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第3話 天才たち

くろにくる うんちく講座 第2回


第一世代(型)JK

 通称「ファースト」「ファーストJK」。

ひとつの関節に対して対応するUマッスルを一組というイメージで構築されている非常に単純な設計のフレームを共通規格としている。

 シンプルな構造から、町工場的な設備でも作れたため、この基本設計とOSの情報が世界中に拡散したことから世界中でJKが作られ、怪獣への抵抗力となった。

 操作面も、当時のパソコンと一般家庭向け娯楽用NCヘルメット程度で構築できた。

 脳神経の働きを読み取って操作するタイプのVRゲームで要求される「動作意図」は「すすむ」「しらべる」と言った単純な括りですんでいたわけだが、それでも操作への適性は個人差があった。ファーストは実際の人体よりも筋肉の配置が少ないとは言え、複数のUマッスルを別々に動かす必要があり、じゅうぶんな水準で操作するには適性がいる。

 第二世代セカンドと比べれば適性のある人間の割合は多いのだが、代わりに人体とは異なるその筋肉配置から、ドレッサーが感じる操作性では「着ぐるみ」のようにも例えられる。思い通りに動かす、戦闘、格闘を行うという水準になると、要求されるスキル、練度などの面ではセカンドよりも敷居が高い。

 西暦2021年現在の標準は身長18メートル。武器を叩きつけて怪獣のクリスタルコアを砕くためのリーチとパワーを確保し、操作、製作、整備性など運用面全般で最適とされている。

 セカンドの方が小型だが、基本運用上の攻撃時のピーク出力はファーストとセカンドでは同じぐらいとされる。だが、一部のバスターがリーチと重さを完全に乗せきった一撃であれば、ファーストのほうが威力は上となる。


第二世代(型)JK

 通称「セカンド」「セカンドJK」。

 ひとつの関節に対応するUマッスルが複数で、ひとつのUマッスルが複数の関節の動きに対応するような、人体を参考にした、重量のわりに筋力効率の上がる設計を目指したフレームを共通規格としている。

ほぼ一通りの規格にもとづくファーストと違い、浸透しているフレームタイプには、基礎設計概念は同一だが得意な動作などに偏りを持たせた複数が存在する。

 特に特異なタイプとして四足獣型に体型をシフトさせることができる通称「タビーキャット」(=雌猫)がある。由来は、変形翼を持っていた戦闘機F-14「トムキャット」(=雄猫)であり、バスターは女性のみであることから。現在のアメリカでは主力フレームタイプである。

 セカンドも、ファーストを作り慣れた者たちが製作する分には、材料さえあればそんなにハードルが高いものではない。(タビーキャットなどは除く)

 セカンドの適性を持つものはファーストよりも少ないが、人体に準じるような設計である以上、自分の身体感覚を転用できる者も多く、適性さえあれば動かすのは相対的に容易とも言える。


OS

 JK・JCにおけるOSとは、U素材を組み合わせて個別に作り上げられる騎体を、ドレッサーの脳内の働きを読み取るNCニューラルコントロールという、「現実に身体を動かす行為」を「音読」だとすると、「動作をイメージするだけ」という言わば「黙読」のような形の操作で、どの個体でもできるだけ同じ操作感で使えるようにするための騎体側の仲立ちプログラムである。

 OSと呼ばれるものの、ファースト、セカンドともに、フレームごとにUマッスルの配置位置と、そこに信号を送るために割り振られるタグは共通規格化されており、言わば車で言うところのアクセル・ブレーキペダルの位置や踏み込みに対するレスポンスなどが極力似通るように整えるような役割であり、主要部分の仕組みそのものはとてもシンプル。同世代のものであれば、別個体でも近い操作感で操作するためのもの。

 脳内でのイメージに対して各Uマッスルがどの程度「力む」かの操作感を整える作業を「調律」と呼ぶ。言うなれば、アクセル・ブレーキペダルの踏み込みに対するレスポンスの部分の調整。これが雑だと、ちょっとしか力を入れたつもりがないのに激しく動くとか、逆の事態が起こったりする。

 信号のやりとりはドレッサーから騎体への一方通行ではなく、感触・反動や損傷などの信号のために基本的には双方向である。OSには、騎体からドレッサーへの信号においても、ある程度個体差を無くすようなフィルター的な役割もある。


トランスレータ

 JK、JCを操作する際にドレッサーごとの個性を補正してOSに伝えるためのプログラム。

 OSとトランスレータはともに、JKとドレッサーのどちらの個体差・個性を補正するかの違いであり、それぞれの信号を嚙み合わせるために共通言語化する役割を持っていると言える。

 もともとは、シード隕石群由来の技術発展で著しい進歩を遂げていたVR技術を利用するために脳内信号の個人差を補正するために使われていたもの。それがJK操作に転用された。

 ゲーム用に「前進する」という単純化した概念でさえ、その速度変化を意図する脳内信号などには個人差があったため、そういったことを個別に補正していた。こちらの調整作業も「調律」と呼ばれる。

 過去のVRアプリなどであれば、ユーザーデータごとに大抵はハードにトランスレータを登録していたりしたのだが、ドレッサーは基本的にJK・JC用のトランスレータはUSBメモリのような記録メディアに自分のものを入れて常に携帯していて、コックピットのコンソールに挿して使う。

 特生軍のバスターなどは、記録メディアを制式のドッグタグのようなものに着けている。特に軍属のJKなどは、トランスレータと紐づけた身分認証を元にJK単位で使用者を限定する起動キーのような扱いをされることもある。


がさい

 北海道弁。質がわるい、見た目がわるいといったことを指す形容詞。

 若者言葉的な使い方をすると、「ダサい」→「ダセえ」のような感じで「がせえ」にもなる。



第3話 天才たち


 大雪山地域で怪獣が大量出現してチハが紅姫で戦った日の翌朝、九七式母娘は対特殊生物自衛軍の敷地内を走る車の中にいた。

 助手席のニナは、後部座席でチハの隣に座る少女を振り返った。

「ごめんなさいね、朝早くから」

 前日のイベントでチハ同行していた水本兎萌(ミズモト・トモ)も同乗しているのだ。

 チハの同級生である彼女は、チハと違い、北海道JC訓練校の入試に合格していた。

 ニナからの連絡を受け、目的はよくわからないながら、必要もなく頼まれることもないだろうと思ってついて来た。顔を合わせた時、チハからは「わたしひとりだとうまく説明できないと思うから」と言われたが、結局事情が不明で、少女は少し不安だった。

 トモと九七式母娘が乗り、対特殊生物自衛軍の敷地内を走る車を運転しているのは、「ザ・ファースト・バスター」などの異名を持つ大和(ダイ・ナゴミ)だ。

 紹介された時、トモは内心で激しく興奮していた。JC訓練校を志す者であれば、珍しくないだろう。ナゴミは世界で初めて自在甲冑で怪獣を倒した後、しばらくの間は当然として世界でひとりだけのバスターとして怪獣を倒し続けていた。そのキャリアと実績から「生きる伝説」などとも言われる、まさしくバスター絡みでは伝説そのものの存在である。

 チハからは幼い頃からの親戚のような関係と聞いて、羨んでいたのだ、

 ナゴミの運転する車が通る敷地内では、討伐された怪獣から分解されて運ばれてきたU素材の加工や、戦闘で損傷したJKの修復作業などが行われている。

 作業に従事するJCには近隣の特生軍以外から招集されたものに加え、北海道JC訓練校から持ってきたものもある。作業しているドレッサーにも訓練校生が混じっているとのことだった。

