第6話 アイドルバスター
くろにくる うんちく講座 第5回
プリズムシンセ
対特殊生物自衛軍広報部所属の二人組アイドルユニット。母親同士が姉妹の従妹であり、下手な姉妹よりも容姿が似ているために双子に間違われることすらある。
本名「黒土梅」=芸名「虹彩ソラ」と本名「白木稲穂」=芸名「虹彩ルナ」で、ふたりとも北海道JC訓練校の第一期生。レイコのようにアイドル的に扱われることもある一部のバスターと違い、正真正銘の歌って踊れるアイドルバスターとして、全国のJC訓練校第一期生の中で特に知名度が高い。
「虹彩ソラ」がライブ等を含めた活動で使うJKは「虹彩そら」、「虹彩ルナ」のJKは「虹彩るな」である。
自在甲冑という名称の由来である「自在置物」のように、JKの理想は平和的な利用であるということから、いつの日か戦いに使うことが無くなった際に向けて、娯楽的な使い方や技術を開発、定着させておくという建前を含んだ活動の一環。単純に特生軍やバスター、JKのイメージ向上なども兼ねる。
独立採算を目指す特生軍において、収入源として重要な仕事でもある。
なんと言っても売りはJKを踊らせてのライブであるが、その形でのライブが行える会場は限られる。
兵器に対する自在甲冑の対怪獣戦力としての優位性
価格面に関して、U素材は怪獣討伐の結果ついてくる副産物であり、それを無料とみなせば対特殊生物自衛軍における標準JKの調達価格は一体一千万円程度となる。コックピット周りの電装系が重要な部分だが、初期には家庭用のパソコンや同じくVR機材などを使ったJKでじゅうぶん戦えていた。コストや手間のそれなりの割合を占めるのが、ハリボテとしての外装絡みであったりする。
U素材は日本では一般流通はしないので、値をつけることはできない。ゆえに、その観点で自在甲冑を資産的に評価するならば、値段などつけられないほどに高価とも言える。だが、「調達価格」に関しては格安となる。加えて、JKごとにスポンサーをつけたり、グッズ販売をしたりして補填までしている。
怪獣出現当初に日本で多数失われてしまった戦車は調達価格が一両ざっと十億円から。仮定として類似兵器で怪獣対策に特化したなら自走砲系の形になるが、容易に撃破されることとなり、その場合、人員の損失こそが問題になる。そもそも種類を問わず、兵器を運用する人間の教育にかかる費用と期間もまた大きいのである。兵器も人も、補充には経済的、時間的なコストがかかる。映画のようにぽんぽんと失われていいものではない。有人兵器の中で対怪獣戦に最も適しているとされるのが戦闘ヘリであるが、それも対怪獣に特化して、やはり一機数億円からとなる。戦闘機は数百億円だが、怪獣対策で失われることもまずないが、そもそも用途として向かない。
仮に戦闘ヘリを怪獣対策に用いた場合、その実戦の出動頻度から、メンテナンスに燃料に弾薬代と、ランニングコストは膨大となる。
自在甲冑は剣などの手持ち武器で戦い、弾薬を消費しないことが可能である。メタルハートの充電は、適当なところに広げたUスキンに接触させ、日光浴をさせて一定期間放置するだけでいい。基本は天候にも左右されるが、発電施設、変電施設など電磁波を強く発するものの近くなどに置くことでも充電効率を上げることが可能である。フル充電には多少は日数がかかるのだが、ローテーションできる上に、そもそも使い切るまでの寿命が長い。
兵器が失われて再度調達する場合、問題は価格や人員だけではない。年単位の時間をかけて納品されるのだ。まして生活圏を取り戻す前は、工業製品の生産・輸送等の供給体制も安定していなかった。自在甲冑は、材料が揃っていて製作用JCなどがあれば、慣れた職人は二、三日でほぼ形にしてしまう。初期にも、多少の知識と人手さえあれば、恵まれない環境でも二、三週間で作れた。同様に、修復やメンテナンスにかかる時間も段違いに短く、手間もコストも負担が小さい。
人材育成面は、適性というハードルこそあるものの、それさえあれば人体を動かすのに近いと言えば近い。戦車やヘリコプターの操縦を身につけることに比べれば、自在甲冑操作の習熟は圧倒的に容易と言える。特に大きかった問題点は、子供ほど適応しやすかったというところである。
とうきび
とうもろこしの北海道弁。人によってはむしろ、「とうもろこし? ああ、とうきびのことか」となる。
第6話 アイドルバスター
その日、きたじぇでは午前の授業をとりやめて、現役バスターアイドルデュオ「プリズムシンセ」による緊急ライブが行われていた。
もともと身長16メートルのJCで行う運動に対応しているため広大なグラウンドに、特設ステージが設けられている。
ステージの前には、JCで簡単に設置可能な扇形の雛壇状仮設観客席がある。座っているのは全校生徒の60名ほどと教員にきたじぇの職員、それに特生軍の非番スタッフなどだ。
ステージ上にはヘッドドレスを身に着けたふたりのアイドルバスターがおり、そのステージのバックに距離を置いて二体のJKが立っている。
ツインテールの髪型とブレザーの制服をモチーフとしてカラフルな「虹彩そら」と、三つ編みおさげとセーラー服を模したカラフルな「虹彩るな」は、外装に特殊な光沢のあるものや、半透過する素材まで使用されている。極めつけは、バスターがつけるヘッドドレスのHMDを模したカラーサングラス型のパーツである。
フィギュアのような造形のJKについては、通常は表情が固定であるために、戦闘を含めた行動時の見た目がなかなかシュールなものとなる。アニメのキャラを模したトリックスターなどがその代表例である。
プリズムシンセの二体のサングラス型パーツは、様々な表情の目を投影することができる装置となっており、先ほどからもくるくると変化させていた。
「ハイ、みなさんこんにちは! きたじぇ第一期生の、虹彩ソラでーす☆」
「こんにちは。同じく、虹彩ルナです」
虹彩そらと同じような格好で大げさな身振りとともに明るいソラに対し、虹彩るなと同じような姿のルナはぺこりと頭を下げつつテンションが低く、まるでふつうの会話のように淡々としている。
「というわけで、突然ですが、私たちのライブへ、ようこそー♪」
「二、三年生のみなさんは、先日の復旧作業などのお手伝い、おつかれさまでした」
「一年生は、きたじぇへの入学、おめでとうございま~す♡」
