3 男2人、何も起こらないはずはなく
穴に入った瞬間、待っていたのは浮遊感だった。まるでゴミを捨てるような態度だったので、安全面など考慮していないのは当然の事ではあるが、落下で殺すつもりならその場で殺してくれた方が今みたいな二次災害は起きなかっただろう。
幸い既に地面は見えているが、暗すぎてそこが地面だという事しか確認できない。こういう時、受け身を取れるのが一番良いのだろうが、平凡人間にそんな事ができるはずもなく、そういったスキルも取得していないのでベチャっと格好悪く地面へ落下する形となった。
受け身を取れず、衝撃を逃がせなかった自分は落下した瞬間に気を失った。そこから何分経ったのだろうか。気がつくとそこは人間や動物だけでなく、クジラ並みの骨が辺り一面を埋め尽くす謎の部屋で目を覚ました。
「いってぇ。高さで言ったら絶対2階分はあったよな。良く無事で済んだよ」
首を動かし、全身を確認しても傷はついておらず、自分の体が案外頑丈に作られていたことを知る。しかし、無事というには気絶している時点で正しくはない気がする。
どれだけ気絶していたのかはわからないが、暗闇の中でも見える範囲には骨ばかりで、生物を確認する事はできない。先に落ちたであろう耀の姿もないようだ。
「けど、これはどうみても戦った跡だよな。あの一箇所だけ骨の崩れ具合が異常すぎる」
素人目線で見たところ、近くのある箇所だけ骨が異様に散乱している。まるでそこに巨大な生物が最初からいて、落ちてきた者と戦った跡だと。巨大な生物については心当たりなどあるはずもないが、落ちてきたのが誰かはすぐに思いついた。
「横堤……か。あいつ、先に落ちてったはずだけど……いないな。一体どこへ?」
「呼んだか、平」
「お……おぉ、気配もなく後ろに立つんじゃないよ」
暗闇の中とはいえ、辺りをざっくりと見渡した時には人影のひの字も見えなかった。見えていない所から急に近寄られたのなら風でも起こって気づきそうなものだが、素人視点からしても絶対に彼は近くにいなかった。
影の薄さならば自分に負けず劣らずの耀だと勝手に思っていたのだが、これでは完全に自分以上だ。このクラスに自分以上の逸材が紛れていたなんて、こんな状況ながらも嬉しい限りだ。
「ふむ、気配遮断スキルは人にも有効か。良い情報をありがとう、平」
「あ、あぁ、それは良かった。ってお前、その左腕……」
暗闇の中から姿を現した耀の左腕は、肩から先が完全になくなっていた。破れた学生服の肩口には出血したであろう大量の血がついていた。その姿は普段、血など見たことがない身からすればあまりにも意識が遠のく姿だった。彼にどんな事があったのかはわからないので申し訳ないとは思うが、それとは別に吐き気も感じている。
その視線は耀にも伝わっていたようで、彼は申し訳なさそうな態度を見せる。
「そうだよな、直接見るとやっぱりグロいよな。……吐いても良いぞ?」
「大丈夫だ。これくらいならすぐ治るよ。それよりも無事だったのか」
「無事……とは見ての通り言えないな。でも、今のところ命はまだあるから無事と言えなくもないか」
一目見れば無事でなかった事は明らかなのにこの質問は良くなかったと気づく。言い訳を敢えてするとすれば、異世界の現実の片鱗を知ってしまって気が動転していたと言える。
そんな事をわざわざ伝えはしないが。
「一体、俺が気絶している間に何があったんだ?巨大な何かと争った跡がある気がするんだが」
「気にしないでくれ。それよりも腹は減ってないか?」
「言われてみれば暫く何も食べてなかったな」
気にしないでいるには難しい変化だが、触れてほしくなさそうなのでこれ以上は自分から触れないようにする。
しかし、指摘されて腹が減っていた事に初めて気づく。学校で昼飯を食べてから何時間経ったのかはわからないが、自覚した事によって腹が鳴る。
言い方から察するに、何か食べられる物に当てがある言い草だが、果たして骨だらけの場所で食べ物を持っているとは思えない。
拭えない不安感を隠し、耀に食べ物があるのかと問う。するとついてきて欲しいと言われ、骨が荒らされていた場所の方へと手を引っ張られ連れていかれる。するとそこにはトラック程の巨大な何かがあった。
「……なんだこれ」
「何と言われれば困るが、多分ドラゴンだな」
「まさか……これを食べるのか?」
「ああ、肉は硬いが食べれない事はない」
ドラゴンって食べられるのか?そして肉が硬いとかそういう問題なのか。見た目はトカゲが巨大化した感じなので、食べられない事はない……のか?
