アーネスト伯父さんが引っ越してきた
「じゃあまたね、リーザ」
「ええ」
返事をする自分の顔がこわばっているのを感じた。
ダレルがエスコートするようにしてヘイリーと歩いていく後ろ姿を見ていると、なんだか悲しいようなムカつくような、なんとも言えない感情が湧き上がってきた。
「あの2人は、リーザとどういったご関係?」
「そう。男性はダレルって言って、幼馴染なの。女性はヘイリー。鉱山を所有している財閥の娘なの。私には反論する材料が……ないのよ」
ミランダは私を見て、それからもう一度2人の背中を見た。
「わたくし達と張り合ったって、何の徳もありませんのに」
「そうね。行こっか」
「もう少し、お買い物はできませんの?」
「まあ出来るけど……」
「では、ヤーンさんのお店に戻りたいですわ」
「もしかして、あの薄汚れたカップが欲しいの?」
「ええ!大変気に入りましたの」
やっぱりミランダのセンスはわからない。
ヤーンさんのお店に行くと、まだ店じまい前だった。
「やあ、お嬢さん。何が欲しい?」
「このカップはおいくらですの?」
そしてミランダはあのカップを買った。
カップのおまけとして、色が変色した、大きさは50センチくらいで、首がぐらぐらした女の子の人形がついてきた。
木箱に入っているが、その木箱もボロボロだ。
2人で重たい籠を持って父さんの馬車を待った後、ゆっくりと荷馬車に揺られて帰った。
すると、すでに伯父さんとナサニエルが家にいた。
「ねえ、何で2人ともいるの?しかも私達よりも早く」
「それは、私の馬車を使ったんですよ。これからは、この家の警護を厳しくしないといけません。ミランダが住むわけですからね」
アーネスト伯父さんの言葉にため息を吐いた。
この狭い家に5人暮らしになるって事?
しかも、口うるさいアーネスト伯父さんがずっと一緒だ。
「楽しくなりますわね」
ミランダは嬉しそうにそういったが、普段、父さんと二人暮らしの時は、食べ物は適当だし、もちろん手掴みで食べたりもする。それに、扉は足で閉めるし。
でも、その全てを、アーネスト伯父さんに知られたら殺される!
その点については父さんも同意見のようで、困った顔をしている。
「アーネスト!そんなの私の相談もなく…」
「アーサー。君だけでレディ2人を護れますか?」
父さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私は大丈夫よ。伯父さんも知ってると思うけど、私、結構強いのよ。だから父さんに、ミランダの安全だけを気をつけてもらえれば大丈夫」
「何度か練習風景を見せてもらいましたから強いのは知っております。しかし、あれではまだまだですね。それに、練習と実践は違いますよ?あの警戒すべき怪しげな連中は、まだこの街に居座る気のようですからね」
まずい。
これは本当にここにいる気だ。
伯父さんとずっと一緒は、マナーや言葉遣いに気をつけないといけないから、何としても帰ってもらいたい。
これなら、真面目に練習しているところを見せればよかった。
父さんを見ると、何かを考えているようだ。
「アーネストの言う通りだ。私1人では確かに心許ない」
父さん!!
ダメダメダメ。お断りしてよ。そう、目で訴えかけるが、気がついてもらえなかった。
「では、今日からよろしくお願いしますね。私達が滞在する部屋は勝手に準備させてもらいましたよ」
伯父さんはにっこり微笑んだ。
「それはどう言う意味だ?」
「先日はリビングで寝泊まりさせていただいておりましたが、アーサーの書斎を整理して、そちらに滞在させてもらうことにしました。それから、物置代わりになっている応接間も整理しました。こちらはナサニエル君が滞在します」
確かに、我が家は広いリビングがあるので、そちらにお客さんを通している。
それに、応接間にご案内するようなかしこまったお客様なんて来ない。だから、物置と化していた。
でも、この短時間で二部屋も掃除をしたなんて本当かしら?
