ミランダのピンチを乗り切る
「今日は思うように動き回れませんわね。仕方ありませんわね。奥の手を使いますわ」
「奥の手って?」
私の質問には答えずに、ミランダは真っ直ぐに、使用人達の控え室に向かって歩き出した。
使用人の控室とは、今日のパーティーに参加している貴族の付き人達の待機場所だ。
基本的に、侍女や侍従は自分の雇い主のお世話をするためにパーティーまでついてくる。
しかし、会場には身分差があり入れないので、専用の控室で待っている。そして、自分の雇い主が帰るとわかるやいなや、馬車の室内を整えて、会場から出てきた主人にコートに袖を通してもらい、馬車の扉を開けて待つのだそうだ。
普通なら、夜会の給仕が「◯◯伯爵様がお帰りになられる」などと、呼びに行ってくれるのだから貴族が自ら呼びに行く事はしない。しかし、ミランダは自分でナサニエルを呼びに行くつもりらしい。
もしや諦めて帰るのだろうか?
ミランダに今からどうするのか聞きたいが、質問させてくれるような雰囲気ではない。
それはミランダの歩くスピードが速くて、横に並ぶには、私が走らないといけないからだ。
やはり本当の貴族は滑るように優雅に、そしてすごいスピードで移動するのね。
あっという間に控室前の連絡通路に繋がる扉に来てしまった。
勿論だが、だれも立っていない。だって、使用人用の連絡通路の扉を開ける貴族は皆無だからだ。皆、帰りたくなったら近くにいる給仕にその旨を伝え、周りに挨拶をした後、外に出ると既に使用人が待機しているという流れだから、この扉の近くに貴族も使用人もいない。
私が止める間もなく、ミランダは扉を開けて、その先へ進んでいった。
そして、連絡通路の先にある控室の扉を勢いよく開けると、そこは、各貴族家に仕える使用人たちが楽しそうにダンスを踊っていた。
そのダンスをしていた使用人達の動きが止まり、皆がこちらを向いた。
全員の目が、『何がおきているかわからない』と物語っている。
質素ではあるが、待機している侍従や侍女達のためにパーティーが行われていたようだ。
使用人というのはおしゃべりで、待遇が悪かった場合、自らが仕える主人に待遇が悪かったという事を言う者もいるからであるらしい。
その楽しい雰囲気をミランダはぶち壊してしまったようだが、当の本人はそんな事は一切気に留めていないようだ。
「お兄様!ナサニエルお兄様!いるのはわかっておりますのよ!!!使用人のフリをしてパーティー参加の義務を妹二人に押し付けるのはズルいですわ!」
ミランダは微動だにしない各貴族家の使用人達に向かって大きな声で呼びかけた。
すると、今まで楽しそうに踊っていたであろう使用人たちがザワザワと囁きだした。
「お兄様!隠れていないで出てきてくださいませ。わたくしたち、お兄様の代わりに社交をするのは疲れましたわ。ねえ、フリーフォール伯爵家ナサニエルお兄様?」
ミランダは泣きそうな演技をして大きな声て訴えている。
すると、控室の奥の方からナサニエルが困った顔をして出て来た。
「そんな大声で叫ばないでほしいね」
ナサニエルはそう言うと、つい先ほどまで楽しそうに踊っていたであろう参加者たちの方を向いた。
「お騒がせをしてすまなかった。身分を偽り、こちらのパーティーに参加をしてすまない。では私は戻るとしようか」
そう言って渋々私達と共に会場を跡にする。
「控室まで来て大騒ぎするなんて何かあったんですか?」
扉を閉めた後、ナサニエルが困った顔で質問してきた。
「ええ。わたくしの素性を知る者がパーティーに出席している事がわかりましたの。もうパーティーには参加できませんわ。10時に現れる黒髪の女性を探さねばならないのに、リーザ一人をパーティーに残してはおけませんわ。何をしでかすかわかったものではありませんもの」
ミランダが言わんとすることはわかる。言葉遣いもマナーも100点満点中20点の出来栄えだ。
「確かにリーザ一人でパーティー参加を続行するというのは不安しかないですね」
ナサニエルはそう答えると、侍従専用出口から馬車の待機所に抜ける扉を開けた。
「仕方ありませんね、ミランダは馬車で待機していてください。私とリーザがこのままパーティーに出続けます」
そう言うと、馬車に向かった。そこには、御者達が、自分が操る馬車が見える位置で談笑している。
私達が馬車に近づくと、御者の恰好をしたアーネスト伯父さんが馬車が出発するための準備を始めた。
そんな伯父さんにナサニエルは何かを耳打ちして、一人馬車に入っていった。そして、一分もしないうちに貴族の夜会服を着て馬車から出て来た。
「行きましょうかリーザ。ミランダは、馬車の中で休んでいてください。決して人に見られないように」
その指示を聞いて、ミランダは頷き馬車に乗り込む。
私はミランダの安全が確保されたのを見届けて、ナサニエルと共に会場へと戻った。
「そんな服も用意していたのね」
と小声で話しかけると、少し困った顔をする。
「緊急用にですよ。それで、ターゲットはみつかりましたか?」
「まだよ。まず黒い髪の女性がみつからないの。落ち着いた髪色の女性をみつけては近づいてみるのだけど、ダークブラウンなのよ」
「そうですか……」
ナサニエルは私の話を聞きながら会場を見回す。
「無意味に動き回っても目立つだけです」
その言葉を聞いて、私も頷く。
「ですから、全体が見える位置に行きましょう」
「全体が見える位置?」
私の問いかけにナサニエルは何も返事をせずに、私の手を取った。
そして、滑るようにダンスフロアの中心に向かって歩き出した。
「え?あ?あの」
焦る私を見てナサニエルは余裕の笑顔を見せて来る。
「大丈夫。私にあわせてください」
何かを答える暇なく、ワルツを踊る事になってしまった。
ナサニエルのちょっと癖のある髪の毛は、綺麗にセットされており、金髪とブラウンの混ざった髪がなんともセクシーだ。
しかも、物腰も表情も上品で柔らかだ。
ジェラルド商会で会頭付きの仕事をしているだけあって、マナーもダンスも一流だし、そのヘーゼルナッツ色の瞳はクルクルと回るたびにブラウンに見えたり、金色に見えたりして何ともミステリアスに見える。
今、ナサニエルと踊っているのが夢の中にいるようで、なんだか気持ちがふわふわする。




