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第9話 空を駆ける

 くろにくる うんちく講座 第8回


動物の星系間移動について

 仮に人間がコールドスリープで光年単位の距離を数百年から数千年かけて移動しようとすれば、そのハードルはあまりに高い。「人間の肉体」が絡む限り、どこかは動的なメカニズムとして維持せざるを得ないのだ。

 地球由来の哺乳類などの動物は、何もしないことによって腐敗などのさまざまな形で生じる体組織を崩壊させるような作用に対し、常に先回りして古い部分を壊し、新しい組織を作り上げるという代謝作用で個体としての恒常性を維持している。人間が日常生活を送るにあたり、細胞の代謝などはまるで止まっているかのように感じられるかもしれないが、常に止まることなく動いているがゆえに、個としての肉体が維持され生きていられるのだ。視点を変えれば、「肉体」とは同じ形状や機能を維持する働きに支えられた「現象」であると表現することもできる。常時動いている働きが止まってしまえば、輪郭を失う。

 脳の思考なども同じようなもので、酸素など必要な要素が常時供給されることにより、働きが維持される。加齢に伴う記憶力などの低下も、身体の代謝機能等の低下に関連している。

 仮にコールドスリープのような技術が実現するとした場合、覚醒させる場合の機能を含め、メカニズムの維持になんらかのエネルギー源がいる。どこかが動的であるメカニズムは、時間の経過とともに劣化していくこととなる。

 根本的に、哺乳類などを「動的な」恒常性による動物とするなら、怪獣は「静的な」恒常性による動物と言えることがある。怪獣の休眠状態は、本当に何もしないことも可能であると思われるのだ。そもそも呼吸も心拍も、もとより存在しない。哺乳類は脳への酸素などの供給が途絶えればそれで機能を停止して復帰はできない。怪獣は、人間で言うところの脳機能を一度完全に停止させたうえでも、電磁波刺激などのなんらかの形でエネルギー供給が開始されれば、問題なく復帰可能であると目される。そして体組織は、腐敗や腐食を受けつけない強靭さを持つ。怪獣が本当に何もしていない時、過去の基準だと死んでいると判断されるレベルで何もしていない。だが、活動を再開することができるのだ。

 ニナは、必要な供給が滞れば死んでしまう人間などを、バッテリーでセーブデータをバックアップしていたゲームに例えたことがある。当然、バッテリーのエネルギーが尽きればデータも消える。怪獣は、不揮発性のメモリがデータ保存媒体に使われるようになってからのゲームと同じで、媒体が壊れない限り、使うときにエネルギーを供給するだけでいつでも復帰できるのだと。

 タネのような形で宇宙を漂い、たまたま地球へ降り注いだと思われる怪獣は、その性質上、数千万年漂っていた結果だとしてもおかしくないと言われている。人体にとって有害な宇宙線なども、吸収してエネルギー源として蓄えることができ、害にはならない。

 風に乗せて種を飛ばす植物だけでも種類は多い。生物種全体を見れば、子孫を広い範囲に残そうとする仕組みを持つものは地球上だけでも多種多様である。怪獣は、ただその規模が少し大きいだけなのだ。



 第9話 空を駆ける


 チハがホワイトジャスティスのことを知らされてから二日、大雪山の出現地域からは、まだ怪獣は出現していない。

 チハとレイコはその間、きたじぇへは行かず、基地のホワイトジャスティス自体のシミュレーションで対怪獣戦闘を行っていた。

 チハたち/ホワイトジャスティスは中型怪獣複数相手に立ち回り、なんとか倒せてはいた。ただし翼とジェットエンジンのせいで姿勢制御は乱れ、なんとかしようとするレイコの操作の影響で返ってさらにバランスを崩し、動きはがたがただった。

 また一度仮想戦闘を終了し、チハとレイコは身体を伸ばしてヘッドドレスを外した。

『やっぱりダメかな……』

 モニタリングしているエレナの言葉に、レイコはしょんぼりする。

「息が合わなければ、ただでさえあるデメリットが大きくなるだけですもの。わたくしが、もっとうまく操作できたらよいのですけれど」


 手応えを得られないまま夜になり、チハとレイコは一年生の寮の前までエレナに車で送られた。

「本当にわたくしもよいのですの?」

「むしろ、無理にでも連れてくるようにってメールに書かれてましたし……」

 いつもは別れるところだが、不安そうなレイコはチハとともに寮の玄関へ入る。

「「おかえりなさーーい‼」」

「はやくはやくー!」

 食堂から顔を出した同級生たちから声をかけられ、ふたりは急いで食堂へ足を運ぶ。

 パァン‼

「「「「お疲れさまでしたー‼」」」

 入った途端にクラッカーの破裂音。続いて大声で唱和され、ふたりは固まってしまう。

 誰かの誕生日パーティーか何かかという飾り付けがなされた食堂には、主賓席のような席がみっつ。ふたつは空いているのだが、片方の端にはリエルが憮然とした顔で座っている。

