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第1話 JC訓練校、不合格!

 その地球の二十一世紀において。

 実用性を伴った巨大人型機械を工学的に人の手で作り上げるなど、不可能である。

 まして実現したとして、戦争目的では、構造面、運用面でのデメリットが大きすぎる。

 そう、それは、兵器でもなければロボットでもない。

 すべてが一点ものであるが、世界中で無数に作られており、特別な存在でもない。

 戦いは命がけだが、人類の存亡を懸けてなどなく、ただ生活水準を巡る縄張り争いである。

 手に入る材料は、生物由来ゆえに常に異なる。

 出来栄えは、作り手のセンスと技術がものを言う。

 乗り手はそれを、自らの身体の延長のように扱う。

 それは、巨大な怪獣を狩ることを可能にする巨大で人型の鎧。


 ──それは「自在甲冑(じざいかっちゅう)」と呼ばれる。

 

 第1話 JC訓練校、不合格!


 西暦1999年七月、後にシード隕石群と呼ばれる特異な隕石群が世界中に降り注いだ。

 通常の隕石であれば地表へ到達する前に燃え尽きる大きさのそれらは、ほとんどが地表へ到達し、それなりの被害をだした。

 シード隕石の持つ特殊な性質や構造の解析等に伴うリバースエンジニアリングにより、電子機器分野等の一部は急激な発展を遂げた。


 西暦2010年一月頃、世界中で既知の生物と異なる性質を持つ巨大生物群が地中から出現し始める。

 その体組織とシード隕石群との比較から、その生物群はシード隕石由来と思われた。

 通常兵器が中々有効打にならない性質を持つ相手に、各国の軍隊は多大な損耗を強いられる。

 あまりに通常兵器の効果が薄いことから、世界中の前線の兵士たちは、往年の日本の特撮映画を由来として、実感を込めて自然発生的に「怪獣」と呼称。学術用語としても定着。

 ここから一年あまり、出現数に対して少数の撃破は行えていたものの、数を増し続ける怪獣に対し、その頑強さによって強いられる消耗は多大だった。加えて怪獣の行動に伴うインフラの破壊などによる補給面の脆弱化もあり、各国の軍隊は押し負けていく形となった。

 有史以来、発展を続けて来たとされる文明は、ここに来て大幅な退行を余儀なくされた。文明レベルという基準においては、破滅的な未来が示唆され始めていた。

 それでも、一部の人々は、怪獣がどこまで増えたところで、人類の滅亡や絶滅ということはないのではないかと、実のところ怪獣は人類の天敵や侵略者などではなく、ただの迷惑な同居者であるのではないかと気づき始めてもいた。

 生態系や環境の激変に過ぎない、地球規模の歴史ではありふれたこと。

 種の絶滅に直結しない程度の変化など、マシなほうですらある。

 つまるところ、侵略者どころか天敵や捕食者ですらない、ただの生物である怪獣は、人類の敵ではないのだ。


 西暦2011年四月、日本にて、怪獣由来の素材を用いた汎用作業用人型機械の試作品を、とある少女が動かして怪獣と戦闘を行い、討伐に成功。

 これを受けて正式に「自在甲冑」と名づけられた怪獣討伐用巨大人型甲冑が作成される。

 少女が駆る初代自在甲冑が実績を示し、日本のみならず世界中で作られ始め、ここに来て人類は怪獣に明確に対抗する術を得た。


 以降、技術や知識の蓄積、第二世代型の普及や運用方法の確立などもあり、自在甲冑は「怪獣に抵抗できる力」から、「人類の生活圏から怪獣を排除する力」へと変化していく。


 やがて、西暦2021年を迎えた頃には、怪獣は狩られる存在へと変貌していた。

 そのはずだった。


 西暦2021年三月某日。

 北海道、十勝。大雪山系の近く。

 農地などが広がり、家屋がまばらな地域の一角に「北海道JC訓練校」、通称「きたじぇ」がある。

 自在甲冑の略称JKに対し、JCは外来語であり、「Jizai Clothes」から来ている。戦いを目的とした甲冑に対し、戦いに使えない衣服という意味合いがある。

 大きくて人型であることによる利便性から、戦闘以外の汎用作業を目的として作られる。そのため、JKより小さいことが多い。製作目的や普段の用途で分かれる分類であるとも言え、本質的にはJKと同じであり、怪獣と戦えないわけでもない。

 今現在、日本でバスターとして活動するためには対特殊生物自衛軍、略称「特生軍」に所属している必要があり、あわせてJKとJCを動かすことができる「ドレッサー」資格が必要である。JKとJCは女性しか動かせず、必然、ドレッサーも全員女となる。

 新たにバスターを目指す場合、各地にあるJC訓練校に入学するしかない。自動車免許等とは異なり、JCやJKを動かせるドレッサー資格を持つ者は、何かあった際にバスターとして活動できることが求められることから、専門的な知識・技能を身につけるために、高校相当のカリキュラムに一体化して教育を行われることとなるのだ。

 きたじぇには、身長16メートルの教習用JCで運動を行うことを想定した広大なグラウンドがある。

  あたりには雪が残っているが、今日の敷地内は除雪されているところもあり、大型のテントなどが設置され、盛大な飾り付けも行われていた。

  春休み期間を利用した新発売の自在甲冑プラモデルの大々的な販売促進を兼ねたイベントであり、主催は販売元のおもちゃ会社に加え、対特殊生物自衛軍である。

  開催意図としては、特生軍の世間に対するイメージの向上、活動の周知、そして資金の確保などの側面がある。

 会場内は、ぎっしりと人が詰めかけ、満員御礼といった風情だった。

 グラウンドを利用した特設駐車場には、道外ナンバーの車もちらほらと混じっている。

 なんと言っても来場者の目を引くのは、倒れても安全なだけの距離をとって展示されている、自在甲冑の現物である。

 展示の主役は、身長15メートルほどの和風女性型人形に紅色の装束と一部甲冑をつけたような、「紅姫くれないひめ」。今の日本の現役JKでは一番有名かもしれない。代名詞とも言える刀を刷いたこの騎体には、長い黒髪すら、装飾的意味合いのためだけにつけられている。

