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スズ


結婚式当日は早朝から大忙しだった。生花の飾りつけや披露宴会場の設営はもちろん、出席者が前日に入れ替わり、名前の再印刷の対応もあった。


なんとか親族到着の時間に間に合い、ひと段落したところで休憩の時間をもらうことができた。

ロビーを出て喫煙所に向かう。


自動ドアが開いて冷たい空気が顔に当たった。


喫煙所は自動ドアを出てすぐ横に駐車場にある。



喫煙所には若い女性の先客がいた。結婚式場の同僚で喫煙者の仲間はいなかったので、今日のゲストかな、と思いながら灰皿に近づいた。

すると、気配に気づいた女性がワッと声をあげた。



「イッちゃん…?」



心臓が飛び跳ねた気がした。



犬神賢一のことを「イッちゃん」と呼ぶ人物はこの世に一人しかいない。大方の友人が犬神のこと「ケンちゃん」と呼ぶ中、彼女だけは「イッちゃん「と呼んだ。



「スズ…?」



彼女の名前は尾野寺鈴。会うのは五年振りになる。


「本当にイッちゃんだ!ええ、変わってないね!」


興奮気味にスズが手を叩く。


「なんでここに…」


鼻に違和感を覚える。犬神は慌ててタバコを探す。ポケットの中にタバコは入っていなかった。ライターしかない。休憩をもらってすぐに喫煙所に直行したので、ロッカーにおき忘れてきたのだ。


「タバコ、忘れたの?」


一本いる?とスズが手を伸ばしてくる。差し出されたタバコを見ると、五年前の記憶が蘇ってきた。


「まだ吸ってるんだ、これ。」


銘柄が全く同じだった。五年前、同棲していた頃に吸っていたものと同じ。


「誰かさんのせいで。」


その時スズと目が合った。タバコを受け取るとき、少しだけ手が触れた。同時に犬神は大きなくしゃみをした。受けとろうとしたタバコが駐車場のコンクリートの上を転がっていく。タバコは白線の上でちょうど止まって、保護色になった。


「あはは、懐かしい!」


スズが笑った。笑った理由は犬神にもすぐ分かった。


「イッちゃんごめんね。」


スズが笑いながら謝る。困ったような顔で笑うのがスズの癖だ。五年前と変わっていない。


「私、さっきまで猫と一緒にいたから。」


スズはそう言って髪を耳にかけた。


犬神は保護色になったタバコを拾って火を付ける。タバコを追いかけて、犬神とスズの間には三メートル程距離ができていた。


「近くの公園で可愛い黒猫がいたの。急いでコンビニでチュールを買って、あげちゃった。見て、ついでにまとめ買いしちゃった。」


スズは小さなカバンを傾けて中を見せた。色とりどりのチュールの袋が十本以上入れてある。

犬神が覗こうと近づくと、スズはストップ、と犬神を制止した。


「それ以上近づかない方がいいよ、アレルギーなんだから。さっきのくしゃみ、多分そうでしょ?」


犬神が重度の猫アレルギーだと発覚したのは、スズと同棲を始めた後だった。スズが飼っていた猫に反応して、咳とくしゃみが止まらなくなった。


「大丈夫、タバコ吸えば多少は楽になるから。」


そう言うと、スズはまた困り顔で笑った。犬神はふと思い出す。そういえば、スズが飼っていた猫も黒猫だった。


「それも懐かしいね。タバコ吸えば治るって、よくベランダで吸ってたっけ。」


スズとの同棲はアレルギーの問題ですぐに破綻した。お互いの距離も徐々に離れていった。そして、ある出来事をきっかけに二人の恋人関係は完全に壊れた。


「その格好。」


隣でスズが白い息を吐く。


「ここで働いているんでしょう?」


まあ一応。と犬神が答えると、


「聞いてないの?」


とスズは首を傾げた。ピンときていない犬神に対してスズは言う。


「今日私、この結婚式で花嫁やるんだけど。」


スズはやはり、困り顔で笑うのだった。




三話につづくーーー


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