短編「うちのお父様は『遊び人』がお仕事です」
短編「うちのお父様は『遊び人』がお仕事です」
「セア、お作法のお勉強は終わったかい?」
「お父様どうしたの?」
「お母様はお忙しいようだし、今日は私とお出かけしないか、セア?」
「行きます!」
幼い頃は疑問に思わなかったけど、我が家は少し変わっていると思う。
女伯爵のアリアお母様が忙しく領地を差配し、フィールお父様が私の世話……にかこつけて、のんびりと遊び歩いていた。
「おお、この畑はカマキリでいっぱいだ! すごいぞ!」
「あ! カエル!」
「ちょっと待て!? イノシシ! イノシシは勘弁! 猟師衆来てくれー!」
お母様の努力のお陰か、領地は豊かで人々も笑顔だ。
「うむ、ああ……そうきましたか、参りましたぞ。相変わらず手ごわいですな」
「いやいや、村長こそ年々手ごわく、手堅くなってるでしょ。油断できないなあ」
お父様はたまに馬車で領内に赴くと、丸一日、村長や代官と将棋をしている。
お父様はわたしにもお母様にも優しいし、わたしに算術の手ほどきをするどころか、将棋では領内無敗を誇るぐらいには頭の出来も悪くないのに。
わたしも、これはちょっと……と思ってしまった。
「お父様、お父様はどうしてお仕事をしないの? お母様はいつもお忙しくて、とっても大変そうなの……」
「うん、そうだねえ。お母様には無理をしないで欲しいけど……。でも、お母様の邪魔をしないように『遊び人』をするのが、私のお仕事だからなあ」
なるほどと、わたしは頷いてしまった。
お父様はのんびり屋だし、お母様の執務室に行くのは、呼ばれた時だけだ。
書類仕事どころか、手紙を書いているところだって、見たことがない。
その時は、大人にも苦手なことがあって、手伝うよりも邪魔をしない方がいいこともあるんだなー、とだけ思っていた。
でも、お母様はどう思ってるんだろうと、そんなお話をしてみれば……。
「セア、フィールが……お父様がそうおっしゃったの?」
「えっと、はい」
「うーん、そうねえ。確かにお父様のお仕事は、『遊び人』なんだけど……」
「違うのですか、お母様?」
「いいえ、違わないわ。でもね、セア。……ずっと『遊び人』を続けるのも、大変な事なのよ」
お母様は『だからわたくしは、お父様が大好きなの』と、それはそれはすてきな笑顔で、わたしを抱きしめてくれた。
▽▽▽
そんな家族の一幕から数年。
わたしは領地を離れ、王立学院に通っていた。
第二学年になった今では王都暮らしにも学院にも慣れて、親友のクリーシャと放課後の食堂でお茶をするのも日課になっていた。
「あらら、また算術はセアが一位かあ」
「代わりに語学じゃクリーシャが万年一位でしょ」
「そして二人とも、学年一位のイールス殿下にはかなわない、っと」
クリーシャも、わたしと同じ伯爵令嬢だ。
東の山沿いにあるうちの領地とは王都を挟んで反対側、西の多島海に面している貿易港を持つお家で、気候も違えば気風も違い過ぎて、それが良い方向に行ったんだと思う。
「へー、セアのお家って、やっぱり変わってるわ」
「……変わってるな、っていうのは、ちょっと理解ってきたかも」
幼い頃から貿易に連れまわされて数か国の言語すら操る英才のクリーシャと、何事にも普通すぎるわたし。
……まるで、忙しすぎるお母様と、のんびりすぎるお父様のようでもある。
「それでも、セアのご両親は上手く行ってるのよね?」
「ええ、口喧嘩すら見たことないもの」
「一度、お会いしてみたいわ。特にあなたのお母上とはね」
「今度の夏休みに、来る? 本当に普通で、麦畑と牧場と森と山しかない領地だけれど……」
「是非、行きたいわ! アンドーン家の女伯爵様の手腕って、地味にすごいって聞くもの」
「わたしも学院に来て、驚いたけれど……」
お母様の人生は……今更ながらに気付かされたけれど、波乱万丈だった。
十四で両親が馬車の事故によって亡くなり、急遽家督を継いで女伯爵を名乗り、遠縁からお父様を婿に迎えて十数年、ずっと領地を切り盛りしてらっしゃる。
そんなお母様だったから、学院に通う余裕などなかった。国王陛下より、その件で蔑ろにはせぬので領地を優先せよと、お墨付きが出ていたと聞く。
流石に、地方にあるそこそこ大きな領地の安定と、一貴族の学歴では、前者に天秤を傾けざるを得ないらしい。
けれど、話はこれで終わらなかった。
その女伯爵の領地は、現在まで揺らぐことなく伯爵領としてそこにあった。
