真実の愛で、絞首刑にしてあげて?
――わたくしがそこの方を…なんでしたかしら?
公爵家の力で、ご生家である男爵家を取り潰し、毒殺しようとした、と?
申し開きがあれば聞いて下さるのですか?
ですが、少々長いお話になりますし…
このように舞踏会でお話しするのは…
――お申し付けとあれば、やむを得ませんわね。
事の始まりは、王立学園にて、殿下がそこのリール男爵令嬢と懇意になられてからですわね。
わたくし含め、幾人かの令嬢が、リール男爵令嬢に「立場を弁えるよう」進言致しました。
ですが、ご令嬢は「平等」「自由恋愛」と繰り返すばかりで…
身分を弁えぬ言動に、わたくし達は疑惑を抱きましたの。
貴族、ましてや王家における"婚約"とは、個々人として結ばれるものではないのですから。
殿下の婚約相手を尊ぶは、ひとえに王家が尊いが故。それを軽んじるは王国民にあらず。
よって陛下に奏上する事と…
――なんの権利があってそのような勝手を、と?
これはわたくしの権限によるものではございませんわ。
ひとえに、殿下の御身が尊いが故。
何処かの国より来た工作員の可能性がある以上、その思惑を探るのは、国を、王家を守る為でございます。
本来であれば、ご側近の皆様の方が事態の把握はお早かったでしょうから、そちらから奏上があってしかるべきでしたが…
どなたも、リール男爵令嬢を諌める事なく過ごしておられましたので…共謀も視野に入れ、監視が行われる運びとなりました。
――はい、監視ですか?
入学から、二月ほど経過した頃からでございますね。
殿下とリール男爵令嬢、及びご側近の皆様には、現在に至るまで監視が付いております。
まぁ皆様…わたくしにお怒りになりましても…
これは陛下のご決定ですわ。
わたくしも、せっかくの学生生活に監視など付いては…と思いましたの。
ですから、皆様には「リール男爵令嬢と距離を置かれませ」「婚約は王命です」と再三申し上げたかと思うのですが…
わたくしの言葉ではお耳を傾けて頂けず、時に強硬な態度でわたくしを恫喝する事も度々…
皆様方の頑なな姿勢は、より嫌疑を深める結果となりました。
――そんなことはご令嬢の男爵家取り潰しや、ご令嬢の毒殺未遂には関係ない、と?
ですから、お話が長くなると先に申し上げたはずですが…
今から場所を移されますか?
いえ。
これより先が、わたくしに都合が悪いからではございませんのよ?
衆目の場を離れようとする意図はございませんわ。
では、続けさせて頂きますわね。
調査すれど、リール男爵令嬢の他国との繋がりを示す物はなく、本来でしたらそこで嫌疑は晴れるはずでしたの。
ですが監視の結果、"リール男爵令嬢は多数の男性と親密な関係を築いている"事が判明しまして…
――まぁ殿下…
これはわたくしではなく、王家の諜報機関による報告ですわ。
そのように大きなお声を出されては怖くて…
このまま御前失礼しても…?
――なりませんか…このまま続けろと?
かしこまりました。
それでは…
ええ、王家による監視報告までお話ししましたわね。
リール男爵令嬢が多数の男性と繋がり、尚且つ多額の贈与を受け取っている事が判明した為、今度はレジスタンスとの関与が疑われました。
殿下もご存知の事かと思いますが、昨今拡がりを見せる、市民による民権運動ですわ。
リール男爵令嬢の「人は皆平等である」「権力による政略結婚は横暴である」などの妄言は、レジスタンスが標榜している言説と相通ずるものがありましたもの。
また、ご側近の皆様は、「リール男爵令嬢に殿下の寵がある」とわたくしに仰るにも関わらず、各々の婚約者の方を差し置いて、リール男爵令嬢に高額な贈り物を続けておられました。
主君の想い人に、本来なら有り得ませんでしょう?