 テーブルの上には駄菓子にジュース、そして手作りのケーキなどが並んでいる。

 ジュースとちょっとした駄菓子ならば寮の自販機にもあるのだが、寮の立地を考えると、今並んでいる駄菓子は、なかなか入手手段が限られる代物である。

 主催の生徒がしゃもじをマイクのように構える。

「それでは、超大型怪獣撃破おつかれさまでしたありがとうございますおめでとうやったね、あと榊さんもお手伝いおつかれさまでしたパーティーを始めたいと思いますっ‼」

 撃破当日や翌日は、チハたちがそれどころではなかった。

 一年生でただひとり動員されたリエルの手伝いは今日が最終日であり、クラスメイトたちはそれにあわせて一生懸命に準備を進めていたのだった。


 レイコとチハがヒーローかアイドルかといった感じで扱われた、わちゃわちゃしたパーティーの後の深夜。

 本来は使用できない時間、寮のシミュレーションルームにトモの姿があった。

『もうしわけございませんわ。この時間でなくては落ち着いてお話できないと思ったものですから』

 シミュレーションプログラム越しの音声チャットの相手はレイコだった。パーーティーの最中、機会を見てお願いされていたのだった。

「いえ、かまいませんけど、わたしなんかがお役に立てるんでしょうか」

『水本さんは、クナシキさんの能力についてきちんと把握されていて、しかもわかりやすく説明してくださりましたわ。それで、さっそくお聞きしたいことがあるのですけれど』

「はい」

『あなたは以前、四本腕やケンタウロスのようなJKをシミュレーションで作られて、クナシキさんが自由に動かせたとおっしゃっていましたわね?』

「あ、ええ……。ただ、自由に使えたところで、組織での運用で、怪獣相手の総合的な実用性を考えると、デメリットのほうが大きいと思いますけど」

『聞いてらっしゃるかわかりませんけれど、今、チハ……クナシキさんとわたくしは、こういうJKを動かそうとしておりますの』

 レイコが言うと、トモの視界の仮想空間内に、背中に翼を持つホワイトジャスティスの姿が現れた。


 一通り説明を受けてデータを確認し、トモは考え込んでいた。

「なんとなくはわかりましたけど、羽の操作までクナシキさんにやらせるのは、能力的にはできちゃいそうでもありますけど、エンジンのことを考えるとやっぱり危険だと思います。どちらにせよエンジンの操作は先輩がするのなら、息を合わせられないなら根本的には同じことですし」

『的確な指摘ですわね』

「あの大型試作騎で息を合わせるのは、合図を決めていたんですよね」

『パターンもかなり限定していましたの』

 ネコパンチでは拳突きと蹴り、如意棒では突きと払いという二択が基本だった。

『瞬間瞬間にクナシキさんが何を考えているのか、どう動くつもりなのか、わたくしにはわかりませんの。付き合いの長い水本さんでしたら、わかることもあるのですわね?』

「いえ、私も全然読めませんよ。それが楽しくもあるんですけど」

 苦笑に苦笑で応じたトモだったが、

『さきほどのボードゲームで、みなさん予想できませんでしたクナシキさんの行動を利用してらしたでしょう?』

「言われてみたら、そうですね。他の人よりはわかるのかな。何を考えてるかはわからないけど、雰囲気とかで、次はこうするんじゃないかっていうパターン学習ですかね」

 チハの能力でできることを思考実験し、仲が良いので実際にいろいろと試したこともあったが、複座の操作というのは今まで考えたことがなかった。

 思考に引っかかるものがあった。「どう動くつもりなのか」がわかればいい。ふつうは当然わからない。だが。

「先輩、素人の思いつきでよければ……」


 翌朝、チハとレイコを迎えに来たエレナは真剣な顔をしていた。

「おはよう。大型怪獣が複数、中型小型を引き連れて出たらしいんだ。銃は使えるようになったけど、みんなまだ慣れてないし、JKの数そのものは復旧しきってないし。けどホワイトジャスティス、まだ使いこなせてないでしょ」

「どちらにしろ今日は実騎で訓練をしようと思っておりましたので、今から出撃準備を始めていただくように手配してよろしいですかしら」

「無理さえしないなら、もちろん」

 すぐに車を出していたエレナの返事を受け、レイコはチハを見た。

「もちろん、やりますよ!」

 迷いなど微塵も無い顔につい微笑んでしまい、不思議そうに見返される。

「なんでもありませんわ。いえ、なんでもありませんわけではありませんけれど、気にされなくてだいじょうぶですわ」

 きょとんとする後輩が眩しいものであるかのように先輩は笑い返す。

「普段は悩んでいらっしゃるけれど、チハは結局のところ、誰かを守るために自分が戦うことが必要だと思われたら、悩みませんのよね」


 チハとレイコが格納庫に辿り着いたとき、、ホワイトジャスティスは出撃準備を進められていた。ジェットエンジンの燃料自体は輸送ヘリなどと同じものを使う。

 乗り込む前、チハが髪を束ねていた赤いリボンをほどくと、レイコも自分の髪を後頭部でまとめていた青いリボンを解いた。驚きながらリボンをハチマキにするチハに微笑みかけながら、レイコもハチマキのように締め、悪戯っぽくウインクする。

「おまじないですわ」

 ふたりともヘッドドレスを着けて搭乗し、レイコはチハの前、一段低いシートで各種ステータスをチェックしつつ機器の操作を始めていた。

「そこの壁にございます剣を、腰に装着してくださいませ。司令部、九七式特殊曹長と艦上特殊少尉、ホワイトジャスティスでの出撃許可を求めますわ」

 チハはレイコの言う通りに騎体を操作し、左右の腰のハードポイントに剣を固定した。

 レイコは司令部の返事を待たずに格納庫の隔壁に無線接続し、開放する。

『こちら九七式特佐よ。許可します。待機組はけっこう前に出てる。準待機組ももう出てるわ。言っても聞かない気はするけど、無茶はしないでね』

「善処いたしますわ」

 レイコは素っ気無く応えた。建て前でも肯定できない程度の実績があり、チハと一緒なら尚のこと安易に肯定できなかった。

 司令部のニナは苦笑していた。おかしなことはしないという信頼はあり、任せることに不安はない。不測の事態の可能性は常にあり、レイコが安易に同意しないのはそれをわかった上で正直だからだ。

