盗み聞きはするもんじゃない
できれば逃げ出したい。
でも、できない。
オークションの出場順はくじ引きで決まっている。
あーあ、もう最悪だわ。
オークションの事を決めたのは、歌姫ドリーナの公演を知る前。
まさか、今日は沢山の来場者が見込まれる上に、怪しい馬車を探さないといけない事になるなんて……。
私達は、最後から2番目、オークションのトリは、ダレル達のフェンシングクラブだ。
オークションにダレルも出るのかしら?
そう思いながら、馬車を洗っているフェンシングクラブの男子達と、タペストリークラブのセクシーな女子達の方を見た。
どこにいても、すぐにダレルを見つけられる。
上半身裸で、馬車を洗う姿を見てドキドキする。
フェンシングクラブの中で、ダレルは群を抜いてかっこいい。
ファンクラブだってあるのを知っている。
そんなダレルと今日はアフターパーティーに行ける。
ダレルから誘われたんだもの。
浮ついた気持ちを抑えるために深呼吸をする。
この気持ちにいつか決着をつけないといけない。
それはわかっているけど、お隣さんだし、なんて言えばいいのかも、タイミングもわからなかった。
そうこうしているうちに、ヘイリーが現れて、学校の女王様のようになってしまった。
もちろん、ダレルもヘイリーばかり気をつかうようになって。
ちょっと悔しかった。
でも、ダレルは今日、私とパーティーに行くことを選んでくれた。
パーティーの事だけを考えて、今はレモネードを売ろう。
そして、嫌な事は後回しに考えよう。
そうやって歩き回ったせいで、あまり人が来ない学校の裏まで来てしまった。
裏口の前まで来て、ドアノブを回してみるけど開かない。
誰もいないし、怪しい馬車もない。
戻ろうと思った時だった。
裏口のドアの鍵を中から開ける音がする!
慌てて木陰に隠れて様子を伺うと、それはダレルだった。
その後からもう一人出てきた。
……ヘイリーだ。
私の潜んでいるところから5メートルほどの距離に二人は立っている。
ここにいるのがバレたら気まずい距離だ。
ダレルは牧場の見回りで、人の気配を察知する訓練を受けているから、普通にしていたら見つかるかもしれない。息を潜めて、存在を消すように努力する。
「ねえ、今日のアフターパーティーなんだけど」
そう言いながら、ヘイリーはダレルに背中を向ける。
すると、ダレルはヘイリーの腰に手を回して抱き寄せた。
「君は来れないんでしょ?」
「それが、アフターパーティーに行けるようになったのよ。ダレルは……あの子を誘ったんでしょ?」
「あの子って?」
「ダレルの幼馴染の。あの野暮ったい子」
「ああ、リーザか」
野暮ったい子で反応しないでよ!
と言いたいけれど、グッと我慢して気配を消したままでいる。
「他の子を誘っているんだから、私も誰か素敵な人を誘おうかしら?」
「誰かって誰だよ。俺の他に君に釣り合うような男なんてこの街にいないだろ」
「そうかしら?今日はドリーナの公演があるのよ。きっと沢山の人が街に来るわ。その中には、ギブソン侯爵様のお知り合いとか、都会の貴族がいるかもしれないじゃない?」
確かに都会の貴族が来るけど、犯罪者かもしれないじゃない!
と、心の中でつぶやく。
ヘイリーは、そんな犯罪者かもしれない貴族とアフターパーティーに来るのね。私はダレルと参加するけど。
こころの中でヘイリーに勝ったつもりでいた。
「貴族なんか辞めておけよ。ヘンリーをエスコートするのは俺の役割だよ」
ダレルの言葉に驚く。
私を誘ったのダレルよね?
何言ってるの?
「あら、あの野暮ったい子との約束は?」
「リーザはお隣さんだよ。俺にとっては弟みたいなものなんだ。他の女の子を誘うと、気があるのかと誤解されるけど、リーザなら問題ない」
「あら!あの子も、ダレルに気があるみたいだけど?」
ヘンリーの言葉にダレルはため息を吐いた。
「弟に好意を持たれても嬉しくないね。アレは、女性じゃないから」
「失礼な人ね。あのお婆さんみたいなお団子頭と、泥色のワンピースを着ていて、女性らしさは皆無だけど、あの子も一応女性よ」
ヘンリー、それはフォローじゃないわ。
私は肩を落とす。
「リーザに好意を持たれているなんて気持ち悪い。まぁ、気がついていたけど、俺は無理だな。それより、俺が気になるのは、ヘンリーみたいな綺麗な子だけだよ」
ダレルはそう言いながら、ヘイリーにキスをしようとするが、ヘイリーはそれを避ける。
「そんな不誠実な人、好きじゃないわ。だって、あの子の好意を利用してるじゃない?」
「利用なんてしてないよ。リーザは喜んでウチの牧場の手伝いや、俺のやりたい事を手伝ってくれてるんだから」
今見ているダレルとヘイリーの甘い関係も、ダレルに蔑ろにされている事にもショックを受けていた。
ひどい。
弟だと思っていたの?
「ねえ、ダレル。誰に見られているのかもわからないから、ダメよ」
「ヘイリー。今日はそっけないね」
ダレルは更にヘイリーを抱きしめようとするが、それをも拒否している。
「戻りましょ。別々に。皆に変な誤解を受けたら困るから」
ヘイリーは意味深な視線でダレルを見ると、また校舎へと戻っていったので、それを追いかけるようにダレルもいなくなった。




