第4話 戦いなんて、したくない
くろにくる うんちく講座 第3回
HM型とMS型
一部の例外を除けば、この二種の身長16メートルが、日本を含めて2021年四月時点のセカンドJKの世界標準である。
HM型は、紅姫やヴァルキュリヤに代表される、人体に似た体型。上腕より前腕、太ももよりも下腿が細い形になる。「ヒューマン」が由来との説が根強い。より人間の体型に近く、より万人向けで癖が無い。MS型との比較としては、腕や脚を身体に引きつける動作が得意で、相手の動きに合わせて動く、回避にカウンターや後の先が得意とされる。
MS型は、ガンバルオーやベールクトのように、上腕よりも前腕、太ももよりも下腿が太くなる、まさしくガンバルオーのように、アニメにでてくる一部のロボットのようなプロポーションであり、MS型と呼ばれる。「マッシブ」説が有力である。MS型は蹴る、武器を叩きつけるなどの手足を伸ばすときに力を入れる動作が得意とされる。ゆえに、地面を蹴って跳び、走り、機動で相手を撹乱して自ら攻撃を当てていく戦法に向く。
どちらも大枠の括りでの傾向であり、結局のところバスター個人の技量やJKの個体特性などに依存するところも大きいため、まったく逆の戦術を用いることも別に珍しい話ではない。
頭頂高が18メートルあるベールクトも、背中のアタッチメントが無くても大きさだけでじゅうぶん特殊と言えるが、分類としてはMS型となる。
タビーキャットタイプ
人型形態とネコ科の獣のような四足獣形態で体型をシフトできるセカンドJK。
人型時標準身長は15メートルでセカンドとしては小さめ。体型をシフトさせる構造により、通常のフレームより関節回りの強度が劣ることから、負荷を軽減するために小さい。長さに対して質量は三乗で増えるため、軽減割合はバカにならない。
西暦2021年三月時点、アメリカのJKでは主力タイプ。広大な土地の長距離移動とJK用銃器運用の相性がいいことによる。
キリンの首の骨の数を代表的な例として、クジラやイルカなど、体型が大きく異なるものも含めて、異なる種でも哺乳類同士は基本的に対応した骨の数などは一致する。このことから、四足獣形態の操作面の適応は通常のセカンドの適性があれば容易であり、問題となることはまずない。
長所は四足獣形態時の機動力。不整地での高速移動時の安定性や、長距離移動時の最高速度など。
短所は体格と構造から来るセカンドとしてのパワーと耐久性の低さである。その両面から、近接武器の使用は一般的なセカンドと比べれば苦手。他と比較して複雑な構造から、製作、損傷時の修復も、通常のセカンドよりも手間がかかる。
銃器の使用により、攻撃力は銃器依存、遠距離攻撃を行うことによって、そもそも怪獣の攻撃による損傷を負う機会がほとんど無くなるということで、製作・メンテナンス面以外の短所がほぼ帳消しとなり、長所が丸々生きるような形になる。
モンスターバスター姉妹
アメリカを代表するバスターの姉妹。姉がエレン・ガンマー、妹がサラ・ガンマー。災害や戦争、経済恐慌などによる破滅的事態でのサバイバルに備えている人々「プレッパー」の家庭のひとつで育った。片田舎の小さな町出身。
大枠としてのアメリカへの愛国心は篤いが、政府組織などは信用しない。自主独立を旨とする。
世界中に公に怪獣の存在か確認されたのは西暦2010年一月であるが、彼女たちは前年のクリスマス頃に町に出現した怪獣に遭遇している。
ごくわずしかいない全住人総出で怪獣に振り回され、外部との連絡手段が限られ、且つ連絡する余裕も無い中、彼女たち姉妹が中心となって怪獣を撃破。気づいたら年は明けており、世界は他国で出現した怪獣に沸いていた。
ノウハウを元にその後も怪獣を討伐し、撃破した怪獣の素材を元にして作り上げたJKによっても討伐を繰り返して、世間が混乱しているうちにPMCのような怪獣討伐会社「Kaiju Busters(KB)」を設立して怪獣討伐をビジネス化してしまった。
アメリカ軍自体もJK部隊を設立したのだが、元々の姉妹の信条などもあり、KBは組織としては組み込まれずにそのまま存続している。
低年齢ほどJKの操作に適応できたということもあり、軍のバスター部隊はまだ怪獣対策へ対応しきれていないため、KB社が政府から委託を受けて、形式としては軍の補助、実際的にはほぼ主体となって怪獣討伐を行っている。
JK用銃器
戦車砲を転用した百二十ミリメートル六十口径長対怪獣狙撃砲と、攻撃機A-10のアヴェンジャーを改造した口径三十ミリメートル、七砲身のガトリングが元祖。
狙撃砲は高速移動で距離を取りつつ、狙撃時には人型になれるタビーキャットタイプと相性がよい。
ガトリングは相手の間合いの外で最大限近寄った上でクリスタルコアを狙う運用ができるJKは、対怪獣戦においては航空機より相性がいい。固定翼機、いわゆる飛行機は外した場合には行き過ぎてから引き返してもう一斉射し、さらに外せばまたもう一度、となるため効率がわるい。
初期は既存兵器を流用、改修してJKが使用できるようにしていたものが主流だったが、西暦2021年三月時点、専用に設計されたものもある。狙撃砲は、当時の戦車砲を流用したために滑腔砲だったが、その後ライフル砲身が主流になった。
同時点では、アメリカのJKは基本的に銃器を使用している。他の国々でも採用しているところもある。
ザンギ
北海道における鶏の唐揚げ。
他の地域よりも濃い味付けだったりすることもあるようだが、そもそも味付けの方向性は店や家庭で異なり、特に通常と変わりのないものもザンギと呼ばれる。
タコザンギはタコザンギと呼ばれるので、やっぱり北海道における「鶏の唐揚げ」、たぶん。
いももち
北海道のいももちは、ジャガイモを主原料に調理して、もちっぽくしたもの。あまじょっぱい醤油系のたれなどで食べる。串が刺さっていることもあれば、刺さっていないこともある。
第4話 戦いなんて、したくない
大雪山地域で怪獣が大量発生して紅姫でチハが戦った日の翌々日、つまり世界で初めて公に超大型怪獣の存在が確認された日の翌日。
対特殊生物自衛軍十勝基地の執務室で、ニナは頭を抱えていた。
同席はナゴミとエレナ、それにレイコである。
「まさか、危険から離すためにチハを遠ざけたことで、こうなるなんてね……」
机越しの対面に立っているナゴミも複雑な面持ちながら、元気づけるように言う。
「ですが、データ取りさえ終われば、ドラムキング用のOSを完成させられるのでは? チハを直接戦わせる必要はないでしょう」
ぐったりした様子のエレナが、力なく笑う。
「そう思う~~……?」
疲労と寝不足のあまりか、うへへとだらしなくなった笑顔は、ニナたちの不安を惹起した。
「たしかに、昨日チハちゃんに遅くまで協力してもらったぶんで、今考えられる範囲としては、アタリをつけるのに充分データは揃ったと思うよ? 夜通し分析した感じ」
その作業の結果、エレナは困憊しているのだった。
ニナは申し訳なくなって何も言えず、縋るような顔でレイコを見る。
「艦上特殊少尉も、徹夜で同じ作業をしてくれたのよね?」
若い特殊少尉は、エレナと同じ作業をともにしたとは思えないぐらい、いつもとの違いがあまり感じられなかった。
「ええ。たしかに貴重なデータはとれましたのですけれども、通常のバスターの感覚に対応した形で各部位を自動化するのが、思われていたよりも難題かもしれませんの」
不安げな言葉に、エレナはやや真顔になって続く。
「ダイレクトラインの件がもしかしたら影響してて、当初の見込みよりもオート化できない可能性が出てきちゃったんですよね」
ニナの表情に緊張が浮かび、ナゴミは顔を曇らせた。
「アレ、か……」
「また、チハが絡むなんてね……」
ニナの呟きに、レイコは疑問を感じた。
「また、ですか?」
ニナは苦笑して応じる。
「私が世界で初めてJKを作った、なんて言われてるけど、世界中で私たちの鉄人とほぼ同じ状態で動かせないだけだったのはいっぱいあったのよ」
「はい。実際にはダイレクトラインの発見が決め手で、それがニナさんの功績だというのは、聞いたことがありますわ」
「で、世間に情報が広まった一発目がナゴミちゃんが怪獣倒したっていうのだったもんだから、第一印象のインパクトが大きすぎたのよね」
