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誰かの為に動く時

 ルンバの始まりを告げる音楽が流れ始めると、エステラ様が俺に向けて手を差し出す。

 俺はエステラ様から差し出された腕をゆっくりと握ると、ソレが合図となって俺とエステラ様は、リズムに乗って踊り出す。

 このダンスをリードするのはエステラ様。

 これは元々エステラ様の方が圧倒的にダンスが上手いし、ダンスほぼ未経験の俺が三週間の特訓で身に付けられたのは、精々付け焼刃程度のダンススキルしか身に付けれないのは安易に予測出来ていたので、エステラ様に完全にリードを託してこのルンバを踊る事は、このパーティに参加すると決まった時から決まっていた事だが、実は帝国においてダンスという物は基本男が女性をリードするのが当然だとする文化が根付いている為、もしこの状況を眺めている者達から、「ダンスで妻のリードも出来ない情けない夫」、と俺が評されるかもしれない。


 しかし俺にとってはそんな事はどうでもいい! むしろ俺はどう貶されたって構わない。

 だけど自分の事をどんな形であれ、「必要だ」、と言ってくれたこの女性ひとが貶される事だけは、心の底から「嫌だ!」と俺は強く思っている。

 だから今の俺が、目の前で美しも情熱的に踊るこの女性ひとの為に出来る事は、さっきこの女性が教えてくれたように、周囲の目など一切気にせず今はこの女性だけを見て、この女性の為だけに持てる全てを掛けてこの瞬間に臨む事こそ、今の俺に出来る唯一の事なんだろうね。

 思えば彼女は、侯爵家で10年近く過ごしている内に、心がすっかり捻くれ廃れて、すっかり拗れて【世界は灰色でしかない】という見方でしか世界を見れなくなっていた俺の視界を、たったの三カ月で再び【世界は色付いている】と思える道を指し示してくれた。

 果たして他の人間は、心象が最低だと感じた人間から突如八つ当たり的に心の闇をぶちまけられたとしても、あんなに親身になって心象が最低だと思った人間の話を聞いてくれるんだろうか?

 普通の人間なら、そんな相手の心の闇を知ったところで、「甘えるな、お前が悪い、周囲や環境のせいにするな」、そう言って突き放してしまうのは、至って普通の感性だと俺は思う。

 だけど彼女が普通の人間と違ったのは、俺の話を親身になって聞いてくれたし、弱い部分があるのは誰でも一緒だと言って。俺と同じ目線で物事を見ようとしてくれた俺にとって唯一の女性。

 

 そんな彼女も世間からは狂剣として恐れられ、我儘で自分勝手な部分が目立っているけど、本当は誰よりも人の事を案じているお人好しだし、底抜けに前向きな人間なのかと思えば実は寂しがり屋で、嫉妬深くて、純粋な部分もあった。

 (果たして彼女が俺に与えてくれた物は、たった三カ月でどれだけあるのだろうか? 恐らく考えれば途方もない数の物を俺は彼女から貰っているという事だけは分かっているんだけど、果たして俺はこの恩を返せるんだろうかね?)

 そう考えると俺はこの女性を

『自分の全てを出し切ってでも、この人を輝かせたい』

 と強く思うんだけど、実はそう思ったのってこの瞬間が初めてじゃない事に気が付いた。

 だってさ、この女性が今身にまとっている俺のドレスを見たらさ、我ながら力の入れようが半端ないんだよね。

 つまりコレって【とっくに俺は彼女にベタ惚れだった】物理的証拠。

 全く、俺は今までどれだけ自分の気持ちに蓋をして生きてたんだ?ってのが嫌でも分かる物が目と鼻の先あるのに今になって自分の本心に気が付くなんて、自分の鈍感ぷりが笑えてくるよ。