今回のライブはMCの通り、きたじぇ卒である彼らが近くにある特生軍基地へ来たから折角と開催されたものであり、先日の二・三年生の動員に対する慰労も兼ねていた。
デュオのユニットの彼女たちは、所属は対特殊生物自衛軍広報部である。
歌って踊れるアイドルバスターとして売り出され、デビューしてすぐからテレビへの出演も多く、この半年は多忙なものだった。
模範的なアイドルキャラのソラと、歌や踊りなどのパフォーマンス以外では一般人かのようなルナのキャラの掛け合いなども、持ち味として受けている。
リエルは冷ややかな目でMCを見ていた。
プリズムシンセのふたりは、JC訓練校の卒業生の代表的な存在である。ごくわずか、特生軍に入れた実例がこれであり、リエルにとっては「こうはなりたくない」実例である。
苦労してドレッサー資格まで取った結果が怪獣への対抗戦力ではなく見世物とは、あまりに屈辱的に思える。
ちらほら携帯電話で撮影している生徒たちがいるのだが、隣のトモも録画をしていることに気づき、リエルはふと尋ねる。
「それ、クナシキ用?」
不機嫌そうに見える同級生に、トモはびくつきながら首肯する。
「う、うん。チハちゃん、見たかっただろうから」
「じゃあ、ウチが撮っとくから、気にしないで見れば? ウチは興味ないから」
きょとんとしたトモは理解に時間を要し、そして慌てた。
「え、ああ、うん、ありがとう。じゃあ、充電とか録画時間が切れちゃったら、お願いしていいかな」
「わかった」
どうでもよさそうに答えたリエルは、ステージに視線を移した。
ステージでソラとルナが歌って踊り、バックでは「虹彩そら」と「虹彩るな」が、時にドレッサーと同じ振り付けで、時に違う振り付けで踊る。
さらには、二体のJKはそれぞれギターとベースさえ弾いてのけた。
それ自体は、どのような技術によるものか、凄まじいことは確かだ。
自分のJK格闘術に対し、「すごい技術」「怪獣討伐には使えない」とナゴミが言っていたことを思い出し、リエルは辟易した。こういうベクトルでの抜擢など考えたくもない。
リエル以外の生徒たちは基本的に興奮し、あたりは熱狂に包まれている。
身長十六メートルの巨体が身軽に踊り、楽器を奏でる姿は、エンターテイメントパフォーマンスとして類を見ない迫力を伴っていた。
その頃の学生寮で、チハはベッドの上、布団の中で唸っていた。
頭は気を失って倒れるまで起きていたことで眠気もあるが、それぐらいだ。
とにかく全身くまなく強度の筋肉痛で、力が全然入らないやら、どこかを少し動かすだけで痛みが出るやらの有様だ。リエルと、叩き起こされたトモと、ふたりがかりでベッドに運ばれる際にも、三人はそれぞれに非常に苦労した。
隣接した敷地で行われているライブの音と振動が伝わって来て、神経を逆撫でされて苛立つような、でもライブを見たいようなと気分は落ち着かない。加えて身じろぎしても痛みが出るので、思考面も心理面も非常に圧迫感がある。
不意に部屋の入り口のドアがノックされた。
「はい!」
声を上げる動作と振動だけでも痛みが出て、顔をしかめる。
「艦上ですわ。入ってもよろしくて?」
「え⁉ 艦上先輩⁉ どうぞ」
「失礼いたしますわ」
入って来たレイコは、チハが見慣れた特生軍の制服ではなく、訓練校の制服だった。階級章が、通常の訓練生との違いだ。
目をぱちくりさせて見つめる後輩を、先輩は微笑んで見つめる。
「今日は学校へ行こうと思っていたのですけれど、午前の授業が無くなったと聞きまして、チハさんの様子を見に来たのですわ。体調はいかがですの?」
「ど、どうぞ、座ってください!」
慌てるチハに頷き返し、レイコは備え付けの机と対になっている椅子をベッドに向けておいて腰かけた。
「残念でしたわね、ライブが見られなくて」
「ほんっとーに失敗しました! ……いたた」
心底の悔いが伝わってくる言葉にくっついた呟きに、レイコは眉を上げる。
「だいじょうぶですの?」
「その、ただの筋肉痛ですよ。動けないだけで」
チハそのものはたしかに問題なさげな様子に安堵しつつ、レイコは首を傾げる。
「いったい何をなさったの?」
「クラスメイトに、格闘技を教えてもらったんです。その子、シミュレーションのJKでもパンチとかキックをうまく使えて、ダイ特尉もすごいって言ってたぐらいで。あ、JK対JKのシミュレーション大会で世界一なんですよ⁉」
「まあ、すごい方ですのね」
「それでその、昨日の夜、あのコを動かすのに役に立つかもって思って教えてもらったんですけど、つい夢中になって練習して、知らないうちに気を失っちゃったみたいで、その子が朝、気絶してたわたしを見つけてくれたんです」
「気絶するまで……」
レイコは絶句した。
いったい何時間継続すればそんなことになるのか。喉の渇きや疲労を感じず、限界を迎えて倒れるまで気づかない集中力というもの。
人一倍集中力があると言われるレイコでも、適切な小休止や水分補給などを意識していることもあるが、想像できるものではない。
チハは先輩の反応に、恥ずかしそうに俯いた。
「その、先輩にくらべたら、全然ですよ。お母さんからも聞いてますけど、優秀だけど、そもそも努力だけでも人並外れてすごい、努力する天才だから手がつけられないって。わたしは努力とかしようと思っても意志が弱いから、受験勉強も、お母さんがマンガとかゲームとかアニメのDVDとか、わたしを誘惑するために買ってきたのに勝てなくて……」
後半の内容に、レイコは少し呆気にとられて眉を寄せていた。
娘をきたじぇに入れたくないニナが権限などを行使して落としたわけではないとは知っていたが、ある意味で妨害工作は行っていたのだ。
気を取り直したレイコは、あらためて前半の評価にはにかみながら口を開く。
「たしかに、努力はしようと心がけておりますの。けれど、気絶するまでやれるような根性は、わたくしにはございませんわ。それは、誇っていいと思いますわ」
「そうですか⁉」
「え、ええ……」
チハが顔を上げた勢いに気圧されつつ、レイコは肯定した。
「そっかぁ……」
後輩が感じ入ったように呟く様子に、レイコは無言で小首を傾げた。
「えへへ、先輩にほめられるようなことが、ひとつでもあったことがうれしくって」
「ひとつだなんて、ドラムキングを動かせることもすごいことですわ」
「うまく言えないけど、あれは気づいたら身についてたことだけど、根性は、わたし自身ががんばったことですから」
その解釈にうれしそうに目を細め、先輩は語る。