 本来は卒業しなければバスターにはなれないにも関わらず特例でバスターになった現役訓練校生、艦上零子フナガミ・レイコ特殊少尉が乗り手という異色のJKだ。

 次に来場者に目立って人気なのは、アニメの魔法少女を元ネタとした外装を持つ「トリックスター」である。今はピンク色のハートスタイルのデザインだが、損傷した際の修復やメンテナンスに合わせて、他の三色のスタイルの外装をローテーションしている。

 他にエースの騎体としては、無骨なロボット兵器のような外装を美少女イラストで痛車のように彩る「ファイティングナード」もあり、一部のコアなファンが一生懸命写真を撮っていた。

 さらに、元ネタは人間サイズの特撮ヒーロー風の外装や、戦国時代の甲冑の意匠を感じさせるロボット風の外装のJKなども展示されている。

 今回、新発売となったのは紅姫のプラモデルであった。仮設レジに並ぶ人たちのほとんどが、少なくともその箱は所持している。

 展示中のものも含めた自在甲冑のプラモデルなどに加え、その他のグッズも山積みされており、それぞれ、レジを通った後のスペースに各自在甲冑のバスターが待機しており、購入者が対応したプラモデルや商品を持って来ると、それにサインをしていく。

 ずらりと行列ができているのは、当然今回の目玉、紅姫のバスター、艦上零子の前だった。

 17歳の少女は白磁のような肌に、垂れ目がちでぱっちりとした目。端的に評すれば容姿端麗。やや長身で起伏に富んだ肢体。ウェーブのかかった茶色の髪は大きな青いリボンで束ねられている。特生軍の制服を着て、カチューシャと色付きスポーツグラスが一体化したような「ヘッドドレス」も身につけている。

 ヘッドドレスは、ドレッサーの脳神経の働きを読み取るNC(ニューラルコントロール)インターフェースと、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)などの機能を併せ持ち、JKやJCの操作に使われるデバイスである。特生軍の標準だと、HMDは任意に半透過表示も可能なものである。

 購入者に「がんばってください」「応援しています」などと声をかけられるたび、「感謝いたしますわ」などと微笑を維持して丁寧に返しつつ、アイドルのように凝ったサインを手早く書き込んでいく。慣れを感じさせる手際は、それでも優雅さを失わない。

 容姿だけではなく、気品あふれる物腰や挙措こそもまた、彼女の人気の大きな理由だった。

 レイコの列の中ほどに、中学校を卒業したばかりの一組の少女たちがいた。

 小柄な方は、伸ばした黒髪を首の後ろで赤いリボンで纏めている。もうひとりはレンズの大きな眼鏡をかけて、髪は三つ編みのおさげに纏めている。

 リボンの娘は、紅姫のプラモデルの箱を始めとして、大量のグッズを抱えて満足そうだった。荷物持ちにされている眼鏡娘は、その様子に苦笑する。

 レイコがまたひとつサインを捌いて列が進んだ。

 あと少しで自分の番が来るという状況で、学生バスターの顔を見つめたリボン娘は、不意に涙ぐんだ。

「チハちゃん、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶだよ、トモちゃん」

 同行者に心配された少女は気丈な様子でこらえ、こくりと頷く。だが、涙はじわりと増える。


 レイコは、またひとりサインを終えて激励を受けた。

 次に現れた少女の様子に面食らう。

 涙と鼻水を滂沱と流すリボンの娘に、同行者らしい眼鏡の少女はおろおろしていた。

「ど、どうされましたの? だいじょうぶでいらっしゃいますの?」

 心底案じる特殊少尉に、泣いているチハは「あうあう」と漏らすのみで、言葉を発することができずにいた。

「あの、艦上さんに憧れてたんですけど、きたじぇに落ちちゃったんです。それで、なんとか我慢してたんですけど、感極まっちゃったみたいで……すみません」

 眼鏡の少女の解説と謝罪に、レイコは同情を見せる。

「さようですの。それは、心痛お察しいたしますわ。それだけが人生ではありませんから、どうか気を落とさずにいてくださいませ」

「でぼ~……」

 元気づけようとする憧れの人物にチハは何か言おうとするが、言葉にはならなかった。

「とりあえず、サインを……」

 レイコが言いかけたところで、不意にあたりが騒がしくなった。

 ほぼ一斉、立て続けに全員の携帯電話が激しく鳴って震え始めたのだ。

 これはこの地方では珍しい光景ではない。

 怪獣出現を知らせるエリアメールだ。

 チャイムが鳴り、すぐ訓練校のシェルターへの避難を呼びかける放送が流れ、あたりに喧騒が満ちる。

 レイコを始めとしたバスターの面々は、ヘッドドレス越しに通信で指示を受けていた。

 バスター以外のスタッフは、順次、一般客の誘導に取り掛かり始める。

 エリアメールの着信直後に走り出していたバスターは、展示されていたトリックスターにもう乗り込むところだ。

 次々と、他のバスターたちも自分のJKを動かし始めるのにあわせ、レイコも遠隔操作で紅姫を跪かせる。

 戦闘行動レベルの遠隔操作は実用化されていないが、定型化した単純な動作や、ゆっくりとぎこちない動きを近距離でさせる水準には達している。

 続々とJKに乗りこんで歩かせ始めたバスターたちに対し、レイコは何かを待つように混沌とした人波を見つめていた。

 避難を始めずにその様子を見ていたチハは、視線を追う。

 人々の流れに逆らうように、ひとりの特生軍スタッフが走って来ていた。

 次の瞬間、近くの大型テントのひとつがバランスを崩してぐらついた。混乱した人々の支柱への連続的な衝突や、当たりどころがわるかったものか。

 倒れこむ支柱の一本の行方に小さな子供がいることに気づき、走っていた若い女は咄嗟に抱きかかえるようにしてかばった。

 見ていたレイコとチハたちは、慌てて駆け寄る。

 子供は無事だが、かばった女は苦悶に顔を歪めていた。

 負傷した本人は動こうとして痛みに顔をしかめ、駆けつけた他のスタッフから制止される。

「どこか折れてるかもしれない。動かないで」

「でも、紅姫が……」

「いえ、構いませんの。素晴らしい対応でしたわ。わたくしに任せてくださいまし」

 労いの優しい顔で微笑んだ後、真剣な顔で思案するレイコは、先ほどの赤いリボンの少女が自分を凝視していることに気づいた。

 同行の眼鏡の少女は、困ったようにリボン娘の袖をつまんで引っ張っている。

「避難なさってくださいませ?」

 レイコの呼びかけにもリボン娘はまるで動じず、まっすぐに見返していた。きたじぇ不合格による先ほどまでの動揺など微塵も感じさせない。

「紅姫、どうかしたんですか?」

「避難しようよ……」

 トモが袖を引いても、チハはまるで意に介していなかった。

 レイコは困ったように一度、周りを見回した。誘導されて規模の割にスムーズに動いているとは言っても、人数が多いために遅々として避難は進まない。この少女を強く急かしたところで、大した意味はないように思えた。