そう思ってまず、応接間にみんなで行ってみた。
すると、沢山の物に埋もれて見えなかった応接セットがそこにあった。
荷物でグチャグチャな部屋だったはずなのに、どこからどう見ても綺麗な応接間だ。
私と父さんが、荷物を放り込んでいた部屋を綺麗にしてくれたなんて。
ちょっと後ろめたさを感じる。
普通の応接間に戻ったのだから感謝しないといけない。私と父さんでは永遠に掃除なんてしなかったっだろう。
ただ、奥にベッドがあるけど。
どこから持ち込んだベッドなんだろう。でもそこは聞いてはいけない気がする。
「こんな短時間でこんなに綺麗になったの?」
驚いてそう聞くと、ナサニエルは頷いた。
「いらないものを見極めて、捨てる準備をしたよ。必要であろうと、考えられるものは、納屋に収納してあるよ」
ナサニエルの言葉に驚く。
「なんで、そんな事ができるの?本業はお掃除屋さん?」
私の言葉に、ナサニエルは声を出して笑った。
「違うよ、商会に勤務しているだけだよ。ただ、沢山の商品を扱う身としては、整理整頓は得意分野だよ」
次に、書斎に向かった。
書斎も父さんの書類や本で散らかり放題だったはずなのに、綺麗になっていた。
「蚤の市を出発したのは私達より後のはずなのに、何故、先に到着して、掃除までできるわけ?」
私達が散らかり放題にしていた応接間や書斎が、短時間で違う部屋に変貌していて、びっくりして声が裏返ってしまった。
「アーサーは安全のために、遠回りでも見通しの良い道を通ると踏みまして、私たちは森を抜ける最短の道できました。では食事の準備をしますね」
アーネスト伯父さんは得意げに答える。
それに対して、父さんは苦笑いをした。
これからは、気を抜いた生活が出来ないことに失望しながら、荷物を自分達の部屋に運び込んだ。
その後、ミランダがブーツを持って部屋を出ていく。
「どうしたの?」
「このブーツの色を変えるのですわ」
「そんな事できるの?」
「ええ。よくやりますわ。元々あまり資金のない王室な上に、我が父は王弟ですから、毎年の予算が潤沢なわけではありませんの。ですから、プレゼントなどは色や形が気に入らなくてもお直しをして着用しますのよ」
「王族なのに、そんなことを?」
「元気だったお爺様が他界して、伯父様が国王として即位しました。その頃から王家の予算は削られるばかり。しかも、その伯父様は即位する数年前から命を狙われ続けておりますのよ」
「そんな大変ね」
「私は、王弟の娘として、与えられた職務を全うするだけですわ。今の私に与えられております任務は、身分を偽って過ごすことですもの。頑張りますわ」
その言葉や笑顔に、強い意志を感じる。
同じ年齢くらいなのに……。
今はミランダの希望を叶えてあげようと、ダイニングにいるアーネスト伯父さんとナサニエルに声をかけた。
「革製品の色の変え方?知ってるよ。長年、商会に勤めているからね」
ナサニエルに手伝ってもらいながら、納屋で、皮のブーツを染めていく。
「ブーツ、3足も染めるの?多くない?」
「これは、わたくしのブーツ2足と、リーザのブーツですわ」
「どうやって染めるの?」
私の質問にナサニエルは納屋の中を見回して釘を拾った。
「お酢と錆びた釘を使うよ。ここはやっておくよ。すごい匂いがするからね」
私達はナサニエルにお願いをして部屋に戻った。
「それから今日買ったドレスの裾や袖口に付いているレースを外しませんといけませんわ」
「何で?そのレースがきっと、その服のポイントなんでしょ?」
「今はクラシカルな服装がトレンドですけれど、当時の服装のままでは、ただの仮装になってしまいますの。今は、レースやヒラヒラした物がついていると、失笑されますわ」
「クラシカルな服がトレンドだなんて、あまり服装に興味がなくて」
「ご存知ないのですか?なら教えて差し上げますわ。最近のトレンドですのよ」
そう言いながら、ハサミでレースを外すと、そのレースを上手に薔薇のコサージュに作り替えていた。
「器用ね。レースの薔薇ってすごく素敵ね」
「この服は、いい生地を使っていますし、仕立ても上等ですわ。ですから、当然レースも上等ですから大切に使いませんと」
そう言った後、アイロンが欲しいと言った。
ウチにはアイロンなんてないわ、と思ったが、アーネスト伯父さんの荷物の中にちゃんと入っており、これから毎日伯父さんがアイロンをかけてくれる事になった。
王族って、ただ綺麗な服を着て、毎日パーティー三昧かと思っていたけど、結構大変なのね。
そう思って見ていたが、ふと、不安になってきた。
ミランダの行動と言動は不審極まりない。
「明日から学校に行かないといけないけど、何でも不用意に発言しないでね」
「まぁ!学校ですか?楽しみですわ。私、行った事ございませんの」
「ええ?じゃあ、どうやって勉強していたの?」
「家庭教師の先生ですわ。本当は来年からアカデミーへの入学が許される年齢ですのよ」
「アカデミーね。ところで、ミランダって何歳なの?」
「わたくし、14歳ですの」
「え?3歳も下なの?あまりにもしっかりしているから同じ年齢かと思ったわ」
私は16歳からのクラスだけど、ミランダは14歳からのクラスになる。それに不安を感じたけど、それは取り越し苦労に終わった。
なんと、父さんが入学許可証の書類に、ミランダの年齢を17歳と書いたのだ。
夜、ミランダはあの不気味な人形を飾ってから、満足そうに眠った。
部屋には境界線を引いて、半分からこっちには荷物を置かない事になっている。
それにしても不気味だから、アレは見ないようにしよう。
宿題をするのにダイニングに向かうと、そこに父さんがやってきた。
体調の関係で投稿が滞っていて申し訳ありません