 やがて車を停めると、彼女たちはコンピュータを操作している女へと近づいた。眼鏡の女は折り畳みの椅子に座り、同じく折り畳みの机にコンピュータを乗せていた。

 その女、雷電奈(イカヅチ・エレナ)は、近寄ってくるニナたちに気がついて顔を上げた。

「お疲れ様です。チハちゃんは、ひさしぶり」

「お疲れ様」

「おつかれ」

「おひさしぶりです。エレナさん」

 エレナは、鉄人二七式や世界で初めての自在甲冑を製作したチームにいた雷光(イカヅチ・ヒカリ)博士の姪である。

 実際にはヒカリこそが鉄人プロジェクトの中心人物だったのだが、名前を前面に押し出すといろいろ面倒という個人的な都合から、ニナ本人の預かり知らぬところで彼女の名前を代表にしたところがある。

 ナゴミが世界で初めてのバスターとして活動し始めた頃から、JKの製作や運用のバックアップをしていたのが、同級生のエレナなのだ。今は特生軍の技術部門に所属している。

 彼女はトモに目を留めた。

「初めまして、でいいのかな?」

「はじめまして。九七式さ……チハさんの友人の水本兎萌です。よろしくお願いします」

 戸惑いながら丁寧に礼をしたトモに、エレナは微笑みかける。

「雷電奈。技術部門担当です。よろしくね」

「水本さんは、きたじぇに入学するのよ」

 ニナの補足に、エレナは眉を上げた。

「優秀だね」

「いえ、私はそんな……」

「落ちたわたしよりは優秀だよ……」

 謙遜したトモにチハが言って、気まずい雰囲気があたりに漂った。

 ふとエレナが素で何かを思い出した様子になる。

「あれ、そう言えば、大特殊大尉は、迎えに行かなくていいの?」

「ああ、近くまで来たら、迷いようもないからひとりでいいって言われた。実際、行程の大部分は終わってるし」

「そうなんだ」

 おかしそうに笑ったエレナが視線を元の観察対象へと戻し、他の面々も目を向ける。

 全長40メートル以上にも及ぶ威容。しかしそれは、怪獣ではなかった。

 大型怪獣にも比肩する巨体は、着ぐるみのような見た目だ。

 巨大な頭を持ち、全身の基本色は青。腹部や手足の一部が白く、金色の鈴をつけた赤い首輪をつけた寸胴のネコのような姿。

 それがゆっくりと這い這いをしてにじりよってきた。おもむろに、なだらかな丘に身を預けるようにして仰向けに横たわり始める。

「テレビで見て、知ってるわよね。ドラムキング。第三世代自在甲冑、つまりサード候補のひとつ」

 ニナが少しつらそうに声を出した。

 トモがこれまでにテレビで見た映像では、この巨大な実験騎は身もだえか、よくて先ほどのように這い這いしている姿しか見たことが無い。

 そしてセットで語られることと言えば。

 世界で初めて自在甲冑を実用化したと言われる特殊大佐は続ける。

「『巨額のコストの無駄』だの『史上最大の製作者の趣味のおもちゃ』だの」

 怒りを噛みしめるような静かな言葉に、トモは困惑していた。

 母親の苦々しげな発言にチハは戸惑い顔で小首を傾げた後、規格外の巨体に見入り始める。その頬には大きな絆創膏が貼られていた。

「かっこいい……!」

 目を輝かせて感嘆を漏らした娘。

「でしょ~⁉ あんまりみんな、わかってくれないのよね~」

 母親は相好を崩して同意し、周りの人間はコメントを避けた。

 ニナは咳ばらいをして気を取り直すと、トモに微笑みかけ、ふたたび青いJKに視線を移す。

「たしかに今現在の実用性に限ればムダだけど、鉄人だってそこから始まったのよね。試作品は試すことが目的だし、今までにないデータは、それだけでも有用なんだけど。この基地もそうだけど、特生軍関係の動き全般で、お偉い政治家さんの利権絡みを極力排除したもんだから、えらい嫌われちゃってるのよ。叩けると思えば叩き放題っていう」

 トモは少しだけ眉を寄せて、深刻そうな顔をした。

「『怪獣は日本において非常に貴重な自国産資源であるのに、原因を取り除こうなどとけしからん』とか、あれ、本気で言ってるんでしょうか」

 一部の政治家などの言説に疑問を呈する少女の認識に少し安堵したように笑みを浮かべた後、特殊大佐は達観したような表情になる。

「シード流星群から、誰も予想しなかった怪獣という存在が現れたという事実があり、いまだに怪獣絡みはわからないことだらけ。怪獣に対抗できるようになった第一世代(ファーストジェネレーション)。怪獣を人類の生活圏から押し出し、日常生活を維持できるようにしてくれた第二世代(セカンドジェネレーション)。今のバランスでじゅうぶん共存できるなんて意見もあるけど、怪獣という生物の全容はまだまだ不明。今までの流れを考えれば、これからより危険になる可能性を考慮して、理想は先手を打っての根絶だわ。『まだ手遅れではなかったから対策せずに様子を見てたら、手遅れになりました。やっぱりちゃんと対策しておけばよかったですね』なんて冗談にもならないのよ。最低限、怪獣の出現地域で活動、調査できる能力を持つ第三世代(サードジェネレーション)は絶対必要なのよ。実際にどういう形がスタンダードになるかわからないけど、圧倒的な力としてわかりやすく作り上げたのが、この子」

