ナサニエルの身元が保証される
ベットメイクが終わった時だった。
「リーザ、ミランダ、蚤の市に行こう」
父さんが家の前に荷馬車を出していた。
その後ろにはナサニエルが乗っている。
無精髭は剃って、栗色の髪はとかしていた。
ナサニエルの瞳は綺麗な碧色で、鼻筋の通った整った顔をしている。
昨日はボサボサな髪に無精髭で気が付かなかった。
「身元が保証されたの?」
「はい。会頭が保証してくれたようです。助かりました」
誰も来ていないはずなのにどうやって保証されたんだろう?
あまり細かいことは聞かない事にする。
「そうだよ、檻に一晩閉じ込めて申し訳なかったね」
父さんは苦笑いをして答えてくれた。
「サイズが合わない服と靴を身につけているのはミランダだけじゃない。ナサニエルも私の服が合わないようだから、みんなで蚤の市に行こう」
ナサニエルをみると、父さんの服が小さいようだ。シャツもズボンも短くて、靴は踵を踏んでいる。
「改めて自己紹介を。ジェラルド商会のナサニエルです。『ナサニエル』とお呼びください」
握手をするために手を出してきた。
だが、ミランダは手の甲を見せるようにして差し出している。
「ミランダよ」
すると、ナサニエルは、あっ!という顔をしてその手を取り、膝をつく真似をした。
きっと貴族の礼なんだろう。
それから私のほうに手を出してきた。
「リーザ。そう呼んでください」
そう言って手を握った。
ナサニエルもあまり年齢は変わらなさそうだ。
ジェラルド商会といえば、世界中に支店を持つ大きな商会だ。そこで会頭から頼まれごとをするなんて、きっと優秀なんだろう。この人懐っこい笑顔が効くのかもしれない。
それに比べて私の笑顔はちょっと引き攣っている。そして、ミランダは庶民には見えない。
偉そうだ。
「ミランダ、普通は握手をするものなの」
「え?そうなんですの?存じませんでしたわ」
「買い物ってした事ありませんわ。楽しみです」
ミランダは無邪気に笑っている。
「買い物した事ないって、それも誰にも言わないでよね」
何をしでかすかわからないから、ミランダの行動は見当がつかない。なんでも言わないように釘を刺しておかないと。
「お二人ともワケアリのようですね。僕は何も聞いてませんし、何も言いませんから、安心してください」
ナサニエルは作り笑いを浮かべた。
「ミランダ、買い物した事がないって事はお金って知ってる?」
「お金?貨幣の概念は存じておりますが見た事はありませんわ」
「貨幣の概念ね……」
なんとなく嫌な予感がして聞いてみたけどやっぱりだった。
「欲しいものがあっても、お金を払わないと自分の物にはならないの。だから、勝手に持って行ったり、受け取ったりしてはダメよ」
「わかりましたわ」
なんだか不安だけど、ミランダから目を離さなければいいだけだ。
私の心配をよそに、ミランダは初めて見るであろう田舎町の景色を興味津々で眺めている。
馬車を停めて、馬を繋ぎ、蚤の市までみんなで歩いた。
ナサニエルは背が高い上に、優しい物腰で、女子人気が高そうだ。現に、すれ違う女の子達が振り返る。
ちょっと癖毛の髪は、金髪の混ざったブラウンへあーで、目はヘーゼルナッツ色。そして、背の割に顔は小さく、少年のような顔立ちなのに幼さは一切感じない。
「さあ、蚤の市に着いたよ」
そこは、街のメインストリートいっぱいに青空市場が並んでいた。
お店は、区画料さえ払えば誰でも出せる。
そのため、自分が作った物や、自宅にあるいらない物などを売るお店も沢山ある。
当然、古着屋さんも。
「ウチは裕福じゃないから、申し訳ないけど、安い服、もしくは古着で我慢してもらう事になるよ」
ナサニエルと、ミランダは頷いた。
「じゃあリーザは、ミランダの服や靴、日用品を選んで?残ったら好きなものを買ってもいいよ」
そう言われて、お金を渡された。
確かに、服は1着あればいいわけではなく数着必要だし、靴も、今応急処置で履いてもらった靴は穴が空いているから、新しく買わなければいけない。