 そして、どうやらただの好奇心ではない。バスターになる人材を養成するJC訓練校を志していた少女による真剣な質問は、協力の申し出のようにも感じられる。

 迷いは抱えたまま、レイコは質問する。

「あなた、きたじぇを受けられたということは、第二世代(セカンド)の適性はございまして?」

第一世代(ファースト)第二世代(セカンド)も適性はSですけど」

 チハは、きょとんとしながらも素直に答えた。

 バスターになるためのドレッサー資格を取得するには、Bでも可能性はある。適性のランク評価上、Sは最上位であり、そうそういるものではない。

 訓練校の入学試験には、一般教養やJK・怪獣関連の知識などを問う問題もあるので、適性が高ければ無条件で合格するものでもない。

 特殊少尉はわずかに逡巡した後、決心して口を開く。

「わたくし、長距離を地形に合わせて走らせたりするのは苦手ですの。申し訳ございませんが、紅姫を迎撃地域の近くまで走らせていただけます? 適性Sなら、初めて動かすJKでも、わたくしよりも速いと思いますの」

 エースバスターの発言に、チハとトモは驚愕した。


 チハは今、ヘッドドレスをつけて紅姫のコックピットに座っていた。多点式シートベルトでしっかりと身体を固定され、言われた通り、両手は操縦桿のような二本のスティックを掴んでいる。

 これはボタンもついてはいるのだが、メインの機能は本当に掴まることである。基本的にJK自体の操作は、コンソールのタッチパネルでの設定変更などを除いて、自らの身体を動かすイメージを使うような形で操作する。結果、手が空きがちになる。緩衝機能はハイレベルな上に、シートベルトでがっちりと固定されるとは言え、動き次第ではそれなりに揺れたりすることもあり、手すりのような機能が与えられているのだ。

 レイコは、チハの斜め後ろにつくような形のサブシートに座っていた。

 チハの視界はJKの目から見た視点なのだが、レイコの視界は騎体各所についたカメラの映像を合成し、横や背後も把握できる特殊なものだった。

「軽く動かしてみてくださる?」

「はい」

 チハは試しに、腕を動かしてみた。慣れたシミュレーションと大差ない感覚だ。

「立ち上がってもいいですか?」

「お願いいたしますわ」

「はい。立ちます」

 女型巨大人形は、自らの身体の感覚を確認するようにしながら、ゆっくりと立ち上がった。

「問題なさそうですかしら?」

「ちょっと、全身の感覚の確認をしてもいいですか?」

「もちろんですわ。本物のJKをすぐ動かすのはむずかしいのは当然ですもの。目的地と、ルートガイドを表示いたしますわ」

 和風の武人のような姿は、全身の、特に関節の感覚や動作の状態を確認するように、現代のアスリートのストレッチのような動作を始めた。

 その間にレイコはコンソールを操作し、チハの視界の遠方にマーキングアイコンと、地形や建造物などの関係により直線で向かうわけにはいかないことから、ガイドの矢印を視界にあわせて立体表示した。

「問題ありません。いけます」

 チハ/紅姫は、躊躇いなくクラウチングスタートの姿勢をとる。

「ダメですわ!」

 咎めるレイコの叫びにチハは驚いた。

「周囲に人がいますでしょう? ちょっとした土の塊や、大きな石を飛ばしてしまうだけでも、最悪人が死んでしまいますわ。まずはゆっくりと早足から慣らし始めるように、周りに人がいなくなるにつれて速度を上げてくださいませ。それからも、できるだけ振動、衝撃は出ないように」

「わかりました。じゃあ、できるだけ忍者みたいな感じでいきますね」

「え、ええ……」

 よくわからない表現に困惑しながら同意するレイコをよそに、紅姫は恐る恐るといった形で歩き始め、ゆっくりと加速し始めた。

 電柱や道路、地中の配管など周辺物への影響もあるが、衝撃や音が出るということは、それだけエネルギーのロスでもある。

 チハの操る紅姫の状態に気を配りながら、レイコは迎撃地域で戦闘中のバスターや司令部の通信を受信し始めた。変則的な操作体制のため、チハにも聞こえてしまう形になる。

 伝わる戦況は劣勢。

 安定して怪獣を討伐している普段とは異なる多数の怪獣に苦戦しているようだった。

 司令部は、連絡がつく限りのオフのバスターはおろか、近隣に勤める元バスターなどにも召集をかけているが、当然出撃には時間がかかる。

 ガイドに従って走りながら速度を上げていく紅姫は姿勢を低くし、足が地面につく際も、離れる際も、恐ろしく静かだった。元々JKのコックピット周りの緩衝機能は充実しているとは言え、速度に対する上下動の無さは、紅姫に乗り慣れているレイコでも驚くほどだった。

「速い……」

 身長15メートルの紅姫だが、単純に人間の十倍の大きさと考えるなら、百メートルを十秒で走るとしても、そのまま十倍にすれば時速三六〇キロである。

 自在甲冑が、ポテンシャルとしてそれを実現しかねない性能があるのは確かではある。ただし、長さ基準で十倍だと面積要素は百倍となり、空気抵抗だけでも相応に増える。

 それに、「乗り手が自らの身体のように操る」と形容される自在甲冑でも、人体を参考に筋肉配置や骨格が組まれているとは言え、実際には手足の長さや体型などのバランスを含めて人体とそれなりに異なり、そこに大きさそのものの違いも合わさる。

 長さ=身長が十倍の場合、体積を同じ比率で拡張したならば質量=重さは千倍である。

 筋力は断面積に比例するが、怪獣由来のUマッスルは、JKの体格においても人間並みどころか超人的な筋力を発揮する。しかし、その筋力と長さと質量の違いによって生じる慣性やモーメントは人体基準で見れば特異であり、フィードバックされる感覚は、生身と比べればかなり限定的である。

