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夢牢   作者: 伝次郎
1/9

その一

この物語はホラーにしていますが、世にも奇妙な物語的なものだと思ってください。全9回で完結します。



     (一)



 ここはどこだろう。俺は今、何をしているのだろうか……。

 眠っているのか? うん、そんな気がしないでもないが、ベッドに身を横たえている感覚はない。ましてやどこかで寝た記憶さえないのだ。

 しかし辺りは真っ暗で、何も見えない。吸い込まれるような漆黒の闇に、孤独な肉体を浮かべている。身体は痺れにも似た電流が走っているのか、肉体の自由を何者かに拘束されたかのようでもあった。

男は目を開けてみようと試みた。瞼が重い、と感じる。ということは、やはり今まで眠っていたのかもしれない。

 薄っすらと開いた瞼の隙間から、鈍い光が差し込んで来た。眼を貫くような鈍痛を覚えて、軽くキュッと目を閉じる。そしてまた、ゆっくりと瞼を持ち上げてみた。

 その光景と自分の姿を見て、男は驚愕せざるを得なかった。

 男は今、ビルに囲まれた狭い駐車場の真ん中に立っているのだ。人影は全く感じられない。朝なのか昼なのか……いや、夕方なのかもしれない。目映い光が男を照らしているが、発光源たるべき太陽がどこにも見当たらないのである。

 着ている服も、昨日まで身につけていた紺のスラックスに白いポロシャツという格好ではない。ヨレヨレのTシャツに真っ赤なアロハシャツといういでたち。しかも前のボタンをすべて外した、ならず者の見本のようなものだ。四十五歳にもなってこんな服を着ることなどないはずなのだか……。

 いつの間に着替えたのだろう。いや、俺のタンスにこんなダサい服なんて入っているはずがない。誰かに無理やり着せられたのではないだろうか。酔っていればそういうこともある、ってものだ。もっとも二十数年前、こんな格好で街を闊歩していた時期があったのも事実ではあるが。

 男の視線が、ふとアロハの袖口を捉えた。肩の下から、ナイフで切り裂かれたような切れ目があったからだ。

 見たことがある、と男はそう思った。――いつだろう。俺が若い時に着ていた服に似たようでもあるが……。

 おっと、そんなことはどうでもいい、と男は我に返った。大事なことは、この現状なのだ。

 目を開けたということは、眠りから覚めたということにほかならない。では、いつ、どこで眠りについたのか……。

 男の記憶は、気心の知れた仲間たちと、花見の宴を楽しんでいるところまでだった。いや、正確に言うと、二次会の会場になった行きつけのスナックだったような気もする。

 三月末としては異例の日差しに照らされ、朝から着ていたトレーナーを脱いだほどの暑さだった。日没を待つのももどかしく、スナックのママに電話して無理やり店を開けてもらったのだ。

 そのママと、仲間たちには聞こえないよう、今夜の打ち合わせをしていたはずだ。妻ある身ながら、ママとの情事はもう三年ほど経っているのだ。

 男はスナックでカラオケを楽しんでいた。最近憶えた若い連中が歌っている何とか、という曲だ。タイトルはよく憶えていないが、演歌ばかりでは女にもてないということで、無理して練習したポップスだった。

 その辺りからの記憶が曖昧なのだ。酒には強いはずだが、いつの間にか眠くなって……。

 カタッ、と音がして、男はうつむいていた顔を上げた。――そうか、ここは眠りから覚めた後の駐車場なんだ。なぜこんなところにいるのだろう……。

 ビルの影で、また何かの音を聞いた。何者かの足音にも聞こえたが、人の気配は全く感じられない。男は浮遊感に似た足取りでそのビルに近づいて行った。そしてビルに囲まれた路地に入ろうとした時だった。

 突然、背後から誰かに髪の毛を摑まれた。そして強引に引きずられながら、さっきまでいた駐車場へと連れ戻されていた。

「やめろ……放せ!」

 男はその腕を摑んだ。いや、摑んだはずだった。

間違いなく髪の毛は引っ張られているし、相当な痛みも感じている。しかし男の手は、虚しく空を切るばかりだったのである。

 男が何とか振り返ろうとしたとき、足を払われて地面に背中から転倒した。

「何するんだ!」

 叫びながら、男は起き上がろうとした。しかしいつの間にか無数の足が男の身体を踏みつけている。

「――どうだ、痛いか」

 頭上から低く重みのある声が聞こえた。

「き……貴様ら、誰だ!」

 そう言いながら、自分を見下ろしている複数の顔をやっと見ることができた。

 若者たちである。二十歳前後のようにも見えるが、すべて黒ずくめの服装で、誰が誰やら分からない。黒い全身タイツのようなものを着て、目深にかぶった帽子もすべて真っ黒。顔は見えているが、どれも同じに見える。ま、今の状況で判断しろという方が無理というものでもあるが。