「わたくしも、天才というような形で褒められるのは、個々人が持って生まれたものですからあまり好きではありませんけれど、努力は自分で決めて行なったことですから誇れますわ。ただ、努力できることも向き不向きですとも思っておりますので、努力したくてもできませんことは、気にしすぎることはありませんと思いますの」
苦笑を伴った最後の部分の内容に、チハは目をぱちくりさせた。
「だって、今回は努力なさったから気絶されたんでしょう?」
「あ、そっか」
レイコはくすりと笑う。
「気絶なさるまでというのは、やりすぎですけれども」
「でもでも、お陰で勉強にはなったんですよ!」
上品に首を傾げて続きを促したレイコにチハはうれしそうに笑い、痛みで顔を顰めた。
「セカンドで言う、ひとつの動きを何個かの筋肉で動かすって話、実感しました。ずっと同じ動きを繰り返してると疲れた筋肉に力が入らなくなるんですけど、そのぶん他の筋肉ががんばってくれてるのがわかりました。少し力を入れる場所とか変えるだけで、楽にもなるし、苦しくもなって」
特殊少尉は目を丸くしていた。
ニナたちから聞いた話や普段の様子から、チハは座学において記憶と論理の両面で苦手であることはわかる。しかし今回は、自分の身体を通して『実感』で捉えることで理解したようだ。本質的な理解力に欠けているわけではないらしい。
「笑ったり、くしゃみしたり、ちょっと姿勢を変えるだけでも思いもしないところが筋肉痛になって、普段、わたしが意識してなくても、いろんな筋肉が協力してがんばってくれてるんだな~って、すごく実感してます。それで、お願いしたいことがあるんですけど」
「なんでございますの?」
「布団の中のにあるスポーツドリンクを飲ませてもらってもいいですか? 手に取るだけで地獄の苦しみだったのに、フタを開ける力が出なかったんです……」
唖然としたレイコが布団をめくってみると、たしかにチハの右手のそばにペットボトルがあった。
「これはどうされましたの?」
キャップを回して開けながらの何気ない質問に、チハはうれしそうに答える。
「格闘技を教えてくれた子が、常備してるからって、くれたんです」
「素敵な方ですのね」
「はい!」
レイコは恐る恐るチハが飲むのを手伝った。
「っぷはーッ!」
やっと水分補給できたチハは、仕事の後で一杯目のビールを飲んだ中年男性のように一息ついた。
「艦上先輩にこんなことしていただけるなんて、感激です!」
苦笑した先輩を、後輩は目を潤ませたまま見つめて黙り込んだ。
「どうかされまして?」
「いえ、ずっと仕事みたいなことばっかりでそれどころじゃなかったけど、わたし、艦上先輩の後輩になれたんだなって、いまさら実感して……」
「そう言えば、初めて会った時は、きたじぇに落ちたのでわたくしの後輩になりそこねたと、取り乱してらしたのですわね」
チハの顔が一瞬で真っ赤に染まり、挙動不審でしどろもどろになる。
「あの、その、それなんですけど……」
不意に、入口のドアがまたコンコンとノックされた。
言葉を探していたチハは想定外の出来事に目を丸くし、「あら」とつぶやいたレイコは視線をそちらへと送る。
「チハさん、いますか? 蒼杜です」
「え、リンゴさん? どうぞ」
「では、失礼します……あれ、レイコさん。おはようございます。チハさんも」
きびきびした動作で扉を開いて入って来たボーイッシュな私服のリンゴは、レイコを見て少し驚きつつ、ふたりに目を合わせて微笑みかけた。
なぜか彼女は薄型テレビを抱えていた。
きょろきょろとテレビの置き場を探すリンゴのすぐ後ろには、もうひとり続いていた。
「やっほーチハちゃん、オイラも来たよ~」
だぶだぶのパーカーとジャージをだらしなく着崩しているのは、十登利咲有だった。
リンゴ共々、チハが特生軍のエースたちに教えを乞うようになってからの関係だが、アニメやマンガなどが趣味のサキウは、チハと特に話が合う。サキウが基本夜勤シフトであるので、接点は控えめであるが。
「サキウさん、ありがとうございます?」
「ただの筋肉痛だったらヒマしてると思って、一緒に見ようと思って持ってきたー」
彼女が少し持ち上げて見せたのは、古い据え置きゲーム機に載せて一緒に運んでいたアニメのDVDボックスだった。
リンゴのJK「ガンバルオー」の元ネタ、「元気!無敵!ガンバルオー」である。
「見れる?」
「見れますし、見たい、ですけど……」
チハはレイコと見比べて戸惑う。
「お疲れ様ですわ。サキウさんは、夜勤明けでいらっしゃいますわよね?」
「んむ。勤務明けなのに休みの感じで遊ぶと、すごい得してる感じがするんだよね」
チハに向けて「おっけー」と答えたサキウは、早速持ち込み品をセッティングし始める。
「あと、雑用係とかも兼ねようかと思ったんだけど、レイコちゃんがいるなら、いらなかったかなー」
「トイレが部屋に無いので、もしかしたら、移動とか、ふたりいないときびしいです」
朝の経験をもとに本人は真顔で言ったのだが、レイコたちは少し狼狽えた。
その反応を見たチハは気まずい顔で逡巡し、そして決心して口を開いた。
「……ほんとにお願いしていいですか? ずっと行ってなかったし、水分とっちゃったから……」
レイコとリンゴに肩を借り、トイレからの戻りの廊下で、チハはしゅんとしていた。
「ごめんなさい、汗くさいですよね、運動しっぱなしで倒れてそのままだったから……」
「気になさらないでくださいませ。なんなら、せっかく大浴場なのですから、お背中お流ししましょうか?」
「うぅ~……。どちらもめいわくですよね……。なんか、そこまでしてもらうとバチがあたりそうで……」
真剣に悩む様子に、レイコとリンゴは顔を見合わせて微笑する。
チハの頭に、とある疑問が浮かんだ。
「そういえばリンゴさんは、プリズムシンセのライブは見に行かなくてよかったんですか?」
「興味はあったんですけど、わたしたちがいることがわかったらウメさん……虹彩ソラさんに無茶ブリされるからやめとこうってサキウさんに言われたので……」
意外な理由にチハは驚き、レイコは苦笑していた。
「観ていらっしゃたところで、そうそう見つからないと思いますけれど」
「実は、きたじぇまでJKで来たんです、わたしたち。サキウさん車の免許持ってないから。たぶん、気づかれたんじゃないかと思います」
リンゴは呆れたレイコに何か言われる前にと、まくしてたてるように続ける。
