第0話 プロローグ 招待状
2023年7月23日:
この話は旧版の最後の投稿と同じものです。旧版から来ていただいた方々はご注意ください。
本日はもう一話投稿します。
「どうして僕の所に黒崎亨宛ての手紙が届くんだ」
オペラハウスに動揺しきった声が響いた。招待状を手に秘密基地に飛び込んだ僕に対して狐面の少女は珍しいものを見るような目を向けた。
「なるほど事情は理解できたよ」
招待状をホログラムに投影してルルは言った。東京湾タワーの横をクルージングする優雅な客船の映像を見て頷くルル。こっちはこれが今朝届いてからずっと生きた心地もしてないっていうのに暢気なものだ。
「送り主は財団の幹部、葛城早馬だぞ。僕と高峰さんの関係まで把握されている」
「むしろ納得だよ。前回Xomeから脱出後の隠蔽工作を覚えているだろ」
「あ、ああ」
前回セッションの最後を思い出す。僕たちのデータが敵に見つかる直前に、財団と軍団の共同プロジェクトが取り下げられ辛くも発見を逃れた。
「あの時プロジェクトを取り下げたのは葛城早馬だったということだよ」
「はっ? 葛城早馬は敵の幹部だぞ。なんでわざわざそんなことをする。だってそれって……」
言いながら頭が整理されてくる。財団の拠点に潜入した僕たちの情報を、その財団の幹部が握りつぶす。そんなことは通常はあり得ない。だからもしそんなことが起こるとしたら……。
「つまり葛城早馬は僕たちの情報をシンジケートに対して隠蔽した。いやそうじゃないな、自らが情報を“独占”したってことか……」
「いつもの調子が出てきたみたいだね。そういうことだろうね」
「“僕”を異常者扱いするのはやめてくれ」
これが素なんだ、迫真の凡人ロールプレイをしてるわけじゃない。僕はため息をついた。こういうのを不幸中の幸いというべきなのだろうか。いや、不幸中の不幸だ。
学会であったいけ好かない優男の顔を思い浮かべる。あのエリートから感じたのはまさにその地位にふさわしい高慢さと、そして目的達成への意志だ。
「この招待状は葛城早馬個人による僕たちへのアプローチ、おそらく情報収集を目的にした、ってことか」
「ソウマは二度も君の活躍を見ている。彼に見えたのがスキルから漏れたDPだけだとしても、その力がどれほどかは推定できる」
奴の狙いはルールブックの情報だ。正確にはルールブックを実現しているニューロトリオンの情報と言うべきだろう。現実でTRPGをしたくて仕方ない重度のTRPGジャンキーなんているはずがない。
「それで、ヤスユキはどうするつもりだい、この招待を」
「敵にハンドアウトを作られたことを開き直らないでくれ。最悪だろ。逃げ場のない船の中で、こちらの正体を知っている相手だ。前回のXomeよりひどい」
「モデルは伴わないと書いてあるよ。君が嫌いな戦闘はない」
「信用できるわけ……。いや、そうでもないのか。葛城早馬が組織にも僕たちのことを隠していると仮定すれば、モデルは動かせない」
「モデルを使えばどうしようとシンジケートにばれる。だからこそ自分が主催する表のイベントを使ったと考えるのが合理的だよ」
考えれば考えるほど招待に応じざるを得ない。こちらの最大の弱点を握った葛城早馬が何を企んでいるかは情報として最重要なものになる。つまり僕たちに出来る最善手は奴の思惑に乗って逆に奴の思惑を調査することだけだ。
「この『IPオークション』っていうのは何なんだ?」
僕は招待状のタイトルを指さした。
「幸いボクとサヤカの専門だ。ボクは表向きコグニトームリソース投資家として活動しているし、サヤカは生物学や特許にも詳しいからね。安心できるだろう」
「まったくもってだ。つまりこのシナリオの『探索』も相も変わらず超高難易度ということじゃないか」
このRules of the Deeplayerの難易度調整だけは本当に何とかしてほしい。敵がシナリオを作っている時点で言っても無駄だが。
「高峰さんにも確認しなくちゃいけないけど、この招待状には応じるしかない」
「じゃあ最初にやらなければいけないことは装備の調達だね。そうだね、このイベントの格を考えると、ここなんかどうだい。もちろん資金はこっちで持つ」
「また東京行きか」
「いっそ都内に引っ越すかい。部屋は用意するよ。タワーマンションのペントハウスでもね」
「勘弁してくれ」
僕は大きくため息をつき大富豪が送ってきた紹介状を確認した。世界的なブランドの日本旗艦店のものだ。入店に審査が必要な服屋だと、しょっぱなから飛ばしてくれる。