黒髪の女性を探す
全身スパンコールのドレス。重いだろうなあ。
斜め前の女性の頭、大きすぎやしない?きっとカツラだわ。でも、歩く姿勢がいいから疲れないのかしら?
こうして見回すと、ドレスのデザインは多種多様。
オシャレって思えないようなツギハギのドレスでも、
「まぁ!素敵なドレスですわね!もしやマキシマムの新作?」
とか、絶賛の声が聞こえてくる。
「そうなんですのよ。このドレスのコンセプトは、「領地」ですわ」
とか勝ち誇って答えたご令嬢の周りに人が群がっている。
あのドレスいいのかなぁ?
さっぱりわからない。
かと思えば、奥で座っている1人の女性を囲むように、10人くらいの若い男性が立っている。
女性は20代後半かしら?胸元の開いた妖艶なドレスを纏って、足を組んで座っている。
その女性に男性陣は一生懸命話しかけているようだ。
女性はその男性陣に興味がないのか、素っ気ない。
その様子を観察しているのは私だけでは無かったようで、後ろの方から女性達のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「あの未亡人、また来ているわ」
「若い娘しか興味のない成金伯爵家に嫁いだ貧乏侯爵の娘でしょ?嫁いで5年くらいで伯爵が亡くなって、莫大な遺産を相続したのよね?」
「侯爵家と言っても、名ばかりでお家取り潰し寸前だったとか」
「ずっと貧乏だったのに、急に金持ち未亡人になったからって、お金の使い方が普通とは違うらしいわ」
「ええ!聞きましたわ!なんでも、先日、一つのオートクチュールブランドで、ドレスを30着注文したらしいですわ」
「私は競走馬を50頭買ったと聞きましたわ」
「お遊びも盛んだと聞きましたわ」
さらにヒソヒソ声になる。
下世話な話をして盛り上がっている女性達を見ると、40代後半くらいだった。
多分、羨ましいんだわ。
そう思いながら、目が合わないように、目立たないように通り過ぎる。
しかしミランダはどこに行こうとしているのかしら?
目的があるように歩くミランダを呼び止める。
「ねえ、どこに向かっているの?」
「バンケットコーナーですわ。目立たないけど、周りを見ていても大丈夫な場所ですわ」
私の小声の質問に対して、口を開かずに返事するミランダ。
きっと腹話術師になれるわ。
そこを通り過ぎると、うなじの辺りを気にしたり、胸元のペンダントトップを触りながら談笑する若い女性数人の横を通った。
小声で話をしているけれど、明らかに男性の声掛け待ちだ。
「一番人気のダーク様!なんて素敵なのかしら」
「ダーク様のあの漆黒の髪。素敵よね」
「今日はどなたとダンスをするのかしら?」
そのダーク様とやらに声をかけてもらいたくて、青年貴族達が談笑している方をチラチラと見ている。
ダーク様って誰だろう?
青年貴族達は話に夢中のようでこちらを向かない上に、ちょうど私の位置からは見えない。
数人の可愛らしい女の子がチラチラと男性に視線を送っているすぐそばには、ふてぶてしい女の子数人のグループがいる。
「この前、エスト様のお母様にお茶に誘われましたのよ」
「まぁ!私なんて、婚約者がいますのに、オペラに誘われたんですの」
「まぁ!それはどなたに?」
と、『自分はモテる自慢』を繰り広げているが、可愛くはない。
美人グループのそばに立って、男性陣の視界に入ろうとしているのが見て取れる。
ミランダはそうやって何気なく会場を歩いた。
そして、バンケットコーナーの近くに立った。
「黒髪の女性で、星のアクセサリーをつけた方っていませんわね」
ミランダは、何気ない様子でターゲットを探していたんだ!
