4 スキルが欲しいよ
結論から言うと、ドラゴンの肉は不味かった。耀が言っていた肉が硬いというのはその通りだったのだが、それは食べられない事はないのでまぁ良い。
問題は味だ。ドラゴンの肉は動物の肉と違って臭みもなく、率直に言うならば食べやすい肉ではあった。しかし、食べやすくても美味しいと表現するのはまた別で、ドラゴンの肉には味がなかった。
耀は「味なんて気にせず、そのまま生で食べろ」なんて人としてどうなのかと疑う提案をしてきた。味付けはできなくともせめて焼いてくれと言ったのだが、焼く術もないので自分は生で食ったなどと腹が心配される事を言い出した。心なしかお腹が痛い気がする。
この世界にも寄生虫がいるのか、そもそもドラゴンに寄生虫なんているのかと、焼く道具がない現実から逃避混じりに考え込む。
これ以上、リスクを犯さないために何かないかと自分のポケットを探すが、大学生ならタバコを吸うためにライターを持っていたのかもしれないが、高校生である自分のポケットにはハンカチとティッシュ、後は今日学食で買ったラムネしかない。
ラムネを食べたところで健全な男子高校生の腹が満たされる訳はなく、やはり選択肢はあるようでない。
「いや、あったな。肉を焼く方法」
「どんな?」と言う耀の前で人差し指を立てて目を瞑る。飛び込む前は使えたのだ。ならば、同じ方法を辿ればきっと上手くいく。
方法と言っても身構えるほど難しい事じゃない。ただイメージすれば良い。さっきはそれだけで発動する事ができたのだ。そして名付けた魔法名を呟く事でよりイメージを強固にする。
「プチファイア」
立てた指先から小さな火が現れる。これが現状使える唯一の魔法。耀が使ったであろうドラゴン相手に通じるような魔法ではないが、死んでいるドラゴンの肉を焼くくらいの火力は出る。
特に音が鳴る事もなく、耀に手頃なサイズに切ってもらった肉は焼かれていく。焼かれた肉の良い匂い……もしないので見た目も相まって本当に食欲がそそられない。生で食べるよりはマシと思って食べるしかない。
適度に焼かれた肉を手に取って、いざ実食。やはりと言ってはなんだが、感想は「多少マシ」だった。期待はしていなかったのでそこは良いのだが、ドラゴンの肉と言うのは高級食材とされている物語も読んだことがあったので残念ではある。
黙々と肉を食べていると、指先から火を出した時からじっと黙っていた耀が口を開く。
「これが普通の魔法か」
「まるで普通じゃない魔法が使えるかのような口振りだな」
「普通……ではないだろうな、確実に。かと言って凄い、特別な力なんて事はないんだが」
耀は立ち上がり、空いている空間目掛けて手を向ける。すると彼の周りを紫色の光が耀きだ。それは相手がパッとしない男の耀であったにも関わらず、とても綺麗で不覚にも見惚れてしまった。
言われなくてもわかる。耀は何らかの魔法を発動しようとしている。何の魔法を使おうとしているのかはわからないが、きっと馬鹿な自分にはわからない思惑があって使うのだろう。
「闇を治めし我らが影よ、闇の帷を下ろし給え ブラックアウト」
瞬間、世界は闇に包まれる。元々、暗がりで数メートル先など全く見えなかったのだが、今は手を伸ばした先すら見えない。この明らかな異常事態はどう考えても耀が使った魔法が理由である事なのは明白だ。
「前が全然見えない。これが横堤の魔法か。凄いな」
「シッ!少し黙ってくれ」
「モガッ」
食べていた肉を口に突っ込まれ、強制的に黙らせられる。発動した魔法を純粋に凄いと褒めたのに対して酷い仕打ちだ。しかし、彼の態度が普通ではなかったので文句は口にせず、大人しく黙りこむ。
「やっぱり、この足音は……何かいる」
耀の言っている事を確認する為に耳を澄ます。すると確かにヒタヒタと小さな足音が聞こえてくる。真っ暗闇で姿は確認できないが、足音の聞こえてくる位置関係からして距離は決して遠くない。
「モガモガモガ」