「では!」

 チハが叫び、レイコが応じる。

「ええ」

 ホワイトジャスティスは基地の敷地に踏み出した。

「エンジン点火、行きますわよ、チハ」

 レイコが言いながら操作し、背中のジェットエンジンに火が入る。

「ルートを表示いたしますので、それに従ってくださいませ。何かございまして爆発でもしたら大変ですので、建物を避けて少し遠回りいたしますわ。それでもじゅうぶんお釣りがくるはずですの」

 レイコは怪獣や周辺地域、現地までのルートなどの観測班ともやりとりをし、コンピュータに情報を入力する。

 チハのHMDの視界に立体的にルートが表示された。

「わかりました!」

 敷地内の舗装の上は軽く流すように、そして敷地外に踏み出したホワイトジャスティスの足取りは軽かった。

 ジェットエンジンを軽く吹かしていることと、ただの前進だけでも翼はそれなりの揚力を発生させ、自重を軽減する補助として有効なのだ。

 ルート表示に沿ってチハは走りだす。

 すぐに時速二百キロ近くに達した。単純に体格が大きいと、時間あたりに同じ動作を同じ速度でするならば、そのぶん移動速度は上がる。ただしホワイトジャスティスは翼やエンジンで通常より重い。ただ走るならば通常のセカンドと速度はそう変わらない。

 レイコは風向きや風速などの情報を取得、確認しながら翼やエンジンの微調整を行い始めた。走行にあわせてフラップなどを作動させ、全体のバランスを確認しながらシステムパラメータの補正なども行っていく。

 揚力を発生させると地面への衝撃は弱くなり、めりこんだりすることに気を使わずに足を後ろに蹴って推進力に変えることに集中できるが、軽くし過ぎると蹴る力が伝わらなくなる。エンジンでも推進力を発揮しつつ、バランスをとっていく。

 広い歩幅で軽く走る騎体の速度は時速300キロ近くまで届いていた。

 周囲が開け、ひと気がないところに差し掛かったときだった。

 レイコがチハの視界、前方遠くにマーカーを表示した。

「ここまで、幅跳びで跳ぶイメージ、いけますかしら?」

「はい!」

 チハは走り幅跳びの要領で跳躍した。

 レイコが操縦桿やレバーを操作しエンジンの大きく出力をあげ、角度なども調整する。

 展開した翼が揚力を発生させ、エンジンに後押しをされたホワイトジャスティスは斜めに長く跳び、着地に合わせて翼とエンジンが下方に向けられて減速し、思いのほかやわらかく着地する。

 空中では瞬間的に時速四百キロ近く出ていた。

「すごい、さすがは先輩!」

「うまくいきまして、よかったですわ」

 レイコは心底ほっとしたように溜息をついた。


 ホワイトジャスティスは、地形に合わせて時折長く跳躍をして現地へと辿りついた。

 平地を挟んで山を望む丘陵地帯の稜線に、すでに二小隊が控えていた。

 ヴァルキュリヤとトリックスターがそれぞれの小隊長。トリックスターの外装は緑主体のクラブスタイルになっている。今回、ヴァルキュリヤだけでなく、トリックスターもガトリングを装備していた。それぞれの隊の傍らには狙撃砲も置いてある。

 チハたちは先行していたサキウの隊を遠回りの別ルートで追い越した形になっていた。

「さすがに早いですわね……」

 飛ぶように来たホワイトジャスティスを見て、ヴァルキュリヤは首を傾げていた。

『レイコちゃんたち、その子でだいじょうぶ~?』

『いい印象ないな、そのJK。だいじょうぶなのか?』

 同意するように、チャノもかなり疑念をはらんだ口調で尋ねた。

「チハとなら、だいじょうぶだと思いますわ」

 過去にレイコはこの騎体で様々なドレッサーと複座での操作を試したが、結局実用に足る水準には遥かに及ばなかった。

 マオウとチャノも試したことがあるし、他の者が試しているのを見たこともある。

 レイコとチハはドラムキングを動かすために、ふたりで同じ体術をリエルから習い、それを元に動作感覚の共有も図った経緯はある。

 過去の複座実験のときよりは、レイコは対応できている自覚はある。

 それを示すそうとするようにホワイトジャスティスは剣を振ったが、その動きはあやうさを感じさせた。バランスをとろうとエンジンが唸り、翼が稼働し、騎体はかえってバランスを崩した。

『おいおい、ほんとにだいじょうぶか?』

 当然、チャノはかえって疑いを強めた。

 多数の怪獣たちは山間を抜けて平地に展開しつつある。

 マオウが怪獣と隊の様子を見て言う。

「サキウちゃんたちももうすぐ来るだろうし、チャノちゃん、行きましょうか」

『はい。やるぞお前らー!』

『『『おぉーっ!!』』』

 チャノ隊は、いつものノリで鬨の声をあげ、トリックスターと一騎がガトリングを構えて丘を下り始める。他の二騎は地面に伏せて狙撃砲を構え始めた。

『じゃあ、わたしたちも始めるわね。レイコちゃんたちは、無理しないで見てていいのよ。すぐサキウちゃんのチームも来るだろうし』

 とても戦いに縁などあるように見えない洋風の乙女型人形に甲冑風装甲を外付けしたようなJKは優雅な動作でガトリングを構えなおし、こちらも同じくガトリング装備の僚機一体とともにトリックスターたちを追い始めた。