私は、浮かれて人の会話ばかりを盗み聞きしていた。
私は口元を隠すように扇を広げる。
視力には自信があるので、辺りを見回した。
羊飼いは、遊びでやっているわけではないのだ。
遠くから肉食動物が来ていないかを見たり、観察したりする洞察力は凄いと自負している。
森の中に隠れているキツネを見つけ出すのも得意なのだから、黒髪の女性を見つけるのは簡単だと思っていたのに。
黒髪だ!と思っても、それは光に照らされたダークブラウンの髪だった。ヘアセットに使うラメ入りのヘアワックスのために地毛の色がわかりにくい。
難しい…。
その時だった。
ミランダがとつぜん、私の扇を奪い取るようにして、自分の顔を隠した。
「それ!私の!!」
そう言ったが、ミランダは聞く耳を持たずに、私の影に隠れようとする。
「ねえ。どうしたのよ?」
「その言葉遣いはいけませんわ。『どうされたのですか?』ですわよ」
小さい声で指摘をしてくるが、その声がいつもとは違う。
「その態度の理由を説明してくれないと、対処できないわ。ですわ」
その言葉にミランダが一瞬戸惑いを見せたが、普段と変わらない表情と声に戻る。
「フワフワな髪の少し小太りの男性が、正面に見えますでしょ?」
確かに言われた外見の男性が、饒舌に周りの若手の男性に話している。
何を話しているのか耳を澄ませて聞いてみた。
「クーデターが収まった後には、フランカ王国に帰還し、ミランダ王女と結婚をする手筈となっているのです。今は、クーデターを収めるために私の配下の者が手を尽くしていますから、国に戻れるのは、もうすぐでしょう」
その言葉を聞いて、私はミランダに小さな声で話しかける。
「あの人、ミランダの恋人なの?」
「いいえ。恋人でも婚約者でも、許嫁でも何でもありませんわ。ただ、100年くらい遡ると、どこかで血縁関係があったらしいというだけですわ。それなのに……どこに行ってもああやって言いふらしますの。しかも困った事に、野生の感が働くのか、すぐに見つかってしまいますのよ」
そうは言っても、それはフランカ王国での話ではないのか。
王女様がいる場所なんて大体決まっているからでは?
そう思ってミランダに問いかけてみた。
「あの男性はランドル侯爵というのですが、本当に感が鋭いのです」
苦々しい声のミランダを見ても、本当かなと疑っていた。
するとランドル侯爵はいきなり静かになり、キョロキョロと辺りを見回している。
「おかしいな。今、ミランダ王女の声がしたと思ったのに。…おや?ミランダ王女のにおいもする」
と言って、鼻をクンクンしだした。
…確かに野性的だ。
今、ミランダの素性がばれてしまうと、ここに来た目的は果たせない。
まだターゲットを見つけていないのに。
私達はとりあえずバルコニーへと逃げた。
「ここは風下だから、匂いはしないはずよ。しかし本当に野生的だわ」
私は独り言のように呟いた。
その時、一人の男性がミランダに近づいてきた。
「どうしました?ご気分でも優れないのですか?レディ」
男性は、優しい笑顔で笑いかけてくる。その男性の顔は、ちょっと骨貼っていて、しかし武道は不得意なのか必要な筋肉があるようには見えない。
先ほどから見てきたお相手探しに夢中なご令嬢達の好みのタイプとかけ離れているのは明確だ。
しかも、爵位が低いのか、それともお金持ちの家柄ではないのか、愛想笑いすらしてもらえない様子だ。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんわ。お兄様が今、こちらに来てくださいますから大丈夫ですわ」
ミランダが優しくお断りしたが、この男性は何かを勘違いしたようだ。
「それなら、貴方様のお兄様にご挨拶をさせてください。その後、私とダンスを踊って頂けませんか?」
男性は、跪き、ミランダの手を取ろうとする。
しかし、ミランダは扇を握ったまま微動だにしない。
「レディ、私との時間を楽しんで頂けませんか?」
なんともしつこい。
リアクションは大袈裟だし、その視線もねちっこくて本当に無理。
「それは少し難しいですわ。兄は心配性で、他の殿方と踊るなんてお許し頂けませんわ。今日のパーティーですら、なんとか頼み込んで連れてきてもらったのです。では失礼しますわ」
ミランダはそう言って私の手を掴むと、綺麗な所作で、しかも素早く人混みに紛れた。