 そんな心底惚れ込んでしまった彼女に対して、何か報いる事が出来るならなんでもやろうと腹を括れば、周囲にどれだけ批判されようとも耐えれる自身が生まれたのは、彼女に対する恋心だけじゃなく、きっと彼女の口から「必要だ」と告げられて、自分の存在を認めてもらえたからなんだよね。

 だったら男として、その期待に応えようとしないのは男じゃないし、何より惚れた女性の前じゃカッコも付かない。

 何だかんだ言ったけど結局今俺が一生懸命ダンスを踊ってる理由なんて、結局ただそれだけの事なんだよね。

 結局物事って複雑に考えるより、シンプルに考えた方が分かりやすいし、行動原理も把握しやすいって良く言うし、何より自分の気持ちに気付いてソレを認めてみると、今まで色々悩んでたのが途端に馬鹿らしく思えてくるよ。

 

 そして俺の事を人生で初めて必要だと初めて口に出して言ってくれた彼女が、俺の作った渾身の一作を纏って躍る姿は本当に美しいと思う。

 そう、以前思わず口に出さずにはいられなかった神話に出て来る【ヴァルキュリャ】と今一度評したくなるほど。

 そんなヴァルキュリャのような美しくさと力強さを持って踊る彼女を、只必死追いかける事に夢中になっている俺は、もはや周りの目など一切気にすらしていないで必死に踊っていた。


 そして彼女に置いて行かれないように必死に踊り続けていると、彼女がルンバの締めに相応しい美しも情熱的な姿勢で俺の前に立ち止まるった後、曲が流れ終わる。

 それはダンスが終わりを迎えた知らせであり、俺にとっては世界で最も美しい姿で思える彼女の姿を、これ以上追う事が出来なくなるのを残念だと思いつつも、俺とエステラ様は皇帝陛下に向かい一礼。

 こうして俺達のダンスが終わった事を陛下に告げた直後、周囲の人間達から盛大な拍手が俺とエステラ様に送られ、思わずその勢いでたじろぎそうになるが、エステラ様の前でこれ以上醜態をさらさない為にも俺は必死にその場で耐えてエステラ様と共に顔を上げると、エステラ様が俺の方を見ながら満面の笑みを浮かべている。


「良く見ておきなさい!

 あなたはたった三週間練習しただけで、気に食わない奴らがコレだけの喝采を送ったという事は、それだけ私達のダンスは素晴らしいと評価されたという事よ。

 もちろんこれは私とリカルドが成し遂げた事だけど、あなたの功績も存分に含まれているんだから、これからはもっと自分に自信を持ちなさいよ」

 盛大な拍手が鳴り響く中、エステラ様に笑顔でそう言われると、不思議と以前より自分に自信を持てるようになった気がしたが、同時にエステラ様から向けられた笑顔が、今まで以上に輝いて見えてしまう所為か、気恥ずかしさが以前より増してしまい、エステラ様とまともに目を合わせる事が出来なかった。

(これが惚れた弱みと言うヤツか!)


 実際の所この拍手が、俺個人に対してどれだけ賞賛の拍手が含まれているのか分からないけど、基本目立ちたくないと考えている俺が

(周囲からこのような賞賛を受けるのも、案外悪い物じゃないかもね)

 なんて僅かとはいえ思えるぐらい、今の俺の心は”自分がやった事に対する行動と結果に満足している”みたいだね。


 しかしこれだけ「良くも悪くも目立つと、この後どんな事が起こるのか?」、なんて社交経験が身代わりとして説教される役だった俺に想像出来ると思うか?

 出来ないと思う?、そうだね、まさにその通りだよ……

 なんせ今ダンスを踊り終えた余韻に浸っていた俺達向かって、周囲の人間が一斉に押し寄せ来くるなんて誰が想像できる?

 そして一瞬にして周囲を囲まれ、その場から動くけなくなった俺とエステラ様は、男女関係なしに様々な質問を飛ばされている状況なんて、誰が予測できるか!