大きな成長こそなかったけれど、学院すら出ていない十四の少女が、完璧とは言えないまでも領政を十数年維持し、領民から尊敬され、名領主と称えられていることの『異常さ』。
見ている人は、見ているのだ。
その上で、お父様のことを考えてみれば……おかしな状況に気がついてしまう。
あれだけ忙しいお母様を全く手伝わず、領地のあちこちをふらふらと遊び回っているお父様。
……にも関わらず、うちのお父様の話題なんて、ほぼ出ることがない。
下手をすると『亡くなられて長いのですか?』、なんて聞かれてしまうほどだった。
あからさまに馬鹿にしてくるのは、先々代から仲が悪く、今も領境で揉めている隣領の伯爵家とその一門ぐらいだ。
ここ数年は、たまに兵士が睨みあいをして、領境では小競り合いすら起きていた。
学院で色々と学び、成長した今になって、不思議に思う。
遊び人のお父様は我が家の弱点にもなりかねないのに、貴族社会の縮図のような学院でも大きく揶揄されることなく、問題にもなっていない、その不思議。
ある意味お父様も、お母様並みにその『異常さ』が突出しているのかもしれなかった。
「じゃあ、夏休みの前半はセアのお家ね。代わりに、後半は我が家にいらっしゃいな」
「わたしもクリーシャのお家にお邪魔していいの?」
「もちろんよ!」
「ありがとう、嬉しい!」
そんな感じで、夏の予定が決まった。
▽▽▽
「おかえりなさい、セア」
「いらっしゃい、クリーシャ嬢」
「いつもうちの娘と仲良くしてくれて、ありがとう」
「ゆっくりしていらしてね」
その後、夏休みに入りクリーシャを連れて領地に戻れば、お母様はいつも通り忙しく、お父様はいつも通り『遊び人』をしていた。
最近では、青い腕章の領軍兵士たちを引き連れ、イノシシを追いかけてよく森に入っているという。
これで農村に広がる畑の食害を気にして、とかだと格好もつくんだけど、そうじゃなかった。
以前、イノシシを追いかけていたら綺麗な石を見つけたので、それを集めて回っているらしい。
……閑話休題。
クリーシャを客間に案内して、お付きの皆さん方も一旦はうちの家人に預け、私室に誘う。
「あのお二人がセアのご両親なのね。……少し、緊張したわ」
「そう? いつも通りだったと思うけど……」
ふうと大きく息をついたクリーシャは、わたしに鋭い目を向けた。
「お母上はもちろんなのだけど、お父上もすごいのね。隙がなさすぎるわよ」
「へ!?」
「うまく言えないけれど……セア、聞く限りじゃあなたのお父様は『遊び人』には違いないにしても、あれで遊び人なら世の男性の九割はぼんくらじゃないかしら」
「とてもそうは思えないけど……」
侮りがたし、お父様である。クリーシャにも『遊び人』と認めさせ、なおかつ評価も高いとは……。
「それに、セアに算術を教えたのって、お母上でなくて、お父上なのよね?」
「うん、そうだけど……」
「その一点だけでも、あなたのお父上のすごさが分かるわ」
小さな頃はお父様と散歩すると、『セア、いちご四つが四組なら幾つになる?』『えっと、よん、はち、じゅうに……じゅうろく!』なんて、掛け算や謎かけしながら歩いてたっけ。
そういえば、お父様はお母様と同い年で、学院には通ってないと、わたしは気づいた。
どこであれだけの算術を身に着けたんだろう? 市井ならともかく、学院ですら通用するのだ。
おまけに、将棋の腕前も謎である。
それから、クリーシャが初めてかもしれない。
貴族のお客様を我が家にお招きすることはあっても、お父様までご挨拶に出ていらしたのは珍しいと、わたしは首を傾げた。
そのクリーシャは半月ほどの滞在で、おおよそ我が家の空気に馴染んだらしい。
うちの両親にも気に入られていたけれど、クリーシャの方も『小母様』『小父様』と呼んで懐いていた。
そのクリーシャから、西の港への出立間際、意味深なことを言われてしまう。
「セアが気付かないのも無理はない、ってことまでは理解したわ」
「何を?」
「あなたがご両親から、心底愛されてるってことよ」
「大事にされてる、とは思ってるわよ」
気になりつつも、彼女と馬車に乗り込もうとすれば、お父様が現れた。
「やあ、挨拶は先ほど交わしたけれど、用が出来てね。少しだけ同道させて貰うよ」
おまけに青い腕章を付けた騎乗の領軍兵士と、荷馬車も一輌ついてくることになった。
「何かあったのですか、お父様?」
「うん、隣領に急ぎの用が出来ちゃってね」
だから荷物を積んだ荷馬車付きなんだと、お父様は大きく伸びをした。
あれだけ仲の悪い隣の伯爵領に、荷物……?
