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時空駆ける暗殺者 第二話(完結)


 暗殺者である少年は、ひとつの仕事が終わるたびに、彼女が住んでいる時代に帰還するようになる。幸薄い彼女は、少年が為す残忍な仕事を、世界を良くするための仕事と容認しながらも、その目的のためには、女性や幼児でも平然と殺害してみせる少年の暗殺者としての横顔に、次第に恐れを抱くようになる。彼女はある日決心する。少年に対して、これからは善良なる市民として生きていって欲しいと嘆願することになる。そう告げられた少年は大いに困惑する。彼女からの要望には出来る限り応えたいが、今さら暗殺業から足を洗うことはできそうになかった。未来社会から少年に対して指令を出している権力者たちを完全に裏切ることになってしまう……。


「裏切ることはできない……、できなかったから、それからどうするのだろう……」


 ヴォルツ青年はそう独り言を呟くと、その筆の動きを止めた。彼女はきっとこのように訴えるだろう。


「大金や社会的地位なんて私たちには必要ありません。これからは、ふたりで善良な一般市民として生きていきましょう。そう、ふたりで一緒に生まれ変わるのです……」


 そのようなありきたりな台詞を言わせることで、読者のさらなる興味を引けるものだろうか……。


 この後の展開を描いていくことは非常に難しいが、暗殺者が悩み抜きながらも、権力者たちとの契約よりも恋人である娼婦との愛を選び、改心していく過程を描いていく方が賢明なように思えた。ただ、上官を裏切っても、裏切らなくとも、この犯罪者少年の未来には希望の光が待っているとは到底思えなかった。ヴォルツ青年はここで再び時空警察を登場させることにした。少年が恋人との逢瀬を楽しんでいるところを時空警察の捜索部隊による襲撃に遭うことにする。少年ひとりであれば、これまでのように時空転移リングを使用することで、彼方へと逃れられるが、このときはただ一つの弱みである恋人が一緒にいたために、他の時代へと逃げ去ることは叶わなかった。彼女の存在がここにきて足枷になったのである。


 こうして、時間と時間を飛び交いながら、歴史を改竄してきた暗殺者は、ついに時空警察によって捕らえられることになった。ヴォルツ青年はここで大きく深呼吸をして、さらに筆を進めた。捕えられた少年は時空警察の幹部たちの前に連行された。もちろん、恋人である娼婦も共に連行されていた。幹部たちの出した結論は、当然のことながら、この少年に極刑を科するものであった。この暗殺少年の存在が地上から消え去ることで、これまで殺害されてきた多くの人々が報われることになるからである。


 少年の小さな額に銃口が向けられたそのとき、その傍らに一緒にいた娼婦が少年の助命を訴えはじめた。彼女が涙ながらに語るには、自分たちふたりは共に大きな障害を持って生まれてきたために、社会から迫害され満足な収入が得られる職には就けなかった。周囲の者たちから、あからさまな差別を受けたことも多くあった。家族や友人知人からも冷遇されてきた。そうした冷徹な社会構造そのものへの復讐の気持ちもあって、陰謀に加担してしまったのだと。つまり、この度の一連の事件は、現実社会における大きな構造的な歪みが要因となって起こったものなのだという。恵まれない者たちにまったくその目を向けてこなかった各時代の指導者たちや差別的な行為を行ってきた一般大衆にも責任の一端はあるのではないかと訴えたわけである。


 彼女の懸命なる訴えは、時空警察の幹部たちの心を大きく動かすことになる。今回の事件の責任のすべてを、彼ひとりに負わせることは、新たな間違いを生み出すことになるのではないかと。少年自身もまた、自分の行ってきた卑劣な活動の重大さを今度こそ悟り、ここにおいて真の反省、真の改心を表明するようになる。


 今後は時空警察の活動に参加することで、陰鬱で単純化された思想の未来ではなく、誰にとっても明るく希望のある未来を創ることに貢献することを併せて誓った。こうして、この物語は当初は未来のあくどい支配者たちの陰謀に加担する暗殺者を創造していくことを目指していたはずだが、結末としては、明るく平等で平和な世界を創り上げることを目指す少年の成長を描く物語として見事に完結した。


 ヴォルツ青年はそこで筆を置いた。当初の構想からはだいぶ離れてしまったが、そこそこに完成度の高い作品が出来上がったことに満足していた。来月の中旬に応募が締め切られる新人文学賞に、この作品を送り出すことも考え始めた。彼はカップに残っていたコーヒーを最後まで飲み干した。


 いつの間にか、この町には朝が訪れていた。窓の外からは朝の到来を告げる野鳥の声が聴こえてきた。いつもと変わらぬ静けさだった。窓枠とカーテンの隙間から、真っ白な光が差し込んでいた。徹夜になってしまったが、眠気はさほど感じなかった。長い時間取り組んで来た仕事からようやく開放された気がした。ヴォルツ青年はしばらくの間、作品の完成による充実した気分を味わっていた。


 ふと戸口の方でノックをする音が響いてきた。こんな早朝に何事だろう……。友人知人が訪ねて来るには、不自然なタイミングに思われた。ヴォルツ氏は戸惑いながらも、玄関の扉を開けた。ドアの外には十五、六歳と思われる褐色の肌をした少年が佇んでいた。その右手には真っ赤な拳銃が握られていた。さほど驚くことはなかった。自分が想像の中で創り上げた、よく見知っている外見である。その少年の眼差しはヴォルツ青年の心臓に向けられていた。ここに来て青年は悟った。時空を飛び越える移動を重ねながら暗殺を働く少年が実際に存在していて、思想が固定化された未来から、この自分のもとへと派遣されてきたのだ。


 おそらくは、ヴォルツ氏が先ほど書き上げた作品が、未来社会の思想のバランスを危うくするものだと認められたのだろう。その上で、彼を偉大な強敵ライバルと認めて、その存在を抹消するために未来政府が動いたのだろう。ヴォルツ氏はその残酷な運命を甘んじて受け入れた。奇妙なことに安心感すら覚えていた。暗殺者の少年は、設定の通りひと言も発することなく、慎重に拳銃の引き金を引いた。乾いた発射音が辺りに響き渡った。


 こうして、偉大なる小説家ヴォルツ氏は、時空転移リングによって、未来世界から派遣されてきた暗殺者によって殺害され、その存在を消されることになったわけである。


最後までお読みいただきありがとうございました。他にも多くの短編作品を用意しています。そちらの方もどうぞよろしくお願いいたします。2025年12月29日

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