 ニナは切なげな視線を、横たわって動きを止めたドラムキングから娘へと向けた。

 チハは表情を引き締め、真剣な顔でまっすぐに実の母を見返す。

「そういうことも、いまいちよくわかんないけど」

 周囲で溜息やズッコケや脱力が見られたが、少女は揺らがなかった。理屈はわからないが認識している違和感にこそ、不安を露わにする。

「どうして、わたしがここに連れて来られたの?」

 ニナは苦悶するような表情のまま、黙り込んだ。

「お母さん、紅姫でわたしがやったことの説明を聞きたいって言ってたよね?」

 ここに来るまでに見て来た敷地内で行われた様々な作業やその様子からも、多数の怪獣の出現に伴う被害の対応などで特生軍全体が繁忙の極みにあることはチハでもわかった。

 ましてニナはこの基地の責任者である。

 優先順位を考えて、わざわざ敷地の端まで連れて来て奇特なJKを見せられるということが、ただの見学とは思えない。

 不安に囚われるチハをニナたちは気遣うように見ながらも、黙りこんでしまった。

「やはり、やめるべきだと思いますわ!」

 凛とした声がやや遠くから放たれ、チハは顔を上げた。

 ドラムキングの方向から歩いてきていたのはレイコだった。

 どこか攻撃的な表情も、速足なその身のこなしも、それでもなお高貴さを備えた優雅さを纏っている。

 チハとトモは、彼女の剣幕に驚いていた。

 汗ばんで頬がやや上気しているレイコは、柳眉を寄せて険しい表情を少しだけ緩め、気遣うような顔でチハに向けて丁寧に頭をさげた。

「わたくしの無理なお願いに応じてくださったばかりか、素晴らしい成果をあげてくださって、誠に感謝いたしますわ」

「い、いえ、艦上さんのお役に立てたなら、なによりです」

 チハの戸惑う様子に微笑んで会釈をした後、彼女は再び剣呑な気配を纏って上司たちへと向き直った。

「あの状況下で紅姫に乗せたわたくしが言うのはおかしいということは重々承知ですけれど、一般人をドラムキングへ乗せることには、わたくしは反対いたしますわ!」

 レイコはニナに、そしてエレナやナゴミたちに、挑みかかるように宣言した。

 その内容に、チハは硬直する。

「わたしを……?」

 エレナがチハの不安を取り除こうとするように微笑みかけた。

「何も、乗って、『はい戦え』ってわけじゃないんだよ?」

次いでレイコを宥めようと向き直る。

「艦上特殊少尉も?」

「ですけれど、わたくしと違い、彼女はただの学生ですわ!」

 エレナは困ったように苦笑いを浮かべた。

「ただの、じゃないよね? 艦上特殊少尉が一番わかってるでしょ?」

 特殊少尉は不満そうな顔になり、しかし押し黙った。

 チハが理解困難な状況で助けを求めるように母親を見ると、彼女は沈み込んだ表情で黙り込んでいた。ナゴミに目を向けると、こちらは気まずそうな顔で口を噤む。

チハは縋るような顔でエレナを見る。

「わたしが、どうしたんですか? 紅姫を動かしたことの何かが?」

 エレナは軽く頭を掻き、重たげに口を開く。

「何か、というより、全部だね。簡単に言うと。艦上特殊少尉の証言も聞いたし、操作ログも見たんだけど、チハちゃんは、紅姫をトランスレータ無しで動かしたんだよね?」

 エレナの確認に、チハは不思議そうに応じる。トモはすでに、どうしてチハに白羽の矢が立ったのかを察していた。

「ええ、微妙な操作をするには邪魔だったから、トランスレータを使うのをやめました」

 途端、皆が狼狽え、チハは不安に陥った。何かまずいことでもしてしまったのだろうかと訝る。

 エレナが眉を寄せて、質問内容に悩みながらのように口を開く。

「ええと、途中では、レイコちゃん……艦上特尉のトランスレータを使ってたよね?」

 チハは、怒られたりするのではないかと、おどおどしながら答える。

「はい。わたしのに変える手間がもったいなかったので」

 これがあの時、レイコが気づいた事実だった。始めにチハは紅姫を動かす際、自分のトランスレータを使っていた。操作を交代する際、レイコは自分のものに差し替えた。その後、再度の交代の際、チハはトランスレータを変更せずに使い続けていたのだ。

「で、その後はさらに、トランスレータは使ってないと」

「はい」

 エレナはどうしたものかという風情で、レイコと顔を見合わせた。確認が始まってから、レイコは諦めたような表情になっていた。

 チハの不安は、いやましていく。

 エレナは、チハを宥めるような表情で苦笑を浮かべた。

「いや、怒ったりしてるんじゃないんだよ。トランスレータって何をするものか、わかる?」

 今度はチハがどう考えたらいいのかというように眉を寄せ、ゆっくりと答える。

「JKとかJCを、操作しやすくするものですよね? 大抵の人が自分用のを用意してて、普通は使う」

 回答は、ある意味では少しだけ、だが劇的に間違っていた。

 トモは観念したような顔で、友人の発言を否定するように、わずかに首を振っていた。

 エレナが目を丸くして固まり、皆の反応も似たようなものだった。

 エレナは沈黙してレイコと目を見合わせた後、嘆息するように口を開いた。

「いや、ある意味では正しいけど、普通は使うのは、全員なんだ」

 チハはきょとんとした顔で小首を傾げた。

「すごい人たちの中には、使わない人とか、いるんじゃないんですか?」

 これにも一同は唖然とし、今度のエレナは助けを求めるようにナゴミを見た。

 世界のエースたちに顔が利く彼女は軽く首を振る。

「いや、私も世界のトップバスターたちにあえて質問したことがあるわけじゃないけど、トランスレータの調律に凝ってるとか、逆に調律は適当臭いのに操作の精度がおかしいとかは聞くけど、トランスレータを使わないってのは聞いたことないよ」

 ナゴミの発言に、チハは驚きを露わにしていた。

 トップバスターとは、バスターの中でもエースのさらに上位に位置する者たちを指す俗語である。

チハが助けを求めるようにトモを見ると、彼女は神妙な顔でナゴミの発言を肯定するように頷いて見せた。

 エレナはさらに、どう言葉を継いでいいかわからないような様子で続ける。

「さらにチハちゃん、トランスレータ側だけでなくて、OSの調律パラメータを全部ゼロにしてたよね。ごめん、もう、ほんとに理解ができないんだけど、これってどういうことかな」

「それをゼロにしないと、どうしても細かい操作とかの邪魔になることがあって」

「えーと……」

「私が教えたんです」

 悩むエレナに、トモが口を挟んだ。

 全員の視線が集まり、人見知りな少女はあたふたする。

「そ、その……、一緒にシミュレーションをするようになってから、『トランスレータを使わないほうがいいこともある』とか言われて、どういうことかと思って色々聞いたんですけど、要するにチハちゃん、トランスレータとかOSがやっていることを自分でできるから、OSを実質オフにした場合のほうが繊細な操作ができることがあるみたいで」

「へ?」

「JK調律練習用アプリの、ランダムなクセがあるサンプルでも、チハちゃん、調律しないままテストモードで自由に動かせちゃうんです。トランスレータも無しで」

「は?」

「どんなことができるか試してたら、関節の接続を規定のタグで処理しないランダム配置にしても対応できますし」

「うぇ」

「それならって、私が試しに作った四本腕やケンタウロスみたいなJKのデータでも自由に動かせて」

「……」

 ここに来て、エレナの思考回路は停止してしまった。

 レイコは信じがたい貴重な情報を聞くように頷いており、ニナは半ば呆然とし、ナゴミは深刻そうな顔で黙っていた。

 エレナは気を取り直す。

「待って待って、理解できないというか、言われたとおりに理解したつもりになると、あまりに信じられなくて、脳が理解を受け付けないんだけど」

 おどおどしながら必死に説明するトモと、何が重要なのか理解していない様子のチハとを見比べ、エレナは少しさびしそうな表情でレイコに視線を移した。

「艦上特殊少尉は、九七式千八さんを試作騎に乗せることに、まだ反対かな」

 レイコは何も答えることができなかった。


 エレナに付き添われてドラムキングのコックピットに座ったチハは、戸惑っていた。

 通常のJK・JCのコックピットはシンプルなもので、頭に着けるヘッドドレスと呼ばれる複合デバイスの他には、シートのほかにはタッチパネル式の画面がひとつに、ほぼ掴まるためだけのスティックだけのはずだ。

 特生軍JKのヘッドドレスは、基本的に半透過表示も可能なスポーツグラスのようなHMDに、カチューシャのようなNCインターフェースである。

 ドレッサー候補者を潜在的に育てておくためにもVRシミュレーションアプリは無料配布されており、ゲームのように遊んで馴染みのある子どもは多く、チハもそのひとりだ。

 一般家庭でシミュレーションを行う場合には、汎用VRインタラクティブ用の、大抵はごついHMDと、ヘルメットに近い形状のNCインターフェースが使われることになる。

 JK黎明期には、実際そういった家庭用のものも使われていたのだから、シミュレーションといってもツール面ではリアルなのである。

 ドラムキングのコックピットでチハが戸惑ったのは、キーボードのようなボタン、スイッチなどが大量に存在したためだ。紅姫同様に、まるでロボットものアニメのコックピットのようではあるが、まるで使いこなせる気がしない。

