ミランダ学校に行く
宿題をするのにダイニングに向かうと、そこに父さんがやってきた。
「ミランダがこの国で身分を偽っているのは何故だかわかるか?」
「……わからない」
「ミランダを国外に逃して、『血の確保』をしているんだよ。もしも、国内で戦っている王族が全員投獄されたり、殺されてしまった時に備えているんだよ」
「そんな。じゃあ、ミランダは、家族が全員いなくなった場合、女王として即位するためにここにいるの?それって……ミランダはわかっているの?」
「もちろんだよ。彼女は賢いからね。だから、ミランダを出来るだけ守ってあげて欲しい。彼女は他国とはいえ王族だから、タブロイド紙なんかで彼女の顔を知っている人もいるかもしれないから、用心しろ?」
「わかったわ。それには、彼女を甘やかさない事が一番かもしれないわね」
「そうだな。明日から学校だから気をつけてくれよ」
こっそりと約束をした。
この事は心に留めておかなくちゃ。
色々な事を考えすぎて寝不足で目が覚めた。
学校ではミランダにどう接していいのか。
そして、家には状況を知らないナサニエルがいるけど、どうしていいのか。
ナサニエルは、やっぱり大きな商会で働いているだけあって、こちらの事情を察しているのか何も聞いて来ない。
空気を読むことができるから、まだ助かっているし、ナサニエルの身分が保証されているから父さんも家に住む事を許可したんだろうし。
あー考えれば考えるほど何も思い浮かばない。
寝不足のまま、まず、羊の放牧に行くために、着替えて、いつものように髪をお団子にした。
それから外に出て、いつもの仕事をする。
その間にミランダは、昨日染めたブーツと、古着で買ったドレスを着て、メイクをするというのだ。
戻って来ると、すでに着替えと髪のセットは終えていた。
クラシカルなデザインのチェックのドレスに、綺麗に編み上げた髪、そして、昨日買った、青や黄色の化粧品を何種類も使って、自然なメイクを仕上げていく。
ドレスは昨日、レースなどの飾りを取ったおかげで、すっきりとしているし、アイロンがけのおかげで、布地に張りがあり、すごく洗練させて見える。
不思議だけど、気品さえ感じる。
それをあんぐりと見ていると、ミランダは鏡越しににっこりと笑った。
「王族って侍女にメイクしてもらうのかと思ってたわ」
「ええ。普段はそうですけど、他国に外遊に行ったりすると、侍女が入れない場所もありますのよ。ですから、身支度は一通り出来ますの。リーザはメイクしませんの?」
「ええ。そう」
昔、メイクを笑われてから、なんとなく恥ずかしくて出来なくなってしまった。
誰に言われたのかも忘れたけど、当時、買ったばかりの真っ赤な口紅を、つけて行ったら、唇のオバケのようだと言われたのだ。
「そうですわ。これを、引き出しから見つけましたの。これ、お使いにならないんですの?でしたら私が頂いてもよろしいですか?」
コツン、と音がしてドレッサーに置かれたのは、昔初めて買った、あの真っ赤な口紅だった。
「うん。えっとー私のじゃないから。確かね……あの、貰ったの。そう!友達に貰ったの。だから、使っていいよ」
「そうですか。では使わせていただきますわ」
ミランダはそう言うと、やはり、昨日買ったいろんな色の物を混ぜて上手にチェリーピンクの口紅を作った。
「魔法ね!」
驚いていると、ミランダが笑った。
「色は、赤と、青と、黄色でできていますの。それさえわかっていれば、どんな色だって作れますわ。さあ、侍女風メイクの完成ですわ。私の侍女をしていたミリアのメイクを真似しましたの」
確かに目立たない顔立ちに仕上げているけど、でも完璧だった。
それからアーネスト伯父さんの朝ごはんを流し込むように食べて、伯父さんの馬車に乗って学校に向かった。
もちろん、ミランダは同じクラスに転校になった。
この街は、労働者の玄関口だから、転入、転出が激しい。
転校生は年中いるので、みんなあまり気にも止めない。
今日も、ミランダ以外にも数名の転校生がいるようだ。しかし、同じクラスに転入してきたのはミランダ1人だった。
ミランダを見た途端、シルヴァ達は鼻で笑った。
今日のミランダは、ダークブラウンに染めた髪を綺麗に結い上げて、古いデザインのチェックのドレスに、フルメイク。
しかし、牧場の娘特有の黒いブーツだ。
「はじめまして、ミランダですわ」
その立ち方や、話口調が王族そのものなので、チグハグな印象を受ける。
もしかしたら、真実を知らない人からしたら滑稽に見えるのかもしれない。
クラス中がバカにするようにクスクスと笑った。
しかし、ミランダは全く動じずに私の隣に座ると、早速メリッサと挨拶を交わした。
「貴族みたいな話し方ね。みんな馬鹿にするからやめた方がいいわよ」
メリッサは心配そうに言った。
しかし、ミランダはにっこり微笑む。
「馬鹿にされても気にしませんわ。私は私ですもの」
その魅了するような微笑みに、メリッサは驚いて、そして笑顔を見せた。
「ミランダって面白いわね!さすがリーザの親戚」
「お褒めいただき、光栄ですわ」
コソコソ話を終えると、ミランダは目を輝かせて授業が始まるのを待った。