 それらの要素をコントロールして日常生活動作レベルで成立させることが、JKやJCを操作できる「ドレッサー」という公的資格の条件のひとつである。

 通称「バスター」は、それを超えて怪獣と戦える水準で自在甲冑を操れる者たちである。

 特殊な立ち位置であるレイコ自身は置いておいても、レイコは同僚のバスターたちでもチハほどの精密さで自在甲冑を操作できる者はいないのではないかとさえ思う。

 慣性センサーや映像からの測定では、時速200キロ以上は優に維持していた。

 時折、電線や建造物をよけるため、あるいは地形に合わせて、跳躍や方向を調整するステップなどの動作も挟むが、どれも重さを感じさせない。

 レイコの想定よりも遥かに早く、戦場は視界に入ってきた。

 予想外の要因はふたつ。

 片方は間違いなく、想定外の速度を出したチハの技術。

 もうひとつは。

「ここまで怪獣が抜けて⁉」

 痛恨といった響きの言葉は、先行していたトリックスターたちが本来の進路から逸れて対峙している怪獣を見てのものだ。

 迎撃地域はまだ先で、家屋などはまばらとは言え、ここは通常の生活圏である。

 防衛線を突破した怪獣たちを、イベント会場から先行していたJKたちが足止めしているのだった。

 特撮ヒーローのようなJKと甲冑ロボット風のJKは、それぞれに全長十数メートルのサソリ、カニのような小型怪獣のハサミなどの死角に回りこんで、しがみついて動きを封じようとしていた。

 トリックスターとファイティングナードが対峙して睨み合うのは、全長20メートル以上はある、ネコ科のようなシルエットを持つ中型怪獣二体と、同じく中型でクマのような個体の計三体。これらの個体には毛のような構造は無く、体表はゴムのようで別次元の耐衝撃性と強度を持つUスキンをベースに、各所がUシェルと呼ばれる硬質の甲殻で覆われている。ネコ科風の二体は体格も体型も似ているのに、甲殻の配置などは別の生物であるかのように異なる。

 一体は頭部左右にある眼窩のような部位に内部まで大きく広がって内部で繋がっている透明の結晶体が存在し、もう一体は目のようなものはなく、額のあたりに大きな結晶がそのままついている。

 基本的に怪獣の体組織のうち、このクリスタルコアのみが通常の兵器でも砕くことが可能であり、全身の制御を行うと推測されている急所である。

 大抵は頭部に大型のものがあり、そこを砕くと怪獣は活動を停止する。他に身体の各所にもある場合、それらを壊すと、そこを中心とした動きが鈍くなる。

 トリックスターを駆るのは鎮丘茶乃(シズオカ・チャノ)。ヤンキー風のビジュアルで、茶髪をツンツンと尖らせた髪型が特徴の二十歳。特殊少尉として小隊長を務める彼女は、対特殊生物自衛軍設立前からのベテランで、エースのひとりだ。

 同様にファイティングナードのバスターも経歴は似たようなもので、普段は別の隊を率いている。常ならば、このふたりでこれらの怪獣をあっさり蹴散らすだろう。

『レイコ! 武器がねーんだ! 今ヘリで運んでくれてるっていうんだけど』

 紅姫に気づいたチャノからの伝達内容に、レイコは歯噛みする。

 重量や輸送の関係で、武器に関しては展示会場では実物大のハリボテを使っていた。本物は会場内で取り扱いを間違えるだけで、大事故につながる。有事にも、さすがにここまで急に実戦になだれ込む想定はしていなかった。

 そのため、トリックスターたちは手ぶらで走って移動していたのだ。迎撃地域には予備の武器が置いてある。

 ひとりで二体の中型怪獣の気を引いているトリックスターは、怪獣が意図せずにとった連携のような動きに姿勢を崩した。

 そこへ飛び掛かられ、さらに危うい体勢になる。

 レイコが何かを言うよりも早く。

 チハは疾駆する紅姫の速度を落とさずに軽く進路を変え、弧を描くように駆けてから大きく踏み切って跳躍した。

「彗ぃッ星ぃッ、キィックぅーーーーー‼」

 捻りを加えたような姿勢から、そのまま踏み切ったほうの足を怪獣へと叩きつける。

 軽く時速250キロ以上で叩きつけられた40トン以上の質量に、なすすべもなく怪獣は吹き飛んでいく。

 それでも一見ダメージらしいダメージが無いところが怪獣の特徴であり、「怪獣」と呼ばれる所以でもあるわけだが、今回は首の関節を外すことに成功していた。怪獣の強度と、JKのパワーから得られる衝撃力では、滅多に発生する事態ではない。

 起き上がった怪獣は、ぶら下がってふらつく頭部に戸惑うかのように動きを止める。

 つまり、哺乳類のような体型から来るイメージと裏腹に、首が定まらないことしか影響が出ていないとも言える。生命活動の維持には一切支障をきたしていないのだ。

 トリックスターは態勢を立て直し、もう一体に向けて油断なく構える。

 表情が固定であることと、元ネタのイメージと異なるワイルドな身のこなしにより、このJKは非常に独特な空気を纏っている。

『助かった。でも、レイコ……?』

「鎮丘特殊少尉、後で説明いたしますわ」

 言いながら、レイコは自分のシートベルトを素早く外した。

 その動きを受け、すでに察していたチハも、手早く自分のものを外す。

 特殊少尉は自分のドッグタグからUSBメモリのような記録メディアを外していた。

 チハがコンソールから自分のメディアを抜いて座席を入れ替わり、ふたたびシートベルトを装着する。

 外すのは簡単だったが、慣れない多点式シートベルトに苦戦するチハの前で、驚くべきことが起きた。

 メディアをコンソールに挿してシートベルトを装着するレイコの周囲に、キーボードや種々のスイッチ類が多数ついている制御装置のようなものが展開したのだ。それらは目立たないように折りたたまれるなどして格納されていたのだった。

