お腹の空いた羊
本日2回目の投稿です
小屋の入り口を見てびっくりした。
なんと、あの不思議な枯れ草の塊が最前列にいるのだ。
「羊ちゃん、えっと…ミートパイ持って来たよ」
そう言ってお皿を地面に置くと、あの枯れ草の塊が羊達を威嚇しながら前に出て来た。
そしてミートパイを咥えると、丸まった。
多分、枯れ草の中に丸まって手でパイを持って食べているのだ。その証拠に、足元には、両手に持っていた棒が落ちている。
こちらに背を向けて、すごく一生懸命に食べているので、まだ私が目の前にいる事に気がついていない。
「美味しい?」
私の言葉に一瞬、動きが止まった。
そしてこちらを振り返る。
その動きはゆっくりこちらの様子を伺うような感じだった。
足元に転がった『前足を擬態するための棒』はそのままだ。
笑い出しそうになるのを我慢して、枯れ草の塊の挙動不審な動きを観察する。
もう変装している事を忘れてしまうくらい一生懸命食べていたのかしら?
「羊だって返事くらいするわよね?冬になると『干し草は食べ飽きた。早く春にならないかな』っていうものね?」
その言葉に、枯れ草の塊の中の人は微動だにしない。
「ねぇ?羊ちゃん、美味しいは?」
しばらくの沈黙の後だった。
「……お…い…し…い……」
その声はすごく小さくてやっと聞き取れるくらいだったけど、甲高い声だった。
女性だ。
しかも外国訛りがある。
「ねぇ羊ちゃんって……もしかして、外国人?」
その質問に少し、枯れ草が動いた。
頷いているのかしら?
「それって、『はい』って事?」
そう聞きながら、地面に『はい』と『いいえ』と書いてみる。すると、枯れ草がちょっと動いて、『はい』の方に小石が転がって来た。
石は見事に『はい』に止まった。
「羊ちゃんは今日から牧場にいるの?」
すると、『いいえ』の方に石が転がって来た。
「昨日から?」
『はい』の方へ石が転がってくる。
昨日からこんな不審な人がいたなんて気が付かなかったわ。
「羊ちゃんは旅をしているの?」
その質問に枯れ草が震える。そして、『いいえ』の方に小石が転がって来た。
旅をしているわけではないのに、外国に来るってどういう事だろう。
「もしかして、誰かに連れてこられたの?」
無理矢理、誰かに連れてこられたのかもしれない。そう思ったけど、また、『いいえ』に小石が転がって来た。
そしてここで疑問に思う。この羊の中の人はこの国の言葉を知っているのだろうか?適当に小石を投げている?
「背中に乗せているのは、枯れ草?」
『はい』
「昼間は雨降ったね?」
『いいえ』
「晴れてた?」
『はい』
「言葉わかる?」
『はい』
「適当に石投げてる?」
『いいえ』
言葉わかってるみたい。
と、いうことは連れてこられたわけではなく、自分でこの国に来たのかもしれない。
ここは国境沿いの街だから、よくこの国に来ている人なのかしら?
「ヤムシリンド国は初めて来たの?」
『はい』
こんなに言葉がわかっているのに、『はい』なんだ。少しびっくりして、次の質問を考えてみる。
明らかに身を隠している。
「もしかして、誰かに追われているの?」
その質問には石を投げてはくれなかった。答えたくないんだ。
つまり追われているという事なのかもしれない。
「隠れているの?」
『はい』
「明日もこの牧場にいる?それなら朝ごはんを持ってくるわ」
すると勢いよく『はい』に石が転がって来た。
「わかったわ。私、そろそろ行くけど、寒くない?寒いなら私のお古にはなるけどコートを持ってくるわよ?必要?」
『いいえ』
そっか。もしかしたら枯れ草の下にコートを着ているのかもしれない。
「また明日ね。おやすみ」
空のお皿を持ち、そう伝えると、私は羊小屋の戸を閉めた。
家に入り、お皿を洗っていると、父さんが戻ったところだった。
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま。今日は隣町まで小麦の運搬に行って来たよ。早いところはもう冬支度を始めていた」
そう言いながら、ポケットからキャンディの瓶を出してテーブルの上に置いた。
「お土産物だよ」
小麦の運搬の日はいつも瓶に入ったレモンキャンディーを買って来てくれる。これは私の好物。
「ありがとう!」
夕飯の準備をしながらお礼を伝える。
「おや?いつもよりミートパイが一個少ないな」
思わずお皿を洗う手が止まる。
「一個焦がしちゃったから、チェットにあげたわ」
そう言いながら、戸口に座っている牧羊犬のチェットを見た。
ごめんなさいチェット、そう心の中で謝りながら。
「チェット、先に味見をしたのか?美味しかったか?」
「ワン!」
名前を呼ばれたチェットは返事をした。
父さんは疑問に思っていないようだ。よかった。羊小屋の女性の事は知られてはならない。
融通の効かない父さんなら、あの女性を見つけるときっと街の騎士団に連れて行ってしまう。そして『この女性の力になれ』って言うだろう。
もしかしたら、そんな目にあったから、あんな枯草を体に纏って隠れているつもりなのかもしれない。
だとしたら騎士団に連れて行くような父さんに、羊小屋の女性の存在を知らせてはいけない!
そう心に決めて、平静を装うといつものように晩御飯を2人で食べた。