「ニナさんには口頭で許可をもらってますよ! 普段はともかく、むしろ今の状況だと、何かあっても即出動できるから、かえっていいみたいで」
レイコは納得した。たしかに言えている。
ちなみに、このあたりの地理として、きたじぇと寮は敷地として実際に隣接しているが、きたじぇと基地はこの地域の感覚では「近い」のだが、隣の家まで五百メートルなどが普通の界隈である。基地からきたじぇへは徒歩で一時間近くかかり、JKだとゆっくり歩いて十分かからない。起伏は穏やかなため、通常は自転車も選択肢にはなる。
持ち込まれたゲーム機をDVDプレイヤーとして使用し、レイコも含めた一同は、「元気!無敵!ガンバルオー」を鑑賞していた。四話目のエンディング中、レイコが顎に指をあてて思案する。
「必殺技は、名前を叫ぶことも含めて、毎回同じ動きのルーティンとしていますのね。リンゴさんは、これを参考にされたのですわね」
この特殊少尉は、毎回同じ動画を使いまわしている必殺技シーンを、スポーツ選手などが特定の一連の動作を定型化することによりシュートなどの精度を安定させる「ルーティン」と捉え、現実的に解釈していた。実際にJKに乗ってスイッチが入った時のリンゴは、結果的にそうなっている部分もあるものの、始めたのは別にそれが理由ではない。
こういったアニメで、「変身もの」の「変身」シーンや「ロボットもの」の「変形」「合体」シークエンスに、「必殺技」カットなど、ある種の「お約束」などで登場頻度が高いシーンは一度作った動画を使いまわすことは基本である。こういったカットを「バンク」と呼ぶのだが、大きな理由はなんといってもコストカットとなる。
併せて、現実味と乖離しているが効果的、且つ「お約束」を兼ねる演出として、歌舞伎の見得のような大事な側面も持つ。
リンゴは困惑して、説明をするべきか悩んだのだが、
「おもしろいから、そっとしとこ」
サキウに言われ、沈黙することに決めた。
「あ、そういうことだったんですね!」
納得するチハと微笑みかけるレイコを、サキウとリンゴは微妙な顔で見ていた。
そんなことには気づかないレイコは、神妙な顔で呟く。
「それまで晴れていましても発生するあの『いなずま斬り』の時のいなずまは、どういう理屈なのですかしら。攻撃には使いませんのね」
大上段に剣を構えた時に発生するそれは、演出である。
「それにしても、リンゴさんのJKもアニメを元にしているとは知っておりましたが、ガンリューとはまた趣が違うのですわね。教訓を含んでいたり、故事をモチーフにしていたり、幼い子供向けと言っても、おもしろおかしいお話の形式をとりながらも教育的要素を含んでいて、とてもためになりますわ。みなさんが好きになるのも理解できますわ」
上品な笑顔での言葉に、三者が三者とも「好きになったのは別にそういう部分ではない」とは言えなかった。
翌日、多少マシになったとは言え、全身が筋肉痛であらゆる動作がぎこちないながら、チハは登校できた。
休み時間、彼女は携帯電話でひたすら前日のライブの動画を見ていた。
その様子を微笑ましく見ていたクラスメイトのひとりが、おどけてギターを演奏する真似をする。
「すごかったよね、あれ、エアギターじゃないよね。JKで演奏とか、どうやってんだろ」
笑って見ていた別の生徒は、別の疑問を抱いた。
「でもさ、あのふたりって、広報部でしょ? きたじぇから特生軍に一期生で入ったのあのふたりだけなのに、あんな仕事させられて。結局訓練校出身だと、バスターとしては弱くて使えないのかなぁ」
「……っていうことがあってね」
放課後、ナゴミに特生軍基地へ連れて来られたチハは、よたよたと歩きながらクラスメイトのやりとりを報告していた。
「それは由々しき自体だが、ちょうどよかったな」
司令部の扉が開き、ふたりは中へ入った。
巨大なモニターには、怪獣と戦っている虹彩そらと虹彩るなの映像が映っていた。
頭部の表情表示用装置こそただの装飾に変更されているが、基本的にはライブの際の外装そのままだ。
相手は大型怪獣が一体に中型怪獣二体、他に小型怪獣が数体。
チャノの駆るトリックスターもいて、今は黄色主体の「ダイヤスタイル」の外装である。
トリックスターともう一体のJKは、プリズムシンセの連携の邪魔をしないように小型怪獣の排除にあたっており、大型と中型は、実質アイドルデュオが相手どっている。
踊るように武器を振り回す二体は、目まぐるしく位置関係を入れ替えながら戦っている。お互いが後ろにいようが横にいようが、まるで確認する素振りも無く、ぶつかるどころか、相方の動きを前提としているようにしか見えない。
それは最早「連携」という次元を超越していた。
司令部には、ふたりの通信音声が流れていた。
ウメつまりソラは、鼻歌で持ち歌をメドレーのように歌っていた。時々、歌詞を口ずさんでいる。
チハにはその時々の動きに合わせて曲を変えているように思えた。
突然、二体のJKは武器を投げ捨てた。
呆気にとられる一同の視線の先、両騎は両手を伸ばして掴み合い、「るな」が「そら」をジャイアントスイングさながらにぐるりと振り回し、そのまま四脚の草食恐竜のような大型怪獣へ向けて放り投げる。
会話のようなやりとりは一切無く、である。
勢いをつけて宙を飛んだ彩音そらの爪先が、怪獣の額のクリスタルコアに突き刺さって粉砕した。
『ふんふふ~んふん♪ ピカッ☆』
地面に降り立ち、キメポーズすら見せる余裕に、チハたちは唖然とする。
基地へと戻ってきたプリズムシンセの二体は五体満足であるものの外装は多少損耗していた。ほとんどが激しい動きによるものであり、ダメージという感じではない。
ウメとイナホと合流したチハたちは、バスター用の畳敷きの休憩室で、ちゃぶ台に駄菓子を広げていた。
ナゴミとエレナにラリサの他、チャノとリンゴもいて、一同はレイコが淹れた緑茶や思い思いの飲み物を飲んでいる。
「あははー、たしかに、わたしたちは弱いよ~!」
ナゴミの出した話題をウメは笑って肯定したが、先ほどの戦闘を踏まえると、強者の余裕にも見える。
お茶を飲んで、ほっと一息ついていたイナホが、淡々と述べる。
「五年以上前から実戦を繰り返してた人たちに、シミュレーション戦ばっかりだった私たちが勝てるわけがない」
「ねー!」
「訓練校を卒業した私たちに求められるのは、さらに先を見越した能力だから。言い方は悪くなっちゃうけど、今までの実戦の能力しかない人たちとは違うこと」