この半月、両家で使者が交わされたなんてお話はなかったと思う。
なんだかおかしいとは思いつつも、わたしは馬車に乗り込んだ。
領境までは半刻ほど、雑談をしながらのんびりと過ごす。
「この周辺は森の際だからね、イノシシが多いんだ」
「羨ましいですわ。海の幸はともかく、うちの領地は海風のせいか、あまり森の幸に恵まれていませんの」
山から続く森の中に秘密の湧き水があって、時々連れて行って貰ったっけと、お父様の横顔を見る。
久しぶりの領地、お母様もお父様もお変わりなくて、それはよかったんだけど……。
クリーシャの言われて、初めて気づいた。
お父様の『遊び』には、確かに隙がない。なさすぎる。
話題の選び方に政治性はなく、遊び歩く範囲は領内に限られ、将棋はするけど賭け事は一切せず、言葉は悪いけど、お酒も女遊びもしていなかった。
こういう部分が憎めないというか、なんというか……。
うちのお父様は、とても健全かつ、堂々とした『遊び人』なのである。
領境の村に着くと、お父様が馬車を止めた。
「さて。……セア、クリーシャ嬢。この外套を被って馬車を乗り換え、一旦屋敷に戻ってくれないか?」
「あの、小父様!?」
「お父様、どうかされたのですか?」
「申し訳ないけれど、これから隣の領地に喧嘩を吹っ掛けるんだ」
「喧嘩? ……戦争ですか、小父様!?」
「いや、戦争にはしない。……これ以上ないぐらい締め上げるけどね」
いつの間にか、青い腕章をつけたうちの領軍兵士が、村の広場に整列していた。
表情を引き締めたお父様が木箱の上によじ登り、兵士を見下ろした。
「諸君、私は、アリアは……いや、我々は、この十数年、耐えに耐えてこの状況を作り上げた。我がアンドーンの兵士たちよ、これが最後の総仕上げだ!」
「おお!」
「第一部隊集合!」
「第二部隊、装具点検よし!」
言われた通り、護衛に囲まれつつ、馬車を乗り換える。
窓の外、ちらりと見えたお父様の横顔は、とても『遊び人』には思えないほど、引き締まっていて格好良かった。
お父様と兵士達は、その日のうちに意気揚々と隣領から引き揚げてきた。
なんとなんと、お父様はクリーシャの馬車に乗り込み、わざと襲撃されたらしい。
娘二人なら捕らえればどうとでもなると思わせるよう、数日前から情報を流し、焚きつけたようだった。
もちろん、うちの領軍兵士が後追いしていたから、襲撃犯に加えて、以前から目を付けていた数名も捕らえていた。
「アリア、ただいま! これでようやく、肩の荷が下りたよ」
「おかえりなさい、フィール。あなたにも、苦労を掛けましたわ……」
言葉通り、確かに我が家の兵士に被害はなく、戦争もしなかったようだけど、戦利品が積んであるという荷車には、縄でぐるぐる巻きにされた男たちが山になっている。
その中にはなんと、隣領の嫡男が含まれていた。
「苦労なら、君の方が私の何倍何十倍もしていただろう?」
「そうだったかしら? 朝起きて執務室に行くと、何故か書類が出来上がっていたり、報告がまとめられていたりしたけれど?」
「君はみんなに愛されてるからね。妖精さんが仕事してくれたんじゃないかなあ?」
「そうね、遠い遠い異世界から来た、わたくしだけの妖精さんかもしれないわね……」
それから王政府の馬車とお役人、更にはイールス殿下の護衛として見慣れた白い鎧の近衛騎士様まで増えていて、忙しそうに聞き取りをされている。
一体何が、どうなっているのやら。
抱き合っている両親を尻目に、わたしとクリーシャは何とも言えない表情で顔を見合わせ、大きなため息をついた。
▽▽▽
その後しばらく、わたしとクリーシャが予定通り西の港を堪能して、王都の学院へと戻った秋の初め。
「王城への呼び出しとか、学院生のうちに体験するとは思わなかったわ」
