私の結婚の裏事情と、突如目の前で繰り広げられた茶番劇?
(今回も慌ただしい帝都での生活だったわね)
私は皇帝低下からの緊急招集に応じて帝都に向かい、陛下から与えられた任務を無事に終えると、皇帝陛下より自動車と呼ばれるここ最近発明された馬車をも超える速度で走る乗り物を用意され
「早く戻って新婚生活を堪能せよ」
と笑顔で言われた時は、本当にあの性悪皇帝を切り捨ててやろうかと思った。
こうして3週間ぶりに我が家に戻っている道中、皇帝に嫌みったらしく言われた言葉の所為で、噂通りの存在なら思い出したくない存在であり、我がフローレス家に強制的に押し入ってきたあの男の事を思い出してしまう。
「ニール。あの男本当に帝国史上最低の女たらしと言われたあの男なの?」
「一時間程度しか話を聞いていない相手なので、まだあの男の本質を判断する様子が足りませんが、俺も団長と同じく、噂通りの男のようなイメージを持てませんでしたね」
「貴男がそう思った理由は?」
「あくまで勘ですけど、ありゃ女たらし所か、女一人抱いた事なさそうな雰囲気醸し出してましたよ。
それと団長との取引にあっさり応じたってのも、何か引っ掛かりますね」
どうやら副騎士団長のニールも、あの男の態度と言動が、噂の人物とはかけ離れている部分が多い事に気が付いていたようだ。
「やっぱりそう思うわよね?
普通侯爵家で生まれ育った人間が、二年でたった金貨40枚しかもらえない契約に、喜んで乗ってくると思う?」
「喜ぶ所か、『そんな報酬しかないのか』って侯爵家の令息だったら文句の一つ言ってくるのが普通でしょうね」
やはりニールもあの様子に大きな違和感を感じていたのね。
いくら財政状況が傾き気味のナルバエス侯爵家出身だとしても、普通は金貨40枚程度の報酬で、あんなに目を輝かせて喜ぶ侯爵子息なんて想像出来なったので、あの男がアッサリ私との離婚契約を結んだ時は、世間に狂剣と呼ばれる私であっても度肝を抜かれ、ただ茫然とその様子をしばらく眺めてしまったぐらいだもの。
それだけあの男の行動は、世間一般的な侯爵子息のイメージから逸脱した行動だった。
「今更だけど、帝都に行っている間にあの男の素性をもっと洗い直すべきだったわね」
「仕方がありませんよ。
なんせ今回帝都であたった任務は、休む暇なんて全くない任務でしたし」
「全くね。
そもそも書類上だけとはいえ、結婚相手が家に来た日に緊急招集をかけてくるし、帝都に着けば激務を押し付けて来る。
おまけに帰りに嫌みまで行ってくるあの性悪皇帝。
ホント頭の中がどうなってるか、一度叩き切って覗いてやろうかしら?」
私は皮肉を込めて皇帝の文句を言ってやると、ニールは血相を変えて「だっ団長てば、こんな所でも面白い冗談を言うなんてセンスあるなー」っと必死に私の言った事に悪意はないとでも、自動車を運転する皇帝の忠犬にアピールしてるみたいだけど、残念だけどソイツは私が陛下に対してどのような態度を取っているか良く知っている奴だから、その程度の誤魔化し方じゃあ意味を為さないわよ。
もっともこの結婚自体様々な思惑が混じってる曰く付きの結婚なのだから、私が何言ったって今更感しかないのよ。
まず私が結婚させられた経緯としては、私はもう世間で適齢期の最後とみなされている最後の歳である25という歳もあと半年で終えようとしているのに、全く結婚する様子を見せない私に、両親と皇帝陛下は、とりあえず誰かと結婚させようと躍起になっていた。
そんな時に、尽きぬ精力も持って社交界の男女関係を淫らに荒らし回っている帝国史上最低の女たらしと呼ばれているリカルド・ナルバエスに、私の結婚相手としての白羽の矢が立っただけの話。
もっともリカルド対しては私と結婚するという事は、私という存在がリカルドの抑止力として作用するという考えの元、陛下は帝命まで使って私とあの男を結婚させたのだ。