ニナは困ったような、さびしそうな色を表情に滲ませ、過去に思いを馳せるようだった。
「ダイレクトラインの発見は偶然で、ある意味、チハが発見者なのよ」
これにはレイコは驚愕せざるを得なかった。
十年ほど前のその日、チハは泣きそうになりながらナゴミに相談を持ちかけた。
長机にぶつかって、お母さんの大切なものを落として壊してしまった。なんとか自分なりに直してみたが、自分で試してもきちんと動かないとのことだった。
だが、チハに動かせないのは当然なのだ。NCヘルメットをかぶったところで、彼女はスイッチの入れ方や、どう操作したらよいのかなどがわからないのだから。
軽い気持ちでその小さな人形のような試作品を動かそうとしたナゴミは驚愕し、彼女は急いでニナに知らせた。今までと比較し、格段に動かしやすくなっていると。
ニナたちは、すぐにチハがどういじったのかを確認した。
これがダイレクトラインの発見の経緯だった。
さっそく鉄人二七式に手を加えて動作を確認したその当日の夜に、図らずも、ナゴミは鉄人二七式で怪獣と初めて戦うことになる。
聞いたあらましに、レイコは目を丸くしていた。
「チハさんが試作品を落としてしまわれ、壊れたので自分で直してみた、ですの」
ニナは困ったように微笑んでいた。
「そう。科学の世界では、うっかりだとか、ミスが原因で世紀の発見につながる、なんて『あるある』とも言えるけどね。それにしても」
例えば、特定のタイミングで確認しようと思っていたことをすっかり忘れ、後日確認した結果、予想外の新発見につながったことなども。そういう話はわりとある。
「Uマッスルを動かす信号が突き止められて、一組であれば、機械からの信号でほぼ自由に動かすことができるようになった。なら、それを人型に組めば、それに対応した制御プログラムで操作できる。とても単純な理屈よね」
ニナの言葉に、レイコが続ける。これはJK技術の基礎の基礎だ。
「ですけれど、UマッスルやUナーヴなどを使って組み上げましても、要素が増えるごとに信号への応答性が落ちてしまい、思うように動かせませんでしたのですわね」
ニナは複雑な表情で笑う。
「まさか、動かしたい部位以外の情報まで含む、人間が自分の全身を操作するような信号を、それもフィルタリングなどの加工もしないで送りこむ必要性なんて、誰も思いつかないわ。混信とか阻害の恐れを感じこそすれ、いいことなんて思いつかないもの」
それが、ダイレクトラインと呼ばれるものだ。NCインターフェースで読み取った情報を、あえてOSやトランスレータを通さずに、双方向の方式で各所へ送り込む。
これと、OS・トランスレータを通して加工して送り込まれる情報の両方が揃うことで、普通はJCやJKは操作されるのだ。ドレッサーとJK個体との相性が生じる一因とも見られている。
「結局、ダイレクトラインと、女性しか動かせませんことにつきまして、特殊大佐も新しい情報は得られていませんの?」
「私が生きている間は謎のままでも、おどろかないわね」
JKを操作する手法は、ダイレクトラインの発見で科学的に確立された。その際に付随してきたのが、女しか操作できないということである。
脳の作りそのものが性別で器質的に異なっている以上、そこで分かれること自体は不思議ではない。
ダイレクトラインの存在と、JKやJCを女しか操作できないことは、JK系技術における二大ブラックボックスとも言える。
科学的手法によって、「何を」「どうすれば」「どうなる」部分について検証され、再現性が認められているために実用化はされている。
だが、どちらも「なぜ」については有力といえる説すら今のところ存在しない。U素材由来の特性なのか、脳・人間側に由来するものなのかも不明なのだ。
検証された再現性を元に実用化しながらも、仕組みの解明は後回しということも、別に科学として珍しい話ではない。
JKについては、ダイレクトラインさえ必要ないのなら人工信号のみでも操作可能ということになり、男でも操作は可能であると思われるのだ。
ダイレクトラインが必要であることは、実用レベルの遠隔操作に対する壁でもある。
ナゴミはぐったりしているエレナに目を向けた。
「それで、ドラムキングのOSがうまくできないかもしれないのは、ダイレクトラインと関係あるかもしれないのか?」
「どうして今まで理論的には大体できてるはずのOSで動かせなかったのかがわかったという意味では収穫なんだけどね。そのままっちゃあ、そのままの話で、部分的に自動化するってことは、その部分は人工信号しかないような形になっちゃうって。とりあえず簡単に形にしてみたところだけで試したら、JK側がそう認識しちゃってるみたいなんだよね」
「これまでのOSは、OSと呼ぶのはおおげさで、ドレッサーとJKの信号を整えていただけのようなものでしたけれど、ドラムキングのものは、プログラムで処理の一部を担う形になるわけですから、ただダイレクトラインがあればよいという単純な話ではございませんようですの」
ニナは真剣に考え込んでいた。
「つまり、使えるようになる見通しは当分立たない可能性も高いことはもちろん承知の上で、いまドラムキングで戦える可能性が一番あるのは、チハということよね」
エレナは苦しげに口を開いて、それでも言葉を紡げない。
レイコは悲痛な顔で軽く首を振る。
「理屈の上ではそうですわ! ですが!」
ニナはさびしそうに微笑んで、まっすぐに特殊少尉の目を見つめた。
「チハや、私たちに気を使ってくれてるのよね。ありがとう」
レイコは口元を引き結んで黙り込んだ。
「艦上特殊少尉は、本来のルールではバスターになれないのに、自分の希望で、特例という形でバスターになったでしょう? どうしても必要だったかと言えば、そうではなかったわ。必要性があることなら、わたしは特例でそれを選ばなくちゃいけないの。これまでにバスターとして死んでいった子たちに報いるためにも」
それがバスターの歴史だ。対特殊生物自衛軍ができるまで、そしてドレッサーという資格ができるまでに日本でバスターとして活動していた者たちは、全員が特例だったと言ってもいい。ほとんどが子供でありながら、公益のために命を賭して戦ったのだ。その何人もが死んでしまった。直接ニナが関わった者も。犯罪者と詰られたとしても、ニナは受け入れる。
彼女たちの命と、彼女たちが戦わなかった場合に失われるだろう人命とを天秤にかけ、ニナは理屈をひねり出し、特例を重ねて子供たちを命がけの戦いへと送り出してきたのだ。
ニナの言葉に、レイコは目を大きく見開いた。
「それは、卑怯ですわ!」
糾弾されたニナは、困ったように微笑んだままナゴミを見た。
「私はこの後、内閣と各自衛軍の偉い人たちとリモート会議なのよ。大特殊大尉、後で折を見て、チハを連れて来てもらえるかしら。緊急ではないわ。チハが来たら、作業の判断は雷特殊中尉に任せます」
ナゴミは気が重い様子で肩を竦めた。
「この状況では、私が一番ヒマですしね」
第一世代型JKのバスターとしては押しも押されもせぬ彼女だが、セカンドJKの適性は低い。
現在の運用上の主力はJKもJCもセカンドであるため、今のナゴミの業務は主にバスターたちのとりまとめや育成、戦闘時の助言などである。
昨日は所用で遠出をしていて、基地に戻った頃には戦闘は終わっていた。
今日現在の状況に限れば、JKの修復、討伐された怪獣素材の加工を始めとした戦力の復旧および充実作業等が基地の最優先業務であり、JC訓練校の学生まで含めた外部のドレッサーまで招集して行われている。
ファーストにできる仕事が無いわけでもないが、器用さにかけ、移動速度は遅く、小回りも利かない。どうしてもやれることは限られるため、乗り手はもて余されている。
基本的にほとんどのバスターも休日返上で作業にあたっており、動員されている多数の人員のため、食堂のスタッフらも本来のシフト以上の出勤者がおにぎりなどを大量に作って現場に届けるなどしている。
正直、手持無沙汰気味のナゴミは気まずいので、仕事を割り当てられたことは多少気が楽でもあった。
九七式母娘は、特生軍基地にほぼ隣接した寮に住んでいる。
リビングのソファでチハは、紅姫のプラモデルをいじりながら、ぼんやりしていた。