「数が数ですもの、せめて囮ぐらいはいたしますわ。よろしくて? チハ」

「がってんです!」

 ガトリング装備の四騎が怪獣の群に向かうその後を追って、大型のホワイトジャスティスが走り出す。

 ジェットエンジンと翼の補助で、挙動も速度もほかの騎体とは異なっていた。

 段々と加速して歩幅が広くなり、他の騎体を軽く抜いてしまう。

 そしてホワイトジャスティスは一際大きく地面を蹴った。

 トリケラトプス風の大型怪獣めがけ、空中で騎体を跳び蹴りの姿勢にしながらチハが叫ぶ。

「彗!星!きぃいいいいいいぃっく!!」

 足の裏からは刃が突き出されていた。跳躍などが得意な騎体ゆえに仕込まれているのだ。

 ホワイトジャスティスの高度は下がらずに怪獣の頭上を飛び越え、その後方に着地した。

 一瞬、すべてのJKの動きが止まる。

「チハ、申し訳ありませんわ、補助がうまくいきませんでしたの……」

「どじっこな先輩も素敵です!」

 チハが真顔で叫び、レイコは本心なのかフォローなのか少しだけ判断に迷った。どちらでも行動を左右しないことに気づいて、すぐに思考を切り替える。

『おまえら、ほんと、無茶はするなよ。適当にそのへんで動いてるだけでオトリにはなるからさ』

 チャノが淡々と言った。


 ホワイトジャスティスが剣を振り回して怪獣の気を引くのは、たしかに囮としてはじゅうぶんだった。当てるダメージに期待しなくとも、銃器装備、特に比較的近距離で戦うことになるガトリング装備のJKにとっては、代わりに狙われてくれるのはありがたい存在だ。

 主力である銃撃は、動きのわるいホワイトジャスティスにとっては援護射撃ともなっていた。怪獣の攻撃よりもマオウの射線を回避するほうが神経を使う面すらあった。

 回避や攻撃の動作の都度、翼とエンジンが連動して動く。

 序盤、行動の七割ほどはむしろ動作を阻害していた。

 バランスを崩した際などに外装を削られつつも、チハたちは背中のユニットだけは死守していた。

 行動を重ねるにつれ、効果的な補助になる比率が増えていく。

 時折あやうさを見せつつも、軽く戦場を跳びまわり、怪獣を空中から斬りつけ、のけぞって攻撃を回避してそのままエンジンの力で体を起こし反撃に転じ。

 傷んだ一本目の剣を投げ捨てた時には、大型怪獣が突き出した槍のような尾の一撃を真上に跳躍してかわし、エンジンの出力でほとんどの自重を支え、突き出された細い尾の上に腕組みの姿勢のつま先で直立さえして見せた。

 そんな特異な立ち回りに、周りのJKが思わず見惚れるようなことすらあった。

 そもそもあちらこちらへ跳びまわるため、攻撃をもらうことがあると言っても、気を引くだけ引いてすぐに間合いの外に出ていることが多い。損傷を負う頻度自体は少なく程度も軽い。戦闘時間を考えると囮としては非常に優秀であった。

 やがて攻撃の手数も精度も上昇し、ホワイトジャスティスは通常のJK以上の戦力へと変貌していた。

 結果、以前であれば三小隊でも手にあまっておかしくない数の怪獣は、銃器装備の二小隊と特殊な一騎でほとんど殲滅された。


 足を止めたホワイトジャスティスの中のチハは、斜め前方にファイティングナードのサキウが率いる小隊が到着したのを発見していた。通常四体のところ、リアルな女子学生の制服のカラーリングのような外装になっているプリズムシンセの二体が、剣などの近接武器をまとめて持って一緒にいる。予備戦力と運搬役を兼ねたようだ。

 トリックスターたちは、サキウたちの逆側に視線を送っている。

『さて、本番はこっからだけど、こっちから攻撃しなかったら、撃っては来ないよな?』

『だといいわね~』

 遠くの山裾からこちらへ歩いて来ているのは超大型怪獣だった。さきほどまでの戦闘中に、司令部から連絡は受けていた。

 全長百120メートル以上あると思われる背中側に腕の生えたティラノサウルスのようなそれは、先日チハとレイコがドラムキングで倒したものと同じような姿に見える。

 怪獣は、一見似ているものでも部位単位で別の生き物のように個体差があることもあり、予断は禁物である。

 もしも先日と同様であれば、背中の腕には鋭利な爪があり、そして往年の怪獣映画の怪獣のように口から強力な光線を吐く可能性がある。もう少し近づいてから水平に光線で薙ぎ払われたら、今いる三小隊があっさり全滅しておかしくない。

 いまのところ世界で確認されたケースからすると、超大型怪獣は基本的に破壊光線を撃てると考えたほうがいい。発射可能な回数、継続時間などは未知数である。

「前回は、周りの怪獣がいる間は光線を使わず、自分が直接戦うような状況になるまで撃ちませんでしたもの、最後の手段のようなものだと思いたいのですけれど」

 レイコは自らの発言を疑うような強い不安を隠さなかった。

 消耗は多大であろうことから、最終手段であるという推測は成り立つ。ただそれは、希望的観測とも言える。

 身を守るために一度使うとしばらくは使えないような切り札を持つ生き物はいる。怪獣の身体組織がいかにエネルギー効率のいいものだと言っても、あれだけのものをそうそう使えるとは思えない。

『じゃあ、狙撃砲の人は、手筈通り、稜線の陰に沿って、左右に分かれて……』

 サキウが指示を出していた時だった。

 彼女たちの期待を知ってあざ笑うかのように、頭部を下げて尾を上げて体を水平に近づけた超大型怪獣はその口を開いた。

 全身のクリスタルコアと口内が光を帯びる。

『伏せて!』『伏せろ!』『隠れて!』

 マオウ、チャノ、サキウの小隊長たちは咄嗟に叫んだ。

 稜線から降りて、ほぼ直接怪獣と戦っていたガトリング装備の四騎とホワイトジャスティスに隠れる場所が無かった。

 エースふたりがガトリングを放り出す判断は一瞬だったが、僚騎は遅れてしまっていた。

 ヴァルキュリヤは光線の動きに合わせて死角へ転がり、ぎりぎりで避けた。外付け装甲の一部こそ溶けたがほぼ無傷だった。僚機もなんとか伏せていたのだが、斜めにぶれた光線の余波に右脚を巻き込まれていた。