 さらには通常のJKであれば掴まるためだけといって過言ではないスティックが収納され、代わりに戦闘機の多機能の操縦桿のようなものが二本、出現する。

 一般に言われる現代の兵器に対するJKの優位性のひとつは、ほとんどの操作をNCで、つまり脳内で済ませることができて、複雑な知識や操縦を必要としないことである。

 だからこそ、黎明期からずっと、子供が主力になることができてしまっていたという面もある。

 今、チハの目の前にあるのは彼女の知るJKのコックピットではなく、まるでアニメなどに出てくる巨大ロボットの操縦席だった。


 怪獣に跳び蹴りを直撃させた後、紅姫は立ち尽くしていた。

 不意に、紅姫の纏う雰囲気が明らかに変化した。

 熟達した武芸者のごとき身のこなしで、刷いている刀の柄に手を添える。

 トリックスターが睨み合っていた、吹き飛ばされた方ではない中型怪獣が紅姫目掛けて飛び掛かり、自在甲冑はすれ違うように踏み込んだ。

 JKが動きを止めた時には、刀は抜き放たれていたばかりか、すでに振り切られていた。

 交錯したネコ科のような怪獣は、脱力したかのように地面に倒れ伏す。

 近くの地面には切断された右前足と頭部の半分ほどとが落ちていた。

 鈍く光を弾くこの刀は紅姫の象徴とも言え、デモンストレーション用に実物を身に着けたまま展示していたのだ。

 怪獣の唯一と言っていい急所であるクリスタルコアを砕くだけならば、ただの金属塊のような武器でも可能だ。

 怪獣の特殊な性質上、通常、クリスタルコア以外を傷つけるには怪獣由来の特殊な素材を加工した武器が用いられる。

 加工特性と入手手段、そして要求量などから、基本的には怪獣素材を銃火器の弾などには使用できない。怪獣由来の素材を用いた武器を手持ちで使えることもまた、JKが通常兵器に対して持つ優位性のひとつだ。

 ところが、この刀はただの金属なのだ。単純にその鋭利さゆえに、適正な技量を伴って振るわれたのならば、怪獣のあらゆる部位を切断してしまう。一方で、ただの金属のため、振るい方を誤れば容易に刃が潰れて台無しになる。横からの衝撃などは、ご法度である。

 製造技術にしても、実用レベルで扱う技量にしても、常人には不可能な異次元の領域の代物である。

 頭部クリスタルコアを半ばで両断された怪獣は、もうぴくりとも動かない。

 紅姫は、淀みない所作で納刀した。

 キックされた怪獣は、警戒しているのか、定まらない首のせいで動きあぐねているのか、距離をおいたまま立ち竦んでいる。麗人型自在甲冑は、何気ない足取りで歩み寄る。

 無防備な状態で寸前まで近寄ったかと思うと、紅姫は俄然興味を失ったかのように踵を返す。

 その右腕は、いつの間にか掲げられており、当然のように刀が握られていた。

 捨て置かれたかのような背後の怪獣が、突然脱力して地面に崩れ落ちる。

 その頭部は、真ん中でクリスタルコアごと縦に両断されていた。

 刀を掲げた紅姫の背後、やや離れた位置で、ファイティングナードに飛び掛かるべく、最後の中型怪獣が体勢を低くして身構えた。

 次の瞬間……本当にコマ落としの如くである……立っていた紅姫は身を低く落として刀を脇に抱えるようにしていた。さらに次の瞬間には、三十メートルはあったであろう距離を移動し、身体の向きは180度変わった状態で、刀を斜め後ろへ振り抜いていた。

 刹那に頭部と左前肢を切断されていた怪獣は、飛び掛かる動作へ移ることなく、地面へ崩れ落ちた。

 優雅に立ち上がった紅姫はそのまま自然体で刀を降ろし、二体のJKがそれぞれに羽交い絞めにしている小型怪獣へと歩を進めた。

 軽く埃を払うかのような動作で刀を閃かせると、あっさりとクリスタルコア付きの頭部、刃のようなハサミがバラバラと落ちる。

「皆様、念のため、そのハサミなどもお持ちくださいませ」

 怪獣が自衛などのために用いる攻撃用の爪などの部位は、大抵そのまま怪獣にも通用する。摩擦や衝突等によって「自切信号」や「自切命令信号」などと呼ばれる特殊なパルスが発生することなどにより、組織の崩壊を誘発して損傷を与えることが可能なのだ。与える損害は衝撃や速度、圧力や摩擦の強度に比例するような傾向があることから、今回のように小型怪獣の部位をそのまま使用するとなると、使いにくい面はあるが。

『わかった、ありがとな、レイコ』

「では、迎撃地域で落ち合いましょう」

『ああ』

 トリックスターが音頭をとるようにしてハサミを拾い上げ、他のJKを率いて走り出す。

 レイコはサブシートのチハを振り返った。

 感動しきって目を輝かせていた少女に、若干気圧される。

 先ほどまで、ある意味で穏やかな紅姫の動きに対し、レイコはバスターにあるまじき、めまぐるしい動作をしていた。シンセサイザーなどの電子楽器を複雑に演奏するかの如く、多数のスイッチやキーボード等をすさまじい速さで、しかし優雅に操作していたのだ。

 通常のドレッサーは、さきほどまでのチハと同じく、スティックに掴まった状態で「頭だけで」自在甲冑を操作するのが基本である。

 この現役学生バスターの操作方法はあまりに異質で、そしてチハの琴線に触れていた。

 今のレイコには少女の反応に構っている余裕は無かった。

「本当は迎撃地域の手前で降ろして差し上げるはずだったのですけれど、時間が惜しいのですわ。あなた、JC訓練校を志していたということは、怪獣相手に戦って死ぬ覚悟はございまして?」

 半透過HMD越しの脅すような視線を、チハはまっすぐに受け止めた。

 途中でチハを降ろし、そこから紅姫を歩かせる。そのわずかなロスのせいで怪獣が街に到達することがあれば、死者が出る可能性がある。どちらの命を守ることを優先するかという判断である。

 わずかな思考の間も、問われた少女の表情は揺らぐことなく。

「はい。それで誰かが守れるのなら、よろこんで!」

 決心とともに真剣な顔で放たれた言葉にレイコは軽く目を見開いて驚きを示した後、うれしさ半分心苦しさ半分といった微笑みを浮かべる。

「では、申し訳ございませんけれど、あと少しで迎撃地域ですので、また走らせていただけるかしら? 可能であれば、コントロールだけお渡しいたしますので、その席のままで」