死んだドラゴンを食べさせようとする耀に疑問が色々生まれてくる。それを聞く前に一先ず、彼には聞かなければいけない事がある。
「このドラゴンはお前が倒したのか」
一見、死体が腐っていない以上、このドラゴンが直近に倒されたのだと予想できる。ドラゴンは腐らないとか、異世界特有のとんでも設定を持ち出されたら、一般常識の範疇で考える自分の予想は全て覆されてしまうのだが。一般常識の範疇でドラゴンを倒せるのかは置いておくとして。
そして耀の返答は相変わらずあっさりしたものだった。
「そうだ、ここに寝転がっている死竜は俺が倒した」
「し……死竜?死んでいるドラゴンだから死竜って事か?」
「俺にもよくわからないが、こいつは死竜ナントカって名乗ってた」
「名乗ってたって、まさかドラゴンが喋ったのか」
耀は頷く。俄には信じられないが、ここは異世界だという事で無理矢理心を落ち着かせる。
「それで、どうやってこの巨大なドラゴンを倒したんだ?確か横堤の力は弱いとかあの天使が言ってたよな」
「あぁ、その通りだ。俺にこいつを倒せる力はあの時点ではなかった。今だってまともにやり合う力はないと思う」
「じゃあ、どうやって?」
すると彼は欠けた自分の左腕を指差し、どうやって倒したのかを説明し始める。
「左腕を食わせた。そしてその隙を突いて呪いをかけた」
「呪い……そんな怖そうな魔法が闇魔法にはあるのね」と言うのは怖かったので、口には出さず心の中でそう思う。闇魔法にも適性はあるはずなので後で教えてもらおう。
「それで、その呪いを使ったら一撃で殺せたって訳か?」
「いやいや、そんな簡単に殺せたら左腕を差し出していない。頭の中に「動きを止めて、覚悟を示せば後は何とかしてあげる」なんて甘ったるい声で言われたからそうしたら勝手に死んだよ」
「怖!頭の中に直接語りかけてくるのも怖いけど、横堤がそこまで覚悟ガンギマリなのがもっと怖いよ!」
誰かに言われたからと言って、自分の体の一部を捧げてどうにかしようなんてのは普通じゃない。例えそれが神に言われた事だったとしても、狂信者でもなければ素直に「はい、そうですか」と言って差し出すのは無理だ。
それをいとも容易くやってしまう耀は狂っているのかもしれない。言葉だけで実際の現場を見ていないので、彼を狂っていると断定はできないが。
「その時はそうするしかなかったからな」
「だとしても……いや、何もしていない俺が何かを言うのは筋違いってやつか」
「そうだぞ、俺は落ちてきたお前を守る為にもやったんだ。感謝だけして欲しいね」
「俺を守る?って俺が落ちてきてから戦ったのか」
耀は冗談混じりにそう告げる。確かに耀がここへ落ちてからそう時間が経たない間に穴へと飛び込んだ。ならば、時間的には戦ったというドラゴンと合間見えていてもおかしくない。
そう言われて、頭の悪い自分でもようやくここがどういう場所なのかを理解する。ここは使えないと天使に判断された人間をドラゴンの餌にする異世界のゴミ処理場だ。
こちらの方が主人公っぽいからと賭けで飛び込んだ場所は、気がつかない間に死んでしまうようなヤバい場所だったという訳だ。
我ながら飛んだ妄想で命を張ったものだと心の中で笑いが止まらない。
「まぁ、どうにもならなかった時は見捨てるつもりでいたんだ。感謝をしろなんて思っていないさ。ただ、これで借りはなしだ」
「俺、命張られる程のなんか貸してたっけ」
「勝手に借りて勝手に返しただけだ。深く気にする必要はないぞ」
そう言われてもそこまで仲が良くない相手から命を張られるのは気にしかならない。もしかしてあれだろうか。
「横堤……いや、耀!俺は女が好きだからお前の気持ちには答えてやれないが、お前とはこれからも良い関係を気づいていきたいよ」
「そんな……平……。ってアホか」
頭にチョップを決められる。そして「アホな事を言ってないで、早くこれを食べろ」と言ってドラゴンの肉を削りだす。
ないとは思って冗談混じりに言ったが、どうやら惚れた腫れたの話ではないらしい。しかし、話を逸らしまくったのにまだドラゴンの事を覚えていたとは。
これはもう諦めて、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「オイシクイタダカセテモライマス」