父さんの正体と、王女様がウチに来た理由
「リーザ、隠していて悪かった。普段から不在にしているのは、小麦の運搬じゃない。私の本当の仕事は、どこの国にも所属していないプロテクトプロという名前のシークレットサービスだよ。各国の要人からの依頼を受けて任務を遂行する仕事をしている」
初めて聞く父さんの職業に困惑する。
父さんはどちらかというと、ちょっとドジなところがあって、よく川に落ちたり、木に引っ掛けて服を破いたりするような人だ。
そんなはずはない。
「それが仮に事実だとして、父さんはドジな方だから、ここまで王女様を連れて来たのは別の人なんだよね」
「残念ながら違う。私は危険地帯にも行かなければいけない特殊部隊にいるんだ。私が所属しているのは世界的な組織だ。仲間は色々な国に散らばっている。今回は、極秘に行われたクーデターの混乱の中から、ミランダ王女殿下を危険のない地域に避難させて、安全とわかるまで保護する事だよ」
言葉を失った私はただ茫然と立ち尽くした。
出張は危ない地域に行くことを指していたんだ。
そんな命の危険が伴う仕事のくせに、娘の私には何も伝えてはくれなかった。
父さんが生傷が絶えないのは、ドジで馬車から落ちたり馬に蹴られたわけじゃないんだ。誰かを守って受けた傷なんだ。
たった2人の家族なのに何も言ってくれなかった事に怒りが湧き上がって来た。
「リーザ。本当の事を知ってしまうと危険なんだ。アーネストとリーザが普通に生活してくれたお陰で、私の正体がバレずに済んでいるんだよ」
「じゃあアーネスト伯父さんも父さんの仕事を知ってたのね?」
「ええ。リーザを守るためには、知らない事が一番の守りなんです」
「この仕事については、いつかリーザにもわかって欲しい。だが、今は私達の話をしてる場合ではないよ。ここから無期限で王女殿下を匿わなければいけないんだ」
父さんはそう言って少し考える素振りを見せる。
「無期限?」
「そう。フランカ王国に安全が訪れるまで。安全だとわかる時は皇太子殿下が皆の前である決まったスピーチをした時。それまではフランカ王国に残っている皇太子殿下や王族が、一丸となって危険分子を排除するのに努める」
「それがいつまでかかるかわからないのね?」
「ああ。今、フランカ王国では誰を信用していいかわからない状態だ。昨年、国王陛下が亡くなった。現国王は3年間喪に服した後、戴冠式を行うが、その間に起きたクーデターだ」
私はどうしていいかわからずに王女殿下を見た。
ミランダ王女殿下は毅然とした態度でいる。しかし、本当はさぞ不安だろう。
「国王陛下がまだ国にいるなんて不安でしょう?もしも私なら、父がそんな所にいたら不安でたまらないわ」
私の言葉にミランダ王女は一歩前に出た。
「リーザさん。わたくしの父は元国王陛下の弟なのです。国王陛下も父も、この混乱を鎮めることに尽力しています。今、私にできる事は足手纏いにならないように身を隠す事ですわ」
父さんはそんな気丈に振る舞う王女殿下を安心させるために、にっこりと笑う。
「ここは街のはずれだから貴方様のお姿は誰にも見られてはいません。ここには怪しい人はいませんから安心してください」
私も勢いよくウンウンと頷いた。
……頷いたが、だんだんと動きが鈍くなる。
怪しい人が……いる!
「父さん、言いにくい事なんだけど」
私はモゴモゴとはっきりとは話せない。
「どうした?いつもの勢いあるリーザはどこに行ったんだ?」
「実は、大変言いにくい事実があるの」
私はヘラヘラと笑って見せた。
「その笑顔、何かを隠してますね?」
アーネスト伯父さんの指摘に、頷く。
「実は……変わった女の人を羊小屋に匿っているの」
私の言葉に父さんは絶句する。
「この寒い中で女の人が羊小屋にいるのか?それは可哀想じゃないか」
「そうよね?可哀想よね?」
確かに、家に案内してあげればよかった。夜の狼や、野盗が出ないとも限らないのに。私は人道的ではなかったわ。
そう反省していたら、アーネスト伯父さんがため息をついた。
「って、そんな問題ではありません。安全上よろしくありませんよ。女性だからと安心できるわけではありません。女性の殺し屋も沢山いますからね。いつから匿っているんですか?」
「羊ちゃんは3日前から小屋に住んでるわ」
「3日前!」
その声から。伯父さんは静かに怒っているのが感じ取れた。
「リーザ、捨て犬や迷子の猫を拾ったら必ず教えなさいと言ってるだろ?」
父さんの苦言に、伯父さんは更に怒りを溜めている様子だ。
「他国のスパイなら、貧しい女性に見せかけて自然に近づいて来ますよ。『羊小屋に泊まらせてください』だなんて怪しすぎます。今から私が見に行って来ますので、アーサーは王女殿下をお守りください」
「頼まれて匿っているわけではないの。羊ちゃんは何も言わないの。でも意思疎通は取れるわ。特殊な方法で」
「聞いている限りでは怪しすぎるな」
「確かに普通ではありませんね。これは場合によっては捉えて、王女殿下に見知った顔か聞かないといけませんね。もしや王女殿下を消すために送られた刺客かもしれませんし」