 六点式のシートベルトを装着するのを手伝いながら、エレナが説明する。

「チハちゃんが使うのは普通にヘッドドレスだけで、他の機械は気にしなくていいから」

「わかりました」

「ダメ元だから、力は抜いていいからね」

 緊張した様子のチハに微笑みかけて、エレナはコックピットから出て行った。

 見送ったチハは、その言葉を真に受けすぎることもできなかった。とても重要な意義を持つ試作JKであるということぐらいは理解しているから。

 小柄な少女は、大きく呼吸をした。

 

 エレナがじゅうぶんに離れた頃、ドラムキングは動き始めた。

 ニナたちが緊張して固唾をのんで見守る中、もぞもぞと全身をわずかに動かした試作JKは力尽きたように動きを止めた。

『あの、これ、これ以上は無理ですよー』

 通信によるチハの言葉に、ニナはほっとしていた。

 コンピュータの画面表示を見て、エレナは頷いていた。遠隔での操作を始める。

「うん。じゃあ、試作OSの介入を無くすね。はい、もう一度おねがい」

 巨体は再度動き始め、ふたたび同じように全身を動かし、やはり動きが止まる。

一同は、それで終わりかとも思いかけた。

だがあらためて動き出した巨大JKはゆっくりと上体を起こす。

 レイコは呆然としていた。

「そんな……」

 さらには、ドラムキングは手をついて立ち上がろうとさえする。

「あ、説明足りなかったか、天然……?」

エレナが驚愕しながら小さな声で思わず漏らした後、

「立ち上がらなくてい……」

 立ち上がらなくていいとインカム越しに通信で呼びかけようとしたのを、ニナは手で制した。そのまま彼女たちもまた、目を見開いて身を乗り出すように注視する。

 頭頂高40メートル以上にも及ぶ着ぐるみのような巨体は、頼りなげにゆらゆらしながらも直立した。

 ふらつきながらも、偶然ではないと確信できるだけの間、立位を保持しつづける。

 十階建てのビルを超える高さを持ちながら動いてしまうその姿は、基地内で作業中の者たちのみならず、基地の外の人間でも、存在に気づけば手を止めて見入るだけのインパクトを持っていた。

 やがて、確かめるように足を踏み出し。大きくバランスを崩しつつも、なんとかさらに一歩。三歩まで踏みしめ、四歩目を踏み出そうとして、青い試作騎は、その大質量を大地に叩きつけるかのように転倒した。


 チハはニナたちに連れられ、基地の技術部のエレナの席へ来ていた。

 やや落ち込んだ様子のチハは椅子に座り、来る途中、自販機で買ったココアを両手で持っていた。

 巨大に過ぎるドラムキングは、そのコックピット周りの大容量を生かして過剰なほどの緩衝機構が実装されていたために、特にチハに影響は無かった。制御関連の電装系は、ほとんど通常のJKと変わらないのだ。OSがセカンドよりも複雑なプログラムになるために機械類が多少大きくなると言っても、JK本体のサイズ比に比べれば実質変化はない。

 自分の席のコンピュータ画面をレイコと検証していたエレナがチハを見やる。

「チハちゃん、落ち着いた?」

 ココアをすすっていたチハは、こくんと頷いた。

「はい。でも、わたし、やっぱり役に立てなくて、すみませんでした」

「チハちゃん……」

 トモは、友人の理解に眉を寄せて呟いた。

 困ったようにお互いに顔を見合わせるエレナたちを、チハは不思議そうに見ていた。

 代表してニナが口を開く。

「チハ、あなたは、今まで誰もできなかったことをやったのよ?」

 母の言葉に、娘は理解できない様子を見せる。

「だって、まともに歩くことすらできなかったんだよ?」

 これには、苦笑してエレナが答える。

「今まで唯一動かせたと言っていいのが、艦上特殊少尉なんだけど、立つなんて、夢のまた夢だったんだよ。立っただけで次元が違って、今のままで数歩でも歩けるようになるなんて、想像もできなかったよ」

 チハは愕然とした。

 たしかにニュースなどでは這い這いする姿ばかり見ていた。だが、国会でも未完成であることが問題視されているらしいのは知っていたが、どこがどう未完成なのかを考えたことはなかった。

「それにしても、どうしてそんなことができるか、自分ではわかるのかな?」

 エレナの疑問に、チハはトモと目を合わせてから説明を始める。

「前に、トモちゃんとも話したことがあるんですけど……」

 そして今度はニナを見た。

「ほら、わたしが小さいころに、お母さんがJK作ってたでしょ? 最初のころは本当におもちゃみたいなサイズで試作してたよね」

 あらためて、エレナやレイコを見ながら続ける。

「それで、もういらないっていうのをもらって遊んだりしてたんです。怪獣と戦いが始まっておばあちゃんとこに行ってからは、ときどきしかお母さんに会えなかったけど、そういう時にいらない材料もらって帰って、おばあちゃんたちにも手伝ってもらって、おもちゃみたいなJKというかいっぱい作ってたんです。開発途中だったOSとかも勝手にコピーして」

 このぐらいの、と言いながら、チハは30センチぐらいを手で示した。

「その子によって同じような操作で腕が動いたり脚が動いたりしたけど、JKの操作ってむずかしくて練習がいるのは当たり前だと思ってたから、てっきりそういうものだと思って遊んでたんですけど、トモちゃんが言うには、ちがったみたいなんです」

「つまり、手探りで作ったから、JKは関節ごとにタグが固定なのを知らなかったらしくて……特に始めは、まだファーストの規格もできていなかっていなかったころでしょうけど、個体単位で毎回タグの紐づけが違うUマッスルを把握して調律もせずに個体差に適応して動かすのに慣れちゃったみたいなんです」

 トモの補足にエレナは頭痛がするように額を抑え、レイコは冷静な表情のままチハを見つめていた。

 腕組みをして黙っていたナゴミがエレナとレイコに視線を向ける。

「それで、どうしてアレを動かせたんだ?」

「データを見る限りだと、直接、その時に必要な部分のUマッスルを重点的に操作してるね。全部を常に操作対象にするんじゃなくて、固定しておけばいい部分は主要なのだけ雑に操作して、動作する部分は丁寧にコントロールして、表面上の動作を無理矢理でっちあげた感じっていうか」

 ナゴミはわかったようなわからないような顔をして、チハに向き直った。

「本人としては、どんな手応えだったんだ?」

「セカンドって、人の身体っぽいから、大きいというか重いけど楽と言えば楽で、ファーストはセカンドより、狭いというか小さいというか、軽いんだ。その代わり、せわしないけど。あの子は、大きくて、広くて、なんか中にいっぱい体が積み重なってる感じで、たぶん届いても重くて持ち切れないだろうけど、そもそも全体に手が届ききらなかった」

 チハの感覚的な表現にナゴミは眉を寄せ、レイコを見た。

「艦上特尉、理解できるか?」

「推測しかできませんけれど、見た目に同様の動作でも、関節あたり動作あたりのUマッスルへの信号伝達数はファーストとセカンドで数倍以上違いますし、単純に信号受容器数も多いですので、大きい小さい、重い軽いとはそういうことかと思いますわ。ファーストでは受容器の数と、やりとりする信号数自体は減りますけれど、腕や脚の振りに伴うバランスの変化と、それに対応するための動作が人体とはかなり異なりますので、そういう面で細やかな操作を要求することが忙しないということで、人体を模したセカンドでしたら普段の自分の身体の操作感覚を転用しやすいので楽ということではございませんかしら。ドラムキングはUマッスルの信号受容器数がセカンドとさらに桁違いですから、すべてを把握、コントロールすることがなされませんでしたことと解釈いたしましたわ」