「呼び出しの理由を知らなかったら、震えあがってるかも」
「まあ、普通はそうね」
珍しくも、お母様とお父様が連れだって王都へやってきて、わたしとクリーシャも王城へと呼ばれた。
馬車への襲撃がきっかけとなって、隣領の伯爵家の悪事が暴かれていったんだけど、我が家と隣領の示談で済ませることが出来ないほどの大きな問題になってしまっていたのだ。
「公爵閣下、定刻前ですが、皆様お揃いになられました」
「うむ。殿下、よろしいですかな?」
「公爵に任せる」
会議室に同席しているのは、貴族院長もされている筆頭公爵様、高等法院長の伯爵様、見届け人としてイールス第三王子殿下。本当に、それだけの出席者が担当せざるを得ないほどの問題になってしまっているのである。
同級生でもあるイールス殿下は、多少気安いけれど、この場でいつものように挨拶するわけにもいかなかった。
それからもちろん、当事者であるうちの一家と、隣領の伯爵親子。
あと、クリーシャのご両親と継嗣であるクリーシャのお兄様もいらっしゃっている。
クリーシャの代わりにうちのお父様が乗っていたとはいえ、紋章入りの馬車が襲撃されたわけで、つまりは娘さんが襲われそうになっちゃったとの解釈もできるわけだ。
夏の滞在のお礼も言えないこの状況、更なるご迷惑をおかけします……。
「まずは、各々の認識に相違なきよう、概要を確認したく思う。法院長、頼む」
「では失礼して……時系列に沿い、現在確認されている事実およびその論拠や証言、証拠について、述べさせていただく。一つ、王国歴七五二年に於ける、先代アンドーン伯爵夫妻の馬車事故についてだが――」
まずは、と告げられたのはお母様のご両親、先代アンドーン伯爵夫妻であるお爺様お婆様の事故の件だった。
事故は事故ではなく、襲撃事件であると確認された。示談で済ませるには重すぎると、王国に判断されたのだ。
隣領の先代伯爵が画策した、襲撃と偽装が暴かれていく。
貴族同士の争いなんて……学院でも時折見かけるけれど、それは子供の遊びに等しいのだと、目の前で突きつけられているようだった。
もちろん、お爺様お婆様にお会いしたことはないけれど、次のお墓参りではいつもより真剣にお祈りしようと思う。
「事故そのものにも不自然な点は多かったが、これについては、当時襲撃に加わった複数の退役兵士より自白が得られている」
ちなみに詳細を調べ上げ、王国法務官の前で証言させたのは、うちのお父様らしい。
伯爵様や筆頭公爵様の質問にも、堂々とした態度でよどみなく返答していた。
表情にこそ出さなかったけれど、この時点で、わたしは絶賛混乱中である。
確かに、クリーシャの言葉に気付かされ、『遊び人』にしては隙がないとは思ったけれど……。
それらを横目に、女伯爵であるお母様は、何かに耐えるように……静かに、お父様の言葉に頷いていらっしゃった。
後から聞いたお話になるけれど、どうやらフィールお父様は、ただの『遊び人』ではなかったらしい。
お父様はアリアお母様と遠縁になる軍閥伯爵家の次男で、幼馴染と言えなくもないぐらいの距離だったけれど、お爺様夫婦にも可愛がられていたそうだ。
お爺様夫婦が馬車の事故で帰らぬ人になった直後、お母様からのご指名で入り婿したお父様は大いに憤慨していて、絶対に犯人を見つけると誓った。
『やっぱり、この事故は明らかにおかしい』
『フィール……』
『アリア、今の私は、何の取り得もない子供だ。それでも、出来ることはあると思う』
お父様はお母様と相談の上、侍従夫妻、書記、領軍隊長、各村長や代官……この一件に領地の主要人物を巻き込むことにした。
『先代の伯爵様の敵討ちを決めました。皆さんの力を貸して下さい!』