この事から、ご側近の皆様もレジスタンスへ資金提供を行っているのでは、となり、監視は続くことになったのですわ。
貴族家による民権運動など、疑惑の出た時点でご家族もろとも処刑となるところでしたが…
――まぁ、どうして驚かれますの? 国家転覆を謀ったとあれば、毒杯すら賜れませんわ。
皆様の家格も高く、後手に回っては取り返しがつかないと、公開処刑に踏み切る寸前でした。
ですが、わたくしが嘆願したのでございます。
今しばらくのご猶予を、と。
確かに皆様はご令嬢に傾倒しておりましたが、殿下は身分を盾に、常に居丈高な言動を繰り返しておられましたもの。
ご側近の皆様も、かなりの振る舞いでしたでしょう?
身分があればこそ、目溢しされておりましたけれど…
平等な立場であのような横暴な振る舞いをされれば、ただの人でなしですわ。
殿下も皆様も、色香に耽溺しておられるだけなのではないか、と訴えましたの。
それにご理解を賜りまして、リール男爵家の取り潰し程度で済んだのです。
疑わしき言動を繰り返す男爵家を、国に仕えさせる訳にはまいりませんもの。
――あぁ、毒殺未遂とも仰ってましたね。
これだけは別室で申し上げても…?
ええ…わたくしに後ろ暗いところはございませんが…
…なんと申し上げればいいのか…
殿下にはこんなふうにお聞かせすべきではないのですけれど…
ご命令ですのね…
致し方ありませんわね…
それでは――
リール男爵令嬢は、殿下、並びに他9名との肉体関係が確認され…
あらまぁ…
これは王家の諜報機関が報告している事ですから、わたくしに何を仰っても…
あの…皆様? そんなにたくさん、大きなお声で同時にお話しになっても分かりかねますわ。
わたくしの声、聞こえてらっしゃる?
あの…
もうお聞きにならないのであれば、ここで失礼しても…?
――なりませんか。 ひとまずお聞きになるのですか?
であれば、続けさせて頂きますわね。
そのような報告がなされたので、今度は托卵による公爵家簒奪を疑われる事になりました。
殿下もこの頃には、リール男爵令嬢を正妻に迎えたいと明言されてましたでしょう?
ご側近の皆様は、ご自身もリール男爵令嬢と懇ろであるにも関わらず、そんな殿下を諌めない事から、「托卵による公爵家簒奪の後、側近ら共謀にて王家を弑し、民主化に踏み切る計画」であると判断されました。
これ以上は待てぬと陛下が仰せになり、大規模な粛清が行われるはずでした。
その際に、不敬罪を覚悟で申し上げたのです。
全てはあの令嬢が子を授かったら、なのですから、かの者をそうならないよう処理すれば、真偽を確かめる今しばらくの猶予が出来るのではないかと。
もはや言い逃れはできないところまで来ておりましたが、刑罰の多寡はまだ議論の余地があるのではないかと考え、わたくしが具申したのです。
ですので、リール男爵令嬢がつい先日、飲食後にとても体調を崩されたのは、殺害を目的にしたものではありませんのよ。
不妊になるだけなので、お気付きになる事もないかと思ったのですが…
もうお子がおられたのかもしれませんね。
子流しは負担がかかるといいますもの。
――残酷な事を、と仰いますか…
わたくしの一案ではありますが、皆様とご親族の助命嘆願する上で、避けられない事でございました。
数多くの命よりも、そちらの方のお腹の子が大事でしたか?
以上が、これまでの経緯ですわ。
――皆様、お顔の色が優れませんね。
お話を最初に戻してよろしいかしら?
「悪鬼のような公爵令嬢との婚約破棄」をご希望とか。
ねぇ殿下。
妾妃様からお生まれの第六王子殿下。
王位継承権はなくとも、陛下にとっては可愛い末王子であらせられる。
筆頭公爵家嫡女との婚約は、破格の待遇でしたわ。
わたくしを婚約者とし、婿入りして公爵位を賜れるようにしたのは、まさしく陛下の愛でございましたね。
――わたくしが強請った婚約だと?そう思われていたのですか?