 ナゴミは固まってしまい、レイコは純粋にその反応を疑問に感じたように見返した。

ニナとエレナ、トモはレイコが言ったことを理解したような感心した様子だった。

「つまり、手足とかの応答パターンに統一性の無い、いろんなJKもどきの操作に慣れているから、頭の中にOSとかトランスレータ的なものができあがってるという解釈でいい……のか?」

 レイコとエレナが顔を見合わせ、レイコが代表するように言う。

「恐らくそういうことかと思いますわ。試し始められてすぐ、ドラムキングにすら適応されていらっしゃったようですので、それまでに触れたことのない構造でもすぐさま把握、調律的な対応が可能ですことといたしますと、少々次元が違いますけれど」

 自信は無さげだ。

 エレナが記憶を辿るような顔でチハを見る。

「紅姫でレイコちゃんのトランスレータを使ってたよね? 他の人を使うと、どんな感じなの? 試したことある?」

「はい。他の人のトランスレータは、トモちゃん……水本さんに言われて、何人か友達のを試させてもらったこともありますけど、自分のと大差ない感じです。紅姫のときも」

他人のトランスレータを使うなど、イレギュラーもイレギュラーである。

驚愕する周囲に、言い訳をするように少女は言葉を続ける。

「でもたぶん、とりあえずなんでもトランスレータがあったほうが楽なところもあると思いますよ? ただきゅうくつで、こう、こまかい自由度はへる感じですけど。けど逆にガッ!て感じの動きとかはしやすいっていうか。トランスレータ無しのほうが、ふわふわするぶんなんでもできるかな。代わりに神経使うし、つかれるけど」

 表現の曖昧さだけの問題でなく、チハの発言を皆いまひとつ理解できていなかった。

「ノーマライズとノイズカットの影響ですかしら……」

 ブツブツと呟くレイコと、それに同意するように頷くエレナは、なんとなくわかっているのかもしれなかった。

 レイコはつらそうに表情を歪めてチハを見据えて黙り込み、視線の先の少女は気まずそうに俯いた。

 レイコはそれを気にしないかのように、エレナに向き直る。

「お借りしてもよろしいですかしら?」

 目の前のコンピュータを示されたエレナが立ってどけると、レイコはすぐにキーボードをたたき始めた。

 細い指が生み出す、叩くというより撫でるように滑らかで静かなキータッチは、しかし猛烈な勢いで操作を続ける。

「チハさんは、無作為にタグを振り分けた模擬JKをいくつも作られて、それで遊ばれていたというお話でしたわね?」

 質問の間も操作は止まらず、JKシミュレーションアプリで、ファーストの仮想JKの設定を作成し続けていた。

「はい。小さかったし、おばあちゃんも不器用だったから、ガサかったですけど」

「では、手足の長さ、Uマッスル自体の配分にも偏りを持たせまして……」

 呟きながら作業するレイコの視線の先では、仮想JK十体がパラメータの補正をほぼ終えていた。

 淀みない手順とその速度に圧倒されるようなトモが、おずおずと手を挙げた。

「あの……」

「どうされました?」

「チハちゃんは、それを複数同時に動かしていたことがあるそうです」

 レイコは他の面々と同様に唖然としつつも手を止めない。

「ではさらにタグが重複しないように振り分け、全個体の同系化ですわね」

 言い終えてから数秒で入力も終了してしまう。

「では、今までのお話を総合いたしますと、チハさんはこれらの模擬JKを、同時に操作できそうかと思いますので、試していただきたいのですけれど、」

 示された画面の仮想空間には、簡素なロボットのような見た目で、手足の長さがちぐはぐなJKが十体並んでいた。

「小さな人形を複数動かして遊ばれていたのでしたら、この画面を見ながらおできになるということですかしら? ああ、もしかして、それで俯瞰の操作にも慣れていらっしゃったのかしら」

 レイコは、シミュレーション用のヘッドドレスを差し出しながら、チハによる紅姫の俯瞰操作技術を思い出していた。

 突然、基地中にサイレンが鳴り響き始めた。

 ほぼ同時、ニナの持っていた通信機が呼び出し音を鳴らす。

「九七式特佐です……」

 深刻な顔で相槌するニナの様子が、皆に緊張感を走らせる。

「……え、えぇ⁉ ま、まぁとりあえず、わかったわ、すぐ戻ります」

 途中の反応に、ナゴミたちは眉を寄せていた。

「怪獣がまた出たんですか? え?って、なにか問題が?」

「え、ええ、問題は問題なんだけど……」

 問いに答えながらニナは出口へと向かい、追随するナゴミは、ある推測に思い当たった。

「あ! まさか、アイツ!」


 半ば駆けながら司令部へと入室したナゴミの目には、予想通りの光景が飛び込んできた。

 続けて入ってきたニナの姿に、副官が泣きながら縋りつく。

「司令ぇ~、ぜんぜん言うこと聞いてくれないんです~……うぅ、ぐすっぐすっ……」

 どさくさに紛れて一緒に入ってきたチハは、画面に映ったJKの姿に驚愕する。

「うそ! ベールクト⁉ でも、なんで⁉」

 画面に映るのは、黒主体で、外装の輪郭に直線が多用されたロボットのようなJK。

映像内で怪獣相手に戦っているとわかりにくいが、現在主流のセカンド標準の16メートルではなく、このJKは頭頂高が18メートルほどある。背中には、鋭角の翼のようにも見えるパーツがついている。両手に一本ずつ握られる剣は、その翼をみっつに割ったような形だ。

 Uマッスルの性能を引き出せる一流バスターが操るのなら、セカンドJKは、そのまま人間サイズに直したと仮定した場合の人間よりも身軽に動ける。標準よりも大きなこれは、それでいて見事に体現していた。 

 多数の中型怪獣の間を、縦軸さえ交えた三次元の動きで踊るように駆け抜け、やたらめったら、当たるを幸いにといった感じに剣で切り裂いていく。

 飛び跳ねてさえいるにも関わらず、まるで決められた殺陣をこなすがごとく、攻撃はけして喰らうことなく躱し、また受け流している。

 そして特筆すべきことに、一見雑な斬撃は、的確に最大効果を狙って放たれている。

 それは、先の戦いでニナがバスターたちに指示した通りのものだ。つまり、討伐後に得られる素材としての有用性よりも、速度や確実性において効率的な「怪獣の討伐」を最優先とした戦い方。

多くの日本人バスターには抵抗のある動きだが、それどころか、このバスターはその方向性において徹底的に洗練された水準に達している。まるで、それが当たり前であるかのように。

