ナサニエルの隠し事
「はじめまして。ドリーナと申します。この度は皆様のお力で、全く被害がなくコンサートに臨めました」
イタズラっぽく笑うドリーナは、とても20代半ばとは思えない。
むしろ年下に見える。
私達はそれぞれ自己紹介をした。
アーネスト伯父さんは、私とナサニエルの手柄で自分は何もしていないと言った。
その時、修道士が入ってきた。
そして、アーネスト伯父さんと騎士の二人をどこかに連れて行ってしまった。
「心配ないわ。しばらくで戻ってくるから。それよりもお座りになって」
そう促されて私達がソファーに座ると、執事がお茶を入れてくれた。
「宝石泥棒と奴隷商を捕まえるなんてすごいわ!」
「私達が犯人を捕まえたのは偶然なんです」
「そんな!偶然だとは思えないわ!お二人は騎士の見習いとか?」
「そんな普通の市民よ」
「そう!もし身分を偽っていたら大変な事になるわ」
「どうしてですか?」
「それはね、非公式だけれど、後ほどあなた方の表彰式が行われるわ。後日、ヤシムンド王国の国王陛下からの褒賞金と、貴族籍、それから場合によっては婚約者などの斡旋もあるらしいのよ。私は、あの場にいたから、証人として立ち合わせてもらうことになったの」
「国から報償金!そんなものが貰えるの?」
驚いて声が裏返ってしまった。
「でも、隠し事をしていたら後から罪に問われるわ」
ドリーナが怖い顔をして言った。
「隠し事なんてないわ」
疑われている内容がおかしすぎて笑う。
「あら!笑ってはいけませんわ。国王陛下や、神の御前で隠し事、それから嘘をついておりませんか?本当の素性を隠しているとか。名前や身分、肩書きなど偽ってませんこと?」
ドリーナは尚も疑う。
「そんなの隠しようがないわ」
真剣な顔のドリーナを見ていると、我慢しようとしていた笑いが込み上げてくる。
「あーーーー」
ナサニエルが大きな声で叫んで膝をついた。
「……ドリーナさん。僕は嘘をついていました!色々と白状しないといけない事があります」
「嘘って……」
何故かダレルの事を思い出して、少し疑い深くナサニエルを見たが、ナサニエルは下を向いていた。
「僕の本当の名前はナサニエル・リアビ。僕の生家は、ここヤシムンド王国のリアビ商会です」
「ええええ?ナサニエルって、バーナンキ連邦国のジェラルド商会の会頭補佐をしてるんじゃないの?」
私は驚いて大きな声が出てしまった。
「それは嘘じゃない。嘘じゃないけど、でも、それが全てじゃない」
ナサニエルは下を向いてモゴモゴ言っている。
「もっと言うと、僕は『リアビ子爵』なんだ。平民じゃない……」
「え?どういうこと?」
「僕はリアビ商会の跡取で、12歳の時会頭だった父が事故で亡くなり、交流のあったジェラルド商会が僕が一人前になるまで助けてくれる事になったんだ。だから、ジェラルド商会に入った。修行期間は10年で、今年がリアビ商会に戻る年なんだ」
「そんなナサニエルがなんでうちの牧場で羊のフリしてたの?」
「リーザの牧場にいたのは、複雑な理由があるんだよ…」
「あのお粗末な羊に理由があったの?」
そんな風には見えなかったので、私は疑ってかかる。
「僕が生家であるリアビ商会に戻るための最終試験は2つ。一つ目は、ジェラルド商会会頭が指名したワイナリーからのワインの輸入の契約を結ぶ事。もう一つは、今から20年前に滅んだ……言葉を間違えました。バーナンキ連邦国に併合されたタヒマイ公国の王女様を探すこと、でした」
「タヒマイ公国?そんな国聞いた事ないわ」
ドリーナが呟く。
多くの国に行って公演をしているドリーナは歴史も詳しいと噂で聞いた事があるが、そんな人でも知らない事のようだ。
「聞いた事がなくても無理もないそうですよ。会頭の話によると、本当に小さな国で、20年ほど前に、飢饉と財政難で暴動が起き、当時の国王がバーナンキ連邦国に助けを求たそうです。その際、タヒマイ公国の王様や貴族の大半は平民になったそうですが、その混乱で王女様が行方不明だそうです」
「もしかしてその王女様を探すのがミッション?」
なんとなく察しがついたので質問した。
「そうなんです……。僕なりに当時のことを調べた結果、ここヤシムンド王国の騎士に助けられたのではないか?と思ったので、当時の騎士を尋ねようとして、盗賊に襲われて……後は以前話した通りです」
最後の方は声が小さかった。
「それは大変だったわね」
ドリーナがそう言うと、ナサニエルはニコリと笑った。
「ミッションなんて適当にこなせばいいと、当時は思っていましたが、今は早く終わらせたいと思っています」
その言葉にショックを受ける。
ナサニエルは早く帰りたいと思っているんだ。
私は帰ってほしくない……。
でもそんな事を考えていると態度に出さないでおこうと努めて笑顔を作る。
「リーザ、もしかして僕がいなくなる事を寂しいと感じてくれましたか?」
「そんなはずないわよ!」
「僕が早くミッションを終わらせたいと思っているのは、早く一人前になりたいと強く感じたからなんです。リーザ。あなたが好きです」
まさかの事に私は言葉が出ない。
「そんな事言われると思っていなかったから……」
しどろもどろで、どうしたらいいか分からない。
まだ、自分の気持ちがよく分からないのだ。