 チャノはヘッドスライディングして躱しつつ、上半身直撃コースだった僚機を引っかけ、転倒させるような形で無理矢理回避させていた。それでもそのJKの右前腕は吹き飛んでいた。

 そしてホワイトジャスティスは。

 周囲が一斉に伏せた時、ホワイトジャスティスは走りだしていた。超大型怪獣に向けて。

 発射を止めるには間に合わないと悟りながら、皆が地に伏せた時、白いJKは宙を飛んでいた。

 他が光線の下に身を躱した中で、唯一、薙ぎ払われた光線を跳びこして躱したのだった。

「もう撃たせない!」

 チハが叫び、大きく跳躍したホワイトジャスティスの背中でジェットエンジンが唸りをあげ、翼が動いて騎体を浮かせ。

 さらに二度の跳躍で数百メートルをわずか数秒で詰めて、

「「彗!星!きぃいいいいいいぃっくッ!!」」

 今度はチハとレイコが声を合わせて叫び、足の裏から突き出た刃がティラノサウルスの額の結晶核に突き刺さった。そこを中心に亀裂が広がるが、全体が砕けるにはいたらない。

 刃が刺さった右足を基点に頭上に一度足を止める形になったホワイトジャスティスに向け、怪獣の背に生える巨大な腕がその爪を開いて掴みかかった。

 咄嗟にホワイトジャスティスは後ろに跳び、エンジンで衝撃を緩和しつつ着地して正面から向かい合った。

「こんなに大きかったんですね!」

「ええ、あちらの大きさは前回と同じぐらいだと思うのですけれど」

 前回チハたちは、身長40メートルほどのドラムキングでこの相手と似た怪獣と戦っている。

 その際は、全長120メートル以上の相手がカンガルーのように直立していればかなり差があったものの、尾と頭部を水平にしてバランスをとるような姿勢になった場合、高さの差はそこまで大きくもなかった。

 ファーストの標準が身長18メートル、セカンドが18メートルなので、22メートルのホワイトジャスティスは相当大きい部類である。それでもドラムキングに比べたら半分に近い。高さが半分、つまり二分の一だと、体格がまったく同じだとすれば体積、質量は八分の一である。

 重さが衝撃の大きさに影響することを考えると、JKの武器は衝撃に比例して自切信号を発するため、クリスタルコア以外に与えるダメージもそれだけ落ちる。

 クリスタルコア自体も体の大きさに比例するように大きいことから、過去の怪獣であれば相当な損傷に至るような先程の一撃でも効果が薄かった。

 頭部のダメージで多少は動作に影響は出ているようだが、ほぼ無傷と言ってもいい様子だった。

 首の後ろにも大きなクリスタルコアがあるが、背中の剛腕が危険である上に位置が高い。

 あまりに巨大な体格の頭部と首の後ろにクリスタルコアがあるのなら、定跡を考えると、まず両脚を削って機動性を奪うべきだろう。他のJKに至っては、カウンター以外では実質そこしか狙えないわけだが。

 睨み合い、怪獣が左右の鋭い爪のクローで攻撃を繰り出し、ホワイトジャスティスは回避しながら攻めあぐねていた。

 戦いを続ける彼らの近くに、四体のJKが駆け寄る。

 虹彩そらと虹彩るな、そしてガトリングを放り出して二体から武器を受け取ったヴァルキュリヤとトリックスターだった。

 プリズムシンセのふたりは、余分の武器をバラまいた。代表してウメが告げる。

『残りの武器、とりあえずここに置いておくんで、好きに使ってください』

 当初の位置から狙撃砲を使って光線を誘発してしまった場合、彼女たちが射線上になるため、ファイティングナードを含めた狙撃砲組は急いで稜線に沿って左右へ展開している。

 同時に、まだ射撃準備をしていなかったサキウの隊の残り二騎が、損傷したJKのフォローへ入っていた。片腕を無くしたJKは自力で稜線を目指し、片脚を無くした騎体は左右から支えられる形で撤退に入る。

 ヴァルキュリヤは槍、チャノ騎はピックハンマー、虹彩そらは剣、虹彩るなは斧を構える。

 四体の自在甲冑は四方を囲み、光線は撃たせないように怪獣を牽制する。

 超大型怪獣が向きを変えるだけで振り回される尻尾の先端の速度は尋常ではなく、それすらも非常に危険だった。

 しかも一見賢そうに見えないわりに器用に両の剛腕で左右をカバーし、正面のJKには噛みつこうとする。

 ホワイトジャスティスだけが三次元的な機動で上からも攻撃するのだが、それでも腕や牙で狙われて危険であり、常に誰かが死角にはなるものの、踏み込みすぎたり動きを止めたりすれば次に直撃をもらうだろう。

 クリスタルコアに有効打は当てられていなかった。とりあえず当てないよりはマシとクリスタルコア以外に攻撃はしているものの、身体が大きすぎるために表面を削る程度にとどまり効果は大して得られない。倒せたときに入手できる素材の質を無駄に落としているだけのようなものだった。