 ナゴミは呆気にとられて戦いの様子を見た後、司令席へと腰を落とし、即座にカメラとマイクのスイッチを入れてJKに繋いだ。

「ラリサ! 勝手なことするな!」

『お、ナゴミ、着いたよー』

 大画面にワイプで映し出されて碧眼を大きく開き、能天気に手を振ったのは、金髪ツインテールの子供に見えた。否、子供だった。

 チハは実年齢がそれなりに子供で、加えて年齢より幼い雰囲気もあるが、そういうレベルではなく、明らかに子供だった。

 大きめのゴーグルのような半透過型HMDのヘッドドレスは少しヘルメット風で、クマの耳のような装飾がついている。

『いいからいいから! みんなボロボロなんでしょ? まっかせなさーい!』

 ベールクトは止まることなく、たった一騎で大型怪獣さえも相手取り、踊るように戦い続ける。

「そうじゃなく!」

『いいっていいって! ウチのおえらいさんたちにはだまっておくから!』

「そうじゃ、ないんだ……」

 ナゴミは力尽きたように、がっくりとうなだれた。

 日本語は流暢なのに会話はまったく通じていない様子に、比較的いつもマイペースなエレナまでやや呆然として呟く。

「『ロシアの仔荒熊』って異名、どうしてか、わかった気がする……」

 怪獣は時に「消えない竜巻のようなもの」など、天災に例えられることがある。

『そりゃーっ! 竜座流星群あたぁーーっく‼』

 駆けつけた本来の討伐担当のJKたちが手出しできずに見守る中、二刀流の黒いJKは、さながら天災のように怪獣たちを滅多切りに蹂躙していた。


 チハとトモとエレナは、ナゴミの運転する車でふたたび基地の敷地内を走っていた。

「チハちゃん、だいじょうぶ?」

 暗い顔になっていたチハを、トモが心配していた。

「あ、うん……。艦上さんが、わたしをドラムキングに乗せるのには反対って言ってたことを思い出して」

 エレナが思案顔になる。

「あんなレイコちゃん、珍しいんだけどねぇ。まさか、ドラムキングを動かせる特別な立場をとられるとか、チハちゃんがナゴミちゃんと親しいからとかで嫉妬ってキャラじゃないと思うんだけど」

 ナゴミは後半の内容に軽く眉を寄せた後、困ったように口を開く。

「私が初めてアイツに会ったのが、鉄人が暴れた時、要するにガンリューで初めて戦った日なんだけどな」

 鉄人が暴れた時というのは、迎撃した怪獣と互いの損傷部位が接触した際にそこが癒合してしまい、怪獣の身体操作信号が混線したようになって鉄人二七式が制御を受け付けなくなった事件のことである。

 チハが紅姫の切断面を利用したビーム発振は、これの逆用と言える。

 怪獣の一部であるかのようになってしまったため、鉄人は放棄された。そのため、まだ調整待ちだった第一号自在甲冑が、同様の事態を防ぐため、ちょうど近くに展示されていたアニメのガンリューの実物大立像の外装を使用して、急遽実戦投入されることとなった。

 それがいわゆる「ザ・ファースト・JK」とも呼ばれる自在甲冑の「ガンリュー」である。

 ガンリューのデビュー戦は、「鉄人二七式」対「ガンリュー」でもあったのだ。

 自在甲冑の外装の装飾は、怪獣との接触に人工物を挟むという目的も兼ねているのだ。U素材は頑丈であるため装甲などとしても有用で、表層にU素材を露出させる場合もある。だが、必ず複層的にでも内部構造との間にそれ以外の素材を挟むようにされている。

「その時に両親が死んでしまったアイツに、私は謝ったんだよ。そしたら、怒られた。『思いあがらないでくださいまし!』ってな。『あなたごときに人生が左右されたなんて、わたくしの両親に対する侮辱ですわ』って」

「私のせいで家族が死んだとかって気に病まないように気を使ったらしいんだな。七歳ぐらいで言うことじゃないと思うんだが。アイツがそういう風に感情的になるのって、たぶん、そういう時なんだよ」

「にゃるほどね。ニナさんやナゴミちゃんを見てれば、チハちゃんを大切に思ってることはわかるからね。とすると、ニナさんとナゴミちゃんがチハちゃんを不本意に巻き込もうとしてるから、自分が悪役になってでも止めたかった、ってところなのかな」

 チハは目を丸くして、ついで泣きそうに顔をくしゃくしゃに歪めた。

「そっか……」

 呟きは、揺れる車内に吸い込まれるように消えていった。


 ナゴミたちの車は、立ち膝で停止しているベールクトのそばで停まった。JKが倒れても巻き込まれない余裕を取るのは基本である。

 JKは倒れるとおおごとなので、ドレッサーが降りる時には基本的には体育座りから左右に腕を突いたような体勢など、見た目には格好悪いが安定した姿勢がとられる。

ベールクトに関しては、分割して剣になる背中の羽のようなパーツが邪魔なので、通常よりも前傾する必要があるのだ。その代わり、それ自体をも支持に用いている。

 その黒い大型JKのバスターは、愛騎から距離をとった後、遠くからでも異様な存在感を放つドラムキングを凝視していた。

 ナゴミが近寄りながら呼びかける。

「ラリサ」

 ナゴミたちへ視線を向けたその華奢なお子様は、にっと屈託のない笑みを浮かべた。

「ひさしぶりー! あと、はじめましてー」

 チハが目を輝かせる。

「ロシア軍のラリサ中尉ですよね! 何歳でしたっけ」

「アタシのこと知ってるんだー! はじめまして、十歳の天才バスター、ラリサ・アレクセーエヴナ・スミルノヴァ中尉です!」

 しれっと冠詞も自称したが、階級についてはまさしく、ラリサはロシア軍所属の中尉なのだった。ベールクトはロシア軍のラリサ専用JKであり、先ほど目にしたチハがおどろいたのは、そういうことである。

 素質のある者にとっては自分の身体感覚を転用するようなものとは言え、ドレッサーの適性とは、自分の身体の新しい部位を操作する適性のようなものとも言える。

 人型であるから、適性があるものがコツを掴めば自分の身体操作感覚を転用できるのである。

一方で、UマッスルなどのU素材のポテンシャルを最大限効果的に利用して怪獣と戦うために、人間が操作面でも比較的低いハードルで対応可能なのが人型であるとも言える。

 U素材とは無関係の完全な工業技術のみで巨大人型機械を作り、操作する側もされる側も対応するとすれば、それはあらゆる面で現実的ではない。

 JK黎明期、「技術が世に出たばかりである」「提供されたアプリがゲームなどの形式であることが大半である」「脳が発達段階だと、適応が相対的に容易である」といった複合要因から、VRアプリでトランスレータを用いた高水準の操作に慣れていた、あるいはすぐに馴染めたのは大部分が子供だった。

 トランスレータを用いて自在甲冑を操作するという特性から、結果的に世界中で、日本でも十歳そこそこのバスターは珍しくなかった。トリックスターのチャノは特生軍成立時点では十五歳、ガンバルオーのバスターは当時十歳である。

 日本においてはそういった子供も対特殊生物自衛軍の設立時に正式にバスターとして採用されている。組織の性質上、アメリカやロシアなどと異なり、特生軍の人員は厳密には「軍人」とは言いにくいのだが。階級の頭に「特殊」と付くのはそういったことにもよる。

 いまだに世界では十歳そこそこのバスターは珍しくない。安定的な運用方法、「狩り」の形態などが確立されてきているとは言え、余裕のない国もまだ多い。そうった国では能力を重視せざるを得ず、結果的に低年齢でも採用されることが多くなるのだ。

