ミランダってやっぱり王女様なんだわ
「ところで、ランチの間に、チャリティーDAYについて相談しようよ」」
メリッサの提案で、他のみんなと合流する事にした。
「リーザ、教えていただきたいのですが」
「何?」
「チャリティーと銘打っているということは、社会貢献のイベントですわね。相談という事は何かするのですか?」
「そうよ。クラブ活動の一貫としての行事なの。チャリティーDAY当日は、クラブそれぞれがブースを設けて何らかの活動を行うのよ。その実績に応じて、次の年、クラブの予算が決まるの。そして、最優秀クラブには迎賓館で行われるチャリティーパーティーに招待されるのよ」
私の説明では足りなかったようでメリッサが口を開いた。
「迎賓館へのパーティーに参加するためにドレスの支給があるし、高級ホテルの宿泊もプレゼントされるのよ」
「素敵なイベントですわね」
楽しそうに笑うミランダは話を続ける。
「ここって教会が運営している学校だからね。それとは別に、チャリティーオークションにも出品しないといけないんだけどね」
最後の方、だんだんと声が小さくなってきた。
「オークションに出品した品物を持って、この広場に設置された舞台の上を、品物を見せるようにして歩かなければいけないの。それが恥ずかしいのよ」
「何故、舞台の上を歩くのが恥ずかしいのですか?」
その言葉に私達は苦笑いをした。
「今、製作中の舞台、見た?」
ミランダは振り返り、校庭の建造物を見た。
「いえ。まだですわ」
その言葉に、建造中の舞台を指差す。
「あれはよ。舞台の真ん中から、ランウェイロードが突き出ているのよ。当日は、出品物を持って、観客の真ん中をみんなで歩かないといけないわけ」
そこまで説明しても、ミランダは首を傾げている。
「沢山の視線があっても、皆なら何の問題もございませんでしょう?」
やれやれ、人の注目を浴びるのが日課の王女様にはわからないかぁ。
「私達は目立つのが苦手なのよ」
「ところで、リーザ達は何クラブですの?」
「私達は会計クラブ。もちろんミランダも加入してくれるよね?」
メリッサは楽しそうに言った。
「ええ、よろしくてよ」
「毎年、会計クラブは、数独のシートを作ったりして、娯楽を提供するの」
その言葉にミランダは笑顔のまま頷いた。
「それは、どなたかのチャリティーになっておりますの?」
「痛いところをついてくるわね。クッキーとかを販売して収益を上げて、それを寄付に充てるクラブもあるけど、ウチのクラブは、あくまで楽しんでもらうのが目的」
「わかりました。ではオークションでは何を出しますの?ちなみに、それは会計に関係していないとダメなのですか?」
「会計に関係していなくてもいいのよ。でも、私たちは毎年、『算数が好きになる数字パズル』を出品しているのよ」
「そうなんですね?それで算数を好きになった子はたくさんいますの?」
そこで、全員が無言になった。
「いえ。……いつも、スタートの価格から値段が上がらないの」
「では、残念ながら人気がないのですね」
その言葉にみんなで顔を見合わせた。
「まあ……率直に言うとそうなるわね」
皆、少し俯きがちで何も声を出さないので、私が代表して答えた。すると、にミランダはにっこり笑った。
「今回のイベントはチャリティーで、売上は全額寄付なのですわね?」
「そうよ……ただ、毎年、会計クラブの寄付はあまり多くはないけどね」
「皆様は毎年頑張っているはずですのに。何故、それが他の方々に伝わらないんでしょうか」
その声には強い悲しみが宿っていて、まるで私たちの気持ちを代弁しているようだった。
「そうよ!何でみんなに伝わらないのかしら」
私達は口々に思いを言い合った。
みんなが同時に話し出して収集がつかなくなった時だった。
「皆様方のお気持ちはお察ししますわ。努力が報われていないなんて悲しいですもの。それなら、もう一歩踏み込んで努力してみません事?」
魅力的な瞳で、そう言うミランダに私達は釘付けになった。
「踏み込むって何をするの?」
いつのまにか私達はミランダに仕切られていた。
そう気づいた時にはもう遅かった。
チャリティーブースの出し物も、オークションの出品の品物も変更する事になってしまっていた。
ミランダは言葉やボディーランゲージで人を誘導するのがすごく上手い。
王女様って、豪奢なドレスに沢山の取り巻きを従えて、その地位を持ってして、誰にもノーと言わせないようにしているのかも思っていた。
言い換えるなら、皆イヤイヤ言う事を聞いているのかと思っていた。
しかし、気がついたら、ここにいる全員が、自らの意思でミランダの言う事を聞いているのだ。
そして、そのままの勢いで、数時間後、みんなでアンケート用紙を作って配っていた。
なんでだろう。
毎年、チャリティーDAYには、数独のシートを配るブースを作って、そして、数字パズルをオークションに出品するのが会計クラブの伝統だったはずだ。
なのに、私達がその伝統を壊そうとしている。
って思った所でもう遅い。
アンケートを配ってしまったのだもの。
何だか複雑な気持ちになりながらも、学校の方を見ると、今いる場所から、ふと、ある教室が目についた。
そこは、色々な学年の子に先生が勉強を教えている真っ最中だった。
私の視線にメリッサも気がついた。
「あれって、転校生のクラスだよね」
そう言われて頷く。
「他国からやってくる転校生は、文字が読めなかったり計算が出来なかったりするけど、母国では教えてもらえなかったのかな?」
その言葉にミランダが反応した。
「この国では、すべての国民に教育を受けさせていますけれど、世界を見ると、そうではない国の方が多いのです」
そう言いながら笑っているが、笑顔からは悲しさが覗いている。
「教育ってすごくお金がかかりますのよ。10歳くらいになりますと、それなりにお仕事が可能でございましょう?ですが、仕事を禁止して勉強に向かわせるのですよ。その分、労働力が減るのです」
声からは哀しみが感じられる。
「そっか。もしも私が毎日仕事に行ってお給料をもらっていたら、ウチの生活はもっとラクになるものね」
そう言いながら、メリッサは穴の空いたブーツを眺めて笑う。
「労働よりも、教育を取るってなかなか出来ることではありませんわ。この国はすごく裕福な証拠なのですわ。羨ましい限りです」
校庭から見える教室を眺めながら、ミランダはつぶやいた。
きっと王女としての苦悩があるのだろう。
「だから、そんな国にいて私達幸せですわね」
打って変わって明るい声を出すミランダを見て、私も微笑む。
「今ああやって勉強している子達も、きっとすぐにいなくなっちゃうんだろうね」
メリッサの言葉に私はうんうんと頷いた。
「何故、すぐにいなくなりますの?こんないい制度ですのに」
ミランダは驚いている。
「理由は色々ね。しばらくこの街に滞在して、違う街に引っ越してしまう子が一定数いるわね」
「でも残念ながら、突然、来なくなっていなくなっちゃう子もいるわね。学校なんて制度のない国から来た子にすれば、きっと窮屈なんでしょうね」
「確かに。出稼ぎ目的で入国しても、強制的に学校に入れられて、しかも市民税まで取られるなら自分の国に帰った方がいいものね」
私達の言葉をミランダは黙って聞いていたが、納得してはいないようだった。
夕方、アンケートを配り終えてアーネスト伯父さんのお店に行く。
あの宿屋の近くを通る時は警戒しながら通る。
やっぱり何だか胡散臭いけど、そちらを見ないように息を潜めてミランダと通った。
そして、伯父さんの雑貨店に着くと、あと1時間で閉店だというのにまだ意外と人がいた。