最も私もリカルドも、この婚姻関係を望んでいる訳ではないので、互いに円満に離婚するように動くだろうという事は皇帝達も予測済みなんでしょうけど、いくら節操のない男でも離婚まで二年も禁欲状態にしてやれば多少はその行き過ぎた性欲も鳴りを潜めるだろうし、今回結んだ離婚契約に則ってフローレンス家で働く者に手を出したり、屋敷での生活に我慢できなくてフローレンス家を飛び出して外で女と関係を持った時は、私に【即座に始末するように】という密命を出してきたので、私もこの婚姻に承諾した。
結局この婚姻はリカルドという存在を社交界から弾き出すためだけに作られた政策であり、私からすると厄介者を二年間監視しつつ、場合によっては始末するという新たな任務が増えた程度の事だ。
それにリカルドが性欲を抑えられず、私が皇帝の密命通りリカルドを始末すれば、私と結婚したいという男など現れる事はなくなるのは喜ばしい事だ。
両親や皇帝陛下には悪いんだけど、私は結婚という物に憧れもなければ必要性も感じていないので、この事がきっかけで完全に結婚相手がいなくなれば、それは私にとって願ってもないことなのよね。
「でも、私が結婚早々3週間家を空けてたの丁度良かったわ。
だってあの男が噂通りの男なら、とっくに侍女の一人や二人手を出そうとしているハズよ」
「もしかして侍女にあの男を始末させる気ですか?」
「この3週間で契約違反をした挙句、侍女に嫌悪感を持たれた場合はね」
実は我が家で働く侍女達にはとっくに伝えてあるのだが、リカルドから迫られた際、嫌悪感を感じたのであれば【問答無用で始末しても構わない】と伝えてある。
フローレス家は、私のひいおじい様の代から国境の防衛を担っている家門であるが故に、昔から外敵の脅威にあらゆる方面から晒されていた。
そうなると当然曲者が我が家にお邪魔してくる事が多いが故、フローレス家で働く侍女性質は、そんじょそこらの腑抜けた騎士程度実力では、到底叶わない程度の戦闘訓練を行っているのだ。
つまりリカルドような戦いを知らない坊ちゃんが、もし強引に侍女と体を重ねようとすれば、侍女たちは簡単に始末出来るのだけど、あくまで男女の関係なんだからお互い合意の上なら一夜限りの愛を楽しもうが私の知った事ではないわ。
だとしてもリカルドは私との契約を違反した事に変わりはないのだから、結局陛下の思惑通り私がリカルドを消すだけで、結局契約を破った場合、あの男の末路に変わりはないのよね。
果たして私が屋敷に戻ってから、リカルドの生きた姿は見れるのかしら?
そう考えると、屋敷に戻った時に色々と手続きを進める必要があるから、屋敷に戻っても直ぐに休める事はなさそうね。
そんな事を考えていると、自動車はいつの間にか屋敷が、見える場所まで辿りついていた。
「……本当に早いのね。自動車って」
「馬車なら寝ずに飛ばして一日近く掛かるってのに、コイツはその半分以下の時間ですか!
こんなの本格的に世に出回ったら、馬車なんて冗談抜きで不要になりそうですね」
「……そう考えると騎士と馬が不要となる時は、同じに時になるかもしれないわね」
「えっ?どうゆう事ですか団長?」
「簡単な話よ。コレを軍事転用して兵器と運用すれば、私達騎士が得意する剣戟戦闘なんて無用の長物になるかもしれないもの。
そうなった時は私達も馬と一緒でお払い箱だわ」
ニールは「そんなバカな話ある訳ないじゃないですか!」なんて笑って答えるけど、もし皇帝陛下がその事を暗に比喩して今回私にこの乗り物を乗せたと言うなら、本当にあの女帝は喰えない存在だと思うのは私の考え過ぎかしら。
どうやら悩みの種が多いせいで、物事を悪い方向に考え過ぎているのかもしれないわね。
こんな後ろ向きの考えを引き起こしてくれる、私を取り巻く数々の悩みの種が一つでも、早くなくなってくれる事を切に願ってしまうわ。
*
「お帰りなさいませ!エステラ様」
「ただいま。今戻ったわ」
私が久しぶりに屋敷に戻ってきたので、使用人一同私に帰りを出迎えてくれたのだが、その中にあの男の姿は見当たらない。
帰りにニールに話していたように、私が手を下すまでもなく、侍女に引導を渡されたのかしら?
それとも怖気づいて部屋に籠っているのかしら?