「いやー、実に素晴らしいダンスでしたよ。特に二人の情熱的かつ優雅に踊る姿が」

「女性側がリードとは目新しくも実に新鮮なスタイルでしたなぁ」

「それより先ほど陛下との会話で、エステラ様着ていらっしゃる斬新で美しいドレスは、リカルド様が仕立てられたと耳にしましたが、是非私のドレスも仕立てていただけないでしょうか?」

「ちょっと!抜け駆けは止めなさいよ!! そんなずる賢い女より私のドレスを是非仕立てて下さい、リカルド様」

「夫君の着ているスーツも大変素晴らしい、もしやコレもリカルド様自身が仕立てられたのですか?」

「よければお二人の着ている服装について、詳細なお話をお聞かせいただきたいので、この後別の場所でお時間頂けないでしょうか?」

「そんな事よりどうやってお二人は、この短い期間であんな素晴らしく息の合ったダンスを踊れる程仲を深められたのですか?」

「「私達をあの冷たくて蔑んでくれる目で見てくれるエステラ様を返しなさいよ!!!」」

「「そうだそうだ! 俺達はエステラ様が女の目をするとこなんて見たくなかったぞ! コンチクショウ」」

 いや。ナニコレ。一斉に色々言われても頭の中で処理できないんだけど!

 どうやら俺とエステラ様のダンスの熱気に充てられた事で、皆さま少々興奮気味のようなんだけど、質問は一人一人、前の人が終わるまで待ちなさい、って教わった事ないのか、あんたら!

 っていうか今押しかけてきてる奴ら全員目が血走ってるし、とにかく我先に会話しようとしているこの状況がマジで怖い!

 特にエステラ様のドレスに注目してる女性陣の目が!!

 ……後なんか変な事言ってる奴が紛れてなかったかな?


 この状況をどう対処すればいい物かと困り果て、ふとエステラ様にチラリと視線をやると、流石の狂剣と呼ばれているエステラ様もこの状況には困惑している表情を見せていたが、「はぁ……」、とエステラ様はため息一つ付いたかと思うと、エステラ様は俺の腕にガッチリと手を組んできた。


 「質問したい事が多々あるようだ……ですが、あいにく私の夫はこのような社交の場にも、踊る事にも、大勢に押し掛けられる事にも慣れていないので、疲労が重なり体調が優れないみたいです。

 で・す・か・ら・私達は一端席を外させて頂きますので、私達の事を思うのであれば皆様しばらく私達の事を放っておいて頂けま・す・よ・ね?」

 エステラ様が睨みを利かせつつ、低めかつ威圧感をたっぷり含んだ声を周囲に響かせると、詰め寄っていた連中は一瞬で顔が青ざめると同時に、ゆっくりとその場から後ずさっていく。

 (収拾が付かなくなっているこの状況を、睨み一つで収拾出来るとは……流石狂剣!)

 「彼女からしたら、これぐらい朝飯前となんだろなー」、と思いつつ、俺はそのままエステラ様に手を引かれる、というか引っ張られて連行されるようにして会場を後にしようとするのだが、その際気になる点が二つ。

 一つは皇帝陛下がこの光景を見て、大いに笑いを堪えているように顔をセンスで隠しているんだけど、そのセンスの隙間から、新しい得物(というか玩具?)を捉えらた猛禽類のような鋭い視線をこちらに送っているように感じた事。

 そしてもう一つは、エステラ様の迫力に押されて青ざめていた連中の中に、何故か狂喜の表情を浮かべながら足元から崩れている男女が数名居たような気がしたんだけど、どちらにせよ俺の見間違いだったと思いたいね……

最後まで読んで頂きありがとうございました。


この作品を読んで少しでも面白いと思って頂けたなら、評価やブクマ等何かしらの形で応援を頂けると、制作側としても大変励みになって作品を手掛けるモチベ向上にもつながりますので、よろしければ応援よろしくお願いします。


そしてあと数話で……

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