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間一髪の出来事

本日3回目の投稿となります。


「そういうなら、いつになったら私に爵位をもらえるのかしら?」

ベールの女性の言葉に、最年長であろう男性がフフフと笑う。

「私たちの、最後のお願いを聞いてくれんとな。難しいだろう」

「あら、私は高いのよ?」

女性の言葉に、一人の男性がベールを剥ごうと手をかけた。

女性の顔が見える!

女性の顔を見るために、通気口に顔を近づけようと右手に体重をかけた。


ミシッ!

手の位置の板が音を立てた。


「天井から音が?」

そう言われて、私は急いで通気口をバックする。

早くナサニエルのいるところに戻らなきゃ!

「ネズミじゃないのか?」

「念のため確認常しよう」

そんな声が聞こえてきている。やばいやばいやばい!

急いで下がると、リネン室の通気口にたどり着いた。

足を通気口から出す。

「リーザ!大丈夫?」

ナサニエルの声には答えずに思いっきり飛び降りる!


ドスン


慌てたせいで通気口からゆっくり降りずに飛び降りてしまったので大きな音がした。

なんとか通気口から出られた。

その時、廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。

「まずい!誰か来る!リーザ、不測の事態だから、先に謝る。ごめん」

ナサニエルはそう言いながら、枕カバーを脱がせて、私の髪を解いた。

そして床に寝転がせられた。


私が落ちてきた時のためだろうか、床にはシーツや毛布が敷き詰められていたので、押し倒される形になったが背中は痛くなかったけど。

何?何なの?

声を出そうとした時、私を隠すようにナサニエルが覆い被さってきた。

間一髪でリネン室の扉が開いた。

そして、扉を開けた人が、灯りでこちらを照らしてきた。

「そこにいるのは、フリーフォール伯爵?」

「ああ。あなたは…トーチウッド伯爵じゃないですか」

ナサニエルは私に覆い被さるようにしていたが、顔を上げて、ダーク様の方を向いた。

ダーク様以外にも、様子を見にきた人が数人いるようだ。

隣の部屋で話し合っていた男性陣のうちの数人だろう?

私はシーツのせいで何も見えない。


「今いいところだったのに邪魔をされたらたまらないよ。他所に行ってくれないか?」

ナサニエルは少し低い声で扉の向こうにいる人を牽制する。

「情事を邪魔して悪かったな。大きな物音がしたから」

ダーク様の言葉にナサニエルはニヤッと笑う。

「積極的なレディでね」


その言葉に男性陣は少し失笑した。

「確かに、部屋中にシーツや毛布が散乱しているな。女性が声を出さないという事は、同意の上なのはわかるよ。相手はメイドか」

「わかっているなら、扉を閉めてくれないか?」

ナサニエルの言葉にダーク様はため息をつく。

ダーク様の後ろに立っていた男性がナサニエルに話しかけた。


「君みたいな綺麗な顔なら、女性を無理やり部屋に連れ込まなくても、ホイホイついてくるだろうに。好みのタイプはメイドだったのか?まあ、相手の女に結婚を迫られないようにだけ上手に遊びたまえ」