「お願いだから黙ってくれ。今、使った魔法は遮光はしても遮音はしない。……できるなら見つかりたくないんだ」
「むー」
ヒソヒソと声のボリュームを抑える耀に合わせて声量を下げる。耀に口を押さえつけられる事数分、近くまできた何かは足を止める事なく、足音は聞こえなくなりどこかへ立ち去った事がわかる。
耀は大きく息を吐き、何かを払い除けるように手を横に振るう。すると目が潰れたと勘違いするような真っ暗闇が薄暗闇へと戻る。
「行ったか。この状況で新手とやり合うには危険だったからな」
「むー、むー!」
「おっと、悪い悪い」
「はぁはぁ、肉が詰まって死ぬかと思った。ってそんな事より、今のは一体なんだったんだよ。絶対になんかいたよな」
「ああ、いたな」
耀はそれだけ言って立ち上がり、音のした方向と思われる場所へと赴く。
「足跡もある。これは爬虫類か?」
「おいおい、またドラゴンだったりしないよな。でも、横堤なら倒せるんだろ?」
目の前に転がる巨大なドラゴンを倒したのは、誰かしらの関与があったとしても耀がやったことには間違いない。だとするのなら、何かしらの対抗手段があってもおかしくはない。
一方の自分は、肉を焼ける程度でしかない蝋燭くらいのサイズの火を指先に灯す事しかできない。正直、戦力としては期待して欲しくない。火を飛ばしたりすることが出来れば、多少は役にたてたかもしれないが。後で暇があれば練習しておこう。
「おーい、大丈夫か?」
「ああ、ダイジョブダイジョブ。ちょっと、心の中でとある決意をしただけだから」
「そうか。それで倒せるかだが、多分しんどいな」
「しんどいのか。あんなデカいドラゴン相手にしたのにか?」
そう言うと耀はなくなった腕を押さえながら、普段から無表情が多い耀が初めて弱々しい笑顔を見せる。
「俺が今使える魔法とスキルじゃ、何かを犠牲にしても正面からはやり合えないよ」
「魔法は分かる。けどスキルってのはなんなんだ?」
「きっと想像している通りのものだ。ほら、俺で言うとこの"悪食"ってやつと"変容"ってやつだ」
耀が指を上から下へスライドすると目の前に青い板が現れる。これはよくあるウィンドウというやつだろうか。文字は反転しており、大変見にくい。だが、確かにそこには耀の言っていた通り、"悪食"や"変容"という文字があった。
しかし、それよりも気になったのは"闇の女神の加護"なるものが書かれていた事だ。明らかに普通ではないその名前について問おうとした瞬間にウィンドウは閉じられ、「平も見てみなよ」と言われたので聞くタイミングが失われる。
自分がどんなスキルと魔法を持っているのか、それについても十分気になったので加護については一旦置いておく事にする。耀がやっていた様に指をスワイプするが、指は空を切るばかりでそこには何も現れない。それを見かねたのか耀がアドバイスをくれる。
「魔法を使うのと同じ要領だ。それだけ言えばわかるだろ?」
わかるだろと言われても困るが、言われた通りいつも蝋燭魔法を使うみたいに頭の中でウィンドウをイメージする。そうやって指先に集中し、縦へスワイプする。
すると今度はしっかりと想像していた通りのウィンドウが現れ、ゲームで見慣れた単語が羅列されていた。
「魔法適性が……碌でもない天使が言っていた通り全属性だけど、なんか隣にカッコ書きで中とか小とか書いてあるな」
魔法適性と前書きされた後にそれぞれの属性の事が書かれている。その中で火と水、そして土と風が(中)と書いており、光と闇が(小)と表示されている。表記通り捉えるなら前者はある程度の幅で使えるが、後者は辛うじて使える程度といったところだろうか。アスタルテが適性をみて微妙と言ったのにも頷ける。
しかし、そんな微妙な魔法適性の結果よりも他に驚くべき事があった。魔法適性が多く表記されていたお陰で、いやそのせいでその事実に気づくのが遅れた。
「俺のウィンドウ、魔法適性以外のスキルやらギフトやら加護なんてないんだが!?」
そう、ウィンドウを見なければ気づかなかった真実がそこにはあった。