気持ちの混乱
「ストーップ!!」
ミランダの叫び声で、我に返った。
ピアノが鳴り止む。
「リーザ、いけませんわ!!」
「何が?」
夢見心地の気分を止められたような感覚だ。
「完全に流されていますわよ」
そう言われて、視線を上にあげると、ナサニエルと目があった。
「……ごめん。リーザ」
申し訳なさそうに謝られる。その瞳に謝罪の色が浮かんでいる。
私は勢いよく離れると、咳払いをした。
「確かに……雰囲気にのまれちゃったけど……」
その言い訳にミランダはため息をついた。
「貴族の子息って、大抵、許嫁がいるんですのよ。でも、恋愛もしたいと思っていおりましてね。お茶会であろうが、何であろうが、沢山の子女が集まる場では、許嫁と離れて、こっそり好みの女性に誘いをかけて来ますのよ!」
説明しているミランダの顔をみると、本気で怒っているようだ。
過去に嫌な事があったのだろう。その事を思い出しているようだ。
「ナサニエルに今回、遠回しにリーザを誘っていただけるようにお願いしたのですが、まんまと引っ掛かりましたわね。リーザ、甘すぎですわ」
「そうかな?普通に踊っていただけよ」
無理に言い訳を重ねるが、ミランダには通じない。
「舞踏会では危険な目に遭うかもしれないのですよ。ですから気を引き締めてくださらないと困りますわ」
確かに何かに流されたかもしれないけど、平常心は保っていたはずだ。
だって何も始まっていない。
……始まっていない?
違う違う。
流されているように見えただけで何も変わってはいない。
……ナサニエルの唇の形が綺麗だと思っただけ。
目を見つめたのも、あんなに近くで誰かに見つめられた事がなかっただけ!
嫌、あったわ。
あんなに近くで私を覗き込んだのはダレル……。
去年、ダレルの牧場に牧草刈りのお手伝いに行って、終わった後、フェンスに腰掛けていて、ダレルが笑わせるからバランスを崩して落ちそうになった時、抱き止めてもらった。
あー!!そうじゃない!
何で今、ダレルの事を思い出すのよ。
もう!
何だか色々な事を考えてしまい、練習場の中をウロウロと歩く。
「リーザはスパイには向きませんね?感情を抑えなくてはいけませんよ?今回は、接客で色々な場数を踏んだナサニエル君の誘導に負けましたね」
「いえ、負けてないわ!」
小さな声で反論する。
わかっている。気持ちがフワフワしてしまったのは認める。
でも、あんなに簡単に私の気持ちを操れるって、ナサニエルは相当慣れているわね。
疑いの目でそっとナサニエルを盗み見するが、そんな私には気がついていない。
「では、ダンスのお相手をかわりましょう」
アーネスト伯父さんが蓄音機を動かして音楽を鳴らす。
そんな機械もあったのね!やっぱり秘密が多すぎる。
「次は、ダンスの相手に『私はあなたに興味がない』とわかってもらう踊り方です」
その言葉にミランダが驚く。
「それ、興味深いですわ。教わった事がない事ですもの。そのような態度を表す方法があるなら知りたいですわ」
「では、ミランダ嬢も見ておいてください。ダンスが不協和音にならない程度に行うのがコツです」
そう言って、巧みに誘いをすり抜ける踊り方を教えてくれた。
ミランダやナサニエルも興味深そうに、説明されるコツを聞いている。
「ターンの後、普通なら女性と男性は目を合わせますが、あえて視線を外します。それから、ぐっと引き寄せられそうになるタイミングは同じです。でも、その時、体幹を使って、距離を縮めないように努力をします」
ダンスは踊り方が同じ分、男性が女性を誘うタイミングは決まっているそうだ。
「舞踏会で目立たないようにするには、人混みに紛れるのがベストなのですが、これが、なかなか難しいものなのです。悪目立ちしないように、踊れた方がいいのですが、一方で2人が離れ離れになるのはそれはそれで危険ですから、ダンスにも誘われず、目立たずに過ごす事をおすすめしますよ」
休憩のついでに食事をして、次はすっかり忘れていた護身術のレッスンがあった。
びっくりしたのはミランダが予想以上に護身術ができることだった。
全く何もできないわけではないんのね。
そして、自称父さんの一番弟子であるナサニエルは、あまり護身術が得意ではない様だった。
これでは盗賊に襲われて羊に擬態していたのも頷ける。
明日のパーティーで、私達がニセ伯爵令嬢だとバレたら逃げるのに一苦労するだろう。
そんな事を考えながらベッドに入った。
「明日なんですが、私に考えがありますの」
「どういう事?」
そこから夜遅くまでかかった。




