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それは突然のことだった。

「みんな、頑張れよ。もうすぐで出口だ。」


一人の男が後ろに続く仲間たちに声をかける。

その声には、あと少しだという明るさと油断するなという厳しさが宿っている。

あともうすぐという所で油断して罠にかかったり、普段なら簡単に排除できる敵の襲撃で命を落とした冒険者なんて何人だって頭に思い浮かべることが出来る。

迷宮ダンジョンから出て、迷宮の出入り口から遠巻きに出来る、歩いて少しした所にある小さな村に着くまでは安心することは出来ない。


迷宮に挑戦する前にも世話になった宿屋で泊まれば、疲れた体を休めることが出来る。宿屋の主人が作る暖かい料理を食べれば心も休まる。無愛想な女将の差し出す酒でも飲みながら、宿屋の娘の冒険話をせがむ声を聞けば、過酷だった冒険の過程も良い経験、思い出に変わるだろう。

宿屋の外に出掛ければ、昔一花を咲かせたという武闘家の老人や鍛冶師の老人に装備している武器たちを直してもらえば、次の冒険への意欲も沸いてくる。薬屋の老婆に頼んで必要な薬を買い揃えれば、何時でも冒険に出ることが出来るだろう。


頭に過ぎった考えに、男たちは最後の気力を足に込め、前へ前へと進んでいく。

その体には黒く乾いた血の跡がこびり付き、体を覆う装備はボロボロに砕け、ひび割れている。傷一つ、血がこびり付いていない者など誰一人いなかった。



「にしても、自信なくすな。

 たかだか第四階層に行っただけで、こんな有様じゃあな。」

男たちは、ギルドでもBランクに位置づけられ、それなりに名前も知れ渡っている冒険者パーティーだった。色々な迷宮に潜っては成果をあげていたし、幾つかの迷宮では最下層まで辿り着き、魔界に通じている扉を閉ざして迷宮を終わらせた事もある。

だというのに、この迷宮には手も足も出なかった。ギルドに残っている記録では第9階層までは確認されているとあった。それでも最下層までは程遠いと書かれていたし、古い記録だというから増殖と変性が起こっていれば、迷宮の内部がその記録通りのままとは考えられない。

そうギルドで忠告されてから男たちは、この迷宮に挑んだ。

男たちには自信があった。

なのに、男たちが装備を消費し、体力を消耗しながら何とか辿り着いたのは、男たちのこれまで挑戦してきた迷宮からいえば、たかだかと言ってしまえる第四階層だった。しかも、少しだけ魔物と対峙しただけで勝てる可能性を持てず撤退してきたという体たらくだ。


これが、扉を維持している迷宮の、魔界の大公位が生み出した最高ランクの一つ、『銀砕の迷宮』の力だというのか。

あまりにも、他の公爵位を始めとする爵位持ちが作った迷宮や、大公たちが生み出したものの手を放された、もしくは最下層の扉を壊された迷宮とは格が違い過ぎる。


「また、修行のやり直しだな。」

「あぁ。今以上の力をつけて、また挑戦しよう。」

「それにしても、今日は魔物に遭遇しないな。不気味だな。」

仲間の一人の言葉に、全員がハッと思い返す。

いつもなら撤退していようと問答無用で襲い掛かってくる魔物たちを、姿形を見ることさえしていない。こんな事、今までに経験していない。

「嫌な事を言うなよ。

 ほら、出口だってもう見えてるんだぞ?」

「油断するなって言ってんだろ?」

口々に警戒するようにと注意しあいながらも、男たちの目には迷宮の出入り口から漏れる地上の光が注がれている。

頭の何処かで、ホッと息をつく自分を抑えることは出来ないでいた。

「地上に出れば、村まであと少しだ。他の迷宮に行くパーティーもいるし、村まではそうそう魔物も出てこないだろう。」

この迷宮の入り口がある周囲には、多くの迷宮の入り口が乱立している。世界でも極めて珍しい状態を維持している地域だった。そんな地域の中、迷宮に囲まれるように小さな村が存在していることを冒険者たちは奇異の目で見ながらも、迷宮に潜る為の準備や身体を休める場所があるということで、ありがたく村を利用してた。お人よしとも評される程に優しい村人たちもそれを良しとして、冒険者たちを招きいれてくれている。

迷宮から帰れば、村に入り思わず「ただいま」と言ってしまうという、冒険者たちに好かれている村だった。


男たちは、久しぶりの明るい光に目を細めながら、地上へと足を踏み出した。





「なんだ、これは!!?」


地上に出た。

そう、男たちは思い喜んだ。

しかし、男たちが見た光景は地上のそれでは無かった。



土で出来た空-天井があった。

天井の下に広がる森は記憶にある光景と変わらない様子ではあったが、木々を注がれ、空間を包む明るさは、太陽の光では無かった。光を放つ水晶の玉がそこかしろを飛び交い、果ての見えない空間を照らしている。