昨日は超大型怪獣の出現により、急遽そのままドラムキングの操作データを収集することとなった。
これは一昨日組み立てたものだ。基地の医務室で意識を取り戻し、帰宅した後でテンションが妙に高かったチハは、プラモデルをさっそく素組みしたのだ。ニッパーすら使わず、塗装も接着も当然しないチハとしては、付属のシールを貼って、これで完成品である。
JK製作シミュレーションではパーツ形状なども自分で作らなくてはならないため、いつも不格好になるが、これはそんなチハでもそれなりの出来になる。
寝つけなかった彼女は、なんとなく漫画を読んでみたり、録画していたアニメを見てみたり、ゲームを少しだけプレイしたりと、そわそわしたまま徹夜してしまっていた。
本人の認識としては、本物の紅姫に乗ったばかりか動かしたこと、そして怪獣との実戦に挑んだことによる興奮かと、ぼんやりしたものだった。
しかし昨夜も、うつらうつらはするものの、コックピットが貫かれた際の記憶をベースにしたような悪夢を見ては目を覚ますということを繰り返し、ほとんど眠れなかった。
テレビ画面に映るワイドショーでは、北海道の怪獣大量出現とアメリカの超大型怪獣出現とを関連づけて報じている。
画面に映し出される、大破したタビーキャットタイプ。
超大型怪獣との戦闘では、最近としては珍しいことに、バスターの死者が複数出ていた。
頬の絆創膏を撫でながら、ぼんやりとテレビを見つめる。
コメンテーターは日本でもJK用の銃器を導入するべきなのではないかと議論していた。
チハは心ここにあらずで、彼らの言葉は頭に入ってこない。
頬の傷は、紅姫に穴が空いた時に跳んだ破片によるものと思われる。
だが、鎌自体も本当にニアミスだったのだ。少し違えば、間違いなくチハは死んでいた。
少女は、怪獣と戦って死を迎えた者たちが世界中にたくさんいることを知っている。チハと違い、彼らは本当に死んだのだ。
意識した途端、紅姫のコックピットに穴が空く瞬間の記憶のフラッシュバックに囚われ、激しくなる動悸にテレビの音さえ遠くなる。
呼吸が荒くなり始めた時、携帯電話が震えた。
それはナゴミからの、迎えに行くという旨の連絡だった。
ナゴミに連れられて特生軍基地へとやってきたチハはエレナとレイコと合流し、ちゃっかりラリサも加わっている。
ラリサはロシア軍からのお客様であり、本人は乗り気だが、極力作業をさせるわけにもいかない。かと言って、基地は郊外であり、ひとりで出歩いて遊ぶ場所があるわけでもない。
ドラムキングのそばでモニタリング機材をセットし始めたエレナに、ナゴミがラリサを示して問う。
「こいつも一緒にいていいのか?」
「ドラムキングを動かしてもらったんだから、いまさらだよ。というか、いる間に、できるだけデータ取りに協力してもらいたいぐらいだからね」
エレナの返答に、ラリサは胸を張ってフフンといった様子でナゴミを見返す。
ナゴミは目を逸らしてチハを見た。家に迎えに行った時からずっと、少女は体調がわるそうで、浮かない顔をしていた。何を尋ねても本人は「病気とかじゃないから、だいじょうぶ」と言うため、とりあえず様子を見ているのだ。
準備を終え、チハがドラムキングへ向かって歩いていると、その足取りが徐々に重くなり、途中で止まってしまった。
セッティングの確認などをするために後ろをついて歩いていたレイコは、訝しみながら前に回り込んだ。
俯いた少女は震えていた。
思いつめるような顔は蒼白で、右足を踏み出すために持ち上げようとしても、言うことを利かないかのように硬直する。二度、三度足を踏み出そうとして、どうしても足を前に出せない。
レイコは驚き、そして真剣な顔になってチハを抱きとめた。
「その状態では無理ですわ。やめましょう」
うなだれた少女がレイコについて戻ってくるのを、ナゴミたちは戸惑って見つめていた。
チハの表情を見たナゴミは愕然とした。
青ざめて震える様は、明らかに尋常ではない恐怖に囚われている。
それは、幼い頃からのチハを知っているからこそ、ナゴミにとって衝撃的に過ぎた。
呆気にとられていたエレナは、駆けよってチハの額に手を当てた。
「チハちゃん、だいじょうぶ?」
「あの、そういうのじゃないです。ごめんなさい。コックピットを想像したら、近寄れないんです……。やらなきゃいけないことはわかってるんですけど、脚が、身体が言うことを聞いてくれなくって……」
泣きそうな顔のチハに、エレナたちは言葉を失う。
「ナゴミ、とりあえずサギョーできないなら、アタシ、お腹すいた」
いつも通りマイペースで緊張感の無い言葉に、ナゴミは溜息を吐きたい心境でラリサを見た。
視線の先、ちびっこもまた、普段と異なる真顔でチハを見つめていた。
この場から離れ、気持ちを切り替える、彼女なりの気遣いだろうと思われた。私利も含めた一石二鳥だろうが。
ナゴミはチハたちとともに、車で町中の食堂へとやって来ていた。
基地の食堂スタッフは各作業現場へ届けるおにぎりと付け合わせにザンギ、豚汁などを作るのにおおわらわで、ふつうの注文をするのは気が引けたのだった。
チハの気分転換と、ロシアから来ているラリサのお楽しみを兼ねる形でもある。
チハは食欲が無かったため朝食を抜いており、エレナとレイコは夜通しの作業を軽食程度でこなしていたため、遅めの朝食にもなる。
注文を終えて料理を待つ間、彼女たちはチハの状態について話し合っていた。
エレナは困ったように眉を寄せている。
「二日続けて、寝れなかったの?」
「……はい、なんか、目がさえて。紅姫に乗ったこととか、ほんとに戦ったから興奮してたんだと思ってたんですけど」
「さきほどの状態から察しますに、自覚されていませんでしただけで、死にかねない経験をしてしまわれたことで、PTSDのようになっているのかもしれませんわね」
真剣に分析するレイコは、鎮痛な面持ちになって頭を下げる。
「わたくしの浅慮で大変なことに巻き込んでしまいまして、誠に申し訳ございませんわ。きたじぇ志望でも、バスターでなく職人希望だと存じ上げていれば、ああは申し上げなかったかもしれませんの」
チハは、ぶんぶんと首を振った。
「いえ! お役に立てたなら、わたしは手伝えてよかったんですよ! バスター志望じゃないのは、やりたくないのもあるけど、戦いは下手なんです。作るのも下手ですけど。戦えるのがわたしだけなら、それはやるべきだと思いますから。今だって、あの子を動かすべきだって頭ではわかってますし、できるなら動かしたいんです。でも近寄れなかったのが、自分でも不思議なぐらいで……」
「死にそうな目にあったなら、しかたないじゃん? チハができないなら、初めからそんな話は無かったってわりきったほうが早いよ。アタシはできる範囲で手伝うし」
「司令が、すんなりと引いてくださるとよいのですけれど……」
「ニナさんって、そんなユーヅーきかないの?」
ラリサの疑問を、ナゴミは哀しげに否定する。
「これまでに、人を守るためにバスターとしてニナさんが戦わせたとも言える子供たちが死んできたからな。自分の子供だからって、特別扱いして守るわけにはいかないと、そう考えてる。私も同じような気持ちもある」
「ふ~ん。わかんないけど、わかった。テストであのデカネコを動かすのは元々やる気だったし、チハはアタシが守るよ、じゃあ」
軽く放たれた言葉に、一同が目を丸くする。
「いや、たいしたことはできないかもだよ。ただ、アタシは、こういうことは、やりたくて、んで、できる人がやればいいって、そう思うから」
驚きを露わにしてチハはラリサを見つめる。
「ラリサちゃんは、戦いは怖くないの?」
この質問に、現役中尉は気まずそうになった。
「なんだろうね。わからないんだよね。理屈ではあぶないとかわかるし、死にそうになったらビビるけど、そういう怖さはあんまり。それがイイこととは思ってないよ」
本人自体が複雑な顔で述べた内容に、一同はそれをどうこう言えなかった。
「そもそも、どうしてバスターになろうと思われたんですの? わたくしから見れば、あなたはまだ幼いですわ。戦いなんて、されなくていいのと思うのですけれど」
レイコの言葉に、ラリサはぷっと膨れた。かと言って、本当に拗ねた様子でもない。
