黒髪の女性の正体
きっとドリーナだとみんな期待したが、それはギブソン侯爵様だった。
「ドリーナっていつ来るのかしら?」
噂話が聞こえて来る。
もう、既に到着して控室にいるらしいと噂しているものまで現れた。
次々と馬車が到着するが、怪しい馬車は一台もない。
どうやって探せばいいのよ!
どんどん時間がなくなっている。
そもそも、取引対象の生き物ってなんなのだろう?
想像もつかない。
そう思いながら歩いていると、草むらから私を呼ぶ声が聞こえる。
「誰?」
そう問いかけると、植え込みの隙間から、ジャグリング用のボールを持った道化師が、こちらを見ている事に気がついた。服は……あまり派手ではない普通の服だ。
しかし、顔には道化師のお面をつけて、帽子をかぶっている。
「僕だよ。ナサニエルだよ」
「道化師に変装しているなら堂々と出てくればいいじゃない?」
「ジャグリングができないんだよ!それよりも、トーチウッド伯爵が到着するのが上から見えたから急いで来たんだ。でも、沢山の貴族の馬車が到着しているから、今日は招待客が多くて、それ以外の貴族を探すのも苦労しそうだ」
「わかったわ。とりあえず、ミランダにも知らせてくるから
。もう一度合流する場所は、同じ敷地にある教会の礼拝堂裏」
ナサニエルは、下手くそなジャグリングを始めた。
確かにほぼ落としている。
私はそれを横目に見ながら、ブースへと急いで戻った。
「リーザ。もうレモネードは売り切れたわ」
「ブローチの材料も後少しよ」
とメリッサとハンナに言われる。
「じゃあ、後お願いしてもいい?私はミランダとアーネスト伯父さんのお店に追加の材料がないか見てくるわ」
「私はここにいるわ」
ミランダはそう言うが、私は小さな声で「来て欲しいの」と言ってから、メリンダをみた。
「じゃあ、お願いね」
そう言われたので、メリッサと、アンナとハンナに手を振ってからその場を離れた。
「礼拝堂裏でナサニエルと合流するから」
「わかったわ」
二人で礼拝堂に向かっていると、人混みの中に貴族の一団を見つけた。
チャリティーDAYの出し物が珍しいのか、全てのブースをのぞいている。
その一団の中に、フワフワな髪の少し小太りの男性を見つけた。
「あれ、ミランダの国のランドル侯爵じゃない?」
「ほんとですわ!ブースを離れて事なきを得ましたわね。あのままでしたら、ランドル侯爵と鉢合わせになって、あやうく正体がバレるところでしたわ」
ミランダがランドル侯爵と鉢合わせになった所を想像してみる。
きっと、悪夢の大混乱が巻き起こるだろう。
事なきを得たわ。
そんなことを考えながらコソコソと歩いていると、遠くにフェンシングクラブとタペストリークラブ合同の馬車の洗車ブースが目に入った。
あの二つは、顔面偏差値の高い男女の集まりだ。
気温が高いせいか、タペストリークラブの女の子達の中には、ドレスの上に羽織っているパフスリーブの短い丈の上着を脱いでいる。
背中の首筋のあたりがおおきく開いているので、普段よりセクシーで男性が集まっていた。
もうダレルを視界に入れたくない。
そう思って視線を外そうとした時だった。
台の上に立っていたタペストリークラブの女子達に洗車用の水が雨のように降り注いだ。
その様子を見ていた男性陣から歓声が上がる。
ビショビショに慣れてドレスが体に張り付く様子を見せるなんて、悪趣味すぎる。
もちろん、ヘイリーもびしょ濡れになって、真っ白な上着が透けて見える。
男子ってあんなのがいいのかしら?理解できないわ。
でもヘイリーは楽しそうに後ろを向いた。
白いシャツが透けていて、ヘイリーの背中に、黒いアザが透けて見えた。
肩甲骨にアザがある。
しかも、昨日見たアザだ。
という事は、昨日見た黒髪の女性はヘイリー?
この周辺を歩いている貴族男性の顔を目で追う。
が、それらしい貴族は沢山いてわからない。
今できる事は、この事をナサニエルに話す事だ。
礼拝堂裏の四阿でナサニエルと合流して、今見た事を伝える。
「では急がないといけないね。もう、14時だ。そろそろオークションが始まるし、15時には馬車が出る」
「ええ!もうそんな時間?私、オークションに出ないといけないのよ。それなのに何も見つかってないなんて……」
「仮にヘイリーが犯人の仲間だとしたら、ヘイリーが飼育している動物ってなんだと思う?」
ナサニエルの疑問の答えが思いつかずに、うーんと唸る。
「ヘイリーとダレルって仲良しなんですのよね?では、ダレルのご実家の牧場で何か育てているのではないかしら?」
ミランダの言葉に、牧場で育てられる生き物を思い浮かべる。
「隠れて飼育できるような場所なんてないわ。私、たまにお手伝いに行くけれどそんな変わった生き物育ててないし、そんな場所もないよ」
「ここで話し合っていてもダメですよ。もう時間もありません」
そうだった。オークションもあるから、もう何かを見つけてしまわないといけない。
焦ってナサニエルとミランダを交互に見る。
道化師と男装の令嬢。
なんだか滑稽だけれど、こうでもしないと二人の身元がバレてしまう。