『もちろん、協力いたしますぞ!』
『先代様には、大変お世話になりました!』
『自分たちもです!』
『ありがとう。……但し、内密にしておきたいんです』
『内密、ですか?』
『ええ。私たちは、内偵や謀略の専門家じゃありません。油断を誘わないと、情報すら手に入るかどうか……』
お父様はその日から『遊び人』になった。
領地を歩き回っても不審に思われないよう、考え抜いた結果だったらしい。
昼間は遊び歩くことで畑の作況を見たり、増える隣領からの嫌がらせに即応しつつ、村長や代官から聞き取りをして領内の安定に力を尽くし。
夜は夜で昼間得た情報を整理しつつお母様と領政について話し合い、せめてお母様の負担を軽くしようと頑張り続けたお父様だった。
と、言うか……。
お母様の政治学の師匠は、なんとお父様だった。
『フィール、あなたは何処でそんな知識を学んだの? 学院には通っていないはずだし、誰かに師事したと聞いた覚えもないけれど……』
『遊び人には秘密が多いものだよ、アリア』
わたしが生まれた頃には、領内に兵士の巡回網が張り巡らされ、お父様の助言により何故か農村部が豊かになり、街の商業も活性化していた。
お父様はその後も地道に『遊び人』の振りを続け、わたしが学院に通う頃には情報も集め終わり、先代の事故死は隣領の陰謀とほぼ確定していた。
ただ、決め手になる証人を捕らえるにしても、十分な切っ掛けがない。
『よし、尻尾を出して貰おうか』
『フィール?』
『今度、セアが友達を連れて帰ってくるだろう?』
流石にお父様も、愛娘とその親友を直接危険な目に合わせる気はなかったらしい。
『馬車だけ借りることにする。他家が絡めば、揉み消しは面倒臭くなるだろうね』
領軍兵士には森の中で秘密の訓練を行い、クリーシャの実家には紋章入りの馬車を借りると同時にお嬢様に危険はないと詫びる使者を送り、万全を期したその上で時期を見計らって、隣領には『娘と友達が王都に向かう時に通る』と、あからさまな情報を流した。
その一方で、王国貴族院にも事情を説明する書簡を送り、騎士や法務担当者の派遣を要請している。
結果、見事に隣領の嫡男が釣り上がり、その勢いのまま隣領領都に進軍、目を付けていた元兵士らを捕縛して今日のこの日に繋がっていた。
「では、この件は以後、王国高等法院がお預かり致す。公爵殿、司法官を呼び入れてもよろしいかな?」
「よしなに」
先代アンドーン伯爵夫妻の事故死偽装、十数年に渡るアンドーン領への嫌がらせ、クリーシャの馬車への襲撃……。
すべては隣領伯爵家の悲願、うちの家の……アンドーン領の併合を狙ったものだったと、この場で確認がとられた。
息子の方はまだ何か言い訳を口にしていたけど、伯爵は心折れたらしく、高等法院長様から問われるままにぼそぼそと答えている。
逃げ出すことの出来ない重苦しい空気の中、裁定が下されていく。
クリーシャの家は、金銭での賠償に納得していた。
本来ならば、紋章入りの馬車への襲撃は、すなわちその家門に喧嘩を売るということに他ならない。
但し今回の場合、乗っていたのはうちのお父様で、事前に娘さん抜きで借り受ける旨を報せていた。……この場では、表にならなかったけど。
もちろん、西の港まで遊びに行かせて貰った時には、根掘り葉掘り詳しく聞かれた。興味津々という感じで、怒っていらっしゃらなかったのは幸いだ。
でもうちの家の件は、そう簡単な話にはならない。お爺様夫婦が亡くなっている。
丁々発止のやり取り……というには、何故か高等法院長と筆頭公爵様の圧力が妙に強かったけれど、どうにかその場で裁定が言い渡された。
やはりというか当然というか、王国としては領主同士の戦争なんてして欲しくない。国が荒れる。
