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第3話 学校跡地と、風に揺れる掲示板

土を耕した次の日、

今度は“言葉を植える場所”を作ることになった。

雨上がりの風は、どこか懐かしい匂いがした。

坂を少し下った先に、古い校舎があった。

木の壁は灰色に枯れて、窓のガラスは半分ほど割れている。


「ここが、夏焼分校の跡地です」

ミーシャが胸のパネルを光らせて言う。

「今日はここに“村の掲示板”を作ります」


広場に、見慣れない二人が立っていた。


一人は、落ち着いた目をした女性。

肩までの黒髪、メモ帳を抱えている。

「中原瑠花。記録と教育を担当します」

穏やかな声が、木造の廊下に響いた。


もう一人は、明るい茶髪の女性。

笑うとえくぼが出て、声がよく通る。

「桐生菜摘。宿舎の整備と、掃除全般!」

肩に工具袋をぶら下げていて、動きが早い。


「ここ、まだ使えますね。

 床板は生きてる。乾かせば十分いけます」

菜摘が床を叩く。

木の響きが、懐かしい鼓動みたいに返ってきた。


瑠花が黒板の前でチョークを走らせる。

〈今日の仕事〉

〈明日の相談〉

〈誰かの発見〉

白い文字が並ぶ。

「順番をつくることが、大事なんです。

 記録は“流れ”だから」


澪がうなずく。

「風に似てますね。通り道を決めないと、

 どこへも届かない」


悠里が木の枠を運び、颯真が釘を打つ。

菜摘は明るく声を出す。

「この板、少し斜めにしよう! 

 風で紙が揺れても読める角度!」


瑠花がその横で笑う。

「経験から来る発想って、理論より正確ですね」

菜摘が照れて、顔を赤くする。


俺は掲示板の枠を支えながら、

みんなの動きを目で追っていた。


瑠花の指先、菜摘の笑い声、澪の髪の揺れ。

それぞれ違う方向を見ているのに、

不思議と“ひとつの風”になっていた。


ミーシャが胸を光らせる。

「ボク、撮影モードに入るよ。

 “今日の掲示板完成”って記録しよう」


木島がカメラ代わりの端末を渡す。

熊が手を伸ばして、みんなを見渡す。


「はい、笑って!」

シャッター音が鳴った。

風が紙を揺らし、光が白い板に跳ねた。


瑠花がノートを開いて書き込む。

〈四月十日・掲示板完成。

 風、南から。

 みんな笑顔。〉


菜摘がその横で声を上げる。

「次は、今日の“だれかの発見”を貼ろう!」

颯真が紙を受け取って書く。

〈川の上流に野生のミント群生〉

澪がそれを読み上げ、笑った。

「今日のハーブティー、少し香りが変わりそう」


悠里がボードの端に一枚の紙を貼る。

〈雨どいから小鳥の巣〉

木島が見て頷く。

「この村にも、戻ってきたんだな」


瑠花が小声で呟く。

「誰かが残したものが、誰かの始まりになる」


風が吹いた。

掲示板の紙が、音を立てて揺れた。

まるで、この村全体が呼吸しているみたいだった。


日が傾いて、校庭にオレンジ色の光が広がる。

澪がふと俺の方を見る。

「結城さん、書きませんか? “誰かの発見”」

「俺?」

「ええ。今日感じたことでも、なんでも」


少し考えてから、ペンを取った。

〈熊が笑う村に、風が吹いた。〉


みんなが笑った。

ミーシャも胸を光らせ、録音ボタンを押す。

〈今日の声――掲示板の紙の音と、笑い〉


菜摘が木のベンチに腰を下ろす。

「ねえ、これから毎日、ここでみんなの声が増えるんだね」

瑠花が頷いた。

「記録って、未来に会話を残すことなんです。

 今日の言葉を、明日の誰かが読む」


その言葉が、夕暮れの風に溶けていった。

第3話「学校跡地と、風に揺れる掲示板」では、

“言葉が村を作る”瞬間を描きました。


瑠花と菜摘、二人の登場で、

夏焼の空気が少し明るく、少し柔らかくなりました。

恋愛の気配はまだ小さいけれど、

それぞれの“好き”が違う方向を向き始めています。


次回は、物と心を運ぶ「荷台」と「笑顔」の物語。

この村の優しさが、外の世界へ届きます。

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