アーネスト伯父さんの家に泊まる
そう思って過ごしていたが、羊ちゃんとお話するようになって3日が経った頃だった。
「リーザ、今晩から数日間、急遽泊まりの仕事になった」
仕事から戻った父さんは、外出する準備をしながら大きな声で話しかけてきた。
「わかったわ。気をつけて行ってきてね。最近は、物騒な事が多いらしいわ。先週は隣町に続く森の一本道で、追い剥ぎが出たらしいわね。この前聞いた話では、中年の男性は特に狙われやすいそうよ」
「わかったよ。心配無用だ」
「今から行くの?」
「そうだよ。だからリーザはアーネストの所に泊まって欲しい」
急に夜から外出の時は、戻る日時を教えてくれない。
それだけ緊急性のある仕事なんだろう。
私は急いでパンとリンゴを数個袋に詰めると、そっと戸口から出た。そして羊小屋に向かう。
「羊ちゃん、今日と明日、伯父さんのうちに泊まる事になったの。だから2日分のパンを入れておいたわ。明日から隣の牧場の牧童がやってくるから見つからないようにね」
すると『はい』に石が転がって来た。
「戻ったらまたいっぱいおしゃべりできるといいな」
『はい』
また石が転がって来た。
私はそれを見て笑顔になる。
「またね」
そう伝えて家に急いで帰る。
2日間経っても父さんが戻らないなら、様子を見に来ようと決めて。
「どうしたんだ?」
父さんが不思議そうに聞いて来た。
「羊の中に、体調が悪そうな子がいたから見て来たの。大丈夫そうだったわ」
「そうか。それならよかった」
不審がられなかった事に安堵してサンドウィッチを作る。
「はい。ピクルス入りよ。好物でしょ?」
「ありがとう」
笑顔で受け取ってくれたので、私も笑い返す。
「よそ見して歩いて川に落ちたり、近所の野良犬に追いかけられて工事中の建物に迷い込んだり。父さんは不運なんだから気をつけてね。いつもどこかに落ちたり、何かに引っ掛けたりして服を破くんだから。直す身にもなってよね」
そんな小言をいう私のおでこにキスをして父さんは幸せそうに笑った。
「母さんは早くに亡くなったけど、しっかりした娘がいるから我が家は安泰だ。うちの娘は15歳だと思えないくらいしっかりしている。アーネストの所では行儀良くするんだよ?」
アーネスト伯父さんは、亡くなった母さんの育ての親で、この小さな街で食料品店を経営している一人暮らしの初老の男性だ。
本当は母さんの伯父さんらしい。
不思議な事に、アーネスト伯父さんは、こんな田舎に似つかわしくないくらい、綺麗な訛りのない言葉を話す。
小さな頃から、父さんがゴート市の仕事を請け負う時、アーネスト伯父さんと過ごしていた。
「大丈夫よ。お行儀が悪いと、アーネスト伯父さんに怒られるもの」
「ああそうだね。明日から隣の牧場主のジョンに羊と馬の世話をもうお願いしてあるから心配無用だ」
アーネスト伯父さんの家に泊まるのは楽しみだけど、ちょっぴりだけ憂鬱なのは食事のマナーや歩く足音にうるさい。
沢山の本が読めるから、その口うるささには目を瞑る。
それに、伯父さんの料理は絶品だ。
「もしも、また馬車から転げ落ちる事があったら、1人で落ちてよね?暗がりなんだから周りの人を巻き込まないでよ?」
その忠告に大笑いをされた。
父さんと一緒に家を出て、鍵をかける。
父さんは御者台に乗り、私は荷台に乗った。
そして、馬車は勢いよく出発する。
こうやって父さんが仕事でいない時もあるけど、伯父さんのお陰で寂しくない。
伯父さんは優しく迎え入れてくれた。
朝は街の中心部にある伯父さんの家から学校に向かう。そしていつものようにメリッサと後ろの方の席に座った。
なんだか今日は色々な事に気乗りしないので、窓の外を眺めていた。
羊ちゃんは牧童達に見つからずにいられるかしら?
窓から見えるメインストリートはいつもより人通りが多いようだ。という事はきっとアーネストさんの雑貨屋は忙しいはず。
早く終わらないかなぁ。
終わったら雑貨屋を手伝わなくちゃ。
午後の授業を終えてアーネスト伯父さんのお店に向かう。
「伯父さん、学校が終わったから手伝うわ」
雑貨屋のドアを開けてそう言うと、カウンター奥のエプロン掛けに向かう。
「おかえり、リーザ。いつも教えているとおり、いつ何時でも、挨拶が先ですよ」
ちょっと怒ったような、でも楽しそうな口調で注意を受ける。
これが、いつもの私とアーネスト伯父さんのやりとりだ。
私は、クスッと笑ってエプロンを手早く身につけて、カウンター前に立つ。
このお店のエプロンは綺麗なワインレッドで、この色が大好きだ。
店内を見渡すと、品物の位置が変わっている。
「仕入れに行ってきたの?」
「そうですよ。新作の飴にジェリービーンズ、それから豆の瓶詰めなど沢山の品物を仕入れてきましたからね。皆さん、喜ぶと思いますよ」
そう言われて、新商品が見てみたくなったので、カウンターから離れて食品棚に向かい、ジェリービーンズを手に取った。
淡いピンクやブルーにイエローなど色とりどりの物が瓶に詰まっていて可愛らしい。
他にも見た事のないものが仕入れられていた。
このお店は子爵家や男爵家も利用しているから、少々高価な食品も並んでいる。