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ダンスのお相手

「私の位置からは、黒髪の女性は見えませんね。ではここから、周囲を見渡すために連続してターンしますよ?気持ち悪くならないでくださいね」

ナサニエルの言葉にハッとする。私はナサニエルを眺めるためにダンスを踊っているわけではなく、黒髪の女性を探すためだった。

ターンの度に参加している女性貴族の髪型をじっと見る。

しかし、黒髪の女性は見当たらない。

踊っている女性の中にも黒髪の人はいない。

窓越しに見えるバルコニーの方に目をやるが、シャンデリアの光が眩しすぎて外の様子は伺いしれない。

ダンスホールは広く、全体を見渡すには確かに最適な場所だ。

もう少し、あたりに集中していたら見つかるかもしれない。


「……そろそろ、ホールに戻りましょうか?」

「何故?ここの方がよく見えるわ。ダンスを続けましょう?」

「本当に続けるのですか?」

「もちろんよ!」

私の提案にナサニエルは一瞬戸惑ったようだったが、絶対に踊っていた方がよく見える。

そう思って、体に力が入る。

見つけたら、すぐにそちらへ向かわないといけない。


ずっと集中して辺りを観察していたせいか、曲調が変わったことに気が付かなかった。

先ほどよりターンの回数が減っている事に気がついた。

もしかして曲調が変わったの?

なんだか踊り辛いし。

ナサニエルは私と踊るのが嫌なのかしら?

そう思った時、初めて、全身の感覚がふわりとやってきた。

自分の置かれている状況に初めて気がついたのだ。


正面を向くと、親密な距離で皆ダンスを踊っていた。

さっきまでは、ナサニエルと私の間には、人が一人入れるくらいの距離があったはずなのに、今は、体がくっつきそうな距離で踊っている。

少し顔を上げると、そこには少し困った顔のナサニエルが、私のおでこにキスしそうな距離にいた。


「ちょっ!ちょっと近すぎる!」

「そう思うなら、私の背中に回した手の力を緩めてください。リーザの力が強すぎて、どんどん距離が近くなっているのですよ」

……力が入りすぎて、自分からナサニエルを引き寄せていたのだ。

言われるまで気が付かなかった事と、恥ずかしさであたふたする。

「そうならそうと言ってよ!」

私は慌てて力を抜いた。

「これで踊りやすくなりました。仮にも兄妹のフリをしているんですから、親密に踊っていては変でしょう?目立ってしまいます」

困った顔をしたナサニエルを見て、少し反省する。


「黒髪の女性が見つからなくて焦ってしまったのよ」

「先ほどまで待機していた使用人の控室にも黒髪の女性はいませんでしたよ」

「じゃあ、侍女でも該当者はいないのね。そもそも、性別関係なく、この会場に黒髪の人っているのかしら?」

「確かにそうだね。では、この曲が終わったら、ダンスを終えて男性達が多い、広間の方に行ってみましょう」


曲の切れ目のタイミングでダンスホールから広間に向かう事にした。

しかし、ここで難関が……。

ダンスを終えたナサニエルに、数名のお嬢様達が寄ってきてしまったのだ。


「初めてお見かけいたしますが、お名前を教えてくださらないかしら?」

お嬢様の一人がナサニエルに話しかけてきた。

その後ろには数名のお嬢様がお扇に顔を隠しながらもナサニエルを盗み見するようにして見ている。

「はじめまして、お嬢様方。私はフリーフォール伯爵家ナサニエルと申します。こちらは妹のリーザ。以後お見知りおきくださいませ」

物腰柔らかなナサニエルの挨拶にお嬢様方はうっとりしている。


「まあ!ご兄妹なのね。婚約者じゃないなら……是非私とダンスを踊っていただけませんか?」

「その次は私!」

「私もよ!」

「私が先よ!」

「いえ、私ですわ」

5人のお嬢様方は、ナサニエルと踊るのは私だとダンスの順番で揉めている。

そもそも、ナサニエルはダンスを踊る事に了承したわけでもないのに。


「お嬢様方、私達は田舎の貴族ゆえ、こういった華やかな舞踏会には不慣れなのです。小さな集まりしか経験のない妹は、今日がデビューと言っても過言ではありません。ですから、今日は妹についていてあげたいのですよ」

ナサニエルはお断りしているようだが、これが更にお嬢様達の気持ちを刺激する。

「まぁ!なんてお優しいんでしょう。素敵ですわ。せっかく舞踏会にいらしたんですもの。楽しまなきゃ損ですわ」

「貴族令嬢は、お化粧や観劇などの情報交換が必要ですわ。それなのに、兄妹で常に一緒にいたら女同士のお話ができませんわ」

つまり、ナサニエルと私を引き離す口実を作っているのね。

私は、女性達ににっこりと笑いかけた。

「お姉様方、私は田舎の出なので、言葉遣いもままならないですが、お友達になってくれませんか?」

その言葉にナサニエルは驚く。

その顔には『時間がないのに、私に沢山の女性のダンスの相手をさせる気か?』と書いてある。

でも、私はそれを無視した。


「お兄様、いい方を見つけてきてください」

そう告げると、私はお嬢様達と話を始めた。

視界の隅に映るナサニエルは群がる貴族令嬢達にもみくちゃにされているが、気にしない。

上手く話せないなら、ミランダの真似をして話せばきっと大丈夫。

誰にも気が付かれないように自分に気合を入れて、お嬢様方に微笑みかけた。


「私、すごく綺麗な黒髪の方を見かけたのだけど、どなたなのかしら?」

「黒髪の方?存じ上げませんわ」

皆、首を傾げる。

……黒髪の女性がいない?どうすればいいの?

「気のせいだったのかしら?すごく素敵な方だったので」

まだ来ていないだけなのかと思って探りを入れてみる。

「社交界に顔を出す方で黒髪の方はいらっしゃらないですわ」

「そうですわね、黒髪の女性は存じ上げませんわ」

「男性でしたらお一人、いらっしゃるんですけど」

一人のお嬢様がそう言うと、皆うっとりした目をする。

「ええ!黒髪の男性。私達の憧れの方」

そういえばさっき、『漆黒の髪のダーク様』って話をしていたご令嬢達がいたわ。

「ダーク様とはどんな方なのですか?」

私の質問に、お嬢様方は目をキラキラさせて頬を赤くする。


「ダーク様の本当のお名前は、ダクトル・トーチウッド伯爵様。女性なら一夜だけの恋でいいからと、淡い夢をみますのよ」

一夜だけの恋って。

お嬢様って案外積極的なんだ。

「でも、それでは……」

心配になってお嬢様方の顔を見る。

「そうですわね。もしも一夜だけの恋をしたら、望むようなお輿入れ先は望めませんわ。でも、一生恋をしないまま終わる可能性だってありますのに、一夜だけの幸ですら望めないなんて寂しいですわ」

自由恋愛のできない貴族って大変なのね。

「私達は好き勝手申しておりますけど、ダーク様の心を射とめた方はまだおりませんのよ」

「あちらのソファーに腰掛けて、財務大臣とお話されているのがトーチウッド伯爵。つまりダーク様ですわ」



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