使わなくても、シュババババババッシュババババッ
学校が終わり、帰宅途中のこと。
いつも通りの駅で降りた私は、駅前の商店街を通って自宅を目指す。
それが起きたのは、帰路の途中のことだった。
「観光ですか!!」
突如と間近で聞こえた大声に、思わずびくりと身を竦ませた。
えっ?
今のは私に対して言ったの?
見れば、私の斜め前に二人の男が立っている。
一人は小柄で痩せっぽち、もう一人は肥満体型だ。
その内の一人、痩せっぽちのほうが苦笑を浮かべながら相棒に耳打ちする。
「おいおい、そんなにでっかい声出したらびっくりするって」
それから私のほうを見て、「ねぇ?」と言った。
いや、確かに驚きはしたけれど、同意を求められても困る。
よくわからないけど、もう行ってもいいだろう。
歩き出そうとする私に、二人は「ちょっとちょっと!」と慌てた様子で言った。
「観光ですか? 修学旅行とか?」
「……あの、何か?」
「一緒に食事してくれませんか?」
……は?
いったいどうして?
あまりにも唐突すぎる訳のわからない申し出だけど、私にとってこういうことは珍しいことではなかった。
いきなり見ず知らずの相手を誘うなど、全くもって理解できないことだけど、こういった者は世の中に一定数いるみたい。
「恐れ入ります、急いでいますので」
「いやいやいや」
歩き出す私に並走するように、彼らはついて来た。
「それってどれぐらいで終わる?」
「どれぐらいで終わるも何も……家に帰ってからやることが山ほどありますので。実質、終わりませんが」
「じゃあ真っすぐ家に帰る感じ?」
「……ええ」
「友達になってください!」
「あの、急いでいます」
「連絡先聞いてもいいっすか?」
「いえ……」
二人は交互に私を質問攻めにする。この頃には、私は小走り手前ぐらいの早歩きになっていたにも関わらず、まだついて来る。
何なの、こいつら。
いくら何でもしつこすぎる。
この時、私はスーパーマーケットの前を通りかかった。
このスーパーは、前がちょっとした広場のようになっていて、休憩のためのベンチもある。
ベンチには、暇を持て余しているけれど遊びに行く金もないといった風情の若い男たちが占領している。
私は商店街の通りから右折して、広場を横切ってスーパーの中へと入った。
自動ドアを通過する前に先ほどの二人組を振り返ると、広場の手前で立ち止まっていた。
スーパーの中は人目もあるし、さすがにここまではついて来なかったみたい。
私はほっと胸を撫で下ろし、時間潰しも兼ねて買い物を済ませて行くことにした。
念のため、少し時間を置いてから出たほうがいい。
コンソメがそろそろ少なくなっていたことを思い出し、調味料の棚を眺めていると、隣に何者かが並ぶ気配があった。
まさかさっきの二人組が……と警戒しつつも、全く関係ない買い物客かもしれないし、商品を見るふりをしながら距離を置く。
すると、相手が私との距離を再び詰めて来た。
「観光ですか?」
ところが、聞こえた声は先ほどの男たちのものではなかった。
視線だけ向けてみれば、スーパー前広場のベンチに屯していた内の一人が立っている。
一難去ってまた一難、とはこのことか。
私は無性に舌打ちしたい衝動に駆られた。
にしても、この手の男たちはどうして揃いも揃って第一声が「観光ですか?」なのだろう。
しかも、県内にある進学校の制服を着た私に向かってである。
「何作るんですか?」
「……」
私は男を無視して、鮮魚コーナーのほうへと向かう。
その近くには店員もいるし、この男も私に付き纏うのをやめる筈だ。
……やめてくれると思う、けど。
「おーい? 聞いてる?」
「……」
無視して歩みを進める。
その時、背後で舌打ちと共に「きっも!」という呟きが聞こえた。
次の瞬間、臀部に衝撃が走る。
蹴られたのだと認識すると同時に、今度は膝の裏へと衝撃を受けた。
堪らずバランスを崩した私は、偶然近くを通り掛かった買い物客が押すワゴンへと突っ伏してしまう。
しかもそれを押していたのは年配の女性で、彼女もまた大きくバランスを崩して転倒した。
……結果、打ち所が悪かった女性は救急車で運ばれることとなり、それに関与したということで私は店員や警察から事情徴収を受ける羽目となった。
未成年とは言え、帰宅が許されたのはすっかり日が暮れてからで、帰宅後も養父に「いったい何をやっているんだ」とたっぷり怒られた。
もちろん、あの男について警察にも家族にも話したものの、彼はトラブル発生直後にさっさと姿を眩ましていた。