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第一話「最愛」

朝早く、やけに静まり返った病院内に自分だけの靴音が、やけに大きく響く。


普段色のないくすんだ空の色と腐臭に慣れているせいか、病院の真っ白な色がチカチカと目に痛く、消毒液が鼻につく。


朝早くに来たからだろう、受付けには看護師がまだ二人しかいなかった。

その看護師は机に向かって仕事をしていたが、俺の気配に気付くと会釈をし「おはようございます」と声を掛けてきた。


俺は軽く会釈をするだけで、そのまま何事もなかったかのように通りすぎた。

…他人と目を合わせて会話をするのは苦手だ。


ー 人は普段は笑顔という名の仮面を被っている。その仮面の下は悪魔だ ー


ガキの頃から、"あのくそったれた街"で過ごしてきて、名前も知らないじいさんにそう教えられてからは人を頼らず、色々な事に手を染めて生きてきた。


そう、全ては沙那のために。


ちょうど廊下の一番端にある大きい扉。まるでそこだけポツンと取り残されたかのような部屋を明けた。


「よう、調子はどうだ?」


俺に気付いた沙那はそれまで読んでいたらしい本を閉じると、ベッドから抜け出し俺の元へ寄って満面の笑みを浮かべた。


「お兄ちゃん、おはよう!」


「おい…寝てなくていいのか?」


「うん、今日は熱もないし、凄く調子がいいの」


確かに今日は顔色もいいし、元気そうだ。だが、今日は調子がいいせいで本人は退屈してるみたいだな…。


俺は沙那の細く折れそうな肩に手を置くと、ベッドの端に座らせる。


「もうお兄ちゃんったら…今日は寝てなくても大丈夫なんだよ?」


頬を膨らませ、大きな瞳で俺を見上げてくる。沙那はそれで睨んでるつもりなんだろうか…。


こいつ…沙那は俺と5つ歳の違う妹だ。俺と沙那の母親は娼婦で、どこの馬の骨とも分からない男の子供を身篭った…それが俺と沙那だ。

だから俺は父親の名前どころか顔さえ知らない。その後また違う男の子供を…沙那を産んで、俺達をあの"くそったれた街"に捨てて母親は蒸発した。


おまけに沙那は産まれつき、身体が弱く難病に掛かってしまったせいで、こうして入、退院を繰り返している。

沙那が病気を治すための手術を受けるには莫大な資金がいるんだ…。


だから俺はあの"くそったれた街"で、ガキの頃から『何でも屋』を営んでいる。

『何でも屋』と言うからにはどんな依頼も受けて、こなしている。勿論依頼さえあれば人殺しもする。


全ては沙那のためだ。沙那を助けるためにはどんな事でも出来る。



俺は膨れっ面の沙那の腰まである長い淡い栗色の髪を掻き回すように撫でてやった。


「またいつ調子が悪くなるか分からないだろ?横になっとけ」


「…はーい…」


渋々といった感じで、ベッドに横になると布団を被る。

何だかんだで、沙那は俺の言う事は素直に利く奴だ。


「よし、調子がいい時こそ大人しくしてろよ」


「うん…ね、お兄ちゃん」


それまで膨れっ面だった沙那が急に少し寂し気な表情を浮かべて、小さく俺を呼んだ。


その沙那のどこか寂しそうな表情に合わせるように俺は優しく微笑む。


「あぁ、どうした」


「最近バーの方のお仕事はどう?沢山お客さん来てるの?」


突然の沙那の質問に俺の胸は跳ね、少し動揺してしまう。

俺は平然を装って、沙那に答えた。


「あ、ああ、そうだな。相変わらず客の入りはイマイチだ。兄貴は大赤字だの何だのって嘆いてるな」


「そっかぁ…五郎さんも大変だね。お兄ちゃんもお仕事頑張ってね」


沙那はその大きな瞳で真っ直ぐに…まるで俺の事を全て見透かしているかのように…見つめてくる。沙那の瞳に動揺を隠せない俺の顔が映って、堪らず目を反らしてしまう。


それ以上沙那も何も聞こうとはせず、真っ白なカーテン越しにある街並みを物憂げに見つめた。


…しばし訪れる沈黙。その重い空気に耐えられず俺から口を開く。


「それと明日の定休日に皆、見舞いに来てくれるってよ。翼がお前に会いたがってたぜ」


それまで物憂げに街並みを見つめていた沙那は突然パッと表情を輝かせた。やはり話題を変えて話をしたのは正解だったみたいだな。


「ほんと?うふふ、凄く嬉しい。早く皆に会いたいなぁ…」


「おう、だからそれまで、また体調が悪くならないようにゆっくり寝ておけ」


そこでチラリと腕時計を確認すると、針は9:30を指していた。

もうそろそろ帰って準備を始めないとな…。

もう少し退屈している沙那の話相手になってやりたかったが、仕方ない…。

俺はのっしりと立ち上がる。


「そろそろ行くわ。準備しないと兄貴がうるさいからな。じゃあ明日の定休日、皆で来るからな」


「うん、明日楽しみにしてるね。帰り気を付けてね、お兄ちゃん」


軽く手を上げると、沙那は布団から手を出すと軽く手を振り返してきた。


俺はガランとした個室の扉を後ろ手で閉めると真っ白な廊下を歩き出した。



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