「おまかせください!」

 ここに辿り着いた頃から、特生軍の観測ドローンが捉えている映像が、ふたりの視界の端にワイプで表示されている。

 紅姫は、すでに納刀して佇んでいた。

 レイコがキーボードでドレッサー切り替えの入力操作をする。

「では、お願いいたしますわ」

「がってんです!」

 紅姫は全身の状態を確認するように軽く身震いした。

 チハはわずかに眉を寄せた後、気を取り直す。

 紅姫は、先ほどまでの武術家のような身のこなしとはまるで異なる、アスリートのような動きでステップを踏んだ。

 加速し、やがてまた極端な前傾で走り出したJKは、先行していたトリックスターたちを軽く追い抜いていった。


 大雪山の怪獣出現地域を受け持つ対特殊生物自衛軍十勝基地の司令部は、慌ただしさに満ちていた。

 大型のメインモニターには、迎撃地域を中心として、複数の観測ドローンや戦闘中の自在甲冑から送られる映像などが分割して映し出されている。

 多数のJKと怪獣が入り乱れて戦闘し、すでに動かなくなった姿も双方に複数ある。

 司令部の入り口が開いて、司令である女性特殊大佐が入って来ると、副官の女は胸を撫でおろした。あまりにも特殊な状況でありながら上司が不在で、自信が無いまま、とにかく遮二無二対応していたのだ。

 特殊大佐の名は九七式二七(クナシキ・ニナ)。世界で初めて自在甲冑を製作したとされる人物である。特生軍成立前は、自警団的に怪獣討伐を行う活動を行っていた。

「状況は?」

 見た目は20代、実年齢はほぼ40歳の上司に尋ねられ、副官は敬礼して答える。

「大型が四体、中型が九体、小型十体以上が健在です。待機組に非番組まで加えた二小隊以上がすでに戦闘中で、招集に応じた残りの非番・予備役組も準備でき次第参戦してもらっています。数体が迎撃ラインを抜けてしまったのですが、幸い、籠縞特殊中尉たちイベント組が移動中に遭遇してすべて討伐しました。紅姫を含め、イベント組もじきに全騎合流予定です」

「手筈通りね。ありがとう」

 それはつい最近まで、備えすぎなのではないかと言われてもおかしくないほどの、不測の事態に対する手筈だった。これまでは起こったことが無かったのだから。起こって欲しくなどなかったが、常に想定外を繰り返してきたのが怪獣に関わる事柄なのだ。この特殊大佐の経験からすれば、こと怪獣絡みに関しては「想定外」が頻繁に発生するのが日常だ。

 怪獣という生物種が、流星群のような形で地球を訪れたという点、そしてその性質から、前の天体から少なく見積もっても数千万年の単位での時を経て地球に辿り着いていたのだとしても、なんの疑問もないというのが主流の説である。

 シード流星群の落着から、およそ二十二年。怪獣の出現からは十年ほど。怪獣種のタイムスケールではゼロに近しい。これらが怪獣という生物の生活環の何パーセントぐらいなのか、まったく不明なのだ。

 怪獣出現地域の地下で何が起きているか確認されたことはなく、誰にも窺い知れない。

 でありながら、何が起こるかわからないからと備えを厚くしようとしても反対する政治家やマスコミ、コメンテーターなどが出てくることが、特殊大佐の頭痛の種だった。

 バスターは一小隊四人で常時迎撃にあたれる体制をとっている。待機組とは、本来の迎撃担当に加えていつでも出撃できるようにしてある組である。今回は、24時間交代で備えているバスターのシフト上の非番組に加えて、外部の元バスターなどまで招集しているのだった。

 普段から、連続的に出現した結果としてそれぞれの怪獣が近くで行動することになり、まとめて討伐することはある。だが、大きくなるほど連続して出現する確率も減る。

 この地域だけでも月に数回は迎撃・討伐が行われているが、出現する怪獣は一度に五体もいれば多く、それだけいれば大抵小型主体、一緒にいるとしてまず中型である。大型であれば大抵は一体でいることが多く、これまでの通常は一小隊で基本的には対応可能だったのである。

「このところ世界中で起きてる、この大量出現は何を意味するのか……」

 口の中での呟き。

 怪獣出現地域は世界中に、日本だけでも何カ所も存在するのだが、この数ヶ月、それまでに見られたことのない同時期大量出現が各地で発生しているのだ。日本ではこれが初めてとなる。

 特殊大佐は司令部の巨大モニターに目を走らせる。

 そこには観測ドローンから送られてくる映像などが分割表示されている。

 身長16メートルの巨大人型構造物──自在甲冑は、それぞれに巨大な剣や槍、斧などの手持ち武器で怪獣と戦っている。

 洋風の人形のような外装、過去のアニメのスーパーロボットを模したもの、仏像のようなものや、戦国時代の甲冑に近いものまで。

 戦闘の中、相次いで二体が怪獣の攻撃によって倒れこんだ。

 損傷自体は軽微なようで、戦闘継続には問題なさそうだった。

 だが。

「まずいッ!」

 司令は身を乗り出した。

 これまでバスターたちは善戦していたと言える。

 数で勝る怪獣を相手に、決定的な隙にのみ反撃をし、損傷を最低限度に抑え、迎撃地域へ足止めしていたのだから。

 しかし押しとどめることに特化して牽制ばかりのような戦い方の中、援軍よりも怪獣の増加速度の方が早かった。

 戦線の一角が乱れ、攻撃してくるJKから逃げるようにしていた怪獣の小型一体、中型二体が生活圏側へと突出してしまった。性質的に、特にJKに固執するということもないそれらは、生活圏の方向へと向けて歩き出してしまう。しかし、それらを追いやってしまったJKは、他の怪獣がそれ以上街へ向かわないように対処するので手一杯になる。

 画面の情報に目を走らせ、特殊大佐は安堵する。

「鎮丘特尉、艦上特尉、迎撃ラインを抜けた中型二体、小型一体、そちらへ向かっています。対応可能かしら?」

 特殊少尉や特殊大尉などの特殊尉官は「特尉」、特殊少佐や特殊大佐などの特殊佐官は「特佐」と略されることがある。他の自衛軍の階級との差別化のため、「特」を省くわけにはいかない事情による。

