あわよくば「結婚」まで持ち込みたい野望を持つ塙先輩と、狙われし新人菊池のやり取り
大学を卒業し、入社した会社で菊池が配属されたのは企画部。
面接官と地元が同じことが好印象を与えたらしく、早いうちに内定をもらえていた。
入社一カ月。周りの評価は高評価だが、本人としてはやっと仕事の雰囲気が掴めてきた頃である。
そんな菊池を虎視眈々と、そしてあからさまに、そして誰よりも本気で狙うは同じ部署で働く塙である。
どうにかして菊池をゲットしたい塙は、あれやこれやと手を変え品を変えて菊池を振り向かせようとしていた。
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そんな塙に最大のチャンスが訪れた。
外回りを終えた菊池が「腹減った」と呟いたのだ。
すかさず塙は「とっておきのお店知ってるの」と食事に誘ったのである。
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菊池が今座っているのは、特にとっておきでもない「俺が!」という店名が有名なイタリアンであった。
菊池も一度来てみたかった店なので問題ない。
塙はメニューを菊池に差し出すと
「ここは先輩として私がご馳走するわ!」と言い目を瞑った。
気になった菊池は質問する。
「今なんで目瞑ったんですか?」
「あら。ウインクよ、ウインク♡」
そう言って塙はもう一度両目を瞑ったが、目を開けた時はすでに菊池はメニューに視線を落としていた。
「どれ頼もうかな〜♡菊池君はどれにしたの?」
「「大山鶏もも肉のグリル〜レンズ豆の煮込み添え〜」です」
「それじゃあお腹空いちゃうぞ!」
「いや、もう腹ペコなんで早く決めてもらっていいすか?」
「え〜じゃあ「切り立ての生ハム」」
「それ、antipastoですよ?」
「うふ。じゃあ菊池君おすすめのアントのパスタにする」
塙が両目を瞑る。
「パスタが食べたいならこの中から選んでください」
「えっとお。こんなにたくさん食べられるかなぁ。もし食べられなかったら菊池君食べてくれる?」
「嫌です。すみませ〜ん」
塙が目を瞑ってるうちに、店員に「切り立ての生ハム」と「プッタネスカ」「もも肉のグリル」を頼む菊池。
ワインはどうしますか?と聞かれて「俺はサンパオロ プッティンゲで」
まだ決めかねていた塙「私はぁ〜」と言いくねくねしたところで、菊池がメニューを指して「「私は赤ワイン」だそうです」と伝えた。
テーブルには切り立ての生ハムとワインが2つ。
生ハムは菊池がきっちり別々に取り分けた。
プッタネスカを「辛い辛い」と言いながら3杯目の赤ワインで押し込む塙。
少し遅れたタイミングで、菊池のもも肉のグリルが届く。
熱々のもも肉に白の辛口ワインが良く合う。
「ねえ、菊池君っておやすみの日は何してるの?」
「休んでます」
「ふふ。いいわね。私も休みた〜い」
足をぶらぶらさせる塙。
「休みですからね、いいんじゃないすか?じゃあそろそろ帰りましょうか」
ここで塙がコンプライアンスにガッツリ引っ掛かる発言をする。
「ねぇねぇ菊池君♡この後ウチに来て飲み直さない?」
花粉症を最大限に利用した、潤んだ瞳で菊池を見つめる塙。
手元には空になったワイングラスが倒れている。
それに対して菊池も負けず劣らずコンプライアンスに引っ掛かる発言で返す。
「え?無理っす。先輩のその目。人を襲おうとしている熊にしか見えないですし」
過去に祖父と山で出会った熊の目を思い出させる血走った塙の瞳に、手と顔を横に振り全身で拒否の意向を見せる菊池。
さすがに塙もカチンときた「なっ!ちょっと失礼ね!」
「いやいやいや、誘いを断ったからって失礼じゃないでしょう?俺にも選ぶ権利はありますから」
「違うわよ!熊ってところよ!」
「ああ。そこっすか。じゃあアナコンダならいいっすか?」
「はぁ?アナコンダって何?」
「アナコンダ知らないんすか?じゃあパイソンかマムシで」
「アナコンダもパイソンカマ虫もどっちも知らないわ!」
塙は気の短さを見せびらかし、千円札を一枚テーブルに叩きつけると、店の出口に向かって歩きだす。
荒ぶる塙の後ろ姿を見送りながら「……パイソンカマ虫。聞いたことないわ…」
初めて聞く虫の名前にワクワクしながら二杯目のプッティンゲを飲み干す菊池であった。