 援護射撃も始まったが、格闘戦で動き回るクリスタルコアには狙いが定まらず、まともに当たらない。

 サキウですら照準を定めあぐねていた。

 司令部のニナは歯噛みしながら指示を出す。

『今から離れてはダメよ! 狙い撃ちにされるわ!』

 近接戦に挑むバスターたちは相手の大きさと体格、その動きに慣れて攻撃を紙一重で躱すようになっていた。

 そしてそれがまずかった。

 例の光線のこともあり、誰もが長期戦を避けたいと思い、攻撃を当てたいと焦っていた。

 ぎりぎりで回避することに腐心しすぎていた。

 怪獣は両の巨腕を左右に伸ばして低く構え、器用に回転した。

 頭部を狙ったヴァルキュリヤは牙で狙われ、槍で押さえつつ後退した。

 長い尻尾の先端の速度、破壊力も尋常ではない。これをかいくぐったところでクリスタルコアも狙えないため、トリックスターはしっかりと回避していた。

 爪を先端すれすれでかわしたはずの虹彩そらは右腕が吹き飛び、胴に斬り込みが入っていた。同様に回避したはずだった虹彩るなは左脚を付け根近くで切断されていた。

 虹彩そらの胴体の裂け目からは、赤みがかった色に変色して熱を放つビニールのような素材が覗いていた。これが仕込まれていなければ、ソラは死んでいたかもしれない。

 一度の跳躍を終えて少し離れたところに着地したところだったホワイトジャスティス/チハとレイコはそちらを見ていた。

 レイコは瞬時に理解した。

「チハ、剣を投げてぶつけて怪獣の気を引いてくださいませ」

 チハは言われた通り、全力で剣を投げた。ガツンと怪獣に当たるも、ダメージは無いと言ってもいいだろう。

「首のクリスタルコアにキックしますわ。マオウさん、わたくしたちが背中に乗りましたら剣をわたくしたちに投げてくださいまし! チャノさんは、その後でハンマーを投げる準備をしてくださいませ!」

 全員が意図をおよそ察した。

 二体はもう戦えない。残りの三体だけで戦線を維持するのはむずかしい。破壊光線のことを考えれば、背を向けること、距離を取ることもまた危険だ。

「今、決めるしかございませんわ!」

 剣をぶつけられた怪獣はホワイトジャスティスに向き直る。果たして遠距離攻撃だと認識しただろうか。

 両の腕の三本の爪の間に、まん中から、爪よりも長いビームの棘が生えていた。それがプリズムシンセのふたりの認識する間合いを超えて二体のJKを斬りつけたのだった。

 ホワイトジャスティスは、それを正面からかいくぐって首の後ろにキックを当てなければならない。まともに喰らえばばらばらになるだろう。

 真正面から走って向かおうとする白い大型JKに怪獣は意識を向けた。

 不意に、大きく踏み切ったホワイトジャスティスはほとんど真上に跳躍した。

 脚力で得た初速に加えてジェットエンジンも全力で回し、一気に高度を稼ぐ。

 怪獣は頭と尻尾でバランスをとる背筋が水平のような姿勢から、直立するカンガルーのような姿勢になって、牙と腕とで迎え撃つつもりのようだった。

 そのままホワイトジャスティスが落ちてきたら餌食になるのは間違いないと思われた。

『さすがに無視しちゃいけないと思うわ~』

『同感だな!』

 マオウ騎とチャノ騎は機を逃さず、左右の脚元へと走り込んでいた。

 左右の脚にそれぞれビームを発振した槍とピックハンマーを突き刺し、大きく抉る。

 怪獣は不意をつかれてぐらついた。

 慌てて左脚側のマオウに食らいつこうとするように頭部を下げて身体をくねらせるが、今のダメージでバランスが不安定となっていた。

 マオウもチャノも、食いこんだ武器はあっさり放し、すでに駆けていた。指示された武器を拾うために。

 そして地面に意識を向けたために晒された首の後ろのクリスタルコアに向けて、

「「彗っ!星っ! きぃいいいいいいぃっくッ!!」」

 ほとんど垂直に近い軌道で白い騎体が降って来た。

 エンジンのふたつから、細く煙がたなびき始めていた。

 足裏の刃が思いきり突き刺さり、キック自体の威力も伴ってクリスタルコアに亀裂が生じる。

 そしてその衝撃でホワイトジャスティスのエンジンのひとつが止まった。不安要素の権化の如き黒い煙が上がる。

 レイコは警告表示などに手早く目を通して、もうひとつの不調な方も止めてしまった。

 首元のクリスタルコアに罅が入っても、額のもの同様、大きさが大きさなのでそこまで影響は無いようだった。

 しかし、左右の脚の損傷の影響が大きく、動作は比較的ゆるくなっていた。

 それでも巨体のためにそれなりに動きが増幅される怪獣の背中で、レイコは残されたふたつのエンジンと翼を全力で操作してチハが騎体のバランスを取る補助をする。

 もしも落とされたら、もう登れないだろう。

『ふたりとも、これ!!』

 指示通り、ヴァルキュリヤが剣をホワイトジャスティスに向けて投げた。

 キャッチした白いJKは、先程キックで穿った穴に剣先を突き立てた。

『おら!!』

 ついでトリックスターが助走をつけて下から放りあげるように巨大ピコピコハンマーを投擲した。

 ぎりぎり届くか届かないかという軌道のそれをすんでのところでキャッチする瞬間、意図したものか否か、振り回された剛腕のビームがかすめ、ホワイトジャスティスの左前腕が切断された。