「痛い……」
沈痛な面持ちで呟いたのはチャノだった。
集まった視線に、リンゴが解説する。
「その、銃が主力になる可能性を考えると、バスターじゃいられなくなるかもしれないって不安がありまして……」
「そりゃなー、ナゴミさんですら、セカンドに対応できなくて引退みたいになってんだもん、考えたら当たり前なのになー、なんも考えてなかったんだよ……」
当のナゴミはコメントに困る様子だった。彼女はそれなりの手順を踏んで、体裁を整えてJC訓練校の教諭職に就いている。
「リンゴは大検の勉強してるし若いけど、アタシは中卒ハタチで……」
あたりに重苦しい空気が満ちた。
気まずそうにした後、ウメが話題を変える。
「で、あのデカいヤツを、チハちゃんが動かすんでしょ? チハちゃんのすごさはわかったけど、それでもダメなんだ?」
ウメとイナホのふたりもまた、基地の他のバスター同様にドラムキングの操作をすでに試していた。トランスレータあり・なしや、OSのパラメータ値を動かすことも試したが、結果として手応えは無かった。それに付随して、ドラムキングの性質とチハの能力について説明も受けていた。
コンビネーション以外に特異な能力があるわけでもなければ、JKについてエレナやレイコのような専門知識があるわけでもないので期待はなく、特に隠す理由はないというだけで流れから教えたものである。
なんでもいいから進展のきっかけになればいいという、溺れる者は藁をも掴む的な部分はあった。繰り返しになるが、なんら期待があったわけではなかったのだ。
「ちょっと、手が足りないんです。足一本、腕一本動かすときにも、ファースト一体動かすよりも大変な感じで」
「ん、んー? あれ全体動かそうとするなら、ファーストをいっぺんに四体とか動かす感じってこと?」
「たぶん、戦おうとしたらもっともっとです」
「わたくしのように、手などの外部操作でも補助できたらよいのですけれど、ちょっとそれも、複雑さを考慮すると焼け石に水ですの」
「そもそも能力的にそういうのは無理だろうしな、たぶん」
ナゴミの補足に、チハはしゅんとする。
「手が足りないという言い方は、表現としては本当に適切とは思うのですけれど」
目を閉じて考えていたイナホが、おもむろに口を開く。
「誰でもできる感じで、頭だけでなく操作したいなら、この前、札幌で……」
「あー、あれ? カミナリ博士のところの」
「イカズチじゃない?」
苦笑したエレナにはイナホが返す。
「そうです。道央大学の」
「ヒカリさん?」
質問したのはチハだ。
「そっか、チハちゃんは知ってるんだよね、私の叔母さん」
促すようなエレナの視線に、イナホは淡々と続ける。
「わたしたちが歌って踊りながらJKを操作してるときの状態が知りたいってことで、データ取りに協力したんですよ」
「え! あれ、同時にやってんの⁉ そもそも遠隔操作?」
ラリサの驚愕に、ウメは破顔した。
「いや、だってJK動かしてるときって、頭で考えてるだけじゃん。戦闘とかじゃなくて慣れた振り付けさせるだけなら、別のことできるでしょ」
表情の動きが極端な従妹に対し、イナホは穏やかな微笑を浮かべた。
「歌もダンスもJKの操作も、どれも反復練習して定型化してるから。たぶんラリサちゃんが思うより楽だよ」
さらにエレナが解説する。
「今でも、事前に登録した信号を元に、近距離で定型化した動作とかをゆっくりできることぐらいは知ってるよね? あのダンスとかは、その発展技術なんだ。定型化したもの以外はやっぱりむずかしいし、距離もまだまだ離せないけどね。そういう新技術の試験なんかも、このふたりの大事な仕事なんだよ。実戦でやるわけにはいかないけど、なんらかの明確な目的とか成功失敗の基準を持ってやると、ただのテストよりも得るものも多いし、お金も稼げるし、いいことずくめなんだよね」
事情を知らなかったチハとラリサの感嘆にウメはここぞと胸を張り、イナホも少しうれしそうだった。
ウメが思い出したように話題を戻す。
「あ、で、その時に使った博士自慢の機械があって……」
一同は、その内容に聞き入った。
翌日、チハたちは札幌市、道央大学のとある研究室へ来ていた。
状況が状況であり、有事に備えて必要最低限の人員ということでチハとレイコとエレナだけである。
ひとりで隔離されたチハが身に着けているのは非常に簡素なシャツとレギンスと、JK操作用の標準的なヘッドドレスだけである。
高さ二・二メートル、およそ直径四メートルのドーム状の空間の中心で、彼女は天井から下がっている特殊な形状のバーのアタッチメントに腰の部分で固定されていた。
周囲はシンプルな壁に見えるのだが、チハには理解できない機械が詰まっているとのことだった。
他のふたりと雷光博士は、別室でモニタリングしていた。
ヒカリがマイクを通してチハに語り掛ける。
「ごめんなさいね、機械の都合で、そんな恰好させちゃって」
『いえ、ぜんぜん。なにをしたらいいでしょうか』
「シミュレーションデータの反映は終わってるから、まずは、いつも通り頭だけでドラムキングを操作してもらえる?」
『はい』
一通り歩いて止まるという簡単な動作を終えると、ヒカリは満足そうにうなずいた。
「じゃあ、今度は、頭で操作しながら、そのドラムキングと同じ動作を自分の体で、できるだけきちんと一致するように一緒にやってもらえる?」
チハは戸惑った。
特に人体に似た形でUマッスルを配置されたセカンドに慣れたバスターやドレッサーは、基本的に無自覚だが、脳内で大抵は自分の身体を操作する感覚をそのまま転用していることが多い。
同じことを要求されても、普段は黙読しているところを音読するような感覚で、わりと適応してしまう者が多いはずだ。
しかし、今回、外から見た身体の動作は同じでも、ドラムキングの内部的には人体の筋肉の操作感覚とはまったく異なっているのだ。
この要求は、どちらかと言うと、生身のダンスとJKのダンスの振り付けが異なる場合のプリズムシンセのパターンに近く、ぱっと適応できるものではないのだ。
順序を追って思考すればヒカリも理解はできるはずだが、感覚がついていっていなかった。
レイコがあらためてマイクに向かった。
「ではチハさん、まずいつも通り、頭だけの操作でただ歩き続けていただけるかしら? 歩調は乱れないように、まったく同じ動作を繰り返す感じでお願いいたしますわ」