なるほど…
殿下が度々わたくしに向けて仰って、いくつか腑に落ちないお言葉があったのですが、ようやく理解できました。
「嫉妬に狂い」や「浅ましい欲望」は、そういう意味でしたのね。
婚約成立について説明いたしますと、我が公爵家の現当主夫人――わたくしの母ですね――が、隣国王家の出身ですの。
当代が隣国王家と繋がりを持ち、次代までが王室から婿を迎えるなど…あまりにも過ぎた権力は不和を招くものとして、縁組は幾度もお断りしておりました。
ですので、殿下が破棄なさりたいという事であれば、我が公爵家は謹んで承りますわ。
――そして、なんでしたかしら?
リール男爵令嬢を害した慰謝料として、公爵家をご自身とそちらの娘で継承する――と?
そう仰せでしたわね。
まぁ殿下ったら。
ふふふ…
そこは理解しておられましたのね。
だからこそ、この婚約は王命だったのですものね。
我が公爵領の権勢を手中に収めたい、陛下の念願を叶える為の婚約でもございました。
ゆえに陛下は、事あるごとに殿下の身の潔白を証明しようと尽力なさってましたわ。
この婚約を整える際、公爵家簒奪の意思がないと確約してもらう為、殿下の不貞に関しては厳しく取り決めておりましたから。
不貞の証拠は存分に揃っておりましたので、婚約破棄となるはずだったのですが。
陛下が「王子はリール男爵令嬢の目論見を見極めているのだ」と、こちらのご令嬢…あら、失礼致しました。
リール男爵家はもうございませんので、元ご令嬢ですわね。
元ご令嬢の思惑がはっきりとするまでは、婚約については論じない、とされましたの。
迅速に監視へ踏み切られたのも、不貞行為ではないと証明したいがため。
監視の結果、ご側近の皆様は嫌疑がことごとく深まるだけでしたが…
殿下だけは、この婚約だけは、なんとしても守るおつもりだったのでしょう。
でも殿下はご宣言なされました。
陛下の仰ったような真贋の見極めではなく、真実そちらの元ご令嬢を愛していらっしゃると。
残念ながら不貞は不貞ですので、殿下有責での婚約破棄となりますけれど。
そうですね…
王家による監視さえなければ、わたくしによる度重なる加害、という冤罪も成立したかもしれませんが…
公平な立場での監視がなければ、やっていない事を証明するのはとても難しいですもの。
そうそう。 皆様も簒奪など考えていないと先ほどから仰せですけれど、どう身の証を立てられるのです?
監視すればするほど深まった嫌疑を、舌先三寸でひっくり返せるなどと、まさかお思いにならないでしょう?
――ねぇ皆様。
何度も申し上げましたでしょう。
御身が大切であれば慎まれませ、と。
進言する度に、「悪しき権力による脅しには屈しない!」と息巻いておられましたけれど…
お諌めすればするほど、権力を、身分を、王命を蔑む発言を繰り返すばかりでは、嫌疑を晴らして差し上げたいのに、逆効果でしたわね。
わたくしから申し上げるのは憚られますが、賢明な皆様はもうお気付きかと思いますので、はっきりお伝えしておきますね。
すでにご側近の皆様は、処刑が確定しておられます。
けれど、安心なさって。
刑執行の頃には、きっと死に安寧を見出していることでしょう。
――あら不思議そうなお顔…
高位貴族が、民権運動を助長するような言動を繰り返したのですよ?
二度とそのような愚か者が出ないよう、念入りに苛み、見せしめとするに決まっているでしょう。
そうそう。
皆様のご親族ですが、婦女子は全て、毒杯を賜われる事になりましたよ。
取り調べによる責め苦と、これから受けるであろう辱めを思って苦しんでおられましたもの…
なんと寛大な陛下…
――家族は関係ない、ですか?
