20年前の出来事
本日2回目の投稿です
ゴホン。
ドリーナが咳払いをして、初めて、この状況に気がつく。
「ナサニエル君の事はよくわかったわ。それならこの国の騎士団に所属していた人に聞いてみたらどうかしら?」
そう言って執事に、三人を呼び戻して、とお願いすると、すぐにアーネスト伯父さんと、騎士の二人が入ってきた。
「じゃあ、私の護衛二人を紹介するわ」
ドリーナの言葉に二人は鉄仮面を脱いだ。
そこにいたのは、父さんと、舞踏会で人身売買の相談をしていた黒髪のトーチウッド伯爵、通称ダーク様だったのだ。
「父さん!」
思わず抱きつく。
「怪我は大丈夫?でも、何故この人も一緒なの?」
私の疑問に父さんは笑った。
「彼はトーチウッド伯爵。この国の秘密警察で、私が所属しているプロテクトプロに仕事を依頼してくる事があるんだよ」
するとダーク様が笑いながら私達に握手を求めてきた。
「あらためて自己紹介を。私はトーチウッド伯爵家ダクトルだ。君達のおかげで、世界的な強盗団である『黒虎団』を捕まえられたし、人身売買の組織の壊滅も出来そうだ。本当にありがとう」
ダーク様は背が高く、武術に長けて、しかも甘いお顔だ。
確かにこの国の貴族のご令嬢達が夢中になるのもわかる。
「リーザ。トーチウッド伯爵を、アナが空くほど見つめたら失礼だよ」
ナサニエルが機嫌悪そうに文句を言うので、それを見ていたドリーナがクスクスと笑った。
「ねえ、ナサニエル君のさっきの話は、昔、この国の騎士として活躍したリーザのお父様であるアーサーに聞いてみたらいいわ」
ドリーナのアドバイスに驚く。
父さんって昔、騎士だったんだ!
自分の父親なのに、知らない事が多すぎる。
「すいません、アーサーさん。ご存知でしたら教えて頂きたいのですが、20年前、タヒマイ公国の王女様が行方不明になりました。当時のことを知る騎士が、この国にいると聞いたのですが、どなたか心当たりはありませんか?」
「それを知ってどうする気だ?」
その質問に、父さんは質問で返答した。
「ジェラルド商会の会頭が、タヒマイ公国の王女様を探しているんです。なんでも渡したい物があるそうなのです」
ナサニエルの言葉を聞いて、父さんは何かを考えているようだった。
もしかしたら誰か思い当たる人がいるのかもしれない。
「ジェラルド商会の会長の頼み、か……。ならば答えよう。タヒマイ公国の王女様は残念ながら、もう亡くなっている」
「亡くなっている?そう……なんですか……。何故ご存知なのですか?」
「それは墓に行った事があるからだ」
「そうなんですね。それは残念です。ご年齢から考えてもかなりお若くして亡くなったのでしょう。せめてお子様でもいらっしゃれば」
「子供がいたらどうするつもりだ?」
「会頭は、王女様から預かって欲しいと頼まれた物を、それはそれは大切に保管していらっしゃいます。もしもお子様がいらっしゃったら、会頭はきっとそれをお渡しするでしょう」
「そうか……」
「会頭の思い出話はいつも幸せそうです。きっと王女様は会頭にとって、自分の娘のような存在なのでしょう」
父さんはその話をじっと聞いていた。
「会頭にとっての娘か。なるほどな。彼女にとっても、会頭はお父さんのような存在だったよ」
そう呟いた父さんの顔は遠くを見ているようだった。
「もしかして、アーサーさんは、王女様をご存知なのですか?」
「ああ。よく知っていた。タヒマイ公国の王女であるシャルロッテは、私の妻だ。残念ながら、リーザが5歳の時、亡くなったがね」
「え?」
父さんの言葉に耳を疑う。
母さんが、王女様だった?
