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第12話 三毛猫保護(2/2)

「とにかくあいつは人間の屑、いや人間以下のケダモノね。部屋に入れた高峰さんの信頼を裏切って、いきなり襲い掛かるなんて」

「あの、彼はそこまで悪い人じゃなくて……」

「でも一晩中泣かされたんでしょ」

「あっ、はいそうでした?」

「不自然に否定しようとしてる? そういえばあの子の時もそうだった…………。分かってるわ。よほど辛かったのよね。あの男、何も知らない高峰さんを強引に、それもけだものの姿勢でなんて」


 古城舞奈ほごたいしょうは憤懣やるかたない様子だった。高峰沙耶香はあきらかにその勢いに押され気味のようだ。あと白野康之ぼくの種族はやはり獣人に変更されているとみて間違いない。


 ……そこまでひどい設定だったか?


「あの私そこまでは言って――」

「朝まで部屋に居座ったんだよね」

「……はい」

「一晩中眠れなくて、怖かったって」

「え、ええそう言いました、けどそれは……」

「そんな風にされたのにまだ未練があるなんて。……そう言えばあんなに強気だったあの子もいちど彼氏に強引にされちゃったら……だったし」


 やはり予定シナリオとのズレがある。“設定”ではデートの後に沙耶香のマンションで白野康之が強引に迫ったが、拒まれてその場はいったんは立ち去った。だけど、その後しつこく付きまとうようになった。ついに耐え切れなくなって舞奈に相談という流れだったはずだ。


 襲い掛かってきた獣人ケダモノと一晩中一緒だったの? それってかなりひどいことされているシナリオにならないか?


 まあ、現段階では古城舞奈を監禁、もとい保護下に置くのが最優先だ。古城舞奈は沙耶香に任せて。こっちは密偵としての役割を果たそう。


(敵の動きに変化は?)

『今のところXomeのモデルに変わった様子はないね』

(潜入した時も外までは追ってこなかったよな。やっぱり防衛専門なのか。財団には他にもモデルはいるよな。そっちが動いている可能性は?)

『周囲にそれらしいDeeplayer通信はないね。財団にはインビジブル・アイズの管理者たる巫女がいない。むしろボクが内側から見ている。ただ、あくまで大まかな範囲だ』

(分かっている。【ソナー】で周囲を警戒する。……こっちもDPは検知されない)

『OK。ボクが広域で、君が近距離の体制だ。あとは古城舞奈の目だけど。君から見てどうだい』

(今チェックする)

 ソナーで舞奈を見る。脳の赤い靄、明らかに沙耶香とは違うレベルの強さだ。そしてそこから両眼につながる強い光がある。これから三日間でどれだけこの光が弱まるかが遺伝子治療? のベンチマークというわけだ。


 高峰沙耶香にはぜひ上手くロールプレイをしてもらいたい。「今の高峰さんは暴力に支配されているような精神状態じゃないかなって思うの。だからちゃんと……」隣の会話の雲行きは怪しいが。


◇ ◇


『ええっとですね、最初は打ち合わせ通りだったんです。ただ途中で古城さんに「惚気られている?」みたいに疑われてしまって』

(彼女には何を置いても駆けつけてもらわなくちゃいけなかったから、多少話を盛るのは仕方がないか)

『そうなんです。でも古城さんが男の人はそうなったら絶対に止まらないって。私も実際どうなのかわからないからなんとか合わせようとしたらその、話が過激な方向に行ってしまって』


 深夜、古城舞奈が寝静まった後、壁越しに沙耶香の報告を聞いていた。もちろん実際には頭の中でだ。


 古城舞奈はどうも思い込みが激しい性格みたいだし。その手の男女トラブルの相談なんかも受けていたみたいだ。情報源が同性の証言に偏っているためか、TL的な世界になっている気がする。従妹殿の部屋で一度見た時正直引いたんだよな、年齢制限がないことに。


 とはいえ舞奈にとっては医療機関からの正式な通知で、VA選手としての将来にもかかわると思っている状況だ。そういう意味では友人を優先したのは見上げたものだと思う。


(とりあえず一日目の処置は上手く行ったわけだ)

『はい。古城さんには目薬だといって進めてみました。……RNA干渉の効果が出始めるのは半日後くらいです』

(効果についてはこっちで確認するとして、stu2321量が十分減るまであと二日。彼女を引き留めることを優先しよう)

『わかりました。あの、それでですね。そういう場合男の人は、そのどういう風に女性をその、扱うのかという……』

(GM、そこら辺の資料はないのか)

『無茶を言うね。ボクの境遇は知ってるだろ。むしろ君がいつものを発揮してロールプレイでシミュレーションすればいい』

(出来るか)


 デートレ〇プのロールプレイなんて思いつくわけないだろ。


◇ ◇


「もしも高峰さんがそういうのが良いっていうなら、口出しは出来ないけど。でも、私の知る限りそういう関係って大体最終的にひどいことになるんだよ」

「違います。ちゃんと優しくしてほしいって思っていますから」

「その割には未練があるみたいなんだけど」

「そ、それはええっと、だから……」


 二日目の午前になった。古城舞奈は友人の正気度を回復させようと『精神鑑定』を頑張っている。一方、沙耶香のロールプレイはますます危うい。


 ちなみに古城舞奈の目の光は心持ち弱くなったかなという程度だ。まだ隣の沙耶香よりも大分強い。これがstu2321によるニューロトリオンの保持によるとしたら、まだ時間が必要だ。