「アタシはヘンみたいだからね。親と話しててもそうだったけど、バスターになるとか、なったとか、あんまりカンケーないんだよね。なんでか知らないけど、小さいころから、アタシはトーゼン、バスターになるんだって思ってた。で、たまたま才能があったから、正式になれたわけだけど、才能がなければあきらめるのがフツーなのかもだけど、才能がなかったとしても、あきらめた自分は想像できないんだよね。人からみとめられるとかカンケーなくて、アタシにとってはバスターになることが当たり前っていうか、まだ乗れるJKがないだけで、自分はバスターなんだってずっと思ってたから」
ナゴミ、チハ、レイコは愕然とし、エレナは苦笑する。
「ラリサちゃんが変わってるのは本当だろうけど、世代の違いもあるのかな」
この言葉にチハは小首を傾げ、レイコは少し目を見張ってから小さくうなずいた。
「わたくしたちは、物心がついてから、それまでの普通の生活を怪獣に壊されましたけれど、ラリサさんは物心がついた時には怪獣がいたのですわね」
チハは自分が幼い頃を思い出す。
ある日突然、本物のニュースで、怪獣の出現や各国の軍隊との戦いなどが報じられ始めた。そういった情報に触れる時、それまでに見ていた子供向け特撮番組などとの違いがよくわからず、当時は「変化」はあまり意識していなかった。
それでも、本物の兵器が苦戦し、消耗していったこと、文明が崩壊の危機を迎えていたことをリアルタイムで一応知っている。
徐々にフィクションと現実の違いがわかるようになり、やがて、あの頃が本当に節目だったこと、それ以前には怪獣など実在しなかったのだと理解するに至った。
なんとなく、それ以前の日常もわからないではない。
チハの住んでいた世界は、本当にあの頃を境に別物に変容してしまっていたのだ。
すでに大人だったニナや、思春期を迎えていたナゴミたちにとっての衝撃はなおさらだったろう。
だが、ラリサにとっては。
「そーそー、それもあるかもね。物心ついたら、怪獣はこの世界に始めからいて、JKと戦ってて、バスターが怪獣と戦うのが当たり前でさ。戦車とかもいっぱいやられてて、怪獣と戦えるだけですごいことだってのは、大きくなっていろいろ知るまで、ピンとこなかったよ。子ども向け番組で大人が変身したりするヒーローとはちがう、現実にいる子どもなのに本物のヒーローで、だからすごいんだって感じにしか思ってなかった」
「わたしと五歳しか違わないのに、なんか不思議な感じ」
ラリサとチハの当たり前は、きっとかなり違うのだ。そして当時すでに今のラリサよりも年上だったナゴミたちとラリサのそれはもっと。
ラリサぐらいの世代を境に、同じ人類でも生まれ落ちた世界はまるで違っている。
あと数年したら、始めから怪獣がいる世界が日常であった子どもたちが訓練生の主流になるのだ。
絶句する周囲に、普段はマイペースなラリサが狼狽える。
ふとチハがあることに気がついた。
「そういえば気になってたんだけど、ラリサちゃんて、ナゴミちゃんと知り合いなの?」
「ああ、わたしとエレナが技術交流でロシアに行った時に知り合ったんだよ」
日本においてセカンドが主力になって状況が安定してからは、ナゴミはエレナとともに技術指導や交流のような形で世界各国を回る機会が多かった。彼女が世界のエースに顔が広いのは、そのことにもよる。
「そーそー、で、同じメーモクで、遊びにきた」
「おまえは……」
「お待たせしました~!」
嘆息するナゴミの後ろから驚かせるように言ったのは、店員の妙齢の女だった。
人数分の豚丼とザンギの盛り合わせに加え、いももちやデザートなどをテーブルに上に次々と載せていく。
「あれ、こんなのたのん……」
「あんたたち、バスターとかなんでしょ? いつも命がけでありがとうね。一昨日も」
エレナとレイコ、ナゴミは特生軍の制服である。加えて、以前ならナゴミ、最近はレイコがテレビで取り上げられることもある。
笑顔での言葉に、ナゴミとしては、一昨日の戦いには直接関与していないため、判断に間ができてしまう。
「こちらこそ、代表してお礼申し上げますわ。皆さまが対特殊生物自衛軍の活動を支援してくださっていますので、成果がついてきますの。お気持ちにつきましては、他のバスターやスタッフにも、お伝えしておきますわ」
つらつらと述べたレイコを、女は眩しそうにも愉しそうにも見える様子で目を細めて見つめた。
「はは。そんな感謝をされるとは思わなかったね」
うれしそうな彼女は、視線をナゴミへと向けた。
「ところであんた、あの子だよね? なんだっけあのザ……ザ……」
「ザ・ファースト・バスター、ですかしら? たしかに、その大和ですわ。初めてJKで怪獣を倒しました」
「そうそう! やっぱりそうなのねー! あれからだと、もう十年ぐらい? ちょっと自信無かったわ。基地に勤めてるって聞いてたからそうだと思ったんだけど。ほんとに、あの頃はありがとうねー」
ニコニコして言われ、ナゴミは戸惑った。
「いえ、私は、この辺りではあまり。地元の人たちや、先に来ていた人たちががんばったんですよ」
店員は一際笑みを深くした。
「いや~ねぇ~、違うわよ。あんたが怪獣をやっつけたって聞いて、それも一回じゃなく、どんどんと倒し始めて、まぐれじゃないってわかって、どれだけの人があんたに希望もらったと思ってるのよ。あたしたちみたいに、テレビとかでそれを知って、勇気もらって、自分もがんばろうって思えた人はいーーっぱいいたと思うよ。たぶん、日本だけじゃなくて世界にだってね。ありがとうって言いたくても言う機会は無かったからね。だからこのオマケは全部、あたしとか、そういう人たちからのお礼だから」
さきほどまでナゴミたちが話している間に女店員と話したりしていた客や他の店員、今の会話を聞いていた客なども、ちらちらこちらを見て会釈などしていた。「ありがとう!」などと声を飛ばす者もいる。
勢いよく立ち上がったナゴミは、泣きそうになりながら堪える。
「あなたたちのお陰で戦えたんです! あの頃、大変な状況なのに、あなたたちのような人たちが社会を支えてくれたから、私はがんばれたんです! こちらこそ、本当に! ありがとうございました!!」
ナゴミはがばりと上体を折り、頭を下げた。
口にしたことが感謝の理由のすべてではない。ただ助けてほしいと思うのではなくて、自分もがんばろうと思ってくれたありがたさなどもある。
当時すでに大人だった者たちは、やはりそれまでの当たり前をあっさりと吹き飛ばされて、それでも社会を支えなくてはならない大人としてナゴミとは違う苦労を背負いながら切り抜けてきたのだろうに、それでも感謝を向けられるのは本当に身に余ると感じていた。
突然、店員のおばさんは破裂したように笑い始めた。ほかの客たちも思い思いに笑顔を浮かべる。
恐る恐るという様子で身体を起こそうとしたナゴミが、うれしそうな女に途中で抱きとめられた。
「命がけで戦ってくれただけですごいと思ってたけど、あんた、本物だねぇ」
「ウチの子に見習わせたい!」
野次が飛んだ。
ナゴミの頭を慈しむように、軽く抱くようにしながら、店員は撫でる。
「子どもになんてやらせずに、大人が替われたらよかったんだけど、そういうもんでもなかったみたいだしねぇ。怪獣と戦って死んだ子たちもいたけど、あんたみたいに無事な子もいてよかったよ。今はもう、あんたも後輩を育てる側なんだねぇ。あんたが不幸になったら、あたしたちは悲しいからね。あたしたちのためにも、あんたも絶対に幸せにおなりね。……でも、注文分のお代はしっかりもらうわ」
最後に茶目っ気を込めてつけ足され、ナゴミは涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
食事は、ラリサと、次いでなんだかんだでチハが特に堪能していた。
食べ終えた一同は丁寧にあいさつして店を出て車に乗り、チハがナゴミを見る。
「ナゴミちゃん、わりとああいうの慣れてるかと思った」
「何度やられても慣れないし、やっぱり不意打ちは効くよ。本当につらかった、できれば戦いたくなかったけど、やっぱりこういうとき、間違いじゃなかったと思うんだよ」
ナゴミは複雑な微笑みを浮かべていた。