 チハとレイコの判断には半瞬の影響しかなく。

 アニメに出てくる主役ロボットのような鋭角の兵器的な外見の白い騎体は、泥臭い動作で全身を反り返らせて右腕だけで高々とハンマーを構えた。

「……んのぉおおおおおおおぉぉぉぉーーッッッ!!」

 チハは絶叫して力を籠めるが、抵抗する怪獣の動きも合わさり、のけ反りすぎる。片腕だけで振り下ろすにはわずかに一押し足りないと思った瞬間。

 弾けるような衝撃を感じ、チハは絶叫したままハンマーを剣の柄尻に振り下ろした。


 首の後ろのクリスタルコアを粉砕されて力なく頽れ、なすすべもなく頭部のクリスタルコアも砕かれる超大型怪獣の姿を遠くから見ながら、

『いや、ほんとーに、疲れた……』

 愚痴っぽく、けれど満足そうに呟いたのはサキウだった。

 最後の瞬間、彼女はホワイトジャスティスが構えたハンマーの後ろ打撃面の中心への狙撃を成功させていたのだった。


 同日、朝の八時半頃。

 バスターの休憩室の畳の上で、超大型怪獣と戦った面々がぐったりしていた。

 プリズムシンセのふたりは取材があるとかで、基地に戻ってすぐに出かけてしまった。

 一同は、ニナが直々に労いのために自販機で買った飲料を飲んでいる。

 俯いていたチャノが顔をあげる。

「しかし、チハとレイコ、マジすげーな」

「みなさんがいたからですよ」

「本当に、誰一人欠けてもあの結果は得られませんでしたわ」

「サキウちゃんの狙撃もすごかったわよ~」

 マオウの言葉に、サキウはうつ伏せで無言のまま右手でピースサインを作って見せた。

「あの白いやつ、なんか改良したのか?」

 チャノの質問に、レイコは軽く首を振った。

「いえ、手は加えておりませんの」

「じゃあ、レイコちゃんとチハちゃんが息ぴったりってこと~」

 これにも首を振られたエースたちは首を傾げ、チハは否定されたことが残念そうだった。

「以前はメインドレッサーが動かしたのに合わせてわたくしが補助をする形でしたけれど、今日は、チハがJKに送る命令信号を、同時にわたくしも認識できるように共有いたしましたの。つまり、痛覚などのフィードバックの応用といいますか。チハがJKを動かして、動いたJKに合わせて補助をしますと、どうしてもワンテンポ遅れるのですわ。事前の予想が外れますと、なおさらですの。それをJKと同時に受け取ることでロスを削りまして、全身の動きを頭で認識してから補助しておりましたのに対して、全身で受け取った感覚に合わせて反射で対応できることを目指しましたの。慣れるにつれて、ラグを減らしていくことができましたわ」

「ハチマキも関係あったんですか?」

「一応はあれも、チハの身体感覚と自分の感覚を近づけるためでもありましたわ。ほとんどおまじないみたいなつもりでもありましたけれど、リンゴさんの例のように、脳の働きに関連する事象だと、心理的作用も影響は大きいのですわ」

 リンゴは小さい頃、外装をガンバルオーにした途端、劇的にバスターとしての能力が跳ね上がった。同じような例は他にも存在している。

 そのため、外装が乗り手の能力に与える影響の大きさを語る際、よく引き合いに出されるのだ。彼女たちのような実例も、対特殊生物自衛軍が国家に属する軍隊的組織でありながら、自在甲冑の外装にはかなりの自由度が認められている一因となっている。

 チャノは真剣な顔で頷く。

「うん。あたしにはわからんということがわかったけど、たぶんなんかすごいらしいということはなんとなく伝わった」

「先輩、すごいです!」

 称賛されたレイコは、軽く首を振りながらチハに微笑みかける。

「これは水本さんの案ですのよ。あの方の考えの、まだ半分」

「トモちゃんの?」

「ええ。今回使ったのは、OSを通した分だけですもの。ふつうであれば、それだけでじゅうぶんだと思うのですけれど、ダイレクトラインの信号も用いて経験を積み重ねれば、その時の動きだけではなく、『次にどう動くか』『何をしようとしているのか』といったことまでわかるようになる可能性もあるのではないかって。駄目で元々、試す価値はじゅうぶんにあると思いますわ」

 チハもエースたちも、聞かされた内容に唖然とした。


 チハとレイコは、ドラムキングの修復作業中も、騎体を時折座った姿勢にし、そのコックピットでシミュレーションを重ねていた。

 技術部のコンピュータと向き合い、レイコはシミュレーションで得たデータをエレナと精査していた。

「ホワイトジャスティスのときほどは、うまくいってないみたい?」

 エレナの言葉通り、ホワイトジャスティスで試した手法で成果は出ているが、思ったほどではないのだった。

「ドラムキング自体の構造の複雑さと、チハが頭だけではなく体も使いまして操作入力をしていますことと、さらに全身の動作へもフィードバックしていますことが絡み合っていますようですわね。ただのJKの操作と異なり、チハが送った信号を、多重にチハの体へ反映させているような部分も多いですので。重なりあっている信号の内、必要なものだけを拾い上げることが容易になりますといいのですけれど……」

「チョーシはどうー?」

 言いながら入って来たのは、ラリサだった。

 一緒のチハはドラムキングを動かした後で、簡素なシャツとレギンスで寒いこともあるのだろう、自販機で買ったと思われるホットのおしるこの缶を持っている。

 ラリサはタンクトップにレギンスという、チハに似た薄着で、同じく自販機で買ったと思われるアイスを舐めていた。

「さむっ‼ 寒くないの?」

 目にした瞬間に思わずエレナが叫び、お子様が不満そうに眉を顰める。

「売ってるの買っただけなのに……」

 レイコはどうしたわけか、チハとラリサの服装を見比べていた。


 ドラムキングの進捗を確認しに来たナゴミは、我が目を疑った。

 青いハチマキを締めたレイコが簡素なシャツとレギンスという恰好で、赤いハチマキで同じような出で立ちのチハとエレナと話しているのだった。近くではラリサがヒマそうにしている。

