
それは、あまりにも平穏な道のりにあった。
村を出て、迷宮の中を進んでいく。
魔物も魔族も、血に植えた植物も、鼠一匹遭遇することなく、夜を迎えて冒険者たちで寝ずの番をすることなく、ただ黙々と迷宮の中を進んでいった。
危険なことがあったとすれば、時折簡単な罠に嵌まっていたシエルくらいか。
「たく。あんな分かりやすい罠避けろよな。絶対にわざとだろ。」
落とし穴に水攻め、降り注ぐ槍に転がり落ちる巨石。
どれも、これも、初心者の冒険者であろうと発動させることが無い罠ばかりだった。罠が発動しようが命に関わることがない、馬鹿げた罠もある。銀砕大公が関わる迷宮には、こういった子供だましの罠が最下層に近づこうが隠されている。フォルスが大公本人にそれとなく聞いたところによると、彼の子供が幼い頃にやった悪戯の名残なのだそうだ。今では反抗期を迎えて、本気で殺しにかかってくる子供たちが可愛かった頃の思い出として大事に整備して残していると酔っ払いの涙を流して語っていた。それを聞きながら、貰い泣きしている村の大人たちに辟易したことも覚えている。
「半分は?」
「半分は分かってなかったのかよ。お前、やっぱり冒険者無理だわ。ジジイ共の判断は正しい。」
シエルが首を傾げて、半分の罠は分かっていて発動させたと答えた。ということは、残り半分は見つけることが出来ずに発動させてしまったということだ。面白半分に発動させるしかお目にかかることが無い罠ばかりだったというのに。
予想以上の才能の無さに、フォルスは頭を抱えた。
一緒に村の大人たちによる修行に参加していた頃、冒険者になるのは諦めろよと諭される姿を見て可哀想だなと思っていた頃の自分を殴りたい。その後に、同じように思ったらしい子供たちでシエルを森の中に連れていって起こった、村の大人たち総動員の騒動を思い出した。あの事件があって、村の子供達は大人たちが言っていた「あの両親にこの子在り」という言葉を思い知ったのだ。
「全然、冒険っぽく無かった。」
「あんだけ罠を発動させておいて、よく言う。
始めから分かってただろ。変性が終わった後は魔物共も成りを潜めるって。それに、魔物に遭遇したとしても、戦うわけでもなし。」
銀砕大公の庇護下におかれる人間が襲われるわけもなく、彼と契約を交えその力を纏う魔女ならばなおのことだ。
「嬢ちゃんには悪いが、おかげで俺達は無事に戻ってこれた。礼を言う。」
冒険者たちの中で、一番年長のパーティーを率いる男が、シエルの頭に手を置き声をかけてきた。
「俺達が、大公位の普段の第五階層から戻るのは無謀としか言えない事だからな。変性中には魔物たちが大人しくなるとされているが、全ての魔物が出てこないわけじゃない。これだけの冒険者が無事に帰ってこれたのは、二人のおかげだ。」
「馬鹿の言うことは放っておいてもらって構いませんよ。ギルドへの報告、本当に任せても良かったんですか?」
シエルに笑いかける男に、フォルスが横槍をいれた。
調子に乗られたら困る。男が見たフォルスの顔には、シエルに対するそんな思いがありありと描かれている。
「あぁ。どうせ、ギルドに言ったら聞かれることだしな。
お前は、領主のところに行くんだろ?」
「はい。村長からの書状も預かっていますから。それに、これだけ迷宮が広がっていたのなら、あちらも情報は喉が出るほど望んでいることでしょうから。」
「そうか。ギルドにも、そう伝えておく。」
「お願いします。」
冒険者たちと別れて、城壁の中に入る。
その際、城壁の門を守る門番たちに、これといって何かを提示するでもなく何なく街の中に入ることが出来た。
「本とかでは、身分証提示しろって言われるのに。」
「王都でも、あるまいし。冒険者やら商人が大量に出入りする街でそんなことやってたら苦情が来るだけだ。宿をとったら、俺は役所に行く。街の中をぶらついてもいいが、ちゃんと夜には宿に戻ってろよ?もしかしたら、俺は戻らないかも知れないから戸締りはちゃんとしろ。朝になっても戻ってないかも知れないからな。」
街の中心を真っ直ぐに貫いている通りを迷うことなく進むフォルス。
夕食時とあって、家路に帰る人、食事を取ろうと店を探す人、宿屋を探す人など、村から出たことのないシエルが見たこともないようなたくさんの人が行き交う通りで、シエルは絶対に逸れると考えたフォルスは、後ろを振り返ることは無いが、シエルの手をしっかりと握っている。