特生軍基地に戻ると、チハはエレナとレイコに同行して実験棟にやって来た。
エレナとレイコがモニタリング機材などのセットをしている間、少女はプールに溜まっている粘性の白濁液を見つめていた。
「Uパテなんだけど、チハちゃんわかる?」
「それぐらいは、いちおう。怪獣の体液ですよね? ただ、ちょっとした傷は治すのに、血じゃないっていうのがよくわかんないんですけど」
「人間とかの血は、酸素なんかも運んでて体内を循環してるんだけど、Uパテは循環はしてないんだよね。今のところわかってる機能は、衝撃とかを和らげる緩衝機能と、一番メインは、チハちゃんが言った、損傷した部分と同じ組織に変わって傷を治すっていう機能。いわば万能細胞の集合体らしいんだよね」
チハの頭の上に?マークがいくつも浮かび、エレナは苦笑した。
「要するに、うまく使えるなら、好きなU素材を作れそうなんだよね」
「すごいですね!」
「ただ、現時点ではUマッスルやUボーン、Uシェルなどの修復や補強程度でしか実用化はされていませんの。世界中で、ビーム発振器官などの貴重な素材の生成を目標として実験がされていまして、チハさんの能力でいろいろ試してみたいのですわ」
「シミュレーションから連動させて、プールに入れてある端子から操作信号を送り出すことで、対応した素材を作り出す実験だよ。チハちゃんは、言われた通り、ふつうのシミュレーションでJKを動かすようなもんだから、気負わないで?」
「はい、わかりました」
「本当に、問題ございませんの?」
レイコの気遣いに、チハは力こぶを見せるような仕草で明るく笑う。
「ええ、JKの中とかコックピットじゃないシミュレーションならだいじょうぶですよ!」
しばらく経って、プールサイドには不細工なU素材の山が積まれていた。
エレナたちがデータ整理等をする間、小休止となったチハはうつらうつらしていた。
満腹感と他者との明るい触れ合いはチハの精神を少しはリラックスさせていたようで、不安半分、安堵半分といった様子でエレナとレイコは見守っていた。
視線に気づいたチハは、はっと意識を取り戻した。
「ごめんなさい! お腹いっぱいになったら眠くなっちゃって……」
「怖い夢は見なかった?」
「はい」
「なら、よかったよ」
エレナとレイコの微笑みに、チハも笑顔になった。
「ありがとうございます!」
礼を述べた後、自分の成果物を微妙な表情で見つめる。
「あの、これ、わたしが貴重な資源を無駄にしてるんじゃないですか?」
「だいじょうぶだよ。水につっこんで自切信号を通したら、またUパテに戻せるんだ。今までに無い貴重なデータがとれてるから、誇っていいよ」
「そうなんですか?」
気をつかわれている疑念を払拭しきれないチハだったが、それでもエレナとレイコの笑顔にほっとした。
エレナは青みがかった半透明のビニールのような素材を指さした。
「そのビニールみたいなやつなんて、すごい成果だよ。ビームに対する耐性がすごいんだけど、滅多に取れないし、修復できなかったんだから」
たまに体表の一部に持っている怪獣がいて、たしかにビームを大部分吸収し、一部を熱に変換して受け止める。しかし怪獣素材由来の鋭利な武器に対する耐久力はUスキン程度である。
人類側は意図して使えれば非常に有用だが、この組織を持つ怪獣に対してバスターはふつうの武器で対処できるので、怪獣側のメリットはあまりないのだ。あまり持っている怪獣がおらず希少であるのだが、そういった実績を反映してなのかどうかは不明である。
あまり無い例だが、銃器が主力の地域でクリスタルコアをこれで覆われている場合には、通常兵器への耐性もUスキン並であることから対処にかなり骨が折れることになる。
「次は、外に単独で用意したビーム発振器官のみをチハさんに使って様々な発振の仕方を試していただいて、その信号を同期することで、ビーム発振器官の生成実験を行いますわ。これも間違いなく、あなたにしかできない仕事ですの」
チハは目を丸くした後、決意して頷いた。
チハの仮眠のために小刻みに休憩を挟みつつ行っていた実験を一区切りさせたエレナたちと、ナゴミとラリサは、リモート会議が終わったニナの執務室に集合していた。
「データの蓄積と技術の向上で将来的にUパテで都合のいい素材を作り上げることができるようになれば、JKの質が目に見えて向上するかもしれない、それはわかったわ。ただ、長期的な話よね」
特殊大佐の淡々とした指摘に、エレナとレイコは首肯する。
「私のほうはJK用銃器の配備が、あっさり決まったわ。あれだけ反対してた人たちまで、『いつから使えるのか』なんて言ってね」
静かな語りからは、怒りが漏れ出している。
「発注、納入、訓練と、普通だったらどれだけ時間がかかると思ってるのかしら。だから必要になってから用意を始めても遅いって、散々言ってきたのに」
JK用銃器の導入は、ニナたちは再三あらゆる場で求めてきた。
アメリカを中心としてJK用銃器は実績があるのだが、日本では反対意見も根強く、今までは導入できなかったのである。
それは対特殊生物自衛軍の特殊な立ち位置にもよる。
特生軍は、アメリカの沿岸警備隊に似た扱いの組織であり、戦時には陸海空の三軍の指揮下に入るが、平時の任務は外国との武力衝突を前提とはしていない。三軍と異なり階級の上に「特殊」がつくのは、そのことによる。
名称こそ「自衛軍」の一員であるものの、各自衛隊からの系譜にある三軍とは、設立の経緯からして独自色が強い。
一部に志願者を中心とした自衛隊出身の人員もいるが、基本的に特生軍は、設立前まで、法的にも有耶無耶な中で自警団的な活動をしていた民間人出身者が多い。特にバスターはなおさらである。昨年ようやく、正規のルートと言えるJC訓練校第一期生の卒業者がバスターになったが、彼女たちも十八歳で採用されており、それ以前からのバスターはいまだに十代も多い。
JKとて本気で使えば戦車を蹴散らすこともでき得るのだが、より直接的に「兵器」の色合いが濃いJK用銃器を持たせることに対し、日本では反対意見も根強かったのだ。
対特殊生物自衛軍の設立後は、日本では基本的には危なげなく怪獣を狩れてしまっていた。バスターたちが優秀であるがゆえに、ある面で自分たちの首を絞めてしまっていたと言えるのは皮肉でもあった。
エレナは少し愉しそうに笑う。
「それで、『普通ではない』私たちは、どれぐらいで導入できそうなんですか?」
特殊大佐は「普通であれば、どれだけ時間がかかるのか」と言った。
ニナに視線を向けられ、ナゴミは頷いた。
「このタイミングで連絡をとるのは気が引けましたが、モンスターバスターズ姉妹……エレンたちに依頼しておいた旧型のJK用銃器は、前に確認をした通り変わらずカイジューバスターズ社で確保しておいてくれてあるそうで、輸送手段さえ確保できれば引き渡しは即時可能とのことです」
JK黎明期から、ニナたちはエレン・ガンマーとサラ・ガンマー、つまりモンスターバスター姉妹とインターネット等で情報交換などをしていた。いわば間接的な戦友でもある。
常々JK用銃器の特生軍への導入を画策していたニナは、可能な範囲での在庫の確保を以前から依頼していたのである。
元々、怪獣出現前から有事に備えて私物の銃火器を充実させていたようなモンスターバスター姉妹である。怪獣討伐会社「カイジューバスターズ」(略称:KB)社設立後、装備更新の際などに、旧式のものもメンテナンスをしっかりして保管しておく方針だった。それゆえに、必要に応じ、初期型で実績も信頼性も充分な銃器をそれなりの数、販売してくれる手筈となっていた。
突発的な採用に伴う予算との兼ね合いでも、旧式であることは、安くつくのでメリットでもある。
ガンマー姉妹の性格を踏まえると、兵器会社から直接購入するよりもKB社管理のものの方が実効性能的な信頼性も期待できるのではないかとすら、ナゴミなどは思っている。
予算面では、何かあったときに使うためのプールが常にある。役所的な組織ではあまり許される存在ではないが、それこそニナが民間人時代から先を見越し、且つイレギュラーな事態へ例外、特例を積み重ねて結果を出してきた実績を武器に、対特殊生物自衛軍の設立にあたって自分の意向を可能な限り反映させることのできるようにした成果である。