そう言って扉を閉められた。


しばらく二人で身動きもせず声を顰めた。

ナサニエルに押し倒された状態で抱き合っている。

その息遣いが首筋にあたる。

「リーザの顔を見られてはいけませんから、しばらく我慢してください」

ナサニエルが耳元で囁いた。

この状況で顔が赤くなっているのは私だけのようで、ナサニエルはいたって冷静だ。


しばらく、声をひそめていたが、足音も人の気配も感じなくなった。

「もう大丈夫ですね」

私は相変わらず返事ができない。

ナサニエルの腕の中に抱かれているのに身動きができなくて恥ずかしかった。

ほのかなヘアフレグランスの香りが鼻の奥にまだ残っている。男性の匂いって女性とはまた違うのね。

……ってなんて恥ずかしい事を考えているのよ。

自分に呆れる。


暗闇とはいえ、すごく恥ずかしい思いをした。

そんな私の様子に気がつくことなく、ナサニエルは立ち上がると、私の手を取って立ち上がるのを手助けしてくれた。

「今の誤魔化し方は何?」

「ああ男性陣から見たら、私がリネン室でメイドと情事にふけっているように見えたでしょう。リーザ、そんな扱いをしてすいませんでした」


ナサニエルがメイドとの情事に……。

恥ずかしくて声が出ない。

一人モジモジしている横で、ナサニエルは手早く床に散乱したシーツや毛布を畳んで片付ける。

「トーチウッド伯爵は、天井の通気口が開いていることに気がついたかもしれませんね。何も言われなかったから大丈夫だと思いますが」

その言葉に私は天井を見た。

「あっ!下に降りるときに閉め忘れてたわ」

ナサニエルに手伝ってもらいながら天井のハッチを閉じた。


「ところでドレスは?」

「もしもの時を考えて、隠してありますよ」

そう言って、羽毛布団の棚の奥からドレスを出してくれた。

「誰かが入ってきた時、僕とドレスだけがあったら大騒ぎになるでしょ?」

そう言われて、その場面を想像する。

確かに、ドレスの持ち主を全員で探す事になるだろう。

それは困るわ。

私は手早くドレスに着替えた。


「じゃあ、ミランダ嬢が待っていますから戻りましょう。元の髪型にはできませんが、仕事柄多少のまとめ髪ならできますよ」

と言ってまとめ髪を作ってくれた。

ナサニエルの指が私の髪を溶かしていく。

今更ながら、先ほどナサニエルの腕の中にいたことを思い出して顔から火が出そうになってきた。


ナサニエルってこんな物腰だし、顔も整って綺麗だから、さぞお客さんにファンが多い事だろう。

きっと「ナサニエルからじゃなきゃ購入しないわっていうお客様」を大量に抱えていて、朝から大忙しなんだろう。

それはお金持ちのマダムや、未亡人、若いお嬢様までいっぱいいるはずだ。


そんな妄想をしている間に髪の毛が整った。

ゆるい編み込みヘアーはになっているようだが、鏡がないから自分では確認できない。

「急いで馬車に戻ろう。そのまとめ髪では長く持たない」

「わかったわ。じゃあ、お嬢様方に絡まれないようにね」

そう言って二人で笑い合ってから、馬車に戻った。

ナサニエルの腕の中に居たのは、不測の事態だっただけで、それ以外なんでもないもの。


「少し風にあたってから戻りたいわ」

「リーザがそういうならわかりました。少し落ち着かせるために、何か飲み物を取ってきましょう」

「お願いするわ。私はちょっと、お庭の噴水のところで休みたい」

そう伝えて、人気のない通路から庭園に出た。

なんとか冷静になってから馬車に戻らないといけない。

アーネスト伯父さんは子供の頃から私を知っているもの。

今の私のおかしな精神状態では、何か勘違いされるかもしれない。

とりあえずいつもの状態に戻らないと。


深呼吸をしていると、ナサニエルは隠れるように戻ってきた。

「やはり、トーチウッド伯爵は僕達のことを不審に思っていたようです。あのリネン室を調べて、ホコリまみれのメイド服を見つけてしまったようですよ。今、僕達を探していますから、急いで馬車に戻りましょう」

二人で物音を立てないようにしながら、人の少ない庭園を遠回りして進む。


そしてなんとか馬車まで辿り着いた。

「おかえりなさいませ」

そう言ってくれたアーネスト伯父さんにすぐに馬車を出してもらえるようにお願いした。

「私達の正体がバレたかはわからないけど、少なくとも話を盗み聞きしていたのはバレたかもしれない」

ナサニエルの言葉にアーネスト伯父さんはすぐに馬車を出した。

馬車の中で待っていたミランダは、様子を察したのか無言で外の音を聞いている。


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