仮想空間内のドラムキングと、真剣に打ち込む様子のチハが安定したこと、そして自分のコンピュータに表示されるデータとを比較し、レイコは納得したようにひとりで頷いた。
「ではそのまま、ドラムキングはまったく同じように歩かせたまま、自分もまったく同じように歩いてくださいませ。一度、画面に左右から映した映像も載せますわ。もしも邪魔だったら、おっしゃってくださいな」
「わかりました」
頷いたチハのスポーツグラス型HMDの視界、これまではドラムキングからの視点だったそれに、ワイプで二つ映像が追加された。それは全身像が見える距離の左右からそれぞれドラムキングを表示している形である。
チハは言われた通り、表示されているそれ、つまり今の自分がコントロールしているドラムキングと、自分の姿勢や速度が一致するように務めた。
「いい感じですわ、チハさん。では、慣れましたら、少しずつパターンを変えていきますわよ」
集中して作業し始めたレイコとチハに休憩を提案できない空気を感じ、むしろその張り詰めた場から逃げるような意図さえ持って、ヒカリとエレナは近くの自動販売機へと飲み物を買いに来ていた。
「あのチハちゃんがねー……」
ヒカリが鉄人作りにニナを誘った張本人であり、その頃は当時五歳頃のチハと半分共同生活のような形だった。ダイレクトラインの発見がチハに因るものであることも知っているわけで、今の状況は感慨深いものがある。
「というか、レイコちゃんもすさまじいわね。あれ、リアルタイムでシミュレーションプログラム直しながら、OS用のプログラム同時に作ってない……?」
レイコの指示でチハが動く間、自分のところの機材がきちんと動作しているかを見ていることぐらいしかヒカリにできることはなかった。
途中でレイコの作業を後ろから観察したのだが、チハと会話する間もチハが動いている間も、白魚のような両手指は、優雅だが猛烈な速度で間断なくキーボードを叩き続けていた。画面を見てぼんやりと感じ取れた情報は常識的に想定できる内容ではなかったので、あまり肯定されたい確認ではない。
エレナは自分も信じたくないような顔をしていた。
「っぽいね。すごいのは知ってたけど、まあ、とんでもないね……」
ふたりが飲み物を手に戻ってくると、チハとドラムキングは、ゆっくりとした動作で体操のようなことをしていた。
エレナが目をむく。
「もうそんなことまでできるの⁉」
先日までは、立ち上がることさえおぼつかなかった。ふらつきながら二、三歩あるいただけで劇的な進歩だったのだ。
「ですけれど、今の見通しでは、ここから先について期待できる進展は大きくありませんわ」
レイコの表情は険しい。
そんな彼女の両肩を、ヒカリは軽くほぐすように揉んだ。
「まあまあ、できないことは、力んでもできないよ。先輩からの忠告ね」
そう言って、ヒカリはあらためて画面に目を通した。
「チハちゃん、まだ続けてもだいじょうぶかな」
『歩いたり体操したりぐらいしかしてないから、問題ないです』
「じゃあ、こんなんどうかな」
言って、ヒカリがコンソールを操作すると、カメラ越しのチハの目が見開かれた。
『なんですか、これ⁉』
「いままで集めたデータをもとに、チハちゃんの、頭じゃなくて身体の動き、神経の働きなんかに合わせて、大まかな部分はプログラムが補助してくれる。チハちゃんの頭側には余裕ができたんじゃないかな」
『はい。だいぶ楽になりました。でも、それだけじゃないですよね?』
「おもしろいでしょ?」
チハが自分の腕や脚を触るような動きをし、ドラムキングも同じ動作を追従する。傍目には今までとの違いがわからない。
ヒカリのさらなる操作で、仮想空間内に巨大な棒が現れた。
「レイコちゃん、ちょっとつついたりしてみて」
レイコはチハが入っている包括的なシステムの機能については把握しているのだが、実際には、いまひとつ実感できていない。ゆえにヒカリのこれは的確な提案だった。
チハ視点で見ると、空中に巨大な棒が現れ、浮いている状態であり、なかなか不自然で不安を感じさせる。
その棒が、ドラムキングのあちこちをつつく。
ドラムキングがつつかれるたび、チハもリアクションを取り、ひとりと一体の姿勢はほとんど一致していた。
「レイコちゃん、遠慮しすぎだねー。テストなんだから、きちんとやらなきゃ。チハちゃん、いくよー」
ヒカリが言うや、チハの反応を待たず、棒は本当に遠慮なくドラムキングを強烈に突いた。
と、仮想空間内でやや突き飛ばされる形で転倒するドラムキングと同様に、チハも接続されたバーの動きもあり、ほぼ同じ形で転倒することとなる。
「チハさん、だいじょうぶですの⁉」
倒れこんで動かないチハを見て、レイコは心配して声をあげた。
うつぶせのまま、チハはしばらくぶるぶると震え、レイコの不安は募る。
突然、チハはがばっと顔をあげた。その表情は喜びとも感動ともとれる、明るいものだった。
「なにこれなにこれ、すごいですね‼」
ヒカリは満足そうに頷いた。
「でしょ。神経に動作をフィードバックできるんだ。折角ウリなのに、使う機会がそんなになかったから、こっちもうれしいよ」
レイコはほっとして力を抜き、エレナは苦笑していた。
テストを終え、チハもモニタリングルームへとやって来ていた。着替えずに、上着だけを羽織って椅子に腰かけ、温かいココアをすすっている。
真剣にデータに目を通しているレイコに対し、ヒカリはどういうわけか悪戯っぽい表情を浮かべていた。
「で、レイコちゃん、これを使ってデータ集めをしたら、ドラムキングは実用レベルまで持っていけそうかな?」
レイコはヒカリの様子がいまいち理解できないまま、柳眉を寄せた。
「おそらく、無理ですわ。これまでと比べますと明確に前進するのはたしかですけれど、ダイレクトラインに関連のありそうな壁がございますので、戦闘に用いる水準に届くかといいますと、届きませんと思いますの。それを取り除ける目途が立ちましたら別でしょうけれど、手掛かりすら得られていませんことに期待するわけにもいきませんわ」
話しながら、レイコは意見を求めるようにエレナを見ていた。こちらは肩をすくめる。
「基本的にレイコちゃんがわからないことはわからないからね、私も同意見だな」
「レイコちゃんでも、今の条件で、もっといい方法は思いつかないの?」
なぜか少しうれしそうなヒカリの問いに軽く首を傾げながら、レイコは頷く。
「ええ」
「ヒカリちゃん、なんでうれしそうなのさ……」
エレナは非難するような視線を叔母へと向けた。