柔軟な動きが可能ということは、トップや上層部が腐ると大変な事態を引き起こしかねないが、それは当面考えないようにしている。
対特殊生物自衛軍は、可能な限り独立採算を目指している。プラモデルを始めとしたグッズなどの販売や、バスターのアイドル的活動、JKへのスポンサー制導入などは、それが理由である。端的に言ってしまえば、外部からの口出しを排除するためという動機も大きい。自分たちが稼いだ金なのだから、使い道をとやかく言われる理由はない、ということである。
現時点では完全独立採算までは達成できていない。それでもかなりを自力で賄っている。
「できるだけ早く法整備してもらっても、それからの納品だと、やっぱり一、二週間はかかるわよね。シミュレーションと模造品での訓練期間としてはちょうどいいと思うんだけど」
法律に関しては、懇意の政治家には以前から法案を複数パターン渡してあった。さきほどの会議では、あらためて内閣の面々にもそれらと、現状にあわせた調整案を提示した。逼迫している今、審議も滞らず、スムーズに成立するだろうとニナは踏んでいる。
あまりに現実を見ずに怪獣対策等を邪魔しているようにしか見えなかった議員たちは、ニナやナゴミたちの怪獣討伐活動開始後、順次政界からは姿を消していった過去がある。それでもごくわずか、いまだに当選もして残っているのが困ったところだが、それが人間であり、社会だった。
JKシミュレーションについては、初期からオープンソース化されており、有志が手を加えてアップデートし続けているものが世界でもスタンダードになっている。各国の公的機関や企業でもそれぞれにカスタマイズした、様々なバリエーションを作成している。
KB社は、JK用銃器の訓練用に手を加えたものを、企業のイメージ戦略とシミュレーション内で扱える関連商品の宣伝を兼ねて無償公開している。
「これまでは、気が向いた人にシミュレーションで練習してもらってただけだったけど、正式に訓練に加える形になるわ。大特殊大尉は、十登利特殊少尉と訓練方法やスケジュールについて詰めておいてください。もちろん内部で完結するのが理想だけど、KB社に委託してシミュレーション内で使用方法や実運用についてレクチャーなどを受けることも視野に入れていいです」
十登利咲有特殊少尉は、無機質なロボット兵器風の外装を痛車のように美少女イラストで彩っている「ファイティングナード」のバスターである。
華奢で小柄、長い髪を伸ばすに任せ、常々ぼーっしているように見える十八歳。実年齢より幼く見える彼女は、普段からミリタリーシューティングを含めたVRゲームをやりこんでいる。
現在のVRゲームでトランスレータをフル活用して人体を動かすタイプのゲームの操作面は、JKのそれと似ている。そして銃の挙動、操作などまでをリアルに再現しているソフトだと、実質、銃器の仮想訓練と何も変わらないのだ。
これらのことから、以前、基地のバスター全員でシミュレーションを使ってJK用銃器の使用に関する軽い適性検査のようなことを行った際に、サキウが抜きん出て優秀な結果を出すこととなった。それ以降、正式な分掌ではないものの、何かしらの機会には意見を求められるなど、担当のような扱いをされている。
「わかりました」
ナゴミの返事を確認したニナは、軽く視線を落とす。
「超大型怪獣のあの遠距離攻撃は、いずれにせよ脅威だけど、やっぱりドラムキングは使えるようにしたいのよね」
周りから向けられた視線に、チハは居心地わるそうにする。
「いいのよ。さっき、ラリサ中尉に怒られちゃったのよ」
ニナの言葉に、チハとレイコ、エレナは唖然とした。
食事をして基地へ戻った後、ラリサはナゴミとともにニナのリモート会議が終わるのを待っていた。
会議の終了を確認するや、ナゴミの制止を振り切った少女は大股でニナの執務室へと歩を進めた。
一息つく間もなく現れた闖入者に目を丸くするニナを、少女は挑戦的な表情で見返していた。
「ニナさん!」
「はい!」
迫力ある呼びかけに、ニナは反射的に返事をしてしまった。
「ニナさんは、チハを戦わせたいの?」
予想外に穏やかな口調での質問と、その内容に、チハの母親は少しだけ固まった後、柔らかい笑みを浮かべる。
「もちろん、戦わせたくないわ」
「じゃあ……」
ニナは寂しそうな顔になった。
「ダメなのよ。これまでに、私は何人も子供を戦わせてきた。大義を盾に、後追いをするように戦うことになった子供たちが、世界中で何人も、死んでしまった。人々を守るために必要なら、チハを特別扱いはできないのよ」
「ウソだよ」
頑として断言されたニナの言葉を、ラリサは言下に否定した。
呆気にとられるニナとナゴミを、ラリサ自身、つらそうな顔で見やる。
「いや、ウソじゃないのかもしれないけど、たぶんまちがってるよ。だって、ニナさんは、戦いたくないって言う子供を、無理矢理戦わせたことあるの? 説明して、お願いして、自分の意志で、戦ってもらったんじゃないの?」
「それは、その通りね」
ニナなりの誠意と譲歩の限界であったそれらの前提だが、保身であるとも言えるために、返ってニナの罪悪感を増す。
「だったらさ、チハにもキョーセーしちゃダメだよ。自分の娘だから戦わせなきゃいけないっていうなら、それが特別扱いだよ。それにさ、死んでった子供たちだって、自分たちを言い訳にして、嫌がる子供を戦わせてほしくないと思う。死んでった子供たちのためって言うなら、無理に戦わせちゃダメなんだ」
呆然として自分を見つめるニナに、ラリサは笑いかける。
「超大型はロシアでだって出るだろうし、いつアタシもすぐ戻れって言われるかわからないけど、いる間だけでも、デカネコのこととか協力するからさ」
微笑み返したニナは、うっすらと涙を浮かべていた。
罪悪感に由来する過剰な自縛への指摘と、大義のためにこそ、自分の娘を大切にするべきだというひとつの正論。それは彼女にとっては救いだった。
「わ、なに⁉」
涙に戸惑うラリサに、ニナはおかしそうに笑いかける。
「ラリサちゃんて、ほんとうにヒーローね」
「それはよく言われるけど。でも、アタシはいろんな意味でヒーローじゃないよ」
真顔で当たり前として受け止め、否定した後、ラリサは少し気まずそうに躊躇した。
「アタシも、いついなくなるかわからないから言えるときに言っておくね。これは知っておいてほしいから。小さいころからずっと、テレビとか本とか、いろんなものでニナさんやナゴミのしたこととか言ったことを見たりして育ってきた。だからアタシは、ニナさんとかナゴミたちにも育てられたんだって、勝手に思ってるからね」
いついなくなるかわからないとは、ロシアに帰ることだけではない。バスターなら誰でも、いつだってあり得ることだ。
少女が物心ついたときには、バスターが怪獣と戦っているのが当たり前の世界だった。
テレビで、新聞で、雑誌、本やインターネットなどで、ラリサはナゴミたちの活躍や歴史について漁り、学び、貪るように言動などに触れてきた。そうして今の人格がある。
怪獣によって世界が混乱している中、親の判断により、ロシアよりは安全な日本の祖母の元で育ったラリサは、実際、実の親以上にニナやナゴミたちの影響を受けて育った自負があるのだ。
恥ずかしそうに視線を逸らして口をとがらせた少女の様子に、おどろいていたニナとナゴミは顔を見合わせた後、優しく微笑んだ。
ニナは先刻のやりとりを思い出し、うれしそうに微笑した後、チハを優しく見つめる。
「義務ではないわ。きたじぇ志望だったとは言え、戦いが嫌だから職人志望だったでしょ? 今までのバスターたちと同じ。あなたの意志に委ねるから」
チハは沈黙して思い出す。
今日の食堂でのやりとり。
世間では英雄として祭り上げられながら、本当は戦いたくなかったけれど、戦ったことは間違いではなかったと言うナゴミ。彼女に感謝を伝えた大人たちは、本当に希望をもらったのだろう。
できる者はやらねばならないのではなく、その中で「やりたい」者がやればいいと言うラリサ。それはそうで、自分も含めた複数の人命が懸かった状況で唯一戦える人が「死にたくないから戦わない」と言ったところで、チハは困るだろうが、責める気は起きない。
では、自分は?