領地と爵位の返上に加えて現当主は隠居、嫡男も含めた一家の助命願いは通ったものの、一門の中から事件には無関係の者を選んで家を継ぐことになった。
また、返上された領地の半分は賠償として我が家へ下賜され、残りは王領になるそうだ。
隣領の伯爵家は、紙一重で廃絶を免れ家名こそ保たれたものの、ほぼ再起不能な状態になっていた。
伯爵親子が司法官と高等法院長様に連れられて退室すると、公爵閣下が閉会を宣言され、お茶と菓子が運ばれてきた。
「さて、改めてクリーシャ嬢とそのご家族には、お詫び申し上げます」
「本当に、面倒なことに巻き込んでしまいました」
うちの両親がクリーシャのご一家に頭を下げたので、慌てて私もそれに倣う。
「お詫びとして、こちらをお納めください」
「いえ小父様、我が家は馬車をお貸ししたぐらいで、ほとんど何もしてませんけど……って、はい? し、真珠の養殖法!?」
「……まさかっ?」
「フィール殿!?」
目を白黒させていたのは、クリーシャのご一家だけではない。
筆頭公爵様と高等法院長様とイールス殿下も、驚愕の表情でクリーシャの手元にある書類を見つめている。
「海のないアンドーン家では無理ですが、貴家ならば上手く活用されるのではないかと思います。飽くまでも概要ですので、過度な期待はなさらず、成功率の統計を取りながら研究なさることをお勧めしますよ。……ああ、作り過ぎて値崩れを起こさないよう気を付けて下さいね?」
真珠って、滅多に見つからないからこそお高いのだけど、お父様はすまし顔である。お母様はそんなお父様に寄り添って、くすくすと笑っていた。
気を取り直すように、公爵閣下がおほんと咳をして、イールス殿下を促す。
「さて、とんでもない『お詫びの品』とやらに出鼻をくじかれましたが、ここからは殿下の出番ですぞ」
「ええ、公爵」
にっこりと微笑んだイールス殿下が、うちの両親に向き直る。
「何かございますのでしょうか、殿下?」
「フィール殿、アリア殿。……セア嬢とお見合いする許可をいただけませんか?」
「殿下!?」
「お見合い!?」
今度はうちの両親が驚く番だった。
……というか、私も大概驚いたけど!
「えっと、あの、イールス様!?」
確かに、学院で一番お話しする男の子はイールス殿下だし、話しかけられて嫌な気分になったことは一度もないし、クリーシャがにやにやしながらわたしの二の腕をつっついてるし……。
気を取り直したお父様とお母様が、顔を見合わせる。
「アリア、私は殿下とお会いするのは今日が初めてだけど、先に見合いの許可を得ようとされるその態度と笑顔に、お人柄が出ていらっしゃるね」
「それよりもあなた、セアのお顔をご覧になって! まるで恋する乙女のようで、かわいらしいと思いませんこと?」
「というか、恋する乙女そのものだね」
……どうやら、そういうことになったらしい。
▽▽▽
学院を卒業したその翌年、わたしはイールス殿下と結婚した。入り婿である。
持参金代わりとして、王領となっていた旧隣領の残り半分も我が家に下賜され、おまけにお母様が侯爵へと陞爵されることになった。
ついでに、クリーシャの家も侯爵家に陞爵していた。真珠の養殖に成功、国益への大きな貢献が認められたそうだ。
私の結婚式には、粒のそろった真珠があしらわれた素敵な首飾りを贈ってくれた。
ところで。
隣領の没落も含め、それらの裏事情にはすべてお父様が絡んでいて、その活躍が表ざたになってしまった結果、お父様は『遊び人』と呼ばれなくなった。
今では、東のアンドーン家には『賢者』がいると、領内どころか王国中に広まっているらしい。
「『遊び人』が『賢者』に、ねえ……」
その話を聞いたお父様は、面白くてたまらない様子でくすくすと笑っていた。




