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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋する魔物と神父

恋する神父にまごころを捧げよ

作者: 煤竹

「私のココロを受け取りなさい!」

「お前の心臓なんざいらねえよ。しまえ」


 彼らのやりとりは時に猟奇的だったりする。







「一体何がいけないのかしら」


 断崖絶壁に穿たれた巨大怪鳥の巣穴の中にある、香りの良い藁で作られた大きな巣。そこに我が物顔で寛ぐ魔物女は縫い物をしている。

 可愛らしく刺繍でも? と思うなかれ。彼女が縫い合わせているのは自分の胸。思いを寄せる男のために己の心臓を捧げようとして突き返された、本日の失敗の痕跡だった。


 自ら切り離した臓器を胸部の骨と骨の間に押し込み、自ら切り裂いた傷跡をちくちく縫いながら魔物女は呟く。


「彼を思う私の気持ちと、儀式(ミサ)に必要な血と肉を一石二鳥にあげられるから喜んでくれると思ったのに……。ねえ、ヒポもそう思うでしょう」


 魔物女にヒポと呼ばれた怪鳥ヒポグリフは何処かから拐ってきた黒い馬に夢中でかぶり付いていて彼女の話をまったく聞いておらず、むしゃむしゃという食事の音が巣穴に響いている。

 彼女もまた怪鳥の返答を期待していたわけではなく、一人言のように呟いただけのようで無視されても気にしていない。


「新鮮な方が良いかと思って目の前で取り出したのがはしたなかったかしら? 新鮮さは二の次にして綺麗にリボンを掛けて贈っていたら受け取ってくれたかしら?」


 ちくちくと縫う手を休めず魔物女は考える。


「……どうすれば良いかしら」


 どうすれば恋する神父に自分を受け取って貰えるのかを、真剣に。



 玉止めを施して縫い物を終えた魔物女は、ふと視線を上げて巣穴の壁を見る。壁に打ち付けた数本の麻紐に括られた、萎びた花束の数々。あの男に叩き付けられながらにして贈られた、魔物女の宝物たち。

 そのどれもが一様にかじった跡があり、花束の数だけ魔物女が身体を麻痺させた失敗の歴史とも言うべきものだった。


「……」


 もそもそと裁縫道具を片付けて、本日も顔面で受け止め手に入れた花束を取り出した。

 人を簡単に死に至らしめる猛毒のトリカブト。触るのも危険なこれを、人である彼が何故集めるのかと、魔物女はいつも不思議に思っている。


 張りの無い花弁の一枚を口に含み噛み締める。舌を刺すようなぴりっとした刺激が一瞬訪れ、次いで胸がかあっと熱くなる。縫い合わせた傷口とその内部が癒されていくのを魔物女はぼうっとした様子で感じていた。

 組織同士が結合しあい、しゅうしゅうと仄かな湯気を上げる傷口。先に表面が修復されて、次第に切り離された心臓が身体を廻る管と繋がっていった。


 ……どく、どくん。

 魔物であるその身には無用な器官が胸で息を吹き返し、力強く脈打ち始める。

 鼓動を始めた器官が馴染むようざわめく体内に、魔物女はふっと息を零した。




 ―――あなたは私を殺した。


 密やかに行われた罪を暴く様な意味を持つ植物を、男が寄越す意味は何なのだろう。

 人間に対しては猛毒な植物だとしても、魔物に対しては万能薬と言って良い代物で、魔物の間でトリカブトの花言葉の意味は人間のそれとは真逆な性質を持つことを、男は知っているだろうか。



 ひょっとして、と夢心地に魔物女は懸想する。


「……彼も私のことが好き、だったりして」


 そんな呟きを魔物女が溢すと、満腹になったであろう怪鳥がギュアアンと一声鳴いた。


「無い無いって……ひどいわヒポ。夢見るだけなら別に良いでしょう」


 がしがしと後ろ足を器用に使い顎の下を掻く怪鳥の表情は解りづらくとも呆れた面持ちだった。


「良いわ、絶対に彼を射止めてやるんだから。吠え面かかないでよね」


 どうぞご自由に、と言わんばかりに怪鳥は嘶きを上げて、翼を広げて巣穴の外へと飛び出していった。食後の運動は人も魔物も関係無く、女性(・・)には欠かせない。

 ばさ、ばさ、と立派な翼で空を翔る怪鳥はあっという間に魔物女の視界から消えてしまった。


「……いいなぁ」


 昼の光が射し込む巣穴の外は、闇の眷属たる魔物女にとっては未知の領域。太陽が沈んだ後、月が完全に昇らねば魔物女は外の世界を闊歩出来ない。

 人間、とりわけあの男が生きる昼の世界へ自由に行き来出来る怪鳥を、魔物女は心底羨んでいた。


「私も神父に会いに行きたい……。あの優しい神父様にまた会いたい……」


 現在、真夜中に叩き起こされて寝不足で不機嫌な男の姿しか見られぬ魔物女はかつて出会ったばかりの頃の神父を思い出し、今とは似ても似つかぬ彼の様子を思い浮かべながら藁を被った。