「その恰好、レイコがメインで動かすのを試したのか?」

 ナゴミの問いに、レイコは恥ずかしそうに首を振った。

「いえ、その……」

「まさか、チハが何か……」

「え、ちょっと待って!」

 疑惑の目を向けられたチハは憤慨したようだった。

「そりゃ、結果的によろこんだけど、わたしじゃないよ⁉」

 レイコとナゴミはそれぞれ違う意味で眉を寄せ、エレナは苦笑していた。

「チハちゃんの操作信号を全身の感覚にフィードバックさせるから、着てる服の感触と取り違えたりしないように、同じ格好して皮膚感覚とかを近づけたほうが、より認識しやすいんじゃないかって、とりあえず試すだけ試したんだよ。手軽に試せることは、やっといて損はないから」

「で、結果は?」

 特殊大尉は、聞くまでもないと思っている様子だった。

「それが、意外と意味あったんだよね……」

「マジで?」

 予想を裏切られ愕然としたナゴミに、エレナは困ったように笑う。

「無いかあるかで言えば、間違いなくあるって感じで結果は出ちゃって。でも個人的には実益としては誤差って言ってもいいと思うんだ。ニナさんも認めてくれたし」

「いえ、わたくしが言い出したことですもの。効果が確認されました以上、無視はできませんわ」

 ナゴミは頭痛がするように頭を押さえた。

「本人がいいなら、止めないけどな……」

 ナゴミはじっと、チハとレイコを見比べる。チハも年齢相応の女性的な体型だが、比較対象があることで、レイコの起伏は強調されていた。

 チハに気にする様子はないが、レイコはもじもじしていた。

「なんとなく心許ないのは確かなのですけれど……」

 レイコは体つきを隠すそうとするような身振りをしながら気持ちを吐露した。

 特にどうという感想を抱いているわけでもなさそうだったラリサが口を開いた。

「んじゃ、上からタンクトップ着たら? 無いよりマシじゃない? ちょうど、大きすぎていらないの持って来てたんだよね」


 ラリサ提供によるタンクトップを来たチハとレイコがシミュレーションを終え、一同は結果の確認をしていた。

 データを確認したエレナが頷く。

「うん。それ一枚着たぐらいなら、特に影響は無いみたいだね」

「では、チハ、今度からはこれでいいですかしら?」

「わたしは一向にかまいませんよ! ペアルックみたいですね!」

 それでも葛藤が残るようなレイコと、うれしそうなチハ。

 呆れた様子でふたりを見ていたナゴミは、少し愉しそうなラリサへと視線を移した。

「おまえ、あれがいらないの、大きすぎるからってだけじゃないだろ」

「まーねー。お父さんのセンスがね。いかにも外国人が好きそうな感じだよね」

 ロシア人のお子様はあっさりと肯定し、何目線かよくわからない言葉まで付け加えた。

 チハが着ているタンクトップには、水色地に大きく「勇気」、レイコのほうには桃色地に大きく「愛」と、それぞれ漢字で書いてあるのだった。


 その日、基地に隣接して存在している演習場で、青い巨大な騎体、頭部から耳のような円錐形の伸びる大きなネコ系の着ぐるみのようなドラムキングが軽やかに動きまわっていた。大きな頭を無視して人型のプロポーションで考えると身長四十メートルだが、その巨大さをまるで感じさせない動きだ。

 ポータブルコンピュータでモニターしているエレナが通信機越しに問う。

「どう? 何か問題とかない?」

『全然、問題ありません! というか、こんなに風に動けるなんて!』

『素晴らしいですわ。想定より遥かに良好ですの。即興のみでの操作でも特に問題はなさそうですの』

 レイコもコックピットでデータのチェックや操作補助を行いながら答えた。

『ほんと、こんなに自由に動けませんでしたから!』

 巨大なJKは軽やかに踊って見せる。

 それは前回の状態であれば不可能だった動きだ。それでいてチハもレイコも操作に余裕がある。

 チハの上達、レイコの経験やデータの蓄積にトモの提案にもとづく新技術もあるが、筋肉配置などのハード面とOSなどのソフト面、JK自体の全般的な質の向上の積み上げの成果でもあった。

 エレナは、そばに控えていた実際の修復、改良作業に当たった面々に微笑みかける。

「よかったね、みんな、お疲れ様です」

 ドラムキングは肯定するように右手を突き出し、親指を立てた。

 整備部、技術部の面々は一斉に安堵や歓喜を露わにして喜び合う。

 チハとレイコも騎体の中でそれを見ていた。

 ドラムキングがぺこりと頭を下げる。

『みなさん、お疲れ様です! ありがとうございます! わたし、がんばります!!』

『お疲れさまでしたわ。皆さまが直してくださったこの騎体、性能を十二分に発揮できるよう、微力ですが、全力を尽くさせていただきますわ』

 外部スピーカーでふたりが言うと、みんな口ぐちに「ありがとー!」「がんばれー!」「おー!」などと盛りあがる。

 エレナはほっとしたように目を細めた。

「銃器の運用も始まって、自在甲冑の数も揃ったし、これでひと安心かな」

 視線の先では、値段がつけられない希少な資源の塊にして製作者たちの努力の結晶でもある全長40メートルを軽く超える巨体、人類の希望になり得る自在甲冑が、変な踊りを披露していた。

 技術中尉は愉しそうに溜息を吐いた。

「じゃあ、つぎは武器のテストにいこうか」


 ※予告※

 自在甲冑関連の戦力の復旧も済み、改修も兼ねたドラムキングの修復も終わった。対特殊生物自衛軍十勝基地の戦力は過去最大、万全と言えた。

 出現した大量の怪獣と超大型怪獣に対し、経験も含めて盤石の態勢で迎撃が開始される。

 特生軍優勢で推移していた戦線に想定外の出来事が起こり、チハたちは絶体絶命の窮地に陥る。


 次回、第10話「ひとつの終わりのはじまり」

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