「戦いなんて、したくない」
悲痛な面持ちに顔色のわるさも相まって、悲壮感が強い。
特殊大佐はやさしく微笑んだ。
「ううん、いいのよ」
「ごめんなさい。お母さん……」
同情的な視線に囲まれ、俯いていたチハは顔をあげた。
「わたしは、やるよ」
決然と断言し、唖然として見つめられた少女は、しかし泣きそうに表情を歪めた。
「わからないよ! やるべきだって思う! だけど、やりたくなんてない! わたしがどっちを選んだって、お母さんもつらいでしょ? 正しいこととか、むずかしいことなんてわかんないよ!」
感情的に叫び、チハは小さな声で続ける。
「ナゴミちゃんたちみたいにって言ったら、ナゴミちゃんとかは責任を感じちゃうと思うし、やりたくないことをやる言い訳になんてできない」
ナゴミは複雑な顔で黙り込む。
「ただ、やらなかったわたしを想像したら、マンガだってアニメだって、気持ちよく楽しめないと思ったから。ただの自分勝手でかっこわるいけど、わたしは、せめて自分を好きになれるほうを選びたいんだ」
一同は、少女の飾らない本心からの言葉に目を見張った。
ニナとナゴミだけが残された執務室で、ふたりは複雑な顔をしていた。
不意に特殊大佐は微笑んで溜息をつく。
「私は結局、あの子を自分で育てられなかったみたいに思ってるの」
「小さい頃からお母様に預けてらして、私があなたと生活している時間の方が、実の娘のチハよりも長かったですからね。申し訳なかったです」
「それは仕方ないわ。事情が事情だもの。……中学から同居しても、結局、忙しくてあまり構ってられなかったし、全然人格形成に影響は与えられなかったんじゃないかって思ってたの」
「あのチハが、立派になってましたね」
チハを幼い頃から知るふたりは、穏やかな笑みを交わす。
「ええ、ほんとに。とても複雑な気持ち。私が直接できたことは少ないけど、チハも、ラリサちゃんみたいに育ってくれたんだったら、うれしいわね。母の私と、お姉さんのあなた。たしかに、本人が望めば、触れられる情報はあったのよね」
「マスコミの報じ方は好きじゃありませんけどね」
時に英雄として祭り上げられ、あるいは怪獣との戦いで街を破壊したり子供らを危険に晒したりするなどとして批判されてきた。良しにつけ悪しきにつけ振り回され、対応に苦慮してきた実感がこもる言葉に、ニナは苦笑した。
先日レイコがセッティングするだけで終わってしまったJKシミュレーション、つまり、複数体の簡易JKを同時にひとりで動かすということを、実際にチハはやってみせた。
これを元にブラッシュアップした、ドラムキングを動かしうる能力を持つ人間を探すためのシミュレーションが作られ、目的どころかドラムキングの設計までを公にした上で、既定のスコアに達した人材の無条件公募が始まった。
国家の命運すら懸かった喫緊の課題、超大型怪獣への対抗手段である。ドレッサー資格の有無だの年齢だの、前提などは構っていられなかった。
様々な組織などで多様な新世代型JKの開発は模索されているが、ドラムキングの設計等については、そもそも実用化が決まった時点で公開を前提とされていた。そのことから、事前に公開することにそう問題は無かった。ニナの認識では、人類全体が怪獣の根絶に近づくための世界的なスタンダードの候補であるためである。
数日が経過した。
JK用銃器導入関連の法整備は、一部はすでに済み、残りも滞りなく進む見込みだ。終了次第、納品できるようになっている。
一方、ドラムキングのシミュレーションで、採用基準に達した候補者の応募は無かった。
このシミュレーションについては、基本はオンラインでの利用であり、挑戦者のスコアは可能な限り収集されているが、基準に近いレベルに達する者すらいない。
チハ自身のやり方などを見聞きできるラリサはそれなりに能力の伸びを示していたのだが、抜きん出て優秀だがチハには遠く及ばないという状況は変わらなかった。
アメリカでの出現以降、今のところ超大型怪獣の出現は公に確認されてはいない。
しかし、怪獣出現以降の流れを踏まえ、ここ数ヶ月続いていた各出現地域での短期間大量発生と関連しており、今後は各地でも出現するだろうというのが大方の見方である。
ドラムキングのコックピット内のチハは、やや緊張した面持ちで深呼吸した。
数日前にはコックピットに近づくことを意識しただけで足が動かなくなるほど苦痛だった、そのことを気にするがゆえの緊張はすれど、特に自覚的な支障は感じない。
初めて乗ったときと違い、今のコックピットは非常にシンプルだ。
掴まるためだけのスティックがシートの左右に。コントロールヘルメットに一式のコンソールと、標準的なセカンドと何も変わらない。コックピット内部からは見えないが、コックピットブロック周りの余裕のある積載空間には緩衝機構がめいっぱい詰められている。
ハード面だけでなく、あの日収集したデータをもとに、OSは改良を加えられている。
ドラムキングから距離を置いたモニタリング装置周りには、エレナとレイコ、それにナゴミもいる。
『チハちゃん、だいじょうぶ?』
「はい。もう特になんともないみたいです! ご心配おかけしました!」
『あれが一時的なものでしたなら、なによりですわね』
レイコたちは顔を見合わせて安堵していた。
「では、立ちますね」
『うん、お願い』
エレナたちの視線を受けながら、巨大な試作JKは、ゆっくりと立ち上がる。
不安定だが、一回目のときよりは遥かにマシだった。
少しゆらゆらして頼りない様子ながら直立する。そのまましばし経過すると、揺れがだいぶ治まった。
『よし、歩けるか?」
ナゴミは、やや不安そうだった。
「行けます」
無理ではない。おそらくいける。歩くぐらいなら問題ないと感じていた。
まず、一歩。ややふらつきながら、前へ。そのまま、二歩目。
ナゴミたちも、ギャラリーも、前回のことを思い出して緊張して見守っていた。
それまでよりはやや足取りがしっかりして、ゆらゆらとさらに三歩。四歩。
遠くで見ている者たちが歓声を上げているのが見える。
映像を回されている司令部にも、ほっとしたような人や喜んでいる人たちがいた。
ナゴミは表情を緩めていなかった。
『止まれるか?』
「だいじょうぶです」
ナゴミの懸念に対して、チハも緊張は解かないが、そこまで不安は無かった。
ゆっくりと、丁寧に足を止める。
巨大なマスコット風JKは直立した。ゆっくりとゆらゆら揺れる。
それでも倒れない様子を見てナゴミは微笑んだ。様子を見守っていた基地のスタッフたちは、成功を確信してよろこびをさらに爆発させていた。
ドラムキングはその後、レイコたち技術陣の指示を受けて演習場まで歩いていき、各種動作を試した。
体操のような動きなどで全身各所を確認し、その最中には、度々バランスを崩して転ぶなどしてしまった。動きがかっちりと止まってしまい、OSを再起動することなどもあった。