私の記憶の母さんは、ちょっと世間知らずで、何かずれていて、家事が苦手だったけど、取り立てて美人なわけでも、高貴なオーラがあったわけでもない。
「リーザの母親であるシャルロッテと出会ったのは、タヒマイ公国がバーナンキ連邦国に併合される数年前。彼女が公務でここヤシムンド王国を訪れた時だ。その後、タヒマイ公国の騎士団員の指導員として派遣された私は、シャルロッテ再会し、事あるごとに顔を合わせた」
母さんと父さんの話を聞いた事がない。
父さんが母さんとの馴れ初めを話さないのは、母さんが今は亡きタヒマイ公国のお姫様だったからなんだ……。
「ある時、飢饉と財政難で暴動が起きた。公表されていないが、実のところ、飢餓と暴動は隣国であるザットン帝国の陰謀だったのだが、その事に気がついた国王が直ちにバーナンキ連邦国に助けを求めたんだ」
「陰謀……?」
「公になっていないから、大半の人は知らない事実だ。当時、ザットン帝国の皇太子がシャルロッテに目をつけていた」
「ザットン帝国……卑劣な国だわ」
ドリーナが呟いた。
「シャルロッテの身を案じた国王から、『国外に連れ出して欲しい』とお願いされて、当時シャルロッテ付きの執事だったアーネストと協力しながら、なんとか国境を越えたんだよ」
知らない事が多すぎる。
「今の話からすると、アーネスト伯父さんとは、血のつながりがないの?」
ここでまた、知りたくなかった真実を聞いてしまい、さらに困惑する。
「ヤシムンド王国に入国して、私達は、家族として皆で支え合っていこうと決めた。そして私は騎士をやめた」
父さんはじっと私を見る。
「血のつながりや出自よりも、心が大切だろう?」
そう言ってにっこり笑った父さんを見て、私も笑顔になる。
「そうだよね。アーネスト伯父さんは、私の大切な伯父さんだもの」
「リーザ!ありがとうございます」
アーネスト伯父さんが感極まっているのか、声が震えていた。
「ナサニエル。ジェラルド商会の会頭は、何故、今シャルロッテを探しているんだ?もっと前に探すことができたのでは?」
父さんの疑問はもっともだった。
「会頭は、『タヒマイ公国の王女様が何処かで亡くなっていたらどうしよう』と、そんな想像をしてしまい、初めの数年間は怖くて探さなかったようです。そのうち『会いにきてくれるのを待とう』という心境にかわり、健康に不安を感じ始めた今『探そうと思った』そうなのです」
「確かにシャルロッテ様は小さい頃から、城に出入りしているジェラルド商会の商人の方に懐いておいででした。その方が今の会頭ですか!」
アーネスト伯父さんは、懐かしそうに何かを思い出している。
「ここまで、話を聞いておいて今更だけど。トーチウッド伯爵に全部聞かれてもいいの?」
全員を現実に引き戻すようで申し訳ないけど、明らかなる部外者が一人いて、私はちょっと居心地が悪い。
「トーチウッド伯爵家の前当主、つまりここにいるダクトル君の父上は、私の騎士時代の恩人なんだ。だから、トーチウッド伯爵はこれまでの事は概ね知っているよ」
父さんの言葉を聞いて、力が抜けるのを感じる。
今日は驚いてばかりだ。
この後、トーチウッド前伯爵との思い出話を聞いたが、もう耳には入らなかった。
今日は、なんの日なのかしら?
厄日?
ちょっと頭を整理しよう。
父さんはヤシムンド王国の騎士だった。
母さんはタヒマイ公国の王女様だった。
そして、アーネスト伯父さんは、血のつながりがなく、正しくはタヒマイ公国の王女様付きの執事だった。
タヒマイ公国は、ザットン帝国の陰謀により、飢餓と暴動にあった。
タヒマイ公国は、それを知ったタヒマイ公国国王によって、バーナンキ連邦国に併合された。
その間に父さんと母さんは結婚した。
私が産まれて、5歳で母さんは亡くなった。
その母さんを探しているのが、ジェラルド商会の会頭。
ナサニエルは会頭の依頼で母さんを探していたが、そのナサニエルは、ジェラルド商会を辞めて、私達の住むヤシムンド王国のリアビ商会の跡を継いで、リアビ子爵になる予定……。
あー、ややこしい。
しかも、今日あった窃盗事件は、同じ学校のオーランドとジュリーの仕業で、有名な窃盗団で、私達が捕まえた。
それと同時に捕まえたのが、私の幼馴染のダレルの彼女(?)であるヘイリーは人身売買を行なっていて、その仲間だと思っていたトーチウッド伯爵、通称ダーク様は国家警察のスパイで、父さんの知り合い……。
もう訳がわからない。
気持ちを落ち着かせるために、冷めた紅茶を一口飲む。
長い1日が終わろうとしている気がした。