 ラリサのように、十歳で実績があっての中尉というのは極端な部類ではあるが。

「はじめまして! 九七式千八です!」

「……ええと、水本兎萌です。はじめまして」

「んーと。特生軍だと、特殊ソーチョーか何か?」

 ラリサの質問に、ナゴミが気まずそうに頭をかく。

「ん、いや、そうじゃないんだが」

 エレナは困ったように笑いながらドラムキングを示した。

「あの大きいのを試しに動かすのに協力してもらったんだよ」

 ナゴミはエレナが言ってしまったのを責めるような顔もしたが、肩をすくめて頷いた。

 それを聞いて驚愕したラリサは、興奮したように試作巨大JKを指さす。

「あのデカネコ⁉」

「そう」

「アタシも乗りたい乗りたい乗りたい乗りたい‼」

 駄々っ子そのもので要求し始めたラリサにげんなりするナゴミの横で、

「……あ、司令。ちょっと確認したいんですが……」

 エレナは流れるように通信を始めていた。


 モニタリング機材のそばにはエレナがおり、ドラムキングは這い這いをしていた。

 危うげな動作で非常にゆっくりと動き、およそ元の姿勢に戻った。

 遠目に見ていたナゴミとエレナ、トモは驚愕している。

 過去からの経緯などがわからないチハは、彼らとドラムキングとを見比べていた。

 降りて来たラリサを、エレナは笑顔で出迎える。

「すごかったよ、ラリサ中尉~」

「中尉はいらないよ。で、あんなの、今までもやってたんでしょ?」

 ドラムキングをあらためて見るラリサは、不満に頬を膨らませていた。

「それが、そうでもないんだよねー」

 エレナとナゴミは困惑して顔を見合わせた。


 一同は、技術部のエレナの席へ戻って来ていた。

 モニター上では、複数の映像が同時に再生されている。

 ひとつの映像は、サードのコックピット内の複雑な機材のスティックや大量のダイヤル、ボタンなどアナログなスイッチ系や、複数の普及キーボードにタッチパネルまでをフルに活用して複雑ですばやい大量の操作をこなしている、ヘッドドレスを着けたレイコの姿だった。汗を掻き、全身全霊操作をする。

 もうひとつの映像は、ドラムキングを外から捉えたものだった。その映像で、巨大なJKはゆっくりと赤ん坊のように這っていた。

 首筋に汗が伝わる映像のレイコの様子に興奮して息を荒げながらも、チハは信じられない様子だった。

 ふたつの動画を指さす。

「ほんとに、これ同時の映像なんですか?」

「あれが限界ですの。現状、わたくしではあれ以上は、無理ですわ」

 レイコは真剣だった。映像とは異なるその顔にも、チハはきゅんとなる。

 ナゴミも真面目にうなずく。

「それでも、今まで一番動かせてたのは艦上特殊少尉なんだよ。OSとか設計図とにらめっこして仕様を精査して、それに対応して、どれだけの時間と手間をつぎ込んだかわからんが、それで全力でアレなんだよ。お前は、それを一回目の軽いお試しで遥かに追い越したわけだ。立つのさえ夢のまた夢と言われてたのに、二本の足で立って、歩いた」

「そんな……」

 チハは狼狽し、ニナは表情を曇らせていた。

「マジで⁉ 立つとかぜんぜん想像できないんだけど」

 ラリサは愕然とする。

「しかも、あの機械なんなんだろうって思ったけど、フナガミ特殊少尉は、あんなことしてたの⁉」

 驚くラリサを、ニナはつい撫でながら言う。

「だから、チハがいなければ、ラリサ中尉は断然トップなのよ」

 レイコもまた頷き、そして軽く首を傾げた。

「ですけれど、ラリサ中尉まで、なぜOS無しで操作ができますの?」

「中尉はやめてよ。ラリサでいいよ。お子様だし」

 本当にいやそうに顔をしかめたラリサに、レイコはにこやかに応じる。

「では、わたくしもレイコで構いませんわ」

「ロシア軍はチョーリツがテキトーなJKも多いし、デキがテキトーでバランスわるかったり、修理なんかもテキトーだったりはめずらしくないからね。機械の質もそうだけど、戦っててシステムエラーとかおこる可能性もあるし、どんな状態でも戦えるように自分でトランスレータとかいろんな設定めちゃくちゃにしてふだんから練習してるからじゃない?」

「ロシア軍では、そんなことしてるのか?」

「いや、自主練だよ」

 思わず尋ねたナゴミに対して当たり前のように放たれた言葉にチハ以外は驚愕し、それぞれの意味合いで感心する。

 目の付け所、その対処方法、そして独自で取り組む姿勢。

 エレナはゆっくりとニナを見た。

「司令?」

「特生軍に取り入れることを検討すべき訓練内容かもしれないわね。今まで想定していなかったことが恥ずかしいというか、ラリサちゃん、すごいわ」

 少しだけうれしそうにニヤけた後、ラリサは口をとがらせた。

「でも、あたしでも実際に役に立つことなんて、まず無いもん。タイセーがととのってる日本ならもっとでしょ。思いつかないのはしかたないよ」

 役に立つ事態がほぼ発生しないのなら、手間と時間を天秤にかけて他が優先されるのもまた当然だ。

 レイコは考え込んでいた。

「確かに、類似性がございますわね。ドラムキングを想定するにしましても、九七式千八さんのやり方は、普通はハードルが高いでしょうから、一般にはこちらを参考にしたほうがよいかもしれませんわ」

 ニナ、エレナはこれに同意するように頷きあっていた。

 エレナが不意に何かを思い出したように目を光らせてラリサを見る。

「ねえねえ、ベールクトって、セカンドとして大型でしょ? だいぶバランスとか操作感とか違いそうだけど、簡単に乗りこなせたの?」

 セカンドの標準身長が16メートルというのは、製作や機材としての取り扱いの運用面などにも、もちろん理由はある。

 だが、怪獣とじゅうぶんに戦えるリーチ・パワー等の身体的能力と、バスターが使いこなせるバランスという要求値なども含めて導き出されたサイズでもある。

 理屈の上では、筋力は断面積に比例する。身長が十倍なら断面積は二乗で百倍、質量は三乗で千倍。怪獣出現前に、現在の大型怪獣のような巨大生物は存在できないと言われた理由のひとつでもある。人間が仮に筋力と体型を維持したまま身長が十倍になっても、実質的にパワーは体型比で十分の一になるのだ。実際には強度が持たず体型も維持できない。プリンをバケツで作ると、自重に耐えられずに崩れるようなものだ。

 怪獣の身体の性質は、そもそも動物を始めとした人類にとって既知の生物と根本から異なっていたので、問題なく実現しているのだ。形態は似通っていることが多いのが紛らわしいとも言えるが、学術的には「収斂進化」「平行進化」ということで、一応説明がつく。

 トラ型の中型怪獣などは、ネコ科のトラの十倍以上の大きさであることから、そのUマッスルを転用したJKが人間の十倍サイズであっても十二分に運動機能を発揮する道理である。大型怪獣のUマッスルは太さ当たりの性能が高いため、それを用いれば体格比での筋力はさらに上がる。

 振り回される武器の持つ運動エネルギーは質量に比例し、速度の二乗に比例する。身長が十倍なら質量は三乗で千倍といったあたりも含めて、標準と一割以上身長の違うベールクトでは、標準サイズのJKとのバランス、操作感が相当異なってくる。通常のバスターでは使いこなせないはずである。操作に問題がなければ、大型JKは、世界にはもっと生き残っているはずなのだ。リーチとパワーについては単純には優位なのだから。

