1 プロローグ
僕の名前は平 並久、どこにでもいる高校2年生だ。今、僕が何処にいるのかというと、煌びやかな装飾が目立つ日本だとは到底思えない神殿にクラスメイトと共に立っていた。
装飾の1つである羽の生えた人間が描かれたステンドグラスから差し込む光に照らされた、描かれたイラストとそっくりの女が大仰な身振りで語りかけてくる。
「さあ、選ばれし勇者達!貴方達に与えられたギフトでこの世界を救うのです」
と異世界転生におけるお手本のような神、もしくは神の使いが現れて話しかけられている。どうしてこんな事になっているのかと言うと、それは数十分前まで遡る。
時計の針が指す時間は午後4時、教室ではいつものHRが担任によって行われていた。その日は珍しく報告事項が多く、他のクラスが解散しているにも関わらず、まだHRが続いていた。今に思うと、その時点で運命は仕組まれていたんじゃないかと思った。
長々と続く担任の話を尻目に、放課後になって部活の準備を始めた陸上部達を眺める。自分は部活に所属していないので、どれだけ遅くなろうと問題はないのだが、チラッと教室の中を見渡すと目に見えてイラついているのが何人もいた。
しかし、それも担任が「以上」と言った事でとりあえずの終息を見せる。教室へ一気に活気溢れる空気が戻り、「この後カラオケ行かない?」や「部活ダリィ」など各々が友人と話し始めた中で1人寂しく荷物を纏める男。それが悲しいかな僕だ。
この教室に話せる人間が居ない訳ではない。ただ自分は影が薄いのだ。なので部活もやっていない自分に対して、わざわざ話しかけにくる物好きや気軽に話しかけてくれる優しいギャルはこのクラスにいないのだ。
さっさと荷物を纏めて出て行こうと思い、帰宅部の癖して担任よりも早く出て行こうと扉へと手をかける。そこでようやくこの教室に起こった異変に、不本意ながらいの一番に気づいた。気づいてしまったのだ。
「ドアが……開かない……」
扉にどれだけ力を込めようとびくともしないようになっていた。握力は30台と決して力があると自慢できる程のものではないが、もし鍵が掛けられてたとしても少しも微動だにしないのは明らかにおかしい。
それに鍵は中から解除できるようになっているので、もし鍵がかかっていたのなら解除するだけなのだが見たところ鍵はかかっていない。
「鍵はかかってない筈なのに、ドアが重すぎる」
「おいおい、一体どうしたんだよ。えっと……平」
絶対名前を忘れていただろうと言うツッコミはとりあえず置いておき、扉が開かない事をサッカー部に所属してるザ・陽キャを体現しているクラスメイトの鬼熊 健一に事情を説明する。
当然、そんな非現実的な説明を名前も覚えてすらいない一クラスメイトから受けたとしても受け入れられる訳もなく、そこをどけと言わんばかりに手で追い払われる。
この時点で教室にいるクラスメイトの目線は既に開かない扉の方へと向いており、一体どうしたんだとちょっとした騒ぎとなっていた。
「一体、どうしたんですか鬼熊くん、平くん。私も早く職員室に戻りたいので、悪戯なら私が出て行ってからにして欲しいんですけどぉ」
「水間先生にはこれが冗談に見えますか」
ちょっと語気を強めて、異常事態だという事を早めに理解して欲しかっただけなのだが、水間 茉莉は「ヒー」と言って縮こまってしまう。
モブ顔の自分に凄まれても怖さは足りないと思うのだが、わかっていた事ではあったが茉莉は考えていたよりも相当なビビりだったようで目を合わせてくれない。
その奥では健一がサッカーで鍛えられた足まで使って、必死に扉を開けようとしている。
「ぬおー、なんっでこんっなにびくともっしないんだ!そうだ、他のドアや窓はどうだ」
「それが何故かどの窓も開かないの」
「こっちのドアもだめだ。ピクリともしねぇ」
どうやら何処の窓もドアも完全に閉まっているようで、教室の中が一気に騒然とする。各々がスマホで呟いたり、助けを呼んだりして一種のパニック状態だ。こういう時は先生が「落ち着いて」と言う所なのだろうが、茉莉は教卓の下で相変わらず縮こまっていた。
パニックになった教室で伸びていたHRのせいで、遅刻ギリギリとなって早く練習に行きたいイライラを扉にぶつける健一。1発、2発、3発と蹴りを入れた瞬間に突然何処からともなく声がかかる。
「皆さま、落ち着いて下さい」
一般的に見るとクラスに馴染めていないと言われても、何も言い返す事ができない自分でも声を聞けば名前と顔くらいは一致するが、今の声には聞き覚えがなかった。
それは全員が同じように思ったようで、声の主をキョロキョロと探し始める。声の正体は今の状況をまるで見ているように次の言葉を発する。
「私はアスタルテ、簡単に言うと天使になります」
「急に何を言ってんだ!姿を見せやがれ」
「そうですね。このままではあなたたちも色々不都合でしょう。早速、あなたたちを私がいる世界へお招きさせていただきます」
教室全体で横揺れが発生し、全員がその場に座り込む。揺れ方が地震とは言えないおかしな揺れ方だったので、普段から感情が高ぶるタイプではない自分でもビビってしまう。
各々が叫び、震えている中で教室の外から白い光が差し込み、段々と光量が上がっていく。そして数秒後には目を開けてはいられない程の光量となっていた。
姿すら見えない天使を名乗る声と目を焼くような強烈な光、これらが何を示すのかはラノベを嗜んでいるのでわかる。今から自分達は異世界へ転移するのだ。そしてクラス全員一緒に転移するのだろう。
元の世界に未練なんて深い感情は生まれなかったが、親に対して何をやらせても平凡な自分が何をしてあげただろうとふと考えてしまう。
「あ、弟様に借りた本、読みかけのまま机に置きっぱだったな。それに妹様へ詫びプリンを買って帰るんだった」
死ぬ訳でもないのに思い出がフラッシュバックするのは走馬灯だろうか。もしかして異世界が超えられず死んでしまったのではないか。などと目を瞑りながら考えていると白い光がパッと消えたので目を開ける。
そこは既に教室ではなく、華美な装飾が施された神殿のような場所となっていた。その中心でステンドグラスから差し込む光に包まれる翼の生えた金髪の少女。
名をアスタルテと名乗っていたのは彼女の事だろう。アスタルテは辺りを見渡し怯える自分達へ向かって大仰的に伝え始める。
「さあ、選ばれし勇者達!貴方達に与えられたギフトでこの世界を救うのです」