応じるように嬉々としてヒカリが口を開きかけた時だった。
「あの、これ、そのままドラムキングに乗せれませんか?」
チハが、さっきまで自分のいた空間を指さして何気なく言った。
レイコとエレナは目を丸くして固まり、
「ぬぅぉおおおおおぅ……‼」
もうすぐ四十歳にもなろうという大人が、絶叫しながらのけぞった。
レイコとエレナはぎょっとし、チハもびくりとする。
「ひとつでも! レイコちゃんに大人らしい提案ができると思ったのに!」
「いや、さっきからの言動がもう大人っぽくなくない?」
本当に悔しそうに歯噛みするヒカリを、姪は冷ややかな視線で射抜く。
すでに平常運転に戻ったレイコは、冷静に思案していた。
「ですけれどこれ……」
「私はこれの設計・仕様は知ってるし、今回の話を受けてから、あのデカいニャンコの設計なんかも確認してあるよ。少しいじればいけるはず」
「いえ、そうではなく、これから造るとなりますと予算と時間の問題が……」
ヒカリは不意に優しい表情を浮かべ、レイコの頭を撫でる。
「レイコちゃんは常識人だよねー。発想は自由にね。チハちゃんが言った『そのまま』って、これと同じものじゃなくて、これそのものでしょ?」
ウインクして問われたチハは、わざわざ確認されることが理解できないように、きょとんとした表情で頷いた。
レイコは唖然とした。
作業が終了した後、十勝へ戻る特急電車まではしばらく時間があった。
ヒカリとエレナは公私ともに話すことがあるため、折角札幌へ来たのだからと、チハとレイコは時間まで好きに過ごしていいと言われた。
ふたりの少女は、チハの提案で大通公園を訪れていた。
夕方になっており、寒さに身を竦めながら、ふたりはそれぞれ懐かしそうに見回す。
「あのへんで、ガンリューが初めて戦ったんですよ!」
テレビ塔の下あたりを指さしたチハは、「あ!」と発言を悔いるように表情を変えた。
「構いませんわ。わたくしの両親がそのときに亡くなったこと、ご存じですの?」
「はい」
落ち込んで俯いた少女に、レイコは微笑みかける。
「よろしいのですわ。あの戦いの結果、両親が無くなったとはたしかに言えますけれど、あの戦いで、わたくしの命が助けられたのも本当ですわ。今の自分に悔いはございませんの。幸せだと断言できますもの、ですから、感謝さえしていますわ。それに、あの戦いに、悪者なんておりませんでしたもの。怪獣も含めて」
「それって……」
目を丸くしたチハに対し、相手は愉しそうに笑っていた。
「昔、わたくしの命を救ってくださった方から教わったのですわ。怪獣は人間のことがわからないだけなのに、やっつけられるのはかわいそうだって。それで決めたのですわ。わたくしは、いつか怪獣と戦わなくてすむ世界を目指すと。そのために相手を知ることが肝要で、対特殊生物自衛軍に入ったのも、その手段ですの。ニナさんが掲げた『いつか自在甲冑が戦わずにすむ日が来ること』と、同じ目標ですわ」
凛として語ったレイコは、感じ入ったような表情で黙り込んだ少女を柔らかい表情で見守った。
チハは、思考をまとめられず、感情に突き動かされているかのように顔を上げた。
「わたし、わたしにも手伝わせてください!」
「もうじゅうぶんに手伝っていただいておりますけれど」
愉快そうに笑ったレイコは、深々とお辞儀をした。
「あらためて、こちらこそ、ぜひ、お願いいたしますわ」
「よ、よろしくお願いします!」
慌てて対抗するようにチハも頭をさげると、
「いたっ」
「痛いですわね」
頭をぶつけてしまったふたりは、顔を見合わせて笑った。
ふたりは、あらためて大通公園内を歩き始めた。
季節的に、噴水はまだ動いていない。
「焼きとうきび、まだ売ってないんですね」
ワゴンで焼きとうもろこしの販売が始まるのも、まだ先なのた。
チハは、がっかりしていた。
「残念ですわね。わたくしも食べたかったのですけれど」
「ほんとですか?」
優雅な微笑みが応じる。
「わたくしが今までの人生で、一番おいしくいただいた食べ物が、ここで食べた焼きとうもろこしですもの」
この発言に驚いたように、チハは目を見開いた。
「それって……」
「秘密ですわ」
唇に人差し指をあて、悪戯っぽくウインクしたレイコをチハは呆けたように見返していた。
数日が経過し、世界で超大型怪獣の確認例が増えていた。
当面人的被害に繋がらないと思われる個体は、基本的には放置されている。
一方、都市部が蹂躙され、多大な被害を出した地域もある。そういった個体は最終的には討伐されているが、バスターにも死傷者が出るのはほぼ当然となっていた。
北海道における超大型怪獣対策のふたつの柱がJK用銃器の導入とドラムキングの実用化である。
JK用銃器の配備は、到着と実物での訓練を待つのみである。
問題は、ドラムキングだ。
複座型への改修を控えていたドラムキングは、主操縦席を例のドーム型ユニットへ換装し、補助操縦席は直列的に上に配置することとなった。新機構によって、ひとりで操縦できれば御の字で、その場合でも副操縦席はモニタリング等でも使うことが可能で、大きなデメリットは存在しない。
ユニットサイズが変わりすぎて、通常ならばおおごとである。しかしJKは性質上、胴体は大雑把に言えば空洞でよく、ましてドラムキングは巨大に過ぎることから、設計変更による問題は特に生じず、メカニズム的な部分での対応はじゅうぶんに可能であると思われた。
状況が状況であることから、様々な部分で特例許可を取り、急ピッチで作業は進んだ。道央大学の研究室から取り外されたユニットは、ほぼ組み込みが終わるところである。
これほどの作業速度が実現したのには、汎用作業騎としてのJCの存在が大きい。従来であれば複数の大がかりな重機を使用し、時間をかけて交代で使用するような場面もそのまま通して行えるし、そういったものでは不可能な応用を求められるような作業にも容易に対応してしまうのだ。
改修後の実用化へ向けては、短期的には複座での操作を前提とした訓練が始められた。
試してみなければ実騎でどの程度までチハがひとりで操作可能かわからないので、今できることをするためである。無駄になれば、むしろしめたものである。
レイコとチハは訓練校へは行かず、基地でのシミュレーションを中心に、協力しての操作を模索し続けていた。