森を見下ろす崖の途中に洞穴のように『銀砕の迷宮』への入り口は開いている。

崖の下から少し、広がる森の中ポカリと拓けた場所にある村は変わらずに存在していることを確認し、そこに動く人影を目視して、男たちは少しだけホッと息を吐いて心を落ち着かせた。


「なんだよ、これは。」

「迷宮の変性があったのか?だから、魔物の姿を見なかったということなのか?」

「・・・まずは村に行こう。他の冒険者たちも居るだろう。集まれるだけ集まって、全員で話し合わなければいけないぞ。」

「・・・・・変性があったって事は、ここは一体第何階層になったんだ?

 止めてくれよ・・・死にたくないぜ、まだ。」


村に向かわなくてはと思っても、男たちの足が動こうとしない。

地上に出れば、村に帰れば、と思って残り少ない力を振り絞って地上に上がってきた男たちは、目の前に広がる光景に心の何処かで絶望し、残っていた力ももう残されていなかった。

もう、ボロボロの装備が、空っぽの荷物でさえも、重くて立っているのがやっとだった。




「お兄さんたち、お帰りなさい。大丈夫ですか?」


どれだけ、そうやって立っていたかも分からない。

いつの間にか、男たちの周りには同じように力尽きてしまった他のパーティーがチラホラと、立ち尽くしたり座り込んだりと、皆同じように顔を真っ青に染めて絶望を浮かべている。


そんな男たちに、男たちがいる崖の途中の踊り場へと続く崖沿いの道を登ってきた少女が声をかけた。


赤い頭巾を被り黒い髪を両肩で縛る少女は、蔓を編んで作った大きな籠を左腕に持っただけ、武器の一つも持つ事なく立っていた。

村の近くだとはいえ、迷宮から出てきた魔物などがいる森の中を歩くにも無防備過ぎる姿、ましてや冒険者たちが絶望する異常事態の中では在り得ない姿を晒している。


「し、シエルちゃん。一体・・・」

村に一軒だけある宿屋の娘であるシエルを知らない冒険者は、この周囲の迷宮に挑む者たちの中にはいない。挑戦する前には「いってらっしゃい」と見送り、帰れば冒険の話をせがまれる。

何処にでもいるような平凡な少女なのだが、どんなに強面の冒険者だろうと、愛想のない奴だろうと、邪険には出来ない人懐っこさを皆に愛されていた。

「驚いたでしょ?今日の朝に突然こうなっちゃったんです。

簡単に説明すると、夜の内に『銀砕の迷宮』が変性を始めて、増殖・拡大、周囲の迷宮、村を飲み込んじゃったようです。ここは、第5階層になるらしくって。明日には、変性のせいで大人しくしている魔物たちが動き出すそうなので、まずは皆さん村に行きましょう。うちの宿屋でゆっくりと身体を休めて、詳しくはそれからで。」

うな垂れている冒険者たちを見回して、彼等の状況を見たシエルは腕に下げた籠の中から小さな小瓶を取り出した。それを冒険者たちに配っていく。

「オババの、体力を回復させる魔法薬です。村に行ったら他にも治癒薬なども色々用意してあるので、まずは村まで我慢して歩いて下さいね。」

シエルは来た道を帰ろうと、冒険者たちに背を向けて歩いていく。

男たちが後についてくると信じて疑わずに、後ろを振り返ることなく歩いていくのだが、男たちの足は一向に動く気配はない。


「第五階層・・・」

「嘘だろ。俺達第二階層で限界だってのに・・・」

「もう、装備も何にも残っちゃないぜ?」


男たちは、自分達が挑戦することも出来なかった第五階層というシエルから告げられた言葉に、益々の絶望に落とされていた。

今は大人しくしているという魔物が動き出せば、その階層に相応しい魔物たちが蠢くことになる。第五階層に蔓延る魔物たちなんて、彼等には経験したこともない相手だった。倒せるなんて思えない、己の死しか想像出来ない相手だ。


男たちの、生気の抜けた小さな声が風の悪戯でシエルの耳にも届いたのか、

スタスタと歩くシエルが後ろを振り向いた。

「大丈夫ですよ?

 無事に地上に出る方法がありますから。」

「ほ、本当か?」

「はい。だから、早く村に行きましょう。」


男たちの目に光が戻り、シエルの後を追って足を進めた。

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