「久しぶりですね。お元気でしたか?」

 と、顔を踏みつけている男が言った。

「ま、待て、お前ら何者だ。なぜ俺を狙った」

「野暮なこと言わないで下さいよ、恭次さん。僕のこと忘れたっていうんですか?」

 恭次とは男の本名である。田所恭次――。

 偽名を使うことが多い男にとって、見知らぬ者からその名を呼ばれることは意外なことだった。

「なぜ俺の名前を知っている」

「なぜって、あんなに可愛がってもらったじゃないですか。おかげで僕、怪我ばかりしてましたけどね」

 男はそう言いながら、ニヤニヤ嗤っている。

 怪我ばかり? どういうことだろう。俺がこの男に何をしたというのだ。

 しかしこの顔、どこかで見たことがあるような気がしないでもないが……。

「恭次さん、あんたに会うのは二十五年ぶりだ。ずっと待ってたんだ、あんたに復讐する日をね」

「お前、もしかして……康雄か?」

「やっと思い出しましたか。本当に頭、悪いんだから」

「う……嘘だ! お前は二十五年前に死んだはずだ」

「そうですよ、あんたに殺されてね。でもね、本当に苦しかったんですよ。リンチに耐えかねて死んだと思った僕を、あの男たちが山奥に穴を掘って埋めましたよね。実はあの時、まだかろうじて生きていたんだよね。少しずつ土をかけられて行く気持ち、あんたには分からないだろうな」

 黒ずくめの康雄が、薄ら笑いを浮かべながら言った。

「ま、待て……違う! 俺じゃない。俺じゃないんだ!」

「そう、確かに手を下したのはあんたじゃない。恭次さんは、女とホテルで楽しんていただけですもんね」

 恭次は言葉をなくし、自分を見据える男の顔を凝視した。

「僕も知らなかったんですよ。きっと恭次さんが助けに来てくれる……。僕は最後までそう信じてました」

 康雄の顔から笑みが消えた。「ここに来るまではね」

 冷たい視線が、恭次を貫く、

「じゃあ何だ、お前は幽霊なのか」

「幽霊? そんなもん、僕もあんたも、昔から信じちゃいなかったじゃないか」

 と、康雄は淡々と言った。

 どういうことだ。死んだ人間が目の前にいるということは、結局、幽霊を見ていることではないのか。

 いや、これは夢に違いない。リアル感のある夢を見ることだってあるじゃないか。

「なあ康雄、ここは一体どこなんだ。それにこいつら……」

 恭次を取り囲むように、五人の男たちが見下ろしている。

「ここはね、あんたが忘れている過去を思い出してもらう場所なんですよ」

 と、康雄は言った。「あんたは地獄に行かなければならない。だからそのための研修を兼ねて、ちょっとばかりの実技試験だと思って下さい」

 こいつ、何を言ってるんだ? 地獄、研修、実技試験?  俺は生きてるんだ。死んだら痛みだって感じないはずじゃないか。

 確かに康雄は、二十五年前の、あのままの姿だ。でも最近は思い出すこともなかった。事件としては既に時効も過ぎていることだし、康雄の死体だってまだ発見されていないはずなのだ。

 三日前、恭次は確認していた。康雄の死体は山中に埋めてあるが、殺害して土をかぶせた後、目印として大きな杭を子分たちに命じて打ち込ませていたのである。数年後近くに別荘を建てた恭次は、その確認も兼ねて、女を連れての休暇を楽しんでいたのだ。

 抜いた痕もなければ、荒らされた形跡もなかったはずなのだが……。

「なあ康雄。とにかく話しを――」

 そう言ったときだった。康雄の足が、思いっきり恭次の顔を蹴りつけた。そして、冷たく言い捨てた。

「さあ、思い出劇場の始まりですよ」

 その言葉を合図にしていたのか、取り囲んでいた男たちが、一斉に恭次の身体を蹴り始めたのだった……。



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