その一環として、レイコもリエルに基礎の拳突きと蹴りとを教わった。運動の苦手そうなイメージと裏腹に要領よく身につけてしまうレイコに、リエルは驚愕と嫉妬をおぼえながらも、チハには教えていなかった技までもを教えてしまった。
しかし、技術試験騎に前例もあったという複座操作は、その時同様に一向にうまくいく気配はなかった。
チハの動作意図に合わせて補助しようにも、レイコはその時々のチハの判断に一貫性や法則性を見いだせないのだ。一致しなければ、それは動作の阻害、邪魔にしかならない。
ある日の昼食時間、基地の食堂でふたりが食事をしていると、プリズムシンセのふたりがやって来た。元々、超大型怪獣への備えとして呼び戻されたふたりは、しばらくここを拠点に活動しているのだ。
それぞれに挨拶を交わして相席の形で腰を下ろすと、ウメが率直に訊く。
「で、あれ、どうなの?」
「おかげさまで、大きな前進にはつながりそうですけれども、実用化できますかどうかは不明ですわ。ふたりでの操作も、手ごたえを得られませんの」
「そっかー」
思案げなウメと、内容を受けて沈んだ表情のイナホ。
うどんの汁をすすっていたチハが、中断してふたりを見比べる。
「おふたりは、すごく息が合っていますよね。あのコンビネーションなら、ふたりでひとつのJKも動かせちゃいそう。やっぱり、いとこ同士で小さい頃から仲がよかったからですか?」
ウメとイナホは視線を交わした。
「別にね、普段レッスンで叩き込んでる振り付けを使ってるだけだよ。使いたい振り付けのところの鼻歌とか歌詞を軽く歌ったら、イナホちゃんが合わせてくれるんだ。って言っても、おおざっぱなところ以外は全部アドリブだから、イナホちゃんがすごいんだけど。ほんと」
褒められたイナホは照れ臭そうだ。
「すごいですね!」
あの日、チハは、ウメが戦いの場面に合わせて気分で鼻歌などの曲を変えているのだと思った。実際には、状況に応じた動きを伝えるためにウメが曲と部分を選んでいたのだ。
素直に驚嘆するチハに対し、レイコはなぜか愕然としていた。
突然、プリズムシンセのふたりへと頭を下げる。
「おふたりとも、重大な示唆、ありがとうございますわ!」
彼女はすぐに顔を上げ、最後のひとかけだったサンドイッチを上品に頬張り、丁寧に咀嚼して飲み込んだ。
「チハさん、食べ終わりましたなら、すぐ、打ち合わせですわ。最優先でやることができましたの!」
急かされたチハは、わけがわからないままにうどんの汁を飲み干し、先輩に続いて早足で食堂を出て行った。
残されたウメは、ぽかんとした顔だ。
「よかった、んだよね?」
「……レイコちゃんとチハちゃん、歌って踊るのかな」
イナホは、ぽつりと呟いた。
突き抜けるような快晴のその朝。
最近の流れとして、他の生徒の登校開始前に、チハとレイコは寮の近くで待ち合わせ、エレナの車に拾われて基地へと向かっている。
ふたりが挨拶をしながら車に乗り込むと、
「ついに、今日、ドラムキングをあらためて動かすからね」
明るく言ったエレナは上機嫌だった。
チハも、わからなくはない。
あの試作自在甲冑は、技術陣を始めとした皆の夢の結晶、努力の成果でもあり、それが成功することは喜ばしい。
超大型怪獣への対抗戦力ができることは、客観的には心強い。第三世代の標準となれたなら、それは人類にとって朗報ですらあるだろう。
しかし、それはつまり、刻々と迫っているのであろう超大型怪獣との戦闘に向けての大きな一歩である。
今、戦うことになるのなら、戦うのはチハなのだ。
少女は、覚悟を決めなければならないと思った。だが、それだけの時間は与えられなかった。
エレナの携帯電話は、古い怪獣映画のBGMを使った着信音を鳴らし始めた。
立ち上がったドラムキングの中で、副操縦席のレイコは手早く騎体の状況確認とセットアップを行なっていた。
本来は実際に動かす前に技術スタッフが中心に丁寧に行うはずだった部分は、自己診断機能をできる限り信頼し、最低限必要な部分だけこなして省略する。設計と仕様を把握しているからできることである。
主操縦ユニットのチハは簡素なシャツとレギンスで、道央大学の研究室の時と同じく、天井から下がるフレキシブルに稼働するバーに腰で固定されている。
すでに迎撃エリアで、超大型怪獣も含めた群れと多数のJKの戦闘は開始されている。
司令部と現場のやりとりの通信を聞いて、チハの緊張が高まっていく。
少女は、一度ヘッドドレスを外した。
髪を束ねているリボンをほどいてハチマキのように締め、気合いを入れる。背中には直毛の黒髪が流れた。
『そう言えば、紅姫の時もやってらしたわね』
チハが映る画像をちらりと一瞥し、猛烈な速度で作業する手は一切止めないまま、レイコが言った。
「昔、ナゴミちゃんがハチマキを巻いて戦ってたので……」
『ああ、そうでしたわね』
恥ずかしそうに答えたチハに、レイコは懐かしむように目を細めた。
今のチハと同じ年頃だろう、活動し始めて英雄として扱われていたナゴミは、JKに乗っている時、たしかにハチマキを巻いていて、トレードマークのようにもなっていた。
チハは考える。
幼い頃、ハチマキを巻いてJKに乗るナゴミは確かにかっこよく見えて、だが本人は戦いたくないということは知っていたから、チハもつらかった。
自らの思いと裏腹に戦い続けるナゴミは、それでもハチマキを巻くと凛としていた。
そんな時どういう気持ちだったのか、想像してもチハにわかるわけはなかった。
真似をするのは、憧れによるものではない。戦いたくないナゴミが自分を鼓舞していたのかもしれない行為で、少しでも自分に勇気が欲しいからだ。
もしかしたら、今のチハの気持ちは、わずかでも当時のナゴミのものに似ているのかもしれない。
『チハさん、お待たせいたしましたわ。では、実物ではぶっつけ本番で申し訳ございませんが、試してくださいませ』
「はい!」
チハは直立姿勢をほぼ維持する形でわずかに全身を動かし、連動の確認を終えると、満足したように頷いて腕を組んだ。
ドラムキングはその動作を追従し、腕組みをして仁王立ちする。
「これなら、最低限は動かせそうです。今のわたしたちにとっては、ちょうど最大限」
『では、行きますわよ』
「がってんです!」
※予告※
ついに始まった、大雪山地域における超大型怪獣の迎撃戦。
未完成のドラムキングは、果たして戦闘に間に合うのか。
複座での操作がまともにできないのではないかと思われていたふたりは、そもそも戦うことができるのか。
次回、第7話「未完の大器、ドラムキング出撃!」