「ん、あれがアタシが初めて乗った本物のJKみたいなもんだからよくわかんないってのもあるけど、最初からぜんぜんモンダイなかったよ」

 チハが純粋な幼子のように目を輝かせる。

「あのベールクトが赤かったときの戦い、すごかったよね!」

 ラリサは少しだけ照れる様子を見せた。赤かったときというのは、ベールクトはデビュー戦では赤一色だったことによる。

「ああ、ネットかなんかで見たの? あれがアタシが初めて本物のJKに乗った日だよ」

 チハとナゴミ以外が壮絶な驚愕を面に表し、エレナもまた興奮していた。

「ちょっと待ってちょっと待って! 私もネットで見てデビュー戦は知ってるけど、あの時が、初めて?」

 ラリサはなんでもないことのように言う。

「うん。出来がわるいヤツをちょっと使ったあと、ベールクトにのった。それが初めて」

 ニナは微かに疑問を滲ませていた。

「じゃあ、その時に中止になったイベントで紹介するはずだった有望な新人少尉として発表されたのって」

「軍のバスターが怪獣から逃げたりしてたからね。テーサイってやつ? ほんとは、ベールクトがツァリーツァの新しいJKだって発表するはずだったんだよ」

「ああ……」

 これには特殊大佐は自分の経験と照らし合わせて激しい親近感を禁じえなかった。

 チハはわくわくしっぱなしだった。

「ツァリーツァって、ラリサちゃん、知り合いなの?」

 ツァリーツァはロシアのトップバスターのひとりの異名であり、女帝を意味する。

「いっつも眠そうだけど、いい人だよ。ベールクトくれたしね」

 ニナとエレナとレイコに黙り込んで見つめられ、ラリサは不安に駆られた。

「ちょっと、なに、なに、なに?」

 エレナが代表して総意を述べる。

「いや、ほんとに天才バスターなんだなって……」

 普段から天才を自称している本人も、これには表情を緩めざるを得なかった。

 ナゴミはそんなラリサを複雑な顔で見ていた。

 和やかな空気の中、不意にレイコが溜息を吐いて視線が集まり、当人は羞恥に頬を染める。

「申し訳ございませんわ。ラリサさんがドラムキングを動かされたことで、少し安心して気が抜けてしまいましたの」

 エレナは優しい笑みを浮かべる。

「つまり、データさえ集まれば、ふつうのバスターでも動かせる可能性が出てきたってことだもんね。……『一般人』に頼らなくても」

 いたずらっぽく加えられた最後の言葉に、レイコは気まずそうに狼狽え、咳払いをして取り繕う。

 チハは、ようやくそのことに気がついた様子を見せる。

「ああ、そっか、ってことは、わたしがあのコで戦う可能性が少なくなったんだ?」

 ニナも少し安心した様子を見せる。

「元々、戦わせることなんてほとんど想定はしてなかったわよ。ただ、いつもいつも、JK絡みは想定外が多いし、状況が要求したら構っていられなかったのがJKとかバスターの歴史だから、最悪としてはあり得たのよね」

 そう言った特殊大佐の通信機が呼び出し音を響かせた。


 ニナたちが駆けつけた司令部の大型モニターには、「最悪」の可能性が映し出されていた。

 日没が迫るアメリカ西部の荒涼とした大地に、大量の怪獣の亡骸と、その地域で主力の可変フレームセカンド、通称「タビーキャット」の残骸が転がる。

 タビーキャットタイプは、人型からネコ科系の四足獣のような姿に体型をシフトできるJKである。

 まだ動ける数騎が四足獣型で距離を取る相手は、とてもとても大きかった。

 怪獣が出現し始めた頃は、今で言うところの「小型怪獣」が主流だった。節足動物のような姿が多く、全長十数メートルから20メートルほど。20~30メートル規模の哺乳類のような個体が多い中型怪獣は、当初は「大型怪獣」と呼称されていた。そして、ほどなく40メートル超規模の草食恐竜などのような怪獣が出現するに至り、それまでの「大型怪獣」が「中型怪獣」と呼称を改められた経緯がある。

 そして今、アメリカでJKを追い詰めているのは。

 全長120メートル以上はあると思われる、肉食恐竜を想起させる二足歩行の「超」大型怪獣だった。

 アメリカでの普段の戦闘は、中・遠距離からのJK用銃器による射撃である。ビーム発振器官持ちの怪獣が相手であろうと、交代で四足形態に移行して距離をとるので、攻撃をくらうということがまず無い。

 それであるのに、今はそこら中に騎体の一部や、寸断されたようなJKが散らばっているのだ。損傷には高熱で焼かれたような跡が見られる。

 絶句するニナたちに、オペレータのひとりがワイプで過去の映像を映し出す。

 タビーキャットタイプのJKたちが距離をとって取り巻き、狙撃に向いた位置取りの騎体は人型へと移行し、速やかに発砲を始める。

 それ自体は、怪獣の大きさを除けば、いつものアメリカの怪獣討伐の光景だった。

 当たれば幸いといった感じで一体のJKが牽制気味に放ったJK用ライフルが頭部のクリスタルコアの端に当たった。体格が大きい分、わずかな揺れも増幅されて、狙いをつけづらいのだ。そしてクリスタルコアが大きい分、損傷によっては影響が少ない。

 怪獣は、そのあまりにも巨大な口を開いた。

 地球の生物と同様の形質を持つことについて、基本的には「収斂進化」「平行進化」で説明がつく。だが、摂食行動などは見られないのに口としか思えない構造がある個体がいることは学者たちの疑問の対象でもある。消化器に類するような内臓器官は一切ないのだ。

 口腔の奥は、ビーム発振器官に似ていた。

 俄然そこが光を帯び、光を溜め始める。

 膨れ上がるように溢れた桃色の光は奔流のように放たれた。そればかりか、そのままに周囲を薙ぎ払う。

 わずかにブレていたのだろう上下動は距離によって増幅され、また出力も安定しないのか、JKたちは腕や脚、ひどい騎体だと胴体を切断されたものもあるが、表面だけ溶解されたものなどもある。

 呆然としたナゴミは感想を呟く。

「あれじゃあ、ホントに怪獣じゃないか……」

 あまりにもそのままな感想ではあるが、ある意味で状況をよく表してもいた。

 これまでに出現していた現実の怪獣でさえ、特に耐久性において、充分にその由来に見合う性質を示していた。しかし、あるいは「怪獣」という名の由来の、フィクション上の様々な個体が示した能力を鑑みれば、まだまだ可愛いものだったのかもしれない。

 この個体は、大きさだけでもこれまでの基準に対して規格外なのに、能力面で更に次元がひとつ変わってしまう。世界における学術的意味、歴史的意味、そして対特殊生物軍に関係する人間にとっては、今後の戦術・戦略的部分に与える影響としての意味は大きすぎる。

 狙われたJKたちの内、きっちり伏せるなどするか、上下動の結果、運よく光線が頭上を通り過ぎたことなどでやり過ごせたものは、わずかだ。

 四足獣形態が黒ベースで首回りが白い騎体「セイレーン」と、茶トラネコ柄の騎体「ジョーンズ」が無事なのは流石と言えた。

 アメリカを代表するバスターである「モンスターバスター姉妹」の愛騎である。

 彼女たちを含めた稼動騎は左右に分かれ、狙われなかった側が一斉にクリスタルコア周辺へと射撃を集中する戦術を開始した。

 結果としては、辛勝だった。

 JK用銃器が無ければ、あるいは光線で薙ぎ払われることが無かったのか。それとも、JK用銃器が無ければ、そのままJKが全滅して超大型怪獣が都市部まで到達していたのか。

 いずれにせよ、世界はまた新しい時代へと突入した。

 怪獣出現地域のある他の国々同様に、日本、つまり対特殊生物自衛軍もまた、当然として類似の超大型怪獣が出現することを前提とした対策を迫られる。


※予告※

 超大型怪獣出現により、世界に緊張が走る。各国がそれぞれに対策に奔走する中、対特殊生物自衛軍も対応を迫られる。

 JK用銃器の採用に加え、可能な限りドラムキングを実用化したいニナは苦渋の決断をすることとなるのだが、それに対してラリサが?


次回、第4話「戦いなんて、したくない」


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