えぇえぇ! 皆様そう仰っていましたわ!
まだ学生の身、淫売に少しうつつを抜かしているだけだと。
底抜けの愚か者ではあるが、その所業と当家の思想は一切無関係だと。
ですが、本日の策謀を…えぇ、婚約破棄ですね。
慰謝料請求と言う名の公爵家簒奪です。
皆様がそれを目論んでいると伝えると、潔く刑罰を賜ると仰いました。
自由だ平等だと嘯く輩が、国の柱ともいえる公爵家を手中にしようとしたのです。
国家の安寧の為、厳罰に処す必要性を理解しておられるのでしょう。
誠に、見事な矜持でございます。
ご婦人方とお子様を除くご親族は、処刑の日まで取り調べが続くことでしょう。
執行日には会えるでしょうから、今ここで繰り言を仰らずとも、直接仰ったらいかがかしら?
そんなつもりはなかったのだと。
平等な世の中を築くなどという志すらなく、ただ皆を地獄に叩き落としたのだと。
あぁ、リール元男爵令嬢だけは別ですわ。
平民の身となりましたしね。
貴方、レジスタンスへの処刑方法はご存知?
――まぁお顔が真っ青。
よかった、ご覧になった事があるのね。
斬首刑くらいでは眉一つ動かない近衛兵すら、お顔の色を無くされるような残酷さでしたもの。
説明しなくて済んでよかったわ。
貴方の刑はそれよりも、更に苛烈なものとなるでしょう。
――なぜって…
そのような細腕で、幾人もの貴族を意のままにし。
その小さな手は、王家にまで届いたのですもの。
どれほど残酷な刑罰にすれば、溜飲が下がるのでしょうね。
わたくしのような未熟者には、想像もつきませんわ。
殿下。
わたくしのような悪鬼に負けない、深い愛をお持ちの殿下。
その深い愛で、最愛の方を残酷な処刑からお救いできますわ。
"ご自身が主犯"だと、そう仰るだけでよろしいのです。
そうすれば、見せしめにあう哀れな子羊は殿下に。
彼女は絞首刑で済むでしょう。
ほら、貴方の愛しい方が、こんなにもお縋りしてらっしゃる。
――それをしなかったら、ですか?
つまり殿下が、"レジスタンスへの関与はない"と主張された場合ですか?
殿下は尊きお方ですもの。
当家が厳罰を求めれば幽閉処分になるやもしれませんが、そうでなければ、当代限りの男爵位あたりを賜られるのではないかしら。
もちろん当家は何も申しませんから。
――まぁ、わたくしがお慕いしているから?
ふふふ。
いやだわ殿下ったら。
当家にとって、殿下の処遇など些事ですわ。
ですので何も申しませんのよ。
よぉくお考えになって?
権勢を増す公爵家に首輪を着けたかった陛下の念願を、愛玩犬に台無しにされたのです。
優秀な臣下を処刑せざるを得ない、というおまけ付きで。
あぁ…どれほどのお怒りでしょうか…!
ですが、その疵はできる限り小さく見せないといけません。
公爵家へ大きな借りを作ったなど、隣国に見せるわけにはまいりませんもの。
陛下は、当家より申し出なければ、殿下にそのお怒りをぶつける事もできないのです。
殿下が罪から逃げるほどに。
陛下のお怒りは全て、そこの愛しい方に向かう事でしょう。
――聞こえまして?
憲兵の足音が近付いてきましたわね。
捕縛されますと、すぐに尋問が始まります。
レジスタンスと認めぬ限り拷問は続き、認めれば想像を絶する処刑となるでしょう。
殿下が、殿下の愛が彼女を救えるのは、今だけなのですよ。
御心、お決まりになりまして?