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運命の日、牢の扉が開き私達は処刑を覚悟した。
だが私は身を清められ、美しいドレスに着替えさせられた。
「今からお前はクライン王国の王女マリエッタだ。上手くやるのだぞ。失敗すれば貴様の母親も縁者も全て皆殺しだ」
一向に妖精姫を差し出さない王国に、しびれを切らせた帝国は迎えの使節団を寄越すと伝えてきた。
国王は私をマリエッタに仕立て上げて急場を凌ごうとするらしい。
逃げ出した王女に愚策のクライン国王。こんな国は帝国に滅ぼされてしまえ!
波打つ金の髪はマリエッタ王女と同じ。
だが瞳の色が違っている、私は碧色で王女は深い青だった。
恐らくこんな小さな王国の王女など、皇帝は噂を聞いただけで実物を知りもしないだろう。
だがどう見ても鏡に映る私は妖精姫には見えやしない。
やがて使節団は到着し私はマリエッタ王女として差し出された。
使節団の代表はベルクールと名乗り、帝国の第二皇子だと素性を明かした。
特に怪しまれることも無く、私は監視役の侍女と一緒に馬車に乗せられて王国を出立した。
他国を通過し1週間かけて大きな港町に到着した。ここから船に乗れば2日で帝国にたどり着く。
私は騎士だ。皇帝を暗殺できるのではないか?・・・道中ずっと考えていた。
でも母や親戚を犠牲にはできない。
港町の宿屋で一人思い悩んでいるとノックの音が聞こえ、夜だと言うのに人払いをしてベルクール皇子殿下が訪れた。
「ここまでの旅路はお疲れになったでしょう。さて、明日船に乗り込めば貴方は後戻りできない。引き返すなら今しかありません。どうしますか?」
「どうもこうも引き返す選択はございません。帝国に逆らえば王国は潰されてしまいます」
この1週間私との会話を避けていたベルクール殿下が、ここに来て何を言い出すのか。心音が早くなり、警戒心が高まる。
「国と民の為に犠牲になるんですね。貴方と同じ理由で涙を呑んで大勢の女性が側妃となった、中には命を落とした者もいる」
犠牲になるのは国の為ではない、王に脅されたからだ。それにしても────
「何故命を落とすの?側妃とは寵愛を受ける立場ではないのですか?」
「皇帝にとっては側妃は玩具です。飽きたら皇太子に払い下げられる。皇太子は嗜虐趣味で、女性の首を絞めながら事に及ぶのを好まれるんですよ」
「なんて恐ろしくて汚らわしい!・・・そんなことが許されるのですか!」
「許されません。帝国は皇帝を筆頭に根本から腐っています」
「貴方も皇族ではありませんか、ベルクール第二皇子殿下」
「ええ、心からこの身に流れる黒い血を嫌悪しています」
それだけ話すとベルクールは部屋を出て行った。彼の考えは読めないが、私自身に危険が迫っているのは理解できた。
皇帝だけでは無かった。皇太子というもっと恐ろしい悪魔が女性たちを苦しめている。
引き返すなら今しかない。だが引き返しても命は無い。リカルドのように逃がしてくれる騎士もいない。
「リカルド、今どこにいる?私の不幸を糧にマリエッタと二人で幸福に暮らしているのか?いっそ幸せに暮らしていて欲しい。そうすれば心底あなた達を憎める!」
翌日、王国の護衛騎士と侍女たちを港町に残し、私は一人帝国に向おうとしていた。
「母や親戚縁者に手を出せば、皇帝に全てを話すと、国王に伝えておいて」
別れ際に侍女たちにそう伝え、私は黒いドラゴンが描かれた国旗を掲げる帝国の船に乗った。
甲板から遠ざかる港を見ていると、後ろに気配を感じて振り返った。驚いたことに真後ろにベルクール殿下が立っており、私は素早く横に体を滑らせた。
「っ!私の後ろに立たないで!」
「その身のこなしは訓練を積んだ者ですね。目的は暗殺ですか?」
「まさか、違います」
「私の記憶では、貴方はマリエッタ王女の侍女ミーティア嬢。女騎士だ」
国王の愚策などバレていた。
ベルクール殿下は過去に皇帝命令で密かに王国の視察に来ていたと私に打ち明けた。
「知っていて何故・・・どうして私を殺さない?騙した王国を罰すればいい」
「罰されるのは帝国だと思いませんか?」
私を見つめるベルクール殿下の瞳、潮風に流される髪も、黒い帝国の色だった。
「ふっ、きっと殿下のお腹の中も帝国の色なのでしょうね」
「綺麗だと生き残れないのですよ、あの国では」
黒い笑みを浮かべるベルクール殿下に活路を見い出せた気がした。
義父が守ってくれた私の命、簡単に殺されはしない。必ず生き延びて見せる。
もう私はミーティアではない、クライン王国のマリエッタ王女なのだ。