真夜中の外出
「リーザ。今日は何だかぼーっとしていらっしゃいますわね。でも、もう帰る時間ですわ」
ミランダとアーネスト伯父さんの雑貨店に向かう。
「いっそのこと、雑貨屋で扱っている小麦とかを売ってはどうですこと?」
「それは難しいわね『チャリティーなんだから安くしろ』って言われたら困るでしょ?」
「そうですわね。確かに困りますわ」
私達がお店に行くと、すでに『閉店』の札がかかっていた。
「今日は早く店を閉めたんです」
「ナサニエルはどちらにいらっしゃいますの?」
ミランダも同じ事を思ったようだ。
「今日はきっと戻るのが遅いですから、ここに泊まりましょう。リーザは牧場に戻りたいでしょうが、今日は我慢してください。牧場の仕事は、隣の牧場のジョンにお願いしておきました」
「わかったわ。でも、何でここに泊まるの?」
「ナサニエル君は夜中に戻ると言って出て行きました。しかし、過去に盗賊に出会って羊になってしまったわけですからね。彼の安全が最優先です」
そう言ってから、ミランダを見た。
「レディの部屋に勝手に入って申し訳ありませんが、ミランダの化粧品を持ってきました。これは必需品かと思いますから」
「部屋に入った事は気にいたしませんわ。むしろ、今のようにプライバシーを尊重してくださりありがとうございます。以前の生活にプライバシーはありませんでしたの」
そう言って、籠に入った化粧品を受け取っていた。
私達が寝る時間になっても、ナサニエルは戻ってこなかった。
ベッドに入って灯りを消す。
こんな遅くまで何をしているのだろうか?
どこか行く場所があったのなら、はじめから羊に擬態などせずに、その人のところに行けばよかったのに。
それとも、もしかしたら当初の目的であるワイナリーを探しているのかしら?
このタイミングで?
何のために?
もしかしたら、良いワインを見つけて、それを舞踏会に持って行くためなのかもしれない。
舞踏会の事はわからないけど、もしかしたら何かしらの手土産が必要なのかな。
貴族の事はまったくもってわからない。
そんな事を思いながらうとうとして、気がつくと、眠りに落ちていた。
「……おき……さ……」
何だか声が聞こえる。
「……ザ……ね」
ミランダの声かしら?
「リーザ、早く目を覚ましてください!」
勢いよく布団を剥がされて目が覚めた。
「何?もしかして寝過ごした?」
「違いますわ、もう出かけるそうですわ」
ドアの外からはノックと伯父さんの声が聞こえる。
「今起きたわ」
ドア越しに返事をする。
「ダイニングで待ってますよ。身支度をしてください。でも、髪は結ばないでくださいね。ミランダ、メイク道具も持ってください」
ドアの外で、そう言ったのはナサニエルだった。
戻っていたんだ。
私達は急いで着替えてダイニングに向かった。
時計を見ると、深夜2時。
そこには、いつも通りのナサニエルと、ヨレヨレの服を着たアーネスト伯父さんが立っていた。
アーネスト伯父さんは真っ白な髭をつけており、口元が見えない。
「今から週末のパーティーの下準備に行くそうです。ここから窮屈な思いをしないと行けないのですが、覚悟はいいですか?」
わけがわからないが、「はい」と返事をすると、そのまま建物奥の倉庫に行くように言われた。
そこには、大きなボロボロの馬車があった。
すでに2頭の馬が繋がれている。
ドアが無くて、壁も穴が開き、反対側が見えている。
対面で座る作りの椅子だが、座面もボロボロで、穴が空いていて、さらにその下の骨組みが見えている。
「何?この馬車」
私の独り言に伯父さんは何も言わずに、ボロボロの馬車の御者台にある外れそうになっている留金を120度回して押した。
すると、壁が扉のように開いた。
「これって…」
中は空洞になっている。
「さあ、乗り心地は悪いですがこの空洞に入ってください。これを敷いて、座るなり、寝っ転がるなりした方がまだマシですよ」
そう言って寝袋に近いものを一つずつ渡された。
言われるがまま、私達は中に入った。
そして最初にやった事は、立て付けの悪い隙間から外を見たのだ。
もしも御者がいたら、その背中が見えるはずだ。
こんなところに人が立てる空間があるなんて誰も気が付かない。
御者と背中合わせに座るための座面の部分は中からみると、かなり大きな空間で、膝を抱えて座れる。
通常なら、靴底で踏み鳴らす馬車の底も、実はかなりの空間があり、そこを通って背面に行ける。
背面は狭かったが、馬車の後ろの景色が見える。
これなら、後ろから盗賊が迫っているのが確認できて、それを御者に伝えられるんだ!