 ここは一枚目のカードを切るしかないか。僕は頭の中で台詞を考えてから、通話をつなぐ。


 …………


「これは俺と沙耶香の問題なんだ。沙耶香に代わってくれ。お前が止めてるんだろ」

「何度言われても同じよ。私の目の黒いうちは高峰さんに近づけるつもりはないから、あきらめなさい」

「くそっ。絶対に居場所を突き止める。ある程度見当はついてるんだからな」

「っ!! あんまりしつこいと高峰さんが何と言おうと警察に通報するわよ」


 DV男からの電話で緊迫感を演出する。設定が少々ずれているのでロールプレイの調整が難しい。あと、君の目は黒くない、赤いのが問題なんだ。


 通話後、舞奈が改めて警察に相談するように沙耶香に説得を始めるのが分かった。沙耶香はあと一日だけ考えさせてといっている。これで持つか。


 …………


『最初の処置から約36時間たったね。サヤカの話だとそろそろはっきり効果がでるという話だけど』

(ああ、脳に比べて明らかに目の光が薄くなっている。大体沙耶香と同じくらいだ。あともう少しって感じだな)

『典型的な減少ペースですね。上手く行きそうです』

(目薬の成分siRNAだったか。その痕跡は残らないのか?)

『短いRNAですから投与をやめればすぐに分解されていきます。その後でmRNAの回復、stu2321タンパクの回復と続きますから、効果は二日間程度ですね。その間に検査が行われれば』


 よし希望は見えた。


  三日目の午後、俺は緊張していた。ルルがこの周辺で財団モデルのものと思われるDeeplayerのやり取りを検知したのだ。必死にDPCが近づいてこないか探している時、舞奈の声がした。少し外に出て体を動かしたほうがみたいなことを言い出した。

(ルル、モデルの動きはどうなっている)

『まだ近くにいるね。こちらに気が付いた様子はないけど』

(念のため、一番強いカードを切っておこう。ルルは引き続きモデルの監視を頼む)


 ”僕”は部屋をでて、外周廊下を反対側から沙耶香の部屋に向かう。角を曲がるとちょうど玄関から顔を出した舞奈が見えた。白野康之ケダモノの姿を認めた舞奈は背後に向かって何か言うと、後ろ手にドアを閉めた。そして真っすぐこちらに来る。


 お姫様さやかの方は色々あれだったのに、こっちは立派な主人公《プレイヤー1》のロールだ。これが素なんだから大したもの、同性に頼りにされるわけだ。その結果としていささか偏った情報に晒されたのはアレだけど。


 ここまでの沙耶香と舞奈の間の話と矛盾がないように。古城舞奈に撃退される演技ロールプレイを組み立てた時、舞奈の手が耳に延びた。問答無用で通報は困る。ルルに通信妨害を要請する。


 なぜか【リンク】にあるはずがないノイズが走った。


『……おかしい。すでにコグ……ト……の妨害が発生…………る。さっきのモデルじゃない……別の、もっと強力な……』

(ルル?)


 背後でエレベーターが着く音がした。今まで感じたことのない強さの赤い光が【ソナー】に検知されたのはその時だった。


 ドアをくぐるようにサングラスをかけた大男が出てきた。短く刈り上げた赤い髪の毛、服の上からでも分かる筋肉質の体。身長は俺よりも頭二つは高く、体重は二倍近くあるだろう。サングラス越しにも分かる鋭い視線が古城舞奈を見たのが分かった。


 フロアのライトが消えたと同時に、男の頭部と右手の大小二つの不可視の赤い光が見えた。間違いなくモデルだ。どうやってルルの監視を潜り抜けた。


 敵の進路に立ちふさがった瞬間、毛が逆立った。熊の前に立ったかのような感覚だ。DPCなんて関係ない、絶対にこの存在と対峙してはいけない。脳の奥から本能がそう告げる。いや、告げた。


 だが、勝てない相手はすでに正面にいる。逃走でも闘争でもなく硬直を選ぶ身体。辛うじてバリアを発動。HPが脳裏に浮かぶより早く、目の前に渦巻く赤い光と圧倒的な質量が迫っていた。


 攻撃の進路に両手を置けたのはほとんど反射だった。相手の腕の中にあったDPの光に合わせただけ。金属の軋むような音の後、パッシブとアクティブの二重のバリアがガラスのように一瞬で砕けた。


「がっ!!」

 気が付いたらフロアの壁に叩きつけられていた。前と後ろから二度殴られたような衝撃に肺から空気が搾り取られた。


 男が俺の前に立つ。巨人が見下ろす。呼吸機能を失った喉は悲鳴すら上げられない。

 廊下の天井の明かりが回復し火災警報が鳴った。スプリンクラーが作動し、水が雨のように降り注ぐ。俺に向かって振り上げた黒鉄の拳が叩きつけられた水に形を崩したように見えた。


 鳴りわめく火災警報、点滅するライトでコマ送りの視界の中、ドアから出てきた沙耶香をかばって大男の前に立った古城舞奈が拳を突き出すのが見えた。男の左手が舞奈のみぞおちに吸い込まれる。倒れ込んだ舞奈はそのまま男に抱え上げられた。


 水を払った男の右腕が太い縄のように延びた。外周廊下の格子にかかったと思うと、男は古城舞奈を肩に担いだまま外に向かって飛んだ。鎖のような音と共に、二人の姿が外壁の向こうに消えた。


 駆け寄ってくる沙耶香の姿がぼやける。あいつ一度もしゃべらなかったな。突然現れる強キャラのロールはこうでなければ。そんなことを考えた後、意識は闇に落ちた。

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