あの男が今どうなっているの聞こうと、私が留守にしている間屋敷の統括を任せていたミゲルに声をかけようとすると、ミゲルは「やれやれ」っとでも言いたげな表情をしながら最も隅にいる使用人の元に向かって歩いていた。
ミゲルが向かっている先は最も隅で頭を下げている使用人の元のようだけど、何かあの使用人の格好って、使用人が着るにはやたら洗練された衣服を身に纏っているような気がするのよね。
そんな明らかに他の男性の使用人とは違った服を着ている男だが、そのような服を身にまとっていてもやたら馴染んでいるせいか、戦場で養い鍛え抜いた私の観察眼をもってしても、ほとんど違和感を感じさせなかった事に正直驚いている。
そして私に違和感を感じさせなかった隅っこの使用人。頭を下げているせいで顔は分からないけど、ども見た見覚えがあるのよね?
そんな事を考えていると、ミゲルは隅の使用人?の元に辿り着き、使用人?後ろから肩にポンと手をのせると
「旦那様! 奥様をお迎えするに当たって旦那様が使用人と同じ場所に並んで出迎えてどうするんですか?」
「あっ! ごめん。ついいつもの癖で」
ミゲルに突っ込まれて、やってしまったという表情を浮かべている隅の使用人は、私の形式上夫であるリカルドだった。
一体何なのこの状況!? 何故誰も突っ込まないの?
目の前で繰り広げられる謎の光景を見かねたのか、侍女長のローラが、スッと動いて
「旦那様! 奥様をお迎えに上がる場合は中央にお立ちください」
ちょっと待ってローラ! どうして親切に立つ場所指定してるの? そこは突っ込むトコでしょう?
果たして私は何の茶番劇を見せられているのかしら?
「あー、やっぱこうゆう時って、俺がど真ん中に居て出迎えるべきなんだ」
「「当然です!」」
当たり前でしょ! 思わず私も心の中で突っ込んでしまったわ。
ミゲルとローラに注意されつつ中央に立ったリカルド。
その光景を見ても使用人誰一人微動だにしない所か、「またやっちゃったねあの人」って感じの微笑ましい空気でその様子を見守っている。
何この異様な光景? 一体私のいない3週間の間に何があったというの?
私があれだけ【要注意人物】だと指定した人間なのだから、もっとこう警戒心を抱くなり曲りなりにフローレンス辺境伯夫君なんだから、もっとしっかりしなさいよ! 的な軽蔑の眼差しをここは送るべきじゃない?
もうあの様子は、フローレンス辺境伯当主の夫というより、完全に見習い使用人よ!
「えっと……改めましてお帰りなさいませ、エステラ様。
帝都でのお勤めご苦労様です」
「ええ……貴様はこの屋敷で大人しく過ごしていたのかしら?」
「はい。使用人さん一同が良くしてくれるので、楽しく大人しく過ごさせて頂きました。
あっ! もちろん契約通りこの屋敷から許可なく一歩も外に出ていませんからご安心ください」
リカルドは自信満々に答えるが、屋敷で大人しく過ごしていたら「今のような状況が生まれる訳ないでしょう!」っとツッコミたくて仕方がない気持ちを必死に抑え、私は淡々と「そう……」と答えた後、この状況をまだ頭で整理するために、直ぐに自室に向かった。
そして色々困惑している気持ちを落ち着かせた後、未だに理解の追い付かないこの状況を把握すべくローラとミゲルを自室に呼び寄せる。
「先ほどエントランスで見せられた茶番は一体なんなのかしら」
「何と言われましてもですね」
「ここ最近旦那様はあのような事をやらかすのは日常茶飯事だったものですから、我々としてもすっかりあの様子に慣れてしまいまして」
「……あの男は普段からあんなふざけた事ばかりしているというの?」
「ふざけていると言うか、リカルド様はいたって真面目にあのような事を日常的にやるので、私達も温かい目で見守りつつ、間違いを指摘する方針をとっていまして」
ローラが真面目にそう答えるのだけど、私にはローラが言っている事の意味が理解出来ない。
「……分かった。さっき見た茶番劇に関してはもう私の理解の範疇を超えているから何も言わないわ。
では、あなた達がこの三週間で見てきたあの男の様子を、ありのまま報告しなさい!」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そしてこんな拙い作品でもブクマして頂いた方、ありがとうございました。
ブクマしてくれるだけで、ブクマしてくれたの為にも最後まで頑張って書こうという気持ちが強まり、作品を書く励みになります。
ちなみにエステラ様は気に入らない人間や、敵と認定した相手にはキツくなりますが、親しい人や身内と認識した人には割と柔らかい口調で接するイメージです。