「武器も受け取ったんで、問題ありません。鎮丘隊で対応します」

 チャノの声が司令部に響いた。

「よろしくお願いね」

 外部との通信や臨時混成部隊とのやりとりなどで、オペレータたちは、繁忙状態にある。そこをすっとばして直接連絡をつけた司令は、あらためて戦線の様子に目をこらす。

 先ほど倒れたJKはそれぞれに多少は動きが悪くなっているものの、まだ戦える。

「……ああ、そうだったのね」

 怪獣と立ち回る自在甲冑の動きに、特殊大佐は問題点を見出した。常ならば褒められてもいい要素。

「全バスターに通達! 獲得U素材の質は気にしなくていいわ! 最優先は、可能な限り損傷を受けずに、相手の戦闘能力、動作能力を最速で最大限効果的に奪うこと! 効率的に相手の行動能力を奪って! 細かい攻撃でもいい、怪獣を傷つけることを恐れないで!」

 オペレータたちは、速やかに各バスターへ伝達し始めた。

 U素材、すなわち怪獣の身体組織は、入手方法が目に見えて限られる、非常に貴重な資源であると言える。

 討伐が日常化してしまっているところ、特に日本では、いかに余計な傷はつけずにクリスタルコアだけを狙って怪獣を仕留めるか、ということがバスターの感覚に無意識にも浸透してしまっているのだ。

 たしかにそれができるほど余裕がある場合には好ましいのだが、今この状況では余計な膠着や怪獣の優位を生み出してしまっていた。

 今の指示通りに立ち回るだけで、戦力差をある程度覆すことも期待できる。

「盲点でした。申し訳ございません」

 ニナが来るまで指揮をとっていた副官の謝罪に、司令は首を振る。

「仕方ないわ。『当たり前』を疑うのはむずかしいのよ」


 戦場では、和風が紅姫ならば、洋風人形のような金髪麗人の外装を持つ「ヴァルキュリヤ」とアニメのスーパーロボット由来の外装を持つ「ガンバルオー」の二騎が特に目立つ活躍をしていた。どちらも小隊長を務めるエースの騎体である。

 すでに紅姫も参戦し、他とは異質な動きで怪獣を次々と斬り伏せている。

 緩急の落差が極端なその自在甲冑の中では、レイコは複雑な操作を流れるように行っており、チハがそれに見惚れていた。

 戦いに、トリックスターとファイティングナードたちも合流してくる。

 彼女たち以外にも、民間に払い下げられて黄色と黒に塗り分けられた土木作業用など、元JKであるファーストJCなども随時参戦している。警察に所属している小型のパトロールJCの姿もある。

『いや、数もだけど、ビーム持ち多すぎね?』

 早速、チャノがボヤいた。

 彼女が言った「ビーム持ち」とは、怪獣の部位でも特に特殊である「ビーム発振器官」を持っている個体を指している。

 JKが怪獣と戦うようになってからしばらくして出現するようになったのが、「ビーム発振器官」のある個体だった。

 怪獣の急所であるクリスタルコアを積極的に狙う自在甲冑に対し、怪獣がバスターの駆るJKにいきなり致命傷を与えることはむずかしい。強烈な衝撃等で四肢などの関節部分が機能不全を起こしやすいぐらいである。

 まさしく怪獣の耐久力の象徴であるU素材を、外装を始めとして複層的に装甲などに用いているからである。槍のような部位がコックピットに貫徹するような状況以外では、バスターが負傷するようなことはあまりないのだ。こういったことから、長期的には明らかに自在甲冑が有利だった時期がある。

 そこに、どこに当たろうと重大な損傷を与えるビーム発振器官持ちの個体が出現し始めた。経緯から、天敵とも表現可能な自在甲冑への怪獣側の対抗手段であるという説がある。

 ビーム発振器官は、まさしくロボットアニメに出てくるビーム兵器のような性質を持つ部位である。銃器のような飛び道具ではなく、器官に沿って表面に纏うような形状が多く、ときにビームを細長く伸ばす、いわばビーム剣のようなものもある。

 ビームが発振される際、発振器官への反作用を伴う特異な力場が発生する。結果、厳密には力場同士が反発するのであるが、ビーム同士で鍔ぜり合いを起こす状況も発生する。

 肺のような呼吸器や心臓などの循環器を持たない怪獣は、金属塊のようなメタルハートに蓄えられているエネルギーを電力の形で出力してUマッスルを動かす。

 Uマッスル自体も含めたU組織は動作に伴う圧力や変形などでも発電して使用分をある程度回収し、日光浴や都市部などでの休息を始めとした電磁波浴によってもU組織全般は発電しているとされる。

 それらにより、ただ動作するだけの場合の怪獣は、摂食行為などは見られずとも無尽蔵な動力源を持つように感じられる行動時間を発揮する。

 ビームの発振は、怪獣の観察にせよ、発振器官取得後の実験の結果にせよ、莫大なエネルギーの消費を伴うことが確認されており、使用自体は怪獣にとっても活動停止との天秤にかけた上での自衛目的の最終手段であるとみられている。

 自在甲冑側としては、ビーム発振器官を利用した武器は、貴重な獲得U組織を過剰に損傷させてしまうこと、メタルハートの蓄積エネルギーを大量に消費してしまうことから、普段の使用は極力避けられている。

 特にエネルギー消耗面に関しては、通常JKに搭載する水準のメタルハートは無補給で数ヶ月は稼動可能であるのが一般的だが、短時間でもビーム発振器官を使用すると目に見えて稼働時間が短縮されてしまう。

 希少性もさることながら、エネルギー消耗と攻撃による獲得素材の毀損というデメリットがあることに加え、他の武器と異なり、ちょっと自騎や僚機に触れるだけでも損害が大きいことなどもあり、取り扱いには高い技量と判断力が求められる。

 そのためビーム発振器官を使用した武装は、通常エースのみが使用を許されている。

 ビーム発振器官持ちの怪獣は、普段はたまに確認される程度なのだが、この戦場では半数近くがそれだった。

 ただでさえ数を捌くのが厄介なのに、ビーム発振器官を持つ怪獣が多いために、攻撃も防御もさらに神経を使う。防御時は当然ながら、下手にビームに武器を当たろうものならば、逆に武器が損壊するのである。

 常ならば小隊長は、隊員の動きまでつぶさに確認して指示やフォローを行うのだが、敵の数だけでなく味方まで多いことが、さらに状況把握・立ち回り面での脳内リソースの圧迫につながっていた。

