”過去”と”今”が重なる時
エステラ様は未だに無言かつ”してやったり”と言わんばかり笑みを浮かべたまま、俺の事をひたすら見つめている。
いい加減この状況に耐えられなくなった俺は、恥ずかしさで火照った顔を片腕で隠すよう覆いながら、エステラ様が求めているであろう答えを答えた。
「……いいました、いいましたよ!
10年前に俺がそう言ったのを認めますから、その事に関してこれ以上追及するのは、本当に勘弁してください」
「どうしてかしら?」
「それは……あの言葉を女性に送る意味ってのをまだちゃんと理解していないガキの頃の話なんで……」
【ヴァルキュリャ】とは帝国に伝わる神話において
【戦士の死者となった際にその魂を主神の元に運ぶ存在であると同時に、主審が死者を主神に仕える神の戦士へと転生させた後に、ヴァルキュリャは神の戦士を率いて主神を守る為に結成した軍団を指揮して戦う守護者でもある】
とされるが、その際神の戦士となった者は主神に仕える為に神の戦士になるというより、”己を主神の元まで送り届けた美しき主神の使いであるヴァルキュリャに魅了されたから、主神に神の戦士になる事を誓う”、という下りが実はあるんだよね。
その為、ヴァルキュリャという言葉を男性が女性に送るという事は、神話の流れに則って『死後もあなたに一生尽くします』という意味合いを含む非常に重みのあるプロポーズのような言葉であって、俺はまだガキの頃にエステラ様にその言葉を贈る意味を理解していなかったんだよね
だからその意味を知った際に、我ながらとんでもない事を言ってしまったという羞恥に悶え苦しんだ過去が嫌でも思い出される。
それに過去は「綺麗な令嬢」ぐらいにしか思っていなかった相手が、今となっては「本気で惚れ込んだ女性」、となると、ますます過去に犯した失言が悩ましいんだって!
「『ヴァルキュリャ』、と私に言った事をそんなに恥じらう事ないわ。
それに子供の頃の私を、そんな風に例えてくれた男は、今まで一人もいなかったから、私はあの時あなたがそう言ってくれて本当に嬉しかったのよ」
「いやいや、あの頃既にあれだけ整った容姿してたんですから、『綺麗』、て言葉を送る男の一人や二人いたでしょ?」
「あの頃の私はとにかく世間一般が理想とする淑女とはかけ離れた子供だったから、そもそも私のやっている事を認めてくれる人は、家族ぐらいだったの。
だから初めて『家族以外に私の事を認めてくれて、私を只の女性と見てくれる人がいる』、と思えた”あの言葉”とこのリボンは、私にとってとても社交界で活動する為の支えだったわ」
そう言って俺があの時手渡したリボンを改めて大切そうに見つめている彼女を見ていると、まさかあの時渡した物と、意味を良く分かってもいないで送った言葉が、彼女に大きな影響を与えていたのを知ると、何かこそばゆいと言うか、感慨深いというか、他にもいい意味での気持ちが複雑に絡み合うこの気持ちの所為で、俺の胸の内はもの凄く熱い熱を帯びている。
「今更かもしれないけど、あの時私を励ましてくれてありがとう、リカルド」
「いえ……まさかあの時の行動がずっとエステラ様の支えになっているなら、そのリボンを贈って良かったと心から思えます。
それにしてもそのリボン、未だに取っておいてくれたんですね。てっきりあの時付けてあげた際にエステラ様が直ぐに外してしまったので、気に入ってないんじゃないのかと思っていましたよ」
「あの時は、恥ずかしかったのよ……私はこうゆうの似合わないと思っていたし」
エステラ様は少し恥ずかしそうにしながらそう答えるけど、本当はエステラ様があの時俺のリボンを気に入ってくれていた事は、リボンを付けていた時の表情とリボンを外した後に大切そうに持っていたから、実は気に入っている事は知っているんだけど、さっきからかわれた仕返しに少し意地悪をしてしまったが、恥じらう姿も相変わらず愛おしく見える。
「それにこのリボンはね、私が社交で辛い目にあったり、今日のように社交の場に赴く気が起きない時にこのリボンを見ると、『私の事をありのまま見てくれる人だっているんだから大丈夫』、という事を再認識させてくれるから、そのお陰で私が社交の場でどんなに辛いと思った時でも私を立ち上がらせて、先に進ませてくれる力を与えてくれたお守りみたいな物だから、時が経つにつれてボロボロになっていっても持ち続けていたわ」
確かにエステラ様の言う通り、俺が子供の頃に作ったリボンは、長い年月を得て所々解れが目立っている。
だけどそんな事より俺が初めて作った物を未だに持っていてくれた事の方が、俺にとっては遥かに
喜ばしい事なんだよね。
「でもこのリボンを持ち歩く事も今日で終わりね」
「えっ、そうなんですか?」
そうやら彼女中で何かが変わったみたいで、もう俺のリボンを持ち歩く必要がなくなったみたいだけど、それを聞いて嬉しいような残念なような、何とも言えない複雑な気持ちになる。
「勘違いしないでほしいんだけど、このリボンは私にとって未だに大切な物である事は変わりないわよ。
今日の社交の場に出ても、以前のように社交の場が嫌だと思う事はほとんどなかったのよ。
だからいい加減このリボンに何時まで経っても頼るのも、そろそろ止めて私も一歩前に進まないと!
