羊ちゃんの告白
「師匠!やっと見つけた!!」
今にも泣き出しそうな声で父さんを見ている。
「ん?君は……誰だ?」
父さんには思い当たる人がいないようで怪訝そうな声を出した。
「師匠ぉ!そんな声出さないでくださいよ!僕ですよ、ジェラルド商会のナサニエルですよ!最後にお会いしたのは4年前ですけど、アーサー師匠はいつも、バーナンキ連邦国に来ると寄ってくれるじゃないですか!」
「ナサニエル?」
「そうです!会頭のお世話係のナサニエルです。最後にお会いした時は、会頭と共に商談で5カ国を周るからと、護身術を教えてくださったじゃないですか!そして、『師匠と呼べ』といったじゃないですか!」
父さんはしばらく考えてからナサニエルを見た。
「ナサニエルとは4年ぶりだね?だが、私の知っているナサニエルは、今の君の半分のサイズだ。だから、君が本当に会頭のお世話係なのか質問だ。会頭が朝起きてからする事は?」
「そんなの決まってるじゃないですか!『会頭体操』ですよ」
と言いながら、足をぴょこぴょこと動かして、右往左往するように檻の中を滑稽に動き回る。
「正解だ!その動きは本物の会頭体操だ」
え?あの滑稽な動きが体操なの?
「仮に、君がナサニエルだと信じたとしてだな。こんなところで何をしているんだ?そんな格好をして」
ナサニエルくんは泣きつくように檻に手をかけた。
「聞いてくださいよ。私は会頭から、この国の複数のワイナリーとの契約を交わすように命を受けてやってきました」
「なるほど。若い君に託すという事は、君はよっぽど優秀なんだね」
「褒めていただかなくても結構です。だって、お金と、銘柄を書いた紙、何もかも追い剥ぎに取られたんです」
泣き声にも似た声で切々と訴えてくる。
「会頭のご希望のワインの銘柄とワイナリーは複数ありまして。そんなに覚えられませんし、全て契約するまでは帰れません……。かくなる上は、唯一、会頭が一目置いている師匠のお力を頼ろうと……」
「そんなに大変な事になっていたのはわかった。では何で、枯れ草の塊に身を隠して、我が娘に餌付けされていたんだ?」
「それはですね……。師匠の住所が、過去に会頭の手紙の宛名にあったのは覚えていたんです。国名と、ハイヤで始まる町の名前。そして牧場に住んでいるということで、なんとかここに辿り着いたんです。で、いざ、師匠の顔を見ると、何と切り出していいか分からずに……」
「悩んでいる間、娘に餌付けされていたのか?」
「ええ。まぁ、そうなりますね」
父さんはその返事を聞いてこめかみを抑えた。これは父さんが呆れた時の仕草だ。
「わかった。今はいろいろあって、君の身元確認ができるまではこの檻から出してあげられない。なにせ4年ぶりで雰囲気が全く違うからね。とりあえず、会頭に手紙を書いて確認してみよう」
「ありがとうございます!!ところで、その色々って師匠の後ろのオバケの仮装をした人に関係あるんですか?」
このナサニエルって人は空気を読まずに王女殿下の事をお化けの仮装した人って言っちゃった。
あーあ、王女殿下は怒りでワナワナしている。
「なんて失礼な者ですか?わたくし、こんな輩、存じ上げませんわ」
その声はかなり怒っていた。
「ところで、ナサニエル。その袋は何が入っている?」
「あっ、これですか?中を確認してもいいですよ?」
父さんは、檻の隙間から差し出された袋を受け取ると、中を開けた。
そこには木製の蛇にドクロ、手乗りサイズの馬など、木でできたおもちゃが沢山入っていた。
そのどれもが精巧に作られていて、細かな細工が施してある物も混ざっている。
「これは?」
「身を潜めている時に自分で作りました。唯一の特技なので」
そう言って、ナイフを見せたので、父さんはすかさず没収した。
「とりあえず、これは預かる。君がナサニエルなのは間違い無いと思う。しかしながら、身元確認ができるまでは、この納屋の檻の中にいてもらうよ」
「わかりました。師匠、ありがとうございます!」
「じゃあ後で私の服を貸そう」
「師匠、ありがたいのですが、羊にくっついていた方があったかい……」
寒そうに震えるナサニエルを見ながら、父さんはまたこめかみを押さえた。
「応急措置だ。これを着てしばらく待っててくれ」
父さんは上着を脱ぐとナサニエルに渡した。それから私たちはダイニングへと戻った。
「アーサー、わたくしの寝室はどこなの?もう疲れたので、ディナーは部屋に運んで欲しいの」
そう言ってミランダ王女殿下はソファーに姿勢よく座った。
「ミランダ王女殿下、お伝えしないといけない事があります。それは、あなた様は今から身分を隠してここに住まないといけないという事です」
「それは存じておりますわ」
「では、正直に申し上げます。普通の家に使用人はおりませんので、自分のことは自分でなさってください。そして、今から貴女は、この牧場にしばらく住むリーザの従姉妹というふうに振る舞っていただきます」
「わかりましたわ。では、わたくしはどうすれば?」
「ここからは、君はただの女の子で、私たちに私達は貴女に敬意を持った態度を取らないという事だ。そして君も、リーザと同じような言葉遣いや、服装をしないといけない」
「?わたくしはリーザさんとどこか違うのでしょうか?」
「庶民はそんな絹の服は着ないから、明日からリーザの服を着て過ごしてもらうよ。その話し言葉も直すように努めてくれ?それから、リーザの学校への編入手続きもしないといけないね」
「わかりましたわ」
ミランダ王女殿下の態度は毅然としている。でも肩が少し震えていた。