 そういった理由も含めて、通常は四人一組で動いているのだ。

 トリックスターはピンク色を基調とした魔法少女といった出で立ちであるが、今振り回しているのは巨大なピックハンマーだった。

 打撃用の面で怪獣たちの関節を逆から叩いて外しつつ、隙あらばピック部分でクリスタルコアを砕く。アニメと異なり表情は固定であることから、なかなか絵面は怖いものがある。

 先だっての司令の「最大効率で敵の戦力を削ぐ」の指示を受けてからは、適宜ピック側からビームを発振して鎌のような形にし、短時間の発振で最大限まとめて怪獣たちの肢を切断していく。

 美少女イラストで彩られたロボット兵器のようなファイティングナードは、素人が動物に襲われたときのリアクションのように動きながら、それでいて身を引く動作などで衝撃等を最低限に留めて、いなしていた。

 実のところそれだけではなく、手に持ったビームナイフで的確に動作を阻害できるような部位を切断するなり、いきなりクリスタルコアに突き立てるなどしている。

 バスターは夜勤明けでそのままイベントに参加しており寝不足で、達人染みた技量と言える。

 目を隠す仮面をつけた洋風人形のようなヴァルキュリヤは、どこか優雅さを感じさせる身のこなしで槍を操っていた。柄も生かしつつ、穂先のビームの発振のオンオフを含め、巧みに攻守に舞い踊る。

 青が多めのトリコロールに彩られたスーパーロボット、ガンバルオーは、どこかヒロイックに見える剣の刀身に沿ってビームを発振させ、大上段から振りかぶり、大仰な動作で次々と怪獣をまっぷたつにしていく。クリスタルコアが無傷でも、正面からだろうと横からだろうと、まるごと両断されてしまえば行動のしようはほとんどない。

 一見非常に単純な力技だが、間合いとタイミングを絶妙に測れるからこそ可能な技術である。

 一般人に説明するのなら「野生動物相手に命が懸かった場面で、連続して同じような芸当ができるか」ということになる。

 バスターは、JKの中で動作に合わせて必殺技名を叫んでいる。

 車のハンドルを握って人格が変わるように、スイッチが入ってしまっていただけであり、叫ぶのはそのつもりで始めたのではなかった。結果的にスポーツ選手などが特定の一連の動作を関連付けて毎回行うことによりシュートなどの精度を高めたりする「ルーティン」のようになっているということは、わりと後から判明した事実である。

 エースたちは、間違いなく獅子奮迅の働きを見せていた。

 迎撃地域は平野に近いなだらかな丘陵地帯で、大雪山系の山地からは怪獣たちが途切れずに向かってきていた。

 迎撃地域を挟んで反対側には、怪獣を引き寄せるための、ほとんど電磁波を発するためだけの疑似餌装置(デコイ)が存在している。出現地域は常に監視されており、怪獣が出現次第、デコイを起動して怪獣を誘引し、迎撃地帯で討伐するのだ。

 出現地域から迎撃地域までの誘導はかなり高確率で成功する。ただし迎撃地域まで来ると人類の生活圏の他の電子機器などが気になるのか、進行方向を変えてしまう個体も低確率で出てくるようになる。

 普段であれば、どちらにせよ迎撃地域内で倒し切れるため、問題となることはない。

 数で押されるバスターたちは、怪獣を迎撃地域内から出さないためにも立ち回りを制限されていた。

 他とは異なる動きで異彩を放つ紅姫は、トリケラトプス風の大型怪獣の左前肢を刀で切断した。断面から白い粘液が垂れるが、この体液は血液とは機能が異なり、怪獣は痛みなどを感じないとされる。出血多量での死亡などもない。

 だが三本脚となるだけで、バランスも崩れ、移動速度の低下などの支障は生じる。戦力としても、生活圏へ侵入する脅威としても、対処を要する優先順位は大きく低下する。

 また一度納刀して姿勢を整える紅姫。

 あちこちの外装が損傷したトリックスターが、背中を合わせるような位置取りをした。

『レイコ、あたしらはともかく、お前はだいじょうぶか? 疲れるだろ』

 手負いも多いが、討伐された怪獣もそこらじゅうに転がっている。

 だが、動けなくなった自在甲冑の姿も多い。

 チャノの憂慮は的確だった。

 頭の中だけでJKを操作して戦う、他のバスターたちでさえ疲弊している。自らの身体も動かして戦うレイコは汗だくになり、特に消耗していた。

 多くのバスター同様、レイコはこれだけの数を一度に相手どって戦うのは初めてであり、ここまでの長丁場の実戦は当然初めてなのだ。

「できますこと、できませんことが人により異なりますのは当然ですの。当たり前に、できますことをなすだけですわ」

 特殊少尉は不敵な微笑で答えたが、特殊機材を操作する動作から精彩が失われつつあることはチハにも見てとれた。

 コマ落としのような絶対的先制とは別に、相手の動きがわかっているかのように後の先をとってもいた紅姫の動作テンポは、怪獣に対して遅れつつあった。

 また一体、少し遅れた反撃で捌き、紅姫は一際体勢を崩した。

 空を割く斬撃を放ち、その勢いを利用して無理矢理立ち直る。

 咄嗟の判断も含め、レイコの手腕はやはり並外れて優れている。

 だが、数もまた力だった。

 連携などするつもりのない中型怪獣によって繰り返される波状攻撃を受け流し、回避し、体勢が崩れていたところへカマキリのような小型怪獣が振り下ろした鎌。

 反応はできていたが、操作は追いつかなかった。

 今の対特殊生物自衛軍を象徴すると言っても過言ではない自在甲冑の胴、すなわちコックピットは、あっさりと貫かれた。

 四肢を中心に、ただ動けなくなって機能を喪失しただけであれば、JKの中のバスターは基本的には無事である。

 鎌は胴体へ深々と突き刺さっている。

 四肢の機能はまだ残っているはずだが、紅姫はぴくりとも動かない。

 戦場のバスターたち、そして司令部には衝撃が走った。


 ※予告※

 貫かれた紅姫。果たしてチハとレイコは無事なのか⁉

 劣勢だった戦況を、きたじぇに落ちたチハの特異な能力が切り開く!

 苛烈な戦いが終わった時、チハは「自在甲冑」の歴史が始まった日の記憶を思い出す。


 次回、第2話「ひとつのはじまりの日」

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