「おやすみなさい、神父様。また夜に……」


 すやすやと眠る魔物女の目が覚めるのは、今より三日後の夜である。













 ―――ばさり、ばさばさ。

 すぐ近くに降り立ったであろう巨大な鳥の気配に気付いた男は、罠にかかって得た野ウサギの解体作業の手を止めて音のした方角を見ると、何本かの木を隔てた向こう側にある開けた場所にその巨体がちょんと大人しく座っている様子が分かった。

 また来たのか、と見慣れた姿に目を細め、やれやれと獲物の足を一本切り取って待ち人のいる平野へと向かった。


 男が向かって来る様子をひたと見据える怪鳥の視線は鋭く、その辺に潜む魔物のそれとは一線を画す知性を覗かせている。ゆったりとした足取りで巨体の前まで来た男は「よう」と怪鳥へ気軽に声を掛けた。


「今日も元気か」


 男の問い掛けに胸の飾り羽を膨らませた怪鳥は問題ないと答えるようだった。


「それは良かった。ああそうだ、腹減ってないか? さっき獲れたばかりのウサギだが、味見するか」


 そう言ってウサギの足を見せれば、怪鳥は片方の前脚で催促するようにとんとんと地を叩く。男が足元に放ってやると怪鳥は前脚で器用に肉を掴んで啄み始めた。少しずつ骨になっていくウサギの足を見ながら、男はその場に座り込んだ。


「お前なぁ、仮にも伝説級の生き物(ヒポグリフ)が易々と人間(おれ)の目に触れて良いのかよ」


 ちら、と鋭い視線が男の方へ寄越される。それは厳しい厳しい、お前が言うな、という非難の目。


「……悪かった。俺がお前たちの領域に邪魔してるんだもんな。お前がどこに現れようがお前の自由だな」


 分かれば良いと言わんばかりに目を伏せた怪鳥はまた食べることに専念した。


「美味いか」

「……」

「そうか」


 その巨体からすれば一飲み出来るであろう小さな肉の塊を怪鳥が行儀よく食べている間、男は独り言のように日々の暮らしをぽつぽつと語った。


「あのな、前に俺のところに来る変な女の話をしただろ。あいつ、変の上に超がつく馬鹿でさ、自分で自分の胸を掻っ捌いて見せたんだよ、儀式に必要だろうって言ってな」


 肉を食べ終えて綺麗な骨のみになったウサギの足。その足の骨までぱきぽきと食べながら怪鳥は男の話を聞いていた。


「まさかあそこまで馬鹿だとは……まあ、あながち間違ってないけどさ。儀式に必要なのは本物の血と肉じゃなくてそれに見立てた別物だってのに。ああ、どうして見立てたかって言えばだな……」


 急に始まった、かつて神の子と呼ばれた聖人の聖体がうんぬんかんぬんという男のうんちくには興味が無いとばかりに聞き流す怪鳥は最後の一口を食べ終えて、キュルル、と満足げに喉を鳴らし。そして徐に四肢で立ち上がり、座っていた場所の真下辺りからぽいぽいと二つ、男へ投げて寄越した。


「……ああ、これが正解」


 怪鳥が投げて寄越したのはワインボトルと堅焼きパン。

 どうだ、と胸を張る怪鳥に男は目を丸くして、笑った。


「お前は賢いよなぁ。あいつとは大違いだ。儀式における聖体拝領では神の子の血をワインに、肉をパンに見立てたわけだな。鮮血滴る魔物の生肉なんて今日び怪しい宗教団体でも使わないだろうし……。……でも、何でお前はこれを持ってるんだ? というかどこの集落から盗ってきた。……おいこら、目を逸らすな。盗みはいけないことだぞ、返してってこら!!」


 男の話を遮るように怪鳥が突然羽ばたきを始めた。どうやら退散することにしたらしく、ばさ、ばさ、と空気を一掻きする毎に宙へ浮かんでいく。

 激しく吹き付ける風に押されて男が目をきつく瞑っている間に怪鳥の姿は空の高い場所に移動しており、男が見上げればくるりと旋回してその場を去って行った。


 怪鳥が残していった出所不明の土産物(盗品)を手にしながら立ち尽くす男は「主よ……」と呟き項垂れるのだった。






真心を魔心と勘違いしている魔物女と、動物についつい話しかけてしまう神父と、円らな瞳の鋭い眼光がチャームポイント巨大ヒポグリフちゃん♀。

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