狭い空間を一通り見て回ったところで、ナサニエルは、
「ここに立っていては疲れるし、座るよりは寝っ転がった方がラクだよ」
そう言って寝袋のようなものに入ると、すぐに眠った。
……秒殺だった。
きっと1日中何かをしていて疲れたのだろう……イビキがすごい……。
ミランダも、
「城を脱出する時に乗った荷馬車よりもかなり快適ですわね。とりあえず寝ましょう。体力は温存しときませんとね」
と言って、すぐに眠ってしまった。
私は、足元で眠っている2人を無視して、ボロボロの隙間から伯父さんの背中を見ていた。
普段は姿勢のいいおじさんが猫背だ。
きっとこんな所に私達を隠すのは盗賊対策だ。
こんなボロボロの馬車に、大きな白髪の髭を蓄えたおじいさんが御者をしているだなんて、もしも私が発見したら幽霊馬車だと思うだろう。
現に、うとうととした時だった。
どこかから馬の足音が近づいてきたと思っら、「幽霊馬車だー!!」と叫び声が聞こえて、逃げる足音が聞こえる。
それを聞いてクスクスと笑った後で、私はもう一度眠りについた。
次に目が覚めたのは、扉をノックする音だった。
「皆さん、目が覚めましたか?」
窓からさす光が眩しくて目を覚まして、何かに膝を打ちつける。
「いた!」
そして周りを見て思い出した。
そうだ、ボロボロの馬車の隙間に入り込んで眠ったんだった」
そこから這い出て、ミランダが出るのを手伝う。
地面に降り立つと、今私達がいるところは天井の高い何かの倉庫だということがわかった。
「ここは?」
私の質問に伯父さんがにっこり笑う。
「倉庫ですよ。言い忘れました。農場の娘を貴族に変える倉庫です。と言っても何もありませんがね」
「ナサニエル君の計画を実行するのは1日がかりになります。ハイヤリートから、馬車で6時間かかる、アンジーキット市に来ました」
何が起きているかわからない。
すると、伯父さんは、やはり馬車のどこかに隠していたであろう袋を出した。
そこには、改まった感じの男性のスーツと、あの蚤の市でミランダがたくさんカゴに詰めた時に手に取った、派手派手しいドレスが入っていた。
今のところ利用しないからと、洋服ハンガーにかけて、屋根裏に片付けたやつだ。
「みなさん着替えてください。この奥に仕切られた部屋があります。左は女性、右は男性です。とりあえず着替えてください」
言われるがままに部屋に入り、ドレスを着ようとするが、どうやって着ればいいかすらわからない。
「ドレスをドーナツ状に床に置いて、真ん中の穴に飛び込みますのよ」
言われた通りにドレスを置いた。
まるで、脱いでそのまま立ち去ったかのような状態の中を真ん中に飛び込む。
そして肩紐を持ち上げて、ドレスを着用する。
「すごく重い……。こんなの着てみんな軽々しくダンスしているの?」
同じくドレスを着たミランダは微笑んだ。
「これは軽い方ですわ。ビンテージドレスになると、すごく重量がありますのよ」
いつも着ているのは何の飾りもない、そっけない感じの茶色のドレスだ。
それに比べて、この悪趣味なくらい明るい色合いのドレスには、たくさんのフリルが付いている。しかも、そのフリルはレースとかではなく、同じ布でできている。
その上、縫い付けられているパニエも重い。