作業をまとめて行い、一同の昼食はやや遅めとなり、一時過ぎにチハは基地の食堂の机に突っ伏していた。たまたま居合わせたニナも合流している。
「疲れたー……」
レイコたちは微笑んで、それぞれに労いの言葉をかけた。
「ねっねっ、どんな感じだった?」
ラリサがやや興奮して尋ねた。
本人は乗りたがっているものの、能力的にも所属的にも優先順位はチハが上であるため、ドラムキングはチハに合わせた調整が行われている。そのためシミュレーションには励んでいるものの、初回以降、実騎にはラリサは乗っていない。
「なんかねー、大きな着ぐるみの手足にバネでつながれて動かしてる感じかなぁ。前はすみずみまで手が届かなかったから、全然動かせなかったけど、最低限必要なところはなんとか自分の手っていうか触手っていうかを伸ばしてフォローしつつ、人間みたいに動かすことはできなくはない、みたいな。はげしい運動とか戦いは無理だね」
「よくわかんない! けど、すぐおいつくからいいもん!」
「本当に、ラリサさんのシミュレーションスコアの伸びは、天才的ですものね」
実際に追いつけるかはともかくとして、伸びが目覚ましいこともたしかだった、
ふふんと胸を張るラリサを「すごいわね」と撫でながら、ニナは技術陣を見る。
「それで、具体的に進捗の見込みとか、あるいは限界は見えたかしら?」
その発言に、データを見ていたレイコとエレナが気まずそうに顔を見合わせた。
「そのことなんですけれど、ドレッサーをチハさんに限っても、ある程度は最適化できますけれど、戦闘までを想定すると、コンピュータでは処理しきれないのではないかという疑いがございますの。要求される精度や速度などから、瞬間的に並列的に要求される計算の複雑さと量が一気に跳ね上がりますから」
ニナとナゴミが眉を寄せた。
「たしかにチハさんの負担の軽減には成功していますけれど、いまだにかなりの部分を自分でこなしてしまわれていて、それをある程度AIで補助するにしても、判断がおいつかなくなるのですわ。学習させることにより、ある程度は必要な部分と不要な部分を判断させて省略などもできるでしょうけれども、実戦で発生するパターンを考えると、焼け石に水かと。今日、あの日常生活動作よりややゆるい程度の動作でも何度か固まったりしていたのは、AIが処理しきれなかったからなんですの」
「それは、プログラムの製作が追いつかないとかではなくて、ハード的な話か? 性能のいいものを積めばいいんじゃないかと思ってしまうが」
「どちらも、ですわね。ソフトとしてのAIの性能がそもそも追いついていませんけれど、追いつけるものを作るには、現在の技術ではハード的にも不可能かと思われますわ。現実空間で人体を動作させるという行為が、複雑すぎるのですわ。複雑に絡み合った構成要素があまりに多くて、優先される要素などもめまぐるしく変化いたしますし、さらには単体で完結するのではなく、それをその瞬間のチハさんという個人の判断に合わせた対応を求められますから。きちんとフォローできるAIができましたら、それにはほぼ人格を持たせることも可能かもしれませんわね。それはもう、別次元の新技術ですわ」
ラリサは、言われていることがよくわからない顔になった。
「つまり、チハはスーパーコンピュータ並ってこと?」
レイコやニナ、エレナが笑ったが、ラリサを馬鹿にしたりしたわけではない。否定の方向がおかしいからだった。
「いえ、それ以上ですわ。わたくしたちが何気なくこなしていて簡単に思えますことでも、コンピュータで再現しようとしましたら、とても複雑で重たい処理ですの。たしかにスーパーコンピュータは、特定の仕事に特化すれば、とても脳では不可能なことをできますけれども、逆に脳が日常的に行っていることであれば、いまだに世界一のコンピュータよりも一般人の脳の方が遥かに優秀なのですわ。ただ、使いこなそうと思っても、思い通りすべて使いこなせるものではございませんけれど。ふつうのパソコンでさえ、それでできることを完全に使いこなしてる人は滅多にいらっしゃいませんですわね?」
チハは突っ伏したまま自分の頭を押さえた。
「そんなにすごいのわたし!?」
ニナが達観したように娘を見つめる。
「使いこなせてないから、きたじぇに落ちたのよね」
チハは本気でショックを受けたような顔になった。
「で、チハの方がすっごいコンピュータよりすごいのにそれでも足りなくて、すっごいコンピュータも一緒に積んでもあのネコちゃんを動かし切れないの?」
「ネコちゃん……?」
その呼称にニナは眉を寄せていた。他の面々が問題なく受け入れていることに不満を感じながらも、疲れているチハに助けを求めることもできず、黙りこむ。
「じゃあ、そのすっごいコンピュータよりすごいのを、もう一個積めばいいじゃん」
ラリサの発言に一同は固まり、それからラリサとレイコ以外の視線がゆっくりとレイコに集まった。
ラリサも流されてレイコを見やり、全員に見つめられた特殊少尉は戸惑う。
「さすが天才だな」
ナゴミが感心半分からかい半分の調子で言うと、
「アタシのことだったんだけど……」
当の天才は不満そうに膨れており、その場に微妙な空気が流れた。
その日。あるいは翌日。すなわち日本時間の夜中。世界では新たな超大型怪獣が確認されていた。
人間の心理として、都合のわるいことは、やや無理な理屈をつけてでも否定しようとする働きが生じる場合がある。正常性バイアスという。
地球上、様々なところで「アメリカで出現した超大型怪獣は、あれこそがイレギュラーであり、もう出現しないはず」という考えに無意識に縋っている者たちがいたのだが、希望はあっさりと砕かれたのだ。
日本人の多くがそれを知ったのは朝。
形態はアメリカで出現したものに似て、二足歩行の肉食恐竜のようであった。
夕陽を背に多数の怪獣を伴った巨大な姿がサバンナを闊歩する光景は、とても幻想的だった。
数日後、北海道JC訓練校の入学式。
ナゴミは、新一年生の担任としてそこに参加していた。
整列している新入生の中には、トモの他にチハの姿もある。
一年生の数は、設けられていた合格枠とは異なっていた。
本来の合格者は、三十人。
しかし並んでいるのはチハも含めて十一名だった。
※予告※
JC訓練校入学により、正式に所属が対特殊生物自衛軍となったチハ。
きたじぇの寮に入り、母親やドラムキングのことで同級生から持て囃されることに戸惑いながら新生活を始める一方、ドラムキングが実用化した場合に備え、エースバスターたちの指導のもと、戦闘シミュレーションに挑むこととなる。
レイコとの複座操作の訓練も行っているのだが、さらなる自主練までも取り入れようとして?
次回、第5話「JC訓練校、入学!」