って私が思えたのは、リカルドがあの時の約束を果てしてくれたからよ」
「その約束を果たすのに10年近く待たせてしまいましたけど、それでエステラ様が前に進めるというのであれば、これからいくらでもエステラ様の為にドレスを作らせて頂きますよ」
彼女が俺の作ったドレスで自信を持って社交の場に出る事が出来るなら、俺は幾らでも貴女の為にドレスを作ります。
そんな口にするにはちょっと恥ずかしい意味を込めつつ、俺はウィンクをエステラ様に送った。
「……やっぱりあなたとニコラスってよく似た兄弟よね」
「あんな阿呆と一緒にしないでください」
「そう言われてもね、さっき私に向けてリカルドがウィンクする仕草と表情って、以前にニコラスが私にやったのと瓜二つだったわよ?」
「顔や仕草似てるかもしんないですけど、あいつと意味合いが全く違いますから!」
「へぇ、どう違うのか聞かせてもらいたい所ね」
「どう違うってそりゃ……」
(しまった! 要らぬ事を口走った所為で、自分が再び追い詰められている気がする)
俺は迂闊に口走った事をなんとか誤魔化そうと、頭の中で必死に策を張り巡らせるが、いい案が思いつかないので
「違うと言えば、エステラ様が10年前と大きく雰囲気が変わっているから、屋敷で再会した時全く気が付きませんでしたよ。
俺達が10年前に出会ってるって気が付いてたんなら、さっさと教えてくれても良かったんじゃないんですか?」
駄目だ……話をすり替えるぐらいしか思いつかなかったし、こんな話題じゃ
「話をそらしてんじゃないわよ!」
と彼女に胸倉を掴まれ、より一層怒られながら責め立てられる未来しか見えない……
「そっ、それは、私だってまさかリカルドが10年前に出会ったあの子だなんて思ってもいなかったのよ……」
(あれ?意外と話逸らすの上手く行っちゃった感じ??)
どうにも俺が苦し紛れに言った一言は、予想と違って彼女としても気になっていた事だったようだ。
という事は、コレって畳みかけて話を逸らすチャンスじゃない?
悪く思わないでくださいよ、『相手が弱みを見せたら一気に攻めるのよ』、と以前教えてくれたのは他でもない貴女なんだから!
「いや~、あの時はショックだったな~
なんせ初対面で俺に敵意向き出しだった人が、まさかあの時綺麗だと思ってちょっと憧れてた令嬢だった、なんて思うと」
「あの時は事前情報と、リカルドの顔が双子でもないのにニコラスに瓜二つだった事を知らなかったのだから仕方がないじゃない!
それにリカルドだって私があの広場で話した令嬢だって気が付いていなかったんだから、そこに関してはお互い様よ!」
(いや、エステラ様はあの時話して時と雰囲気変わり過ぎですから! そもそも屋敷で久しぶりに会った際バリバリ俺にさっき飛ばしてくるような人が、あの時の子なんて連想出来る訳ないじゃないですか!)
なんて言いたくなってたけど、エステラ様の言う通りお互い今日まで過去に会った事に気が付いていないんだから、今そんな事言うのは野暮って奴だし、話題のすり替えという目的は達成されている。
何よりちょっと慌ててる様子を見せる彼女の姿を、独占して見れているこの状況に満足してる俺って、どんだけこの人に惚れ込んでるんだろうね?
「ちょっと!聞いてるの?」
「もちろん聞いてますよ。
まさかこんな形で『あの子』と再会出来るとも、あの時の約束を果たせるとは思ってもいませんでしから、俺もずっと心に残っていたしこりがようやく取れて、今とても晴れやかな気分なのは貴女と一緒ですから」
「なんか都合よく解釈されてるような気がするけど、ソコに関しては私も同意する部分があるから何とも言い難いわ」
「じゃあエステラ様も、俺が約束を果たす日をずっと待ち望んでいてくれたと思って良いんですか?」
「……そうよ、私ずっっと探していたんだから、リカルドの事!
あの時の約束を果てしてもらおうと思って、もう一度エンクエントロに行ってリカルドを探しても、リカルドの姿は見当たらないし、誰に聞いても『そんな子見た覚えはない』って言うし、その子と似たような子が居るという家に行っても、何もない更地しか残っていなかったから、一時期、『あの子は私との約束なんてどうでも良かったんだ』、とさえ思っていた時もあったわ」
そう言われると中々心が痛む。
実は彼女に、「ドレスを作る」、と約束をした一カ月後、母さんは状態が急変しこの世を去る事となり、それから間もなく俺はナルバエス侯爵家に引き取られたのだが、母さんを失って天涯孤独となった俺にとって、その時「父」と名乗るナルバエス侯爵は俺が今後進むべき道を指し示している存在に思えてならなかったから、ナルバエス侯爵が俺を引き取ると申し出た際に、二つ返事で侯爵家に向かったし、その際誰にも行き先を告げずエンクエントロを去ってしまった事で、誰かに俺の行き先を彼女に伝えてくれる人間すら残していなかった事を、今になって後悔する事になるとは思わなかったね。
「すいません……せめて信頼出来る誰かに行き先を告げてからエンクエントロから離れるべきでした」
「もういいのよ。 リカルドはちゃんと約束を果たしてくれたし、そんなこと思いながらも、結局リカルドが言ってくれたあの言葉とコレに、何度も私は助けられたんだから」
そう言って彼女は、俺にあの時渡したリボンを再び俺に見せてくる。
「……改めてみると、こんな出来が悪くて何の変哲もない物がエステラ様の助けになってたかと思うと、本当に感慨深いですよ」
「そんな言い方しなくたっていいじゃない。
リカルドからしたら何の変哲もない気持ちで渡した物だったのかもしれないけど、あの時の私からしたら、世間とは違って剣を振り回しているのが好きな私の事を、『ヴァルキュリャ』、なんて例えてくれた唯一の男の子がくれた掛替えのない物だったのよ。
それともあの時の私を、『ヴァルキュリア』、と評したのはリカルドの言葉は嘘だったのかしら?」
「そんな事ないです!
むしろ別邸で言った時も本気でそう思うぐらい、俺が作った物を身に着けたエステラ様は『ヴァルキュリャのように美しい』と心から思いました」
俺がそう伝えると、彼女は、そっぽを向く。
しかしその表情は頬を少し赤らめ、俺が言った事に対して恥じらう姿を見せている。
「……リカルドってあの時もそうだけど、いきなり言われたら恥ずかしい事を平然と言ってのけるから、心臓に悪いのよ」
「それは失礼しました。 じゃあそのお詫びとして、今のエステラ様をより輝かせる提案をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
俺は今の彼女の姿を見て、どうしてもやってみたい事があったので、彼女に尋ねる。
「今度は何を企んでいるの?」
「企んでいるというよりは、今エステラ様が握っているリボンを俺が付けたら、よりエステラ様の姿が輝くと思ったので、その事を提案しようと思っただけですよ?」
「そう……じゃあ付けて見てくれるかしら」
「分かりました、少し失礼します」
そう言って俺はエステラ様からあの時のリボンを受け取るとベンチを立ち、彼女の後ろに回ってリボンで彼女の髪を結び始める。
まさか過去渡したリボンと、この日の為に彼女の作ったドレス。自分が作った過去と今の作品で、こんなに美しい人をコーディネイトする時が来るなんて、本当に運命って分からないもんだね。
「出来ましたよ」
「どうかしら?」
そう言って俺の方を彼女が振り向く。
「とってもお似合いですよ。 ヴァルキュリャ」
お世辞抜きで本当に月をバックに、白を基調としたエメラルドグリーンの刺し色が輝くドレスだけでも十分美しさを引き立てている彼女に、エメラルドグリーンのリボンをプラスして似合わない訳がない!
「そう……だったら今の私なら、自分に自信を持って言えそうだわ」
そう微笑みながら言う姿は、思わず見とれてしまうぐらい美しい。
「私は……リカルド・ナルバエスの事を本当に愛してるって」
美人は何を言っても様になるよ。俺の事を愛してるって言うその姿さえ美しいだなんて……って、ちょっと待って?
今この人何ておっしゃった?
キットオレノキキマチガイダヨネ??
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回最終話となりますので、よろしければ最